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五章 お腹がいっぱい
<隅中 巳の刻> 昼餉
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乾の宅の前に
大小二人の対照的な体の男が立っていた。
「桐に鳳凰」の刺繍が施された
小豆色の着物を着た孤独と、
「桜に幕」の刺繍が入った
芥子色の着物を着た二郎だった。
「どうして兄ちゃんが付いてきたんだ?」
二郎は隣に立っている孤独を見下ろして
不思議そうに首を傾げた。
「そりゃあお前、あれだ。
悲しむ弟を励ましてやろうっていう
優しいお兄様の愛情だろ?」
「何でオラが悲しむんだ?」
二郎は人差し指を咥えると
ぼんやりと空を見上げた。
鳶と鴉が互いに警戒しながら
蒼穹を羽ばたいていた。
「かぁ、ったくよぉ、
おめえは何もわかってねぇんだな。
おめえは狐狸のことが好きなんだろ?」
「オラは狐狸姉ちゃんのことが大好きだど。
へへへ」
そう言って二郎は鼻の下を伸ばした。
「だからだよ」
「だから・・?」
二郎が今度は反対側へ首を傾げた。
「あー、面倒くせえ。
この話は終わりだ。
とりあえず、さっさと済ませるぞ」
二郎は不思議そうに孤独の顔を見ていたが、
すぐに気を取り直して大きく頷いた。
「わかったど、早く綺麗にするど。
だけどどうして
狐狸姉ちゃんの家の掃除をするんだ?
狐狸姉ちゃんの家はいつも綺麗だど」
「ま、それも中に入ればすぐにわかるだろうぜ」
そして孤独は溜息を吐くと乱暴に戸を引いた。
「ひっ」
一瞬の後、孤独の口から奇妙な声が漏れた。
「・・おいおいおい、何だよこの臭いはよぉ」
それから孤独は眉をひそめた。
「どうしたんだ、兄ちゃん?
早く入るど」
後から二郎が急かしたが、
孤独の足は戸口から動こうとはしなかった。
「早く掃除するど」
二郎は孤独の体をひょいと持ち上げて
脇へ押しやると、
一人でどすどすと中へ入っていった。
土間は一面、血の海だった。
そして血の匂いに混じって
辺りには耐え難く得体の知れない
腐臭が漂っていた。
入ってすぐ、
二郎の目が土間に落ちているモノを捉えた。
それは付け根の辺りから斬り落とされた
血みどろの左足だった。
その左足は皮膚が剥ぎ取られていて、
真っ赤な肉が露になっていた。
「おい!二郎!中はどうなってやがる」
外から孤独の声がした。
二郎は室内をぐるりと見回した。
土間から上がった畳の間も血の海で、
そこには血まみれの右足が転がっていた。
右足の近くに置かれた胴体には頭と腕がなく、
腹から内臓が飛び出していた。
そして部屋の中央にある囲炉裏には
火箸の代わりに腕が二本突き刺さっていた。
そしてその手の指はすべてが切り落とされていた。
「体がバラバラになって、内臓が飛び出てるど!」
二郎は外に向かって大声で叫んだ。
「気持ち悪ぃことを言うんじゃねぇよ、
馬鹿野郎!」
孤独は鼻を摘まんで恐る恐る戸口から中を覗くと
顔をしかめて躊躇いがちに足を踏み入れた。
「うへぇ。こりゃ予見の時よりもひでえな」
孤独が鼻を摘まんだまま呟いた。
その時、
孤独の目が土間の奥の炊事場にある竈を捉えた。
その竈の釜から飛び出ているモノに
孤独の目は釘付けになった。
それは人間の頭だった。
孤独がゆっくりとした足取りで釜へと近づいた。
釜で長時間茹でられたのか
その頭は見る影もなかった。
髪は焼かれたのかチリチリに焦げていて
頭皮が醜く爛れていた。
顔は所々、皮膚が溶けて肉と骨が露出していた。
右の目はそこにあるはずの眼球がなく、
真っ黒な空洞が空いていた。
左の目が飛び出していて、
辛うじて顔と繋がっていた。
開いた口から長い舌がだらりと垂れていた。
歯がすべて抜かれていた。
「姉貴の拷問好きもここまでくると病気だぜ・・」
孤独が口に手を当てて
吐きそうになるのを必死に堪えていた。
「兄ちゃん。掃除を始めていいか?」
畳の上から二郎の声がした。
「さっき朝飯を食ったばかりだろ?
本当に食い意地が張った野郎だぜ」
孤独は呆れたように呟くと
口を押さえたまま外へ飛び出した。
太陽が中空近くまで昇っていた。
どこからともなく
「ピーヒョロロ」という啼き声が聞こえてきた。
乾の宅の前に汚れた畳が積まれていた。
その前にしゃがみ込んで
煙管を吹かしている孤独の姿があった。
「軽い気持ちで
狐狸の亡骸を確認しに来ただけなのに
何で俺様が
こんなことまでしなきゃいけねえんだ。
ったく姉貴もやるなら自分の家でやってくれよ」
孤独はブツブツと一人不満を口にした。
そしてゆっくりと立ち上がると
大きく背伸びをした。
それから戸口の前に行くと
中へ向かって呼びかけた。
「おーい、二郎!
