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第11話 聖域への使い魔

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 フィメリアは紅茶を一口飲み、困ったように笑みを浮かべた。

「……つまり。ソールーナを愛するつもりはないだとだか、仮面越しのキスだとかは、リュクレスがまだに私を諦めていないって宣言なのよね……」

 はぁ、とため息を付き紅茶に口をつけるフィメリア。
 フィメリアのいうとおり、これはリュクレスの意思なのだ。自分はこの結婚には納得などしていない。まだフィメリアを諦めてなどいないからな、という……。

 ユミリオが頷く。

「そうです。もしリュクレスが『この結婚は無効だ、何故なら神に誓ってはいないから』と言い張れば、僕たちは手出しができないということになります」

「でも書類上は夫婦なんですから……」

 ユミリオもフィメリアも、少し考えすぎなのはないか? とソールーナは思う。
 いくら『お前を愛するつもりはない』と宣言されようが、書類上は夫婦なのだ。重婚を認めないこの国ではそれだけでフィメリアへの抑止力となる。

「ええ。ですからこれは、念のため、になるのですが。念のために――」

 ユミリオはそこで言葉を切る。

「念のために……?」

 ソールーナが促すと、こんどはフィメリアが口を開いた。

「念のために。あなたにはキスをしてもらわなくてはならないの」

「……キ、キス!?」

 思わず声が裏返ってしまうソールーナ。

「どうやって。相手は仮面被ってるんですよ? ぶつかった拍子にキスを狙うにしたって、また仮面越しのキスになるのが関の山です」

「夫婦なのですし、寝込みを襲うとか、そういうこともできますでしょう?」

「いえそんな……、無理ですよ。相手はリュクレス様ですよ!? 邪竜退治しちゃうような人の寝込み襲ったらこっちが逆に襲われますよ」

「それならそれで好都合……、いや、すみません」

 ユミリオはこほんと咳払いをする。

「とにかく、いま一番彼に近しいのは妻であるソールーナさんなんです。だから彼の隙を突くことができるのも、ソールーナさん、あなたが一番可能性が高い。そのあなたが彼とキスするのは夫婦としての道理にもかなっている。いい事ずくめではありませんか」

「でも殺すって言われてるですよ、寝込みに仮面取ったら」

「冗談でしょう、きっと」

「冗談で殺されて生き返るんなら仮面取りますけど。ユミリオ様、冗談で殺された私のこと生き返らせてくれます?」

「……すみません、もうちょっと慎重にしましょう」

「うーん。なんだかもうちょっと……」

 フィメリアは小首を傾げている。

「姉上?」

「ごめんなさい、もうちょっとで良い案が思いつきそうな気がするの……ここまで来てるのよ。ここまで」

 と首を指さすフィメリアだが、やがて……。

「……そうだわ」

 その聡明な青い目に、叡智の光が宿った。

「そうだ、これでいきましょう。我ながらいいアイディアだわ」

「姫様、何を……?」

「ソールーナ……、あなたにはもう一働きしてもらいますわよ」

「え、だから私リュクレス様の寝込み襲えるほど強くないですからね!?」

「大丈夫。そんなことにはならないわ」

 フィメリアはすっと手を横に差しのばした。手のひらに光の弾が生まれる。少し手をひねると、光は形を変えて美しい白銀の小鳥の姿になった。

「行きなさい、わたくしの可愛い使い魔よ」

 フィメリアの言葉に呼応するように羽ばたいた白銀の翼の小鳥は、フィメリアの周囲をくるりと回ってから青い空に飛んでいく。

「姫様……?」

 不思議そうな顔をするソールーナに、フィメリアは微笑んだ。

「……聖域に使い魔を飛ばしました。じきに力を使う許可をいただけることでしょう」

「え……」

「自分の力を自分の判断だけで使うことができないというのは本当に厄介ね。もっとスムーズに行きたいものだわ」

 フィメリア・アントセルモ、17歳。彼女は莫大な魔力を持ち、聖女姫の異名を持つほどの希代の聖女なのである。

「ユミリオ、私だけじゃ無理かもしれないの。だからあなたの力を貸してくれる?」

「かしこまりました、姉上。姉上に頼りにされたとあってはこのユミリオ、耳から血を吹き出してでