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第47話 荒れるリュクレス
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時は、ほんの少しだけさかのぼる。
その日、リュクレスは朝からそわそわしながら王宮騎士団の騎士達の訓練相手をしていた。
それもそのはず、今日はユミリオがタウンハウスに来る日なのである。
――それも、非常識なことに、リュクレスが騎士団にいる間に、だ。
もちろん、ソールーナを好きだとか嫉妬しているだとか、そういうのではない。
ないのだが、それでも自分の妻のもとに堂々と来るなんて面白くないに決まっている。
いや、と思い直す。気にする必要などないのだ。
たとえ自分が騎士団で若手騎士たちに訓練を付けている最中にソールーナとユミリオがタウンハウスで密会していても。それは、あのソールーナがいうのだから間違いなく本当に絵のモデルとして来ているだけだろう……。
だがユミリオはどうだろうか。
リュクレスは権力者というものを信用していない。何かというと向こうの都合で事実をねじ曲げてくるからだ。
もしかしたらユミリオから、夫婦の寝室でイチャイチャしよう、との申し出があるかもしれない。絵のモデルでそういういのが必要になった、とか言われたら……、ソールーナはその申し出を断らないだろう。
そうしたらもうユミリオは口八丁手八丁でソールーナを騙くらかして、ベッドで二人が眼を見つめ合って、抱きしめ合って、キスして――
嫌な妄想をしてしまったリュクレスは、気合一閃、構えた訓練用の剣を振り下ろした。
「はぁっ!!!!!」
ズバァンッ!!! 渾身の一撃が、訓練場の地面を抉る。
剣で叩きつけただけなのに、まるで大きな岩石が打ち落とされたようなクレーターがそこに広がっていた。
すんでのところで避けた組み手相手の若手騎士が真っ青な顔でそれを見ている。
他の若手騎士が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ど、どうしたんですかリュクレスさん!?」
「ああ、ちょっと虫がいた、すまない。退治したから続けよう」
「は、はい……」
冷や汗を流す彼らは、それでも言われた通りの訓練を再開する。
で、どこまで想像したっけ? そうそう、夫婦のベッドでユミリオとソールーナが見つめ合って抱きしめてキスして、そのあと二人は服を……
「ふんッ!!」
リュクレスは剣を横に薙いだ。凄まじい剣風が巻き起こり、訓練場の壁に大きな亀裂が走る。どうにも力加減ができない……。
「リュクレスさん!?」
「大丈夫だ。続けよう」
慌てて駆け寄ってくる騎士たちにそう告げると、リュクレスは改めて素振りを始めた。
「ああ、今日はいい天気だな」
「空いっぱいに雲が広がっていますが……」
「ハァッ!!」
リュクレスは剣を真上に向かって切り上げた。
鋭い剣風が空へと向かっていき、雲が真っ二つになって割れる。
「今日もいい天気だな!」
「は、はい」
圧倒された様子の騎士たちは、ひそひそと話を始める。
「使ってるのって訓練用の剣であって聖剣とかじゃないよな?」
「俺たちと同じやつな筈。つまりこれはリュクレスさん自身の力だ……」
「さすが邪竜退治の英雄だよな……」
「でもなんか今日のリュクレスさん怖いよな?」
「だよな。なんかこう……殺気がこっちまで伝わってくるっていうか……」
「確かに。それに力の加減ができてないっていうか……」
「はー、ほんといい天気だ」
リュクレスは切った雲の合間から見える青空を見上げながら、仮面のなかの空色の眼を細める……。
「まさにデート日和だよなぁ。こんな日はデートしたいよなぁ。そうだそうだ、家の中のデートじゃなくて外のデート……」
ぐっ、と剣の柄を握りしめるリュクレス。
「おい、お前。俺と決闘しろ」
「え、いや、でも、それは……!」
「いいから来い」
「ま、待ってください! 俺たちがリュクレスさんと戦うなんて無理です! な、なあ」
「そ、そうですよ! 勘弁してください!!」
「黙れ。今俺は命をかけた真剣勝負がしたいんだ。本気で俺を殺しにかかってこい!」
「ちょ、ま……」
「うわ、来るぞ!」
「逃げろぉおおおっ!」
騎士たちが散り散りに逃げていくのを見ながら、リュクレスは首を傾げた。
「ふん、そういう作戦か? ならばこっちにも考えがあるぞ」
独りごちながら腰だめに剣を構え、そして横凪に振り払おうとした、そのとき――
「ストーップ!!」
「ぅっ!?」
突然後ろから羽交い締めにされ、リュクレスは動きを止めたのだった。
騎士団長の優男サイモンである。さすがは騎士団長、気配を感じなかった。
その日、リュクレスは朝からそわそわしながら王宮騎士団の騎士達の訓練相手をしていた。
それもそのはず、今日はユミリオがタウンハウスに来る日なのである。
――それも、非常識なことに、リュクレスが騎士団にいる間に、だ。
もちろん、ソールーナを好きだとか嫉妬しているだとか、そういうのではない。
ないのだが、それでも自分の妻のもとに堂々と来るなんて面白くないに決まっている。
いや、と思い直す。気にする必要などないのだ。
たとえ自分が騎士団で若手騎士たちに訓練を付けている最中にソールーナとユミリオがタウンハウスで密会していても。それは、あのソールーナがいうのだから間違いなく本当に絵のモデルとして来ているだけだろう……。
だがユミリオはどうだろうか。
リュクレスは権力者というものを信用していない。何かというと向こうの都合で事実をねじ曲げてくるからだ。
もしかしたらユミリオから、夫婦の寝室でイチャイチャしよう、との申し出があるかもしれない。絵のモデルでそういういのが必要になった、とか言われたら……、ソールーナはその申し出を断らないだろう。
そうしたらもうユミリオは口八丁手八丁でソールーナを騙くらかして、ベッドで二人が眼を見つめ合って、抱きしめ合って、キスして――
嫌な妄想をしてしまったリュクレスは、気合一閃、構えた訓練用の剣を振り下ろした。
「はぁっ!!!!!」
ズバァンッ!!! 渾身の一撃が、訓練場の地面を抉る。
剣で叩きつけただけなのに、まるで大きな岩石が打ち落とされたようなクレーターがそこに広がっていた。
すんでのところで避けた組み手相手の若手騎士が真っ青な顔でそれを見ている。
他の若手騎士が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ど、どうしたんですかリュクレスさん!?」
「ああ、ちょっと虫がいた、すまない。退治したから続けよう」
「は、はい……」
冷や汗を流す彼らは、それでも言われた通りの訓練を再開する。
で、どこまで想像したっけ? そうそう、夫婦のベッドでユミリオとソールーナが見つめ合って抱きしめてキスして、そのあと二人は服を……
「ふんッ!!」
リュクレスは剣を横に薙いだ。凄まじい剣風が巻き起こり、訓練場の壁に大きな亀裂が走る。どうにも力加減ができない……。
「リュクレスさん!?」
「大丈夫だ。続けよう」
慌てて駆け寄ってくる騎士たちにそう告げると、リュクレスは改めて素振りを始めた。
「ああ、今日はいい天気だな」
「空いっぱいに雲が広がっていますが……」
「ハァッ!!」
リュクレスは剣を真上に向かって切り上げた。
鋭い剣風が空へと向かっていき、雲が真っ二つになって割れる。
「今日もいい天気だな!」
「は、はい」
圧倒された様子の騎士たちは、ひそひそと話を始める。
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ぐっ、と剣の柄を握りしめるリュクレス。
「おい、お前。俺と決闘しろ」
「え、いや、でも、それは……!」
「いいから来い」
「ま、待ってください! 俺たちがリュクレスさんと戦うなんて無理です! な、なあ」
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「黙れ。今俺は命をかけた真剣勝負がしたいんだ。本気で俺を殺しにかかってこい!」
「ちょ、ま……」
「うわ、来るぞ!」
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独りごちながら腰だめに剣を構え、そして横凪に振り払おうとした、そのとき――
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「ぅっ!?」
突然後ろから羽交い締めにされ、リュクレスは動きを止めたのだった。
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