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八章 本宅殺人事件
<日出 卯の刻> 八卦
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料理を前にして
闇耳の手は箸を持ったまま止まっていた。
そんな闇耳とは対照的に
孤独は茶碗の飯を掻き込んでいた。
暫らくして茶碗を置いた孤独が闇耳を見た。
「心配するな。
お前を殺すつもりなら
毒なんて面倒なことはしねえ。
それよりもだ。
お前は親父を殺したのは
八苦の叔父だと思ってるんだろ?」
闇耳は少し間を置いてから
躊躇いがちに小さく頷いた。
「それだけはあり得ねえんだよ、絶対に!」
孤独が箸を畳に叩きつけた。
それから大きく息を吸い込んだ。
「教えてやるよ。
俺達兄妹が
どうやって親父とお袋から生まれたのか」
そして孤独は湯呑の茶をごくごくと
一気に飲み干してから徐に語り始めた。
夜霧八爪は
男二人、女六人の八人兄妹の次男として
この夜霧家に生まれた。
三つ上の兄が長男の八苦。
そして四つ下の妹が末娘の八卦だった。
長男の八苦は
特筆すべき殺しの技は持ち合わせていなかったが、
その眉目秀麗な顔立ちは見る者すべてを魅了し、
すれ違う娘達は皆、
彼の虜になった。
そしてその天真爛漫な性格によって
八苦は誰とでもすぐに打ち解けることができた。
つまり天性の「人たらし」。
それを活かした情報の収集が
彼の夜霧家における主な仕事だった。
暗殺においては情報こそがもっとも重要である。
殺しに関しては程度の差こそあれ誰でも務まるが、
八苦のような特殊な仕事に関しては
そうはいかない。
八苦はそういった意味で
夜霧の人間の中でも貴重な存在だった。
末娘の八卦は生まれつき体が弱く、
常々床に臥せっていた。
性格は控えめで大人しく、
目立つことが嫌いだった。
八卦は幼き頃から多くの書物に囲まれて育った。
そして彼女は読んだ書物の内容のすべてを
記憶していた。
八卦は夜霧家の中で最も聡明だった。
彼女の夜霧家における主な仕事は
要人の暗殺など重要な案件において、
その作戦の計画を立てることだった。
彼女は夜霧家の「戯作者」と呼ばれていた。
他の兄妹達は彼女の書く物語の登場人物であり、
八卦の手足となって任務を遂行した。
八卦の立てる計画は常に単純で穴だらけに見えた。
しかしそれは
どのような不測の事態にも
柔軟に対応できるように、
敢えてそのように作られていたのだった。
「単純なモノこそ美しくそして強い」
それが彼女の信念だった。
そして八卦については
特筆すべきことがもう一つあった。
八卦の口にする言葉には
不思議な力があると言われていた。
口にしたことが現実になる。
つまり「予言」。
いや「言霊」と呼ぶほうが正しいのかもしれない。
しかしそれは偶然、
もしくはある種の「暗示」だ
と主張して信じない者もいた。
八苦は体の弱い八卦を常に気にかけていて
特に可愛がっていた。
そして八卦も八苦に懐いていた。
男と女が恋に落ちるのに理屈や理由は存在しない。
それは夜霧の人間でも同じこと。
二人は成長するにつれて
お互いに惹かれ合っていった。
しかし夜霧の掟の前では
愛などという感情は
まったく意味のない言葉であることは
二人が一番良くわかっていた。
二人が結ばれるためには
掟に従い生き残らなければならない。
だがそれにはいくつもの障壁があった。
当然、最も大きな障壁は
二人の殺しの力量についてだった。
八苦が殺さなければならないのは
殺しの技にかけては歴代の夜霧の者達の中でも
