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第13話 誘い込まれた幻想花園
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本当は、行きたくない。
ソールーナはフィメリア王女の衣装部屋の扉を見つめながら忸怩たる想いに浸っていた。
それでも行かねばならぬ。この先に罠が待ち受けているのを知りつつも、それでも進まねばならぬ時が宮仕えには存在するのだ。なにせ相手は王女様。しかも直接の上司に当たるフィメリア王女だ。
(……迷ってても仕方ない。ソールーナ、行きます!)
ソールーナは意を決すると、深呼吸をし、ドアに手をかけノブをひねり一気に扉を開いた……。
が、さっそく目眩を感じてしまう。
「う……」
しばし立ち尽くし、目眩をやり過ごしてから顔を上げると――
ふわり、と。心地よい花の香の風がソールーナの黒い髪を撫でていく。
そこは見渡す限りの花園だった。
「なっ……」
思わず絶句してしまうソールーナ。
何かあるとは思っていたが、これは……。
「なんて綺麗なの……!」
色とりどりの花々が咲き乱れる花畑。雲が一つも存在しない、吸い込まれそうな青空。ソールーナの右手の方に一つだけぽつんとある天蓋付きのベッド以外は他になにもない美しい花園……。
まるでおとぎ話の妖精の国に迷い込んだような錯覚を覚えるほどに、とても美しく、また優しい空間が地平の彼方までも続いている。
その光景はあまりにも異常だった。
だってここは衣装部屋のはずなのに……。
ハッとして後ろを振り返るが、そこにドアはない。
「帰れない!? ……まぁ、いいか」
呟きつつ、ソールーナは景色に見とれるのをやめない。
「だってこんなに綺麗なんだもの……」
思わずため息をつくソールーナ。
さっそくスケッチしよう。
だが。
「うそっ!?」
肝心のスケッチブックがないのだ。
「姫様ー! こういうことは先に言ってください! スケッチブック持ってきたのにー!!」
ソールーナは心の底からそう叫んだ。
ただ、ないものは仕方がない。
かくなる上は……。
「よしっ!」
ソールーナは意を決し、目をカッと見開いた。
この景色の全てを暗記するのだ。
~1時間後~
「むにゃぁ……お腹いっぱい……」
「……おい、結局それかよ」
「ん……もう食べられません……」
「お前は食べる夢しか見ないのか?」
呆れたようなリュクレスの声。
ハッとして目を覚ますと、そこには白い仮面のリュクレスがいた。
「あ……リュクレス様」
「おはよう、食いしん坊な眠り姫」
朝だ。いつもの朝の挨拶。
そして周囲には確認するまでもなく美しい花園が広がっている。そのなかに備えられた天蓋付きの大きなベッドにソールーナは寝ていた。
夢ではないのだ。
「よく眠れたか?」
「はい」
「ならよかった。ところで……」
彼は辺りを見回した。
「お前、ここについて何か知っているか?」
「リュクレス様!」
ソールーナは飛び起きると、リュクレスが着込んだ騎士団の黒い制服の首っ玉をぐいと両手で掴み上げた。
「うおっ、なんだよ!?」
「スケッチブック、持ってないですか!?」
「は?」
「スケッチブックか、さもなくば鉛筆とかペンとか、そういう何か書くもの……!」
「持ってないが」
「ああ、なんてこと……!」
ソールーナは握りしめた首っ玉にギリギリと力を込める。
「ちょ、首、苦しいんだが」
「こんないい景色を目の前にしてスケッチブックも鉛筆もないなんて……せめてあとから来たあなたには持っていてほしかった……!」
「なに言ってんだお前」
「この絶景を絵に描くんですよ。決まってるでしょ?」
「……この状況で、言うことがそれか?」
そう言いながら、仮面の下のリュクレスの眼がすっと細くなった。
「……冗談のつもりで言っているのならまったく面白くないからな。むしろ、時と場合を無視した冗談は気分が悪くなる」
「冗談なわけないでしょう? 目の前にこれだけの絶景が広がっているのですよ? リュクレス様はなにも感じないのですか、この神秘の花園に!」
「とりあえず離してもらえるか? いっとくが、ここで俺を落としても意味はないぞ?」
「そっちこそなにわけ分からないこと言ってるんですか。こんな綺麗な場所、スケッチしないでどうするんですか。網膜フル拡張で覚えたって覚えきれません! ああああああ勿体ない!!!!」
「分かった。だから、離してくれ……」
「そんなことよりスケッチです!!!」
「紙と鉛筆がないのなら、地面に指で描いてみたらどうだろうか」
「持ち運べないでしょ! 馬鹿にしてるんですか!?」
「悪かった落ち着け。目が血走ってる」
「……ふんっ」
ソールーナはリュクレスの黒い制服の首っ玉を渋々離すと、自分の着ている地味な色合いのドレスを意味もなくさっと払う。
「まあ、いいですよ。あなたは私の夫でもあるわけですし、これくらいで勘弁してあげます」
「なんだそりゃ」
「ない袖は振れない、地面の絵は持ち運べない……、そういうことです」
「ごめんちょっと意味分からないわ」
リュクレスは確実に引いていた。
ソールーナはフィメリア王女の衣装部屋の扉を見つめながら忸怩たる想いに浸っていた。
それでも行かねばならぬ。この先に罠が待ち受けているのを知りつつも、それでも進まねばならぬ時が宮仕えには存在するのだ。なにせ相手は王女様。しかも直接の上司に当たるフィメリア王女だ。
(……迷ってても仕方ない。ソールーナ、行きます!)
ソールーナは意を決すると、深呼吸をし、ドアに手をかけノブをひねり一気に扉を開いた……。
が、さっそく目眩を感じてしまう。
「う……」
しばし立ち尽くし、目眩をやり過ごしてから顔を上げると――
ふわり、と。心地よい花の香の風がソールーナの黒い髪を撫でていく。
そこは見渡す限りの花園だった。
「なっ……」
思わず絶句してしまうソールーナ。
何かあるとは思っていたが、これは……。
「なんて綺麗なの……!」
色とりどりの花々が咲き乱れる花畑。雲が一つも存在しない、吸い込まれそうな青空。ソールーナの右手の方に一つだけぽつんとある天蓋付きのベッド以外は他になにもない美しい花園……。
まるでおとぎ話の妖精の国に迷い込んだような錯覚を覚えるほどに、とても美しく、また優しい空間が地平の彼方までも続いている。
その光景はあまりにも異常だった。
だってここは衣装部屋のはずなのに……。
ハッとして後ろを振り返るが、そこにドアはない。
「帰れない!? ……まぁ、いいか」
呟きつつ、ソールーナは景色に見とれるのをやめない。
「だってこんなに綺麗なんだもの……」
思わずため息をつくソールーナ。
さっそくスケッチしよう。
だが。
「うそっ!?」
肝心のスケッチブックがないのだ。
「姫様ー! こういうことは先に言ってください! スケッチブック持ってきたのにー!!」
ソールーナは心の底からそう叫んだ。
ただ、ないものは仕方がない。
かくなる上は……。
「よしっ!」
ソールーナは意を決し、目をカッと見開いた。
この景色の全てを暗記するのだ。
~1時間後~
「むにゃぁ……お腹いっぱい……」
「……おい、結局それかよ」
「ん……もう食べられません……」
「お前は食べる夢しか見ないのか?」
呆れたようなリュクレスの声。
ハッとして目を覚ますと、そこには白い仮面のリュクレスがいた。
「あ……リュクレス様」
「おはよう、食いしん坊な眠り姫」
朝だ。いつもの朝の挨拶。
そして周囲には確認するまでもなく美しい花園が広がっている。そのなかに備えられた天蓋付きの大きなベッドにソールーナは寝ていた。
夢ではないのだ。
「よく眠れたか?」
「はい」
「ならよかった。ところで……」
彼は辺りを見回した。
「お前、ここについて何か知っているか?」
「リュクレス様!」
ソールーナは飛び起きると、リュクレスが着込んだ騎士団の黒い制服の首っ玉をぐいと両手で掴み上げた。
「うおっ、なんだよ!?」
「スケッチブック、持ってないですか!?」
「は?」
「スケッチブックか、さもなくば鉛筆とかペンとか、そういう何か書くもの……!」
「持ってないが」
「ああ、なんてこと……!」
ソールーナは握りしめた首っ玉にギリギリと力を込める。
「ちょ、首、苦しいんだが」
「こんないい景色を目の前にしてスケッチブックも鉛筆もないなんて……せめてあとから来たあなたには持っていてほしかった……!」
「なに言ってんだお前」
「この絶景を絵に描くんですよ。決まってるでしょ?」
「……この状況で、言うことがそれか?」
そう言いながら、仮面の下のリュクレスの眼がすっと細くなった。
「……冗談のつもりで言っているのならまったく面白くないからな。むしろ、時と場合を無視した冗談は気分が悪くなる」
「冗談なわけないでしょう? 目の前にこれだけの絶景が広がっているのですよ? リュクレス様はなにも感じないのですか、この神秘の花園に!」
「とりあえず離してもらえるか? いっとくが、ここで俺を落としても意味はないぞ?」
「そっちこそなにわけ分からないこと言ってるんですか。こんな綺麗な場所、スケッチしないでどうするんですか。網膜フル拡張で覚えたって覚えきれません! ああああああ勿体ない!!!!」
「分かった。だから、離してくれ……」
「そんなことよりスケッチです!!!」
「紙と鉛筆がないのなら、地面に指で描いてみたらどうだろうか」
「持ち運べないでしょ! 馬鹿にしてるんですか!?」
「悪かった落ち着け。目が血走ってる」
「……ふんっ」
ソールーナはリュクレスの黒い制服の首っ玉を渋々離すと、自分の着ている地味な色合いのドレスを意味もなくさっと払う。
「まあ、いいですよ。あなたは私の夫でもあるわけですし、これくらいで勘弁してあげます」
「なんだそりゃ」
「ない袖は振れない、地面の絵は持ち運べない……、そういうことです」
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