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第56話 夜の庭園

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 出版社の編集長ヨスターと別れたあと、ソールーナは夜の中庭へと降りていた。
 というのも、バルコニーからユミリオを見かけたからだ。

 だが、ユミリオの姿はすでになかった。

(挿絵画家採用のお礼を申し上げたかったのになぁ……)

 そう思ったとき――、

「ソールーナさん」

 背後からささやき声をかけられた。
 振り向くと、そこにはユミリオの姿がある。

「ユミリオ様!」

「やぁ。奇遇ですね」

 ユミリオは微笑んで手をあげた。だがどこかその笑顔が硬い。

「お散歩ですか? 月明かりが美しい夜ですからね」

「いいえ、違います。ユミリオ様を探してたんです」

「僕を?」

「はい。あのですね、私、ヨスターさんとお会いして……」

「そうですか。それでは、採用の件を聞いたのですね」

「はい!」

 ソールーナは元気よく頷いた。

「ユミリオ様も知ってたんですね! ありがとうございました、ユミリオ様!」

「それは何よりです。でもすみませんでした、本当なら僕がヨスターさんとあなたを仲介しなければならなかったのに……」

 そんなことを言いつつも、ユミリオの表情は変わらず硬い。が、ソールーナは構わず言葉を続ける。

「とんでもないですよ! ユミリオ様にはもう十分すぎるほど良くしていただきました。感謝してもしきれません!」

「そう言っていただけると助かります」

「それで、ユミリオ様――」

 しかし、その言葉は中途で途切れた。
 ――ユミリオの手で口をふさがれたのだ。

「!?」

 突然のことにソールーナは目を丸くする。

「すみません、緊急事態です」

 ユミリオは早口で言うと、強引にソールーナを近くの植え込みの影へと引きずっていく。

「!?」

「静かに。何もしないから。お願いします……」

 普段から紳士的な彼に静かにそう言われては、ソールーナは大人しく従うしかない。

「……」

 だがソールーナは涙目になって問うたのだった。

「も、もごもご、もごもご」

「しっ」

 ユミリオは鋭く制すると、無言で茂みの向こうを指し示した。
 そちらへ視線を向けると――、

「あら? いま知り合いの声が聞こえたような気がしたのですが……」

「それ以上は野暮というものですよ、フィメリア。素晴らしい月夜ではありませんか。こんな夜は、人も動く、事も動く……。実にいろいろなことが起こるものなのです」

 月明かりのなかそぞろ歩いて歩いてきたのは、フィメリア王女とその婚約者、オーデンの王子ベルナールだった。
 パーティー会場を抜け出してきたのだ。

「……そうですわね。ということは、私たちも月に見守られていろいろと動いてしまうのかしら」

 扇で顔を隠してくすりと笑うフィメリア王女。
 それに答えるように、ベルナール王子は爽やかな笑みを浮かべた。

「もちろん。この月のように美しく清らかなあなたが望むのならば……。このベルナール、月を覆い隠す雲にもなりましょう」

「まあ、お上手ですこと。本当に噂通りの方ですのね」

「噂? どのような噂だというのです?」

「女泣かせ、女たらしだ。何人ものご令嬢と浮き名を流されたとかなんとか……」

「確かにそんなこともありました」

 ベルナールの視線が熱くフィメリアを捉えている。

「だが、それは過去のことだ。あなたと出会った僕は、もはやあなたの虜……。あなた以外目に入らない」

「まあ、本当にお口が達者でいらっしゃること」

 上品に笑うフィメリア王女。

「もご……」

 それはそれとして、ソールーナはそろそろ限界だった。息苦しさに顔を赤くしながら、ユミリオの手を音が出ないよう注意しながら激しく連打する。

「……あ、すみません」

 ユミリオが小さく声をあげソールーナから手をどかした。

「ぷはっ! はぁ、はぁ……」

 ようやく新鮮な空気にありつけたソールーナは、大きく深呼吸をする。

「ユミリオ様、いったいこれは……」

「見ての通りですよ。僕は姉上を守りたい」

「守るって……」

 ソールーナは呆然と呟く。

「婚約者同士が夜のデートをしてるだけじゃありませんか」

「それが問題なのです。あの男は信用ならない」

 ユミリオは真剣な顔である。

「姉上の詰問にあいつも認めましたよね。今まで幾人もの女性を泣かせてきたと」

「詰問て」

「姉上もあいつを警戒されているのですよ。ですが警戒しているだけでは意味がない。だから僕が姉を守るんです」

「えぇっと……」

 ソールーナは困惑するしかない。

「それは……どういった……?」

「簡単なことです。見張るのですよ。ベルナール殿下がなにかしようとしたら、僕は飛び出して姉上を守る。それが……」

 そこでユミリオは言葉を切った。
 彼は拳を強く握りしめながら言う。

「僕の役目だ」

 彼の決意は固いようだった。



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