そっちはもう終わったか?」
「も、もう少しだど。
兄ちゃん、
これオラ一人で全部食っていいのか?」
「ああ。骨まで残さずに綺麗に食うんだぞ!」
それから孤独は
「おめえの愛する人の肉だからよ」
と小声で付け足した。
大小二人の対照的な体の男が立っていた。
「桐に鳳凰」の刺繍が施された
小豆色の着物を着た孤独と、
「桜に幕」の刺繍が入った
芥子色の着物を着た二郎だった。
「どうして兄ちゃんが付いてきたんだ?」
二郎は隣に立っている孤独を見下ろして
不思議そうに首を傾げた。
「そりゃあお前、あれだ。
悲しむ弟を励ましてやろうっていう
優しいお兄様の愛情だろ?」
「何でオラが悲しむんだ?」
二郎は人差し指を咥えると
ぼんやりと空を見上げた。
鳶と鴉が互いに警戒しながら
蒼穹を羽ばたいていた。
「かぁ、ったくよぉ、
おめえは何もわかってねぇんだな。
おめえは狐狸のことが好きなんだろ?」
「オラは狐狸姉ちゃんのことが大好きだど。
へへへ」
そう言って二郎は鼻の下を伸ばした。
「だからだよ」
「だから・・?」
二郎が今度は反対側へ首を傾げた。
「あー、面倒くせえ。
この話は終わりだ。
とりあえず、さっさと済ませるぞ」
二郎は不思議そうに孤独の顔を見ていたが、
すぐに気を取り直して大きく頷いた。
「わかったど、早く綺麗にするど。
だけどどうして
狐狸姉ちゃんの家の掃除をするんだ?
狐狸姉ちゃんの家はいつも綺麗だど」
「ま、それも中に入ればすぐにわかるだろうぜ」
そして孤独は溜息を吐くと乱暴に戸を引いた。
「ひっ」
一瞬の後、孤独の口から奇妙な声が漏れた。
「・・おいおいおい、何だよこの臭いはよぉ」
それから孤独は眉をひそめた。
「どうしたんだ、兄ちゃん?
早く入るど」
後から二郎が急かしたが、
孤独の足は戸口から動こうとはしなかった。
「早く掃除するど」
二郎は孤独の体をひょいと持ち上げて
脇へ押しやると、
一人でどすどすと中へ入っていった。
土間は一面、血の海だった。
そして血の匂いに混じって
辺りには耐え難く得体の知れない
腐臭が漂っていた。
入ってすぐ、
二郎の目が土間に落ちているモノを捉えた。
それは付け根の辺りから斬り落とされた
血みどろの左足だった。
その左足は皮膚が剥ぎ取られていて、
真っ赤な肉が露になっていた。
「おい!二郎!中はどうなってやがる」
外から孤独の声がした。
二郎は室内をぐるりと見回した。
土間から上がった畳の間も血の海で、
そこには血まみれの右足が転がっていた。
右足の近くに置かれた胴体には頭と腕がなく、
腹から内臓が飛び出していた。
そして部屋の中央にある囲炉裏には
火箸の代わりに腕が二本突き刺さっていた。
そしてその手の指はすべてが切り落とされていた。
「体がバラバラになって、内臓が飛び出てるど!」
二郎は外に向かって大声で叫んだ。
「気持ち悪ぃことを言うんじゃねぇよ、
馬鹿野郎!」
孤独は鼻を摘まんで恐る恐る戸口から中を覗くと
顔をしかめて躊躇いがちに足を踏み入れた。
「うへぇ。こりゃ予見の時よりもひでえな」
孤独が鼻を摘まんだまま呟いた。
その時、
孤独の目が土間の奥の炊事場にある竈を捉えた。
その竈の釜から飛び出ているモノに
孤独の目は釘付けになった。
それは人間の頭だった。
孤独がゆっくりとした足取りで釜へと近づいた。
釜で長時間茹でられたのか
その頭は見る影もなかった。
髪は焼かれたのかチリチリに焦げていて
頭皮が醜く爛れていた。
顔は所々、皮膚が溶けて肉と骨が露出していた。
右の目はそこにあるはずの眼球がなく、
真っ黒な空洞が空いていた。
左の目が飛び出していて、
辛うじて顔と繋がっていた。
開いた口から長い舌がだらりと垂れていた。
歯がすべて抜かれていた。
「姉貴の拷問好きもここまでくると病気だぜ・・」
孤独が口に手を当てて
吐きそうになるのを必死に堪えていた。
「兄ちゃん。掃除を始めていいか?」
畳の上から二郎の声がした。
「さっき朝飯を食ったばかりだろ?
本当に食い意地が張った野郎だぜ」
孤独は呆れたように呟くと
口を押さえたまま外へ飛び出した。
太陽が中空近くまで昇っていた。
どこからともなく
「ピーヒョロロ」という啼き声が聞こえてきた。
乾の宅の前に汚れた畳が積まれていた。
その前にしゃがみ込んで
煙管を吹かしている孤独の姿があった。
「軽い気持ちで
狐狸の亡骸を確認しに来ただけなのに
何で俺様が
こんなことまでしなきゃいけねえんだ。
ったく姉貴もやるなら自分の家でやってくれよ」
孤独はブツブツと一人不満を口にした。
そしてゆっくりと立ち上がると
大きく背伸びをした。
それから戸口の前に行くと
中へ向かって呼びかけた。
「おーい、二郎!
そっちはもう終わったか?」
「も、もう少しだど。
兄ちゃん、
これオラ一人で全部食っていいのか?」
「ああ。骨まで残さずに綺麗に食うんだぞ!」
それから孤独は
「おめえの愛する人の肉だからよ」
と小声で付け足した。
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