十指に入ると言われている八爪であり、
八卦に至っては
曲者揃いの五人の姉達を
排除しなければならなかった。
これは二人にとって明らかに困難な試練だった。
そもそも二人は自らの手で
人を殺めたことがなかった。
殺しは専ら
八爪と五人の姉妹達の仕事だったからだ。
だからこそ。
八苦は一つの決断をした。
それは八卦が十六の誕生日を迎えるその日、
二人で夜霧の家を出るということだった。
八苦は元々、
兄妹間で殺し合うという夜霧の掟に対して
不満を募らせていた。
一方で、八卦は夜霧の血に強いこだわりがあった。
幼き頃より
姉達の殺し自慢を聞かされて育った八卦にとって
非力な自分と比べて強く逞しく、
そして気高い姉達は誇りであった。
とくに長女の八殺に対しては
口に出すことはなかったが、
強い憧れを抱いていた。
そんな姉達に競り勝って、
夜霧の後継ぎとなり子を産むことが
幼い頃からの八卦の大きな夢でもあった。
しかし、誰の子でもよいというわけではなかった。
八卦は長男である八爪のことを
心の底から恐れていた。
そして恐れと同時に
八卦の心と体は八爪のことを酷く拒絶していた。
八爪の大きな目で見られると
背筋がぞくぞくとして悪寒が走った。
八爪の大きな鷲鼻を見ると
醜い男性器を想像させられて
八卦はいつも目を背けたくなる衝動に駆られた。
八爪はよく大きく口を開けて笑ったが、
その度に見える歯のない真っ暗な空洞に
恐怖と嫌悪を覚えた。
将来、
八爪と夜霧の血を守っていくことを
想像するだけで
八卦は鳩尾辺りが不快になり、
吐き気に襲われた。
しかし恐ろしいことに
八爪は八卦に並々ならぬ感情を抱いていた。
八爪には他人の物が欲しくなるという
厄介な癖があったのだ。
悩んだ末に八卦は八苦の決断に従うことにした。
家を捨てても二人の血は残すことができる。
ここを離れて夜霧の分家を興す。
そう考えたのだ。
しかしこの二人の計画に八爪が気付いた。
決行日を三日後に控えたある夜、
八爪は卯の宅に八苦を呼び出した。
そして八苦を拘束すると地下室に監禁した。
それから八爪は
別宅に住んでいた五人の姉妹達を次々と襲った。
八爪の奇襲により
彼女達は皆、為す術もなく討たれた。
夜霧の掟に細かな取り決めはない。
男が女を殺すことも自由。
その逆も然り。
不意打ち、騙し打ち、協力、裏切り。
何でもあり。
そして殺し合いを始める時期についても
各々の自由に委ねられている。
決まりは一つ。
ただ一組の男女が生き残るまで殺し合うだけ。
当時、八卦は父母と共に本宅に住んでいた。
その夜、
五人の姉妹を殺した足で八爪は本宅へ向かった。
そして八卦の部屋に押し入って、
今しがた五人の姉妹を殺してきたことを告げた。
驚きを隠せない八卦に対して
八爪はさらに言葉を続けた。
「八苦の兄者もこの手で葬った」
それを聞かされた八卦の表情には
ありとあらゆる感情が溢れていた。
怒り
悲しみ
苦しみ
恨み
恐怖
嫌悪
憎悪
そして殺意。
翌日、
二人は父母の前で
夜霧の世継ぎとなることを宣言した。
その後、すぐに八卦の懐妊が判明した。
当然、それは八苦の子だった。
若き日の八爪は気性の激しい男だった。
それを知った八爪は烈火のごとく怒り狂った。
しかし八爪は八卦を心の底から愛していた。
故にその怒りは八卦にではなく
理不尽にも父母に向けられた。
八卦の目の前で二人を絞殺した。
そして当主となった八爪は本宅へと住処を移した。
八爪は八卦に腹の子を産ませた。
それが長女の幻夜である。
八卦は彼女がお腹の中にいるうちから
その名で呼んでいた。
なぜ八爪が幻夜を産ませたのか?
