上 下
32 / 67

第32話 キスの効能?

しおりを挟む
 夜、夫婦の寝室にて。

 愛読書『姉騎士と僕の微妙な関係』をパタリと閉じ、ソールーナはリュクレスに向き直った。

「というわけで、エルミリオ様」

「誰がエルミリオだ」

 ベッドに寝転がったまま、リュクレスがムスっと言い返す。もちろん白い仮面はつけたままである。

 いけない、小説に入り込みすぎて頭の中がエルミリオ一色になっていた。
 ソールーナは慌てて認識を現実世界にチューンナップした。

「すみませんリュクレス様。では改めて。というわけで、明日から三日間、ユミリオ様の側仕えをすることになりました」

「あっそ」

 思ったほどの反応を得られず、ソールーナは小首を傾げた。

「それだけですか?」

「ああ」

「なんかつれないですね」

 嫉妬しろとはいわないが、もう少しくらい感心は持って欲しかった。

「当たり前だろ。たったの三日間だぞ。これでフィメリアの婚約がなくなるっていうのなら話は別だが……」

「そこまでの影響力はないですよ。ただの出張ですし」

「だろ? ならこれ以上なんの反応をしたらいいっていうんだよ」

「もうちょっとこう、『俺は反対だ』『男に仕えるなど心配だ』『浮気するなよ』とかそういう心配があってもいいんじゃないでしょうか」

「なんだよ。嫉妬して欲しいのか?」

「ああ、それなんですが……」

 ソールーナは少し口ごもった。

「これは姫様の作戦でして……」

「フィメリアの?」

「はい。なんでも、私をユミリオ様の側仕えにして、仲良くさせて、リュクレス様に嫉妬させようとしているのだとか」

「アホか」

「私もそう思います。ですが相手は王女様ですので……」

「宮仕えってほんと辛いんだな。アホな上司の思いつきに付き合わねばならんとは」

 ここまで言われれば、さすがにソールーナもムッとなる。

「そんなアホアホ言わないでください。フィメリア様はご聡明なお方ですよ」

「お前もアホには同意しただろが」

「そ、それは。でもフィメリア様は本当に素晴らしいお人なんですよ。困っている人を放っておくことのないお人で、とても慈悲深くて……。まさに聖女と呼ばれるにふさわしいお人柄で――」

「一言でいうと『お節介』だな」

「……ま、まあ、行きすぎたところもあるにはありますし、それがお節介に見えてしまうこともあるでしょうね」

 そのものズバッと言ってくるリュクレスに、ソールーナはなんとかフォローを入れようとする。
 だがリュクレスは寝転がったまま手をひらひらと振ってそれを制した。

「お節介姫様のお相手は大変だな、ソールーナ」

「……し、仕事ですから」

「まぁ、それでももしユミリオになにかされそうになったら俺の名を呼べよ。すぐに駆けつけて助けるから」

「え?」

 意外なことをいう彼に、ソールーナは思わずドキリとしてしまった。

「やっぱり私のこと心配して……」

「違う。神与の英雄力を持つ英雄としての義務みたいなもんだ。お前には俺の加護がついているから、何かあればすぐにわかる」

「……加護?」

「キスしただろ」

「……っ」

 ソールーナの心臓が跳ねた。

 あの異空間の花園でしたキスのこと。それから、その日の夜にのしかかってきた彼の体重のこと……。それらを思い出してしまったのだ。

「キ、キスがなんだっていうんですか。キスくらいで私の心が動くとでも思ったら大違いなんですからねっ」

「ああ、お前は気づいてないのか。あのキスからこっち、どうも変な感覚があってな……」

 言いながら、彼は仰向けになって、手を上に突き出した。まるで何かをつかみ取るように拳を握る。

「お前の気配をビンビン感じるんだ。力がみなぎってくる感じがするっていうか……」

「それはいったい……?」

「分からん。ただそういう感じがする、というだけだ」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru
恋愛
結婚目前で婚約を解消されてしまった侯爵令嬢ヴィオレッタ。 相手は平民で既に子もいると言われ、その上「側妃となって公務をしてくれ」と微笑まれる。 静かに怒り沈黙をするヴィオレッタ。反対に日を追うごとに窮地に追い込まれる王子レオン。 側近も去り、資金も尽き、事も有ろうか恋人の教育をヴィオレッタに命令をするのだった。 前半は一度目の人生です。 ※作品の都合上、うわぁと思うようなシーンがございます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

処理中です...