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第65話 英雄騎士の人生
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「それにですね。なんといっても……」
絵のことだ。挿絵画家に採用された決め手になった、あの絵……。
リュクレスが妻を見つめる視線とか。それを見つめ返す、乙女な視線の描き手とか。
……そういうことを言うのは、なんだかちょっと恥ずかしいが。
「いいモデルですよ、あなたは」
だからそう言ったのだった。
「そうか」
リュクレスが、少し嬉しげに笑う気配があった。
「お前の役に立てたのなら俺は嬉しいよ。……思えば、初めて会ったときからお前に心を奪われていた……」
「えっ!?」
「なんだその驚きは」
「え、だって。あの時……、結婚式のときに、『お前を愛するつもりはない』って……」
「……確かに言った。俺はあのとき、ただただ力に固執していたからな……」
「ええと、それってつまりフィメリア様のキスを受けるっていう……」
「そうだ。フィメリアの愛を得てキスをする。そのためにはお前という足がかりが必要だったし、そのお前を愛するワケにはいかなかった」
「でも、じゃあ……どうして……。どうしてさっきフィメリア様にキスをしなかったんですか」
リュクレスは再び黄金の空を仰ぎ見る。
「力はもういいと思ったからだ。どうせ借り物の力だ、俺のものじゃない。女神に押しつけられた力を女神に返すだけだ。俺は俺の心を取り戻す。……俺はもとの戦災孤児に戻るだけさ」
「リュクレス様……」
「ここから遠く離れた国の片田舎の小さな村が、俺の故郷だ。いや、故郷だった、だな……」
ぽつぽつと語り始めたのは、リュクレスの半生だった。
農民の次男坊として生まれたリュクレスは、その美貌もあり村で大人気だったとか。大人気過ぎて毎日毎日告白されていたとか。――戦争が起こって、住んでいた村も巻き込まれたとか。
結局、村は蹂躙されて。
逃げ遅れたリュクレスが、敵国の兵士に殺されそうになったまさにその時――。
「あいつが現れたんだ。『忘れられし愛の女神』……。忘れもしないさ、名前に反してな。敵の兵士を平気な顔して爆発させやがったあのグロい光景は」
「うわぁ……」
「それであいつは言ったんだよ。面白い男だ、大爆笑の方向にね、とな。さあ一流のコメディアンよ、もっと自分を笑わせておくれ。そのために力を授けよう。だが代償がある。素顔を見せてはいけない。素顔を見られれば力はなくなる、その代わり聖女と愛のキスを交わせば力は失われない、と……」
「そういうことだったんですか」
美貌を鼻に掛ける男をこらしめる、ちょっとしたおとぎ話。そんなものかと思っていたら、現実は存外重いものだった。
「俺は英雄力を手に入れた。凄い力だったよ。伝説級の邪竜ですら手も足も出ないほどの力……。だからフィメリアとキスする必要があった。俺は……、もう二度と、誰にも殺されかけたくなんかなかったから」
「それで……」
ソールーナは納得する。
リュクレスが命を失いかけたその時。彼は仮面の騎士として新しい命を得たのだ。それを与えたのが――。
(『忘れられし愛の女神』。リュクレス様の、ゲームの相手……)
絵のことだ。挿絵画家に採用された決め手になった、あの絵……。
リュクレスが妻を見つめる視線とか。それを見つめ返す、乙女な視線の描き手とか。
……そういうことを言うのは、なんだかちょっと恥ずかしいが。
「いいモデルですよ、あなたは」
だからそう言ったのだった。
「そうか」
リュクレスが、少し嬉しげに笑う気配があった。
「お前の役に立てたのなら俺は嬉しいよ。……思えば、初めて会ったときからお前に心を奪われていた……」
「えっ!?」
「なんだその驚きは」
「え、だって。あの時……、結婚式のときに、『お前を愛するつもりはない』って……」
「……確かに言った。俺はあのとき、ただただ力に固執していたからな……」
「ええと、それってつまりフィメリア様のキスを受けるっていう……」
「そうだ。フィメリアの愛を得てキスをする。そのためにはお前という足がかりが必要だったし、そのお前を愛するワケにはいかなかった」
「でも、じゃあ……どうして……。どうしてさっきフィメリア様にキスをしなかったんですか」
リュクレスは再び黄金の空を仰ぎ見る。
「力はもういいと思ったからだ。どうせ借り物の力だ、俺のものじゃない。女神に押しつけられた力を女神に返すだけだ。俺は俺の心を取り戻す。……俺はもとの戦災孤児に戻るだけさ」
「リュクレス様……」
「ここから遠く離れた国の片田舎の小さな村が、俺の故郷だ。いや、故郷だった、だな……」
ぽつぽつと語り始めたのは、リュクレスの半生だった。
農民の次男坊として生まれたリュクレスは、その美貌もあり村で大人気だったとか。大人気過ぎて毎日毎日告白されていたとか。――戦争が起こって、住んでいた村も巻き込まれたとか。
結局、村は蹂躙されて。
逃げ遅れたリュクレスが、敵国の兵士に殺されそうになったまさにその時――。
「あいつが現れたんだ。『忘れられし愛の女神』……。忘れもしないさ、名前に反してな。敵の兵士を平気な顔して爆発させやがったあのグロい光景は」
「うわぁ……」
「それであいつは言ったんだよ。面白い男だ、大爆笑の方向にね、とな。さあ一流のコメディアンよ、もっと自分を笑わせておくれ。そのために力を授けよう。だが代償がある。素顔を見せてはいけない。素顔を見られれば力はなくなる、その代わり聖女と愛のキスを交わせば力は失われない、と……」
「そういうことだったんですか」
美貌を鼻に掛ける男をこらしめる、ちょっとしたおとぎ話。そんなものかと思っていたら、現実は存外重いものだった。
「俺は英雄力を手に入れた。凄い力だったよ。伝説級の邪竜ですら手も足も出ないほどの力……。だからフィメリアとキスする必要があった。俺は……、もう二度と、誰にも殺されかけたくなんかなかったから」
「それで……」
ソールーナは納得する。
リュクレスが命を失いかけたその時。彼は仮面の騎士として新しい命を得たのだ。それを与えたのが――。
(『忘れられし愛の女神』。リュクレス様の、ゲームの相手……)
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