それは八爪が八苦を監禁したまま
生かしたことにも関係してくる。
八卦のお腹が大きくなっていく間、
八爪は本宅に座敷牢の仕掛けを作った。
座敷牢に八苦を監禁するためである。
そして八苦の目の前で
生まれてくる子を嬲り、
最終的には殺すことまで考えていた。
八爪の内面は歪んでいた。
八爪のそんな狂気に八卦は気付いていた。
だから
八卦は午の宅で一人で幻夜を産んだ。
生まれてきた我が子を八爪に会わせぬように。
幻夜が生まれて四日後の未の刻。
八卦が少しの間、
幻夜の許から離れた隙に八爪がそこへ忍び込んだ。
だが、そこに幻夜の姿はなかった。
八卦がどこかに隠した様子はなかった。
つまり幻夜は神隠しにあったのだ。
そう結論付けられた。
八爪の怒りは収まらなかった。
ここで八爪は卯の宅の地下室に監禁していた
八苦を本宅の座敷牢へと移した。
生きている八苦の姿を見て
八卦は心臓が止まるほど驚いた。
八苦は窶れていたが、
その表情や態度には勇ましく鋭い気性が
見てとれた。
衰えてさらにその美しさが極まる。
まさにその時の八苦がそれだった。
煌びやかで輝いているモノが美しいというのは
或る意味で俗世に染まった者の考えである。
本当の美しさというモノは
「侘び・寂び」の中にこそ存在している。
八苦もまた夜霧の血を引く者であった。
八苦の姿に八卦はしばしの間、目を奪われていた。
困惑
驚き
疑問
喜び
安堵
感謝
郷愁
そして愛。
様々な感情が八卦の胸の内でせめぎ合っていた。
その夜、
八爪は八卦を犯した。
座敷牢の前で。
八苦の見ている前で。
そして八卦は毎年のように子を産まされた。
その間、
八苦は暗い座敷牢で生かされ続け、
夜毎の二人の営みを目の前で見せつけられた。
闇耳が生まれた直後、
八卦は体を壊して寝込んだ。
元々体の弱かった八卦はこの時がきっかけで
子を産めない体になったが、
これでようやく
八爪の黒い欲望から解き放たれたことを考えると
彼女にとっては救いだったのかもしれない。
そして時が流れた。
闇耳が七つになったその日の朝、
八卦の亡骸が本宅の奥の間で発見された。
朝餉の席に姿を見せない八卦を
探しにいった孤独が見つけたのだ。
八卦は部屋の梁で首を吊っていた。
八爪は嘆き悲しみ、同時に激怒した。
そして
その怒りは八苦に向けられた。
八爪は座敷牢へ向かうと、
八卦という光を奪われた代償として、
八苦の両目から光を奪った。
八爪は八苦をすぐには殺さなかった。
これまで通り八苦を座敷牢で生かし続けた。
そして毎年、八卦の命日に罰を与えた。
その罰は八苦の名を体現していた。
翌年の命日には八苦の右足を斬り落とした。
三年目には左足を斬り落とした。
これで八苦は立ち上がることも
歩くこともできなくなった。
四年目には右腕を斬り落とした。
五年目には左腕を斬り落とした。
これで八苦は物を持つことも、
又、物に触ることさえできなくなった。
六年目には舌を抜いた。
これで八苦は言葉を失った。
七年目には両耳を塞がれた。
ついに八苦は音までも失った。
今年は八年目。
四日後には八卦の命日を迎える。
「これが俺達の親父、
夜霧八爪という男の正体だ。
俺達は親父の身勝手で歪んだ欲望から
生まれてきたんだ。
そしてお袋は最も憎むべき男の子供を
産んできたわけだ。
わかったか?」
闇耳は正座をして
孤独から顔を背けず
静かにその話に耳を傾けていた。
その時、
外から「チュンチュン」という
雀の囀りが聞こえてきた。
「その証拠に、
俺達兄妹は
それぞれが何らかの枷を背負って生まれてきた。
お袋の想いが俺達に遺伝したんだよ。
俺達の枷はお袋の呪いでもあるんだよ。
ひっひっひ」
そう言って孤独は自虐的に笑った。
闇耳の手は箸を持ったまま止まっていた。
そんな闇耳とは対照的に
孤独は茶碗の飯を掻き込んでいた。
暫らくして茶碗を置いた孤独が闇耳を見た。
「心配するな。
お前を殺すつもりなら
毒なんて面倒なことはしねえ。
それよりもだ。
お前は親父を殺したのは
八苦の叔父だと思ってるんだろ?」
闇耳は少し間を置いてから
躊躇いがちに小さく頷いた。
「それだけはあり得ねえんだよ、絶対に!」
孤独が箸を畳に叩きつけた。
それから大きく息を吸い込んだ。
「教えてやるよ。
俺達兄妹が
どうやって親父とお袋から生まれたのか」
そして孤独は湯呑の茶をごくごくと
一気に飲み干してから徐に語り始めた。
夜霧八爪は
男二人、女六人の八人兄妹の次男として
この夜霧家に生まれた。
三つ上の兄が長男の八苦。
そして四つ下の妹が末娘の八卦だった。
長男の八苦は
特筆すべき殺しの技は持ち合わせていなかったが、
その眉目秀麗な顔立ちは見る者すべてを魅了し、
すれ違う娘達は皆、
彼の虜になった。
そしてその天真爛漫な性格によって
八苦は誰とでもすぐに打ち解けることができた。
つまり天性の「人たらし」。
それを活かした情報の収集が
彼の夜霧家における主な仕事だった。
暗殺においては情報こそがもっとも重要である。
殺しに関しては程度の差こそあれ誰でも務まるが、
八苦のような特殊な仕事に関しては
そうはいかない。
八苦はそういった意味で
夜霧の人間の中でも貴重な存在だった。
末娘の八卦は生まれつき体が弱く、
常々床に臥せっていた。
性格は控えめで大人しく、
目立つことが嫌いだった。
八卦は幼き頃から多くの書物に囲まれて育った。
そして彼女は読んだ書物の内容のすべてを
記憶していた。
八卦は夜霧家の中で最も聡明だった。
彼女の夜霧家における主な仕事は
要人の暗殺など重要な案件において、
その作戦の計画を立てることだった。
彼女は夜霧家の「戯作者」と呼ばれていた。
他の兄妹達は彼女の書く物語の登場人物であり、
八卦の手足となって任務を遂行した。
八卦の立てる計画は常に単純で穴だらけに見えた。
しかしそれは
どのような不測の事態にも
柔軟に対応できるように、
敢えてそのように作られていたのだった。
「単純なモノこそ美しくそして強い」
それが彼女の信念だった。
そして八卦については
特筆すべきことがもう一つあった。
八卦の口にする言葉には
不思議な力があると言われていた。
口にしたことが現実になる。
つまり「予言」。
いや「言霊」と呼ぶほうが正しいのかもしれない。
しかしそれは偶然、
もしくはある種の「暗示」だ
と主張して信じない者もいた。
八苦は体の弱い八卦を常に気にかけていて
特に可愛がっていた。
そして八卦も八苦に懐いていた。
男と女が恋に落ちるのに理屈や理由は存在しない。
それは夜霧の人間でも同じこと。
二人は成長するにつれて
お互いに惹かれ合っていった。
しかし夜霧の掟の前では
愛などという感情は
まったく意味のない言葉であることは
二人が一番良くわかっていた。
二人が結ばれるためには
掟に従い生き残らなければならない。
だがそれにはいくつもの障壁があった。
当然、最も大きな障壁は
二人の殺しの力量についてだった。
八苦が殺さなければならないのは
殺しの技にかけては歴代の夜霧の者達の中でも
十指に入ると言われている八爪であり、
八卦に至っては
曲者揃いの五人の姉達を
排除しなければならなかった。
これは二人にとって明らかに困難な試練だった。
そもそも二人は自らの手で
人を殺めたことがなかった。
殺しは専ら
八爪と五人の姉妹達の仕事だったからだ。
だからこそ。
八苦は一つの決断をした。
それは八卦が十六の誕生日を迎えるその日、
二人で夜霧の家を出るということだった。
八苦は元々、
兄妹間で殺し合うという夜霧の掟に対して
不満を募らせていた。
一方で、八卦は夜霧の血に強いこだわりがあった。
幼き頃より
姉達の殺し自慢を聞かされて育った八卦にとって
非力な自分と比べて強く逞しく、
そして気高い姉達は誇りであった。
とくに長女の八殺に対しては
口に出すことはなかったが、
強い憧れを抱いていた。
そんな姉達に競り勝って、
夜霧の後継ぎとなり子を産むことが
幼い頃からの八卦の大きな夢でもあった。
しかし、誰の子でもよいというわけではなかった。
八卦は長男である八爪のことを
心の底から恐れていた。
そして恐れと同時に
八卦の心と体は八爪のことを酷く拒絶していた。
八爪の大きな目で見られると
背筋がぞくぞくとして悪寒が走った。
八爪の大きな鷲鼻を見ると
醜い男性器を想像させられて
八卦はいつも目を背けたくなる衝動に駆られた。
八爪はよく大きく口を開けて笑ったが、
その度に見える歯のない真っ暗な空洞に
恐怖と嫌悪を覚えた。
将来、
八爪と夜霧の血を守っていくことを
想像するだけで
八卦は鳩尾辺りが不快になり、
吐き気に襲われた。
しかし恐ろしいことに
八爪は八卦に並々ならぬ感情を抱いていた。
八爪には他人の物が欲しくなるという
厄介な癖があったのだ。
悩んだ末に八卦は八苦の決断に従うことにした。
家を捨てても二人の血は残すことができる。
ここを離れて夜霧の分家を興す。
そう考えたのだ。
しかしこの二人の計画に八爪が気付いた。
決行日を三日後に控えたある夜、
八爪は卯の宅に八苦を呼び出した。
そして八苦を拘束すると地下室に監禁した。
それから八爪は
別宅に住んでいた五人の姉妹達を次々と襲った。
八爪の奇襲により
彼女達は皆、為す術もなく討たれた。
夜霧の掟に細かな取り決めはない。
男が女を殺すことも自由。
その逆も然り。
不意打ち、騙し打ち、協力、裏切り。
何でもあり。
そして殺し合いを始める時期についても
各々の自由に委ねられている。
決まりは一つ。
ただ一組の男女が生き残るまで殺し合うだけ。
当時、八卦は父母と共に本宅に住んでいた。
その夜、
五人の姉妹を殺した足で八爪は本宅へ向かった。
そして八卦の部屋に押し入って、
今しがた五人の姉妹を殺してきたことを告げた。
驚きを隠せない八卦に対して
八爪はさらに言葉を続けた。
「八苦の兄者もこの手で葬った」
それを聞かされた八卦の表情には
ありとあらゆる感情が溢れていた。
怒り
悲しみ
苦しみ
恨み
恐怖
嫌悪
憎悪
そして殺意。
翌日、
二人は父母の前で
夜霧の世継ぎとなることを宣言した。
その後、すぐに八卦の懐妊が判明した。
当然、それは八苦の子だった。
若き日の八爪は気性の激しい男だった。
それを知った八爪は烈火のごとく怒り狂った。
しかし八爪は八卦を心の底から愛していた。
故にその怒りは八卦にではなく
理不尽にも父母に向けられた。
八卦の目の前で二人を絞殺した。
そして当主となった八爪は本宅へと住処を移した。
八爪は八卦に腹の子を産ませた。
それが長女の幻夜である。
八卦は彼女がお腹の中にいるうちから
その名で呼んでいた。
なぜ八爪が幻夜を産ませたのか?
それは八爪が八苦を監禁したまま
生かしたことにも関係してくる。
八卦のお腹が大きくなっていく間、
八爪は本宅に座敷牢の仕掛けを作った。
座敷牢に八苦を監禁するためである。
そして八苦の目の前で
生まれてくる子を嬲り、
最終的には殺すことまで考えていた。
八爪の内面は歪んでいた。
八爪のそんな狂気に八卦は気付いていた。
だから
八卦は午の宅で一人で幻夜を産んだ。
生まれてきた我が子を八爪に会わせぬように。
幻夜が生まれて四日後の未の刻。
八卦が少しの間、
幻夜の許から離れた隙に八爪がそこへ忍び込んだ。
だが、そこに幻夜の姿はなかった。
八卦がどこかに隠した様子はなかった。
つまり幻夜は神隠しにあったのだ。
そう結論付けられた。
八爪の怒りは収まらなかった。
ここで八爪は卯の宅の地下室に監禁していた
八苦を本宅の座敷牢へと移した。
生きている八苦の姿を見て
八卦は心臓が止まるほど驚いた。
八苦は窶れていたが、
その表情や態度には勇ましく鋭い気性が
見てとれた。
衰えてさらにその美しさが極まる。
まさにその時の八苦がそれだった。
煌びやかで輝いているモノが美しいというのは
或る意味で俗世に染まった者の考えである。
本当の美しさというモノは
「侘び・寂び」の中にこそ存在している。
八苦もまた夜霧の血を引く者であった。
八苦の姿に八卦はしばしの間、目を奪われていた。
困惑
驚き
疑問
喜び
安堵
感謝
郷愁
そして愛。
様々な感情が八卦の胸の内でせめぎ合っていた。
その夜、
八爪は八卦を犯した。
座敷牢の前で。
八苦の見ている前で。
そして八卦は毎年のように子を産まされた。
その間、
八苦は暗い座敷牢で生かされ続け、
夜毎の二人の営みを目の前で見せつけられた。
闇耳が生まれた直後、
八卦は体を壊して寝込んだ。
元々体の弱かった八卦はこの時がきっかけで
子を産めない体になったが、
これでようやく
八爪の黒い欲望から解き放たれたことを考えると
彼女にとっては救いだったのかもしれない。
そして時が流れた。
闇耳が七つになったその日の朝、
八卦の亡骸が本宅の奥の間で発見された。
朝餉の席に姿を見せない八卦を
探しにいった孤独が見つけたのだ。
八卦は部屋の梁で首を吊っていた。
八爪は嘆き悲しみ、同時に激怒した。
そして
その怒りは八苦に向けられた。
八爪は座敷牢へ向かうと、
八卦という光を奪われた代償として、
八苦の両目から光を奪った。
八爪は八苦をすぐには殺さなかった。
これまで通り八苦を座敷牢で生かし続けた。
そして毎年、八卦の命日に罰を与えた。
その罰は八苦の名を体現していた。
翌年の命日には八苦の右足を斬り落とした。
三年目には左足を斬り落とした。
これで八苦は立ち上がることも
歩くこともできなくなった。
四年目には右腕を斬り落とした。
五年目には左腕を斬り落とした。
これで八苦は物を持つことも、
又、物に触ることさえできなくなった。
六年目には舌を抜いた。
これで八苦は言葉を失った。
七年目には両耳を塞がれた。
ついに八苦は音までも失った。
今年は八年目。
四日後には八卦の命日を迎える。
「これが俺達の親父、
夜霧八爪という男の正体だ。
俺達は親父の身勝手で歪んだ欲望から
生まれてきたんだ。
そしてお袋は最も憎むべき男の子供を
産んできたわけだ。
わかったか?」
闇耳は正座をして
孤独から顔を背けず
静かにその話に耳を傾けていた。
その時、
外から「チュンチュン」という
雀の囀りが聞こえてきた。
「その証拠に、
俺達兄妹は
それぞれが何らかの枷を背負って生まれてきた。
お袋の想いが俺達に遺伝したんだよ。
俺達の枷はお袋の呪いでもあるんだよ。
ひっひっひ」
そう言って孤独は自虐的に笑った。
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