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乙女の祈りが、月の女神に届かんことを
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月から太陽へ引き継がれる時刻。
セレネディア王国に朝を告げる鳥達が飛び交い、この王国随一の大きさを誇る神殿から、今日も少年少女達の賛美する歌声が響きはじめた。
その高く清らかな歌声が響く神殿の奥、位の高い神官か王族のみ足を踏み入れることが許される場所がある。
“聖域”
そう称されるその扉を開けると、一番目につくのは一本の大樹。
明かりとりの窓も明かりもないというのに、大樹自ら光を放つ。
大人五人ほどでいっぱいになりそうな土地に根を生やし、囲む聖水と呼ばれる淡水に悠然と枝を伸ばして、一部先を浸からせている。 聖水の泉と合わせて“神樹”と呼ばれている大樹だ。
“神樹”のある“聖域”は、空気の入れ替えをしなくとも、外よりも清らかな空気が満たされている。
『ここは、神の国か……』
そう“神樹”の前で泣き崩れた神官長は何代前だったか―――。
“神樹”の前に女神かと見紛う少女が、紺色のドレスが汚れることも厭わず、礼拝の為に敷かれた大理石の床の上で両膝を着いてた。
キラキラと輝く蜂蜜を垂らしたような長い髪。 目が伏せられ、それによって白い肌に朱のさす頬に、長い睫毛が影をつくっている。
「どうか。どうか……」
両手を組んで祈るのは、この国の事。
――――どうか、この国をお救いくだい。
豊穣な土地に恵まれ、海も山にも面しており特産物もあるこの国で、何故、少女はそれを祈るのか……。
「ディアナ様。おはようございます」
熱心に祈る少女―――ディアナに挨拶をしたのは、最年少で高位の神官となったディアナの双子の兄フィンだった。
「フィン兄様」
ディアナの目が開かれ、『極上の宝石』と謳われるほどの美しい青色の瞳が現れる。
振り返ることで、ディアナの瞳にフィンが映った。
蜂蜜色の短髪に青の瞳の自分に似ている顔立ちのフィンに、ディアナは困ったように笑う。
「兄様が『ディアナ様』なんて……と思うけれど、しょうがないのよね」
「……。精霊王に祈っているのですか?」
他人行儀な兄にディアナが寂しそうな表情をさせたが、フィンは気づいていないように微笑んで問い掛けた。
実際は、フィンが整った眉をぴくっとさせたのだが、双子のディアナだけがわかる変化だったろう。
どんなにディアナが寂しいと思っても、オルデメンテル王の婚約者であるディアナには、兄でもこうしなければならない。
だから、ディアナは肩を竦ませてから首を横に振った。
「いいえ。精霊王には兄様が祈ってくれるでしょ? 私は、精霊王の奥方であるルナセレーネ様に祈っているのよ」
ディアナの言葉に、フィンはなるほどと頷いた。
精霊王は、この世界の最高位の神だ。この世界の生きとし生けるものを見守っている。
その奥方は、女性に優しい月の女神だ。
美しい妹なら尚の事、女神は願いを聞き届けてくれるだろうとフィンは納得した。
「きっと、このセレネディア王国随一、美しいと言われる貴方なら、ルナセレーネ様も願いを叶えてくださいましょう」
「やだわ。それって兄様もそうってことよ!」
「双子なんだから!」とフィンの言葉に照れたディアナは、顔を真っ赤にさせた。
そんな様子のディアナに、フィンは優しく瞳を細める。
「謙遜なされるな」
本当の事だと言うようなフィンの微笑みに、ディアナは目を零れそうなほど瞠り、次には照れ隠しで「兄様!」と怒ったように声を上げたが迫力はない。
更に赤くなったディアナが両頬を手で覆うと、それを見て口元を少し緩めたフィンは肩を竦めた。
だが、すぐに真面目な顔に戻り、フィンは「失礼いたします」とディアナの横につき、“神樹”へと平伏した。
本来、拝跪で良いのだ。
「に、兄様?」
困惑しているような焦っているような声色を無視して、フィンは床に額を付けた。
妹がセレネディア王との婚約が決まってから、“神樹”に一生懸命に祈っていることを知っているフィンは、兄としてどうしても妹の祈りを届けたかった。
だから、額突いてこう祈るのだ。
未来に憂う乙女の祈りが、月の女神に届かんことを。
と――――。
セレネディア王国に朝を告げる鳥達が飛び交い、この王国随一の大きさを誇る神殿から、今日も少年少女達の賛美する歌声が響きはじめた。
その高く清らかな歌声が響く神殿の奥、位の高い神官か王族のみ足を踏み入れることが許される場所がある。
“聖域”
そう称されるその扉を開けると、一番目につくのは一本の大樹。
明かりとりの窓も明かりもないというのに、大樹自ら光を放つ。
大人五人ほどでいっぱいになりそうな土地に根を生やし、囲む聖水と呼ばれる淡水に悠然と枝を伸ばして、一部先を浸からせている。 聖水の泉と合わせて“神樹”と呼ばれている大樹だ。
“神樹”のある“聖域”は、空気の入れ替えをしなくとも、外よりも清らかな空気が満たされている。
『ここは、神の国か……』
そう“神樹”の前で泣き崩れた神官長は何代前だったか―――。
“神樹”の前に女神かと見紛う少女が、紺色のドレスが汚れることも厭わず、礼拝の為に敷かれた大理石の床の上で両膝を着いてた。
キラキラと輝く蜂蜜を垂らしたような長い髪。 目が伏せられ、それによって白い肌に朱のさす頬に、長い睫毛が影をつくっている。
「どうか。どうか……」
両手を組んで祈るのは、この国の事。
――――どうか、この国をお救いくだい。
豊穣な土地に恵まれ、海も山にも面しており特産物もあるこの国で、何故、少女はそれを祈るのか……。
「ディアナ様。おはようございます」
熱心に祈る少女―――ディアナに挨拶をしたのは、最年少で高位の神官となったディアナの双子の兄フィンだった。
「フィン兄様」
ディアナの目が開かれ、『極上の宝石』と謳われるほどの美しい青色の瞳が現れる。
振り返ることで、ディアナの瞳にフィンが映った。
蜂蜜色の短髪に青の瞳の自分に似ている顔立ちのフィンに、ディアナは困ったように笑う。
「兄様が『ディアナ様』なんて……と思うけれど、しょうがないのよね」
「……。精霊王に祈っているのですか?」
他人行儀な兄にディアナが寂しそうな表情をさせたが、フィンは気づいていないように微笑んで問い掛けた。
実際は、フィンが整った眉をぴくっとさせたのだが、双子のディアナだけがわかる変化だったろう。
どんなにディアナが寂しいと思っても、オルデメンテル王の婚約者であるディアナには、兄でもこうしなければならない。
だから、ディアナは肩を竦ませてから首を横に振った。
「いいえ。精霊王には兄様が祈ってくれるでしょ? 私は、精霊王の奥方であるルナセレーネ様に祈っているのよ」
ディアナの言葉に、フィンはなるほどと頷いた。
精霊王は、この世界の最高位の神だ。この世界の生きとし生けるものを見守っている。
その奥方は、女性に優しい月の女神だ。
美しい妹なら尚の事、女神は願いを聞き届けてくれるだろうとフィンは納得した。
「きっと、このセレネディア王国随一、美しいと言われる貴方なら、ルナセレーネ様も願いを叶えてくださいましょう」
「やだわ。それって兄様もそうってことよ!」
「双子なんだから!」とフィンの言葉に照れたディアナは、顔を真っ赤にさせた。
そんな様子のディアナに、フィンは優しく瞳を細める。
「謙遜なされるな」
本当の事だと言うようなフィンの微笑みに、ディアナは目を零れそうなほど瞠り、次には照れ隠しで「兄様!」と怒ったように声を上げたが迫力はない。
更に赤くなったディアナが両頬を手で覆うと、それを見て口元を少し緩めたフィンは肩を竦めた。
だが、すぐに真面目な顔に戻り、フィンは「失礼いたします」とディアナの横につき、“神樹”へと平伏した。
本来、拝跪で良いのだ。
「に、兄様?」
困惑しているような焦っているような声色を無視して、フィンは床に額を付けた。
妹がセレネディア王との婚約が決まってから、“神樹”に一生懸命に祈っていることを知っているフィンは、兄としてどうしても妹の祈りを届けたかった。
だから、額突いてこう祈るのだ。
未来に憂う乙女の祈りが、月の女神に届かんことを。
と――――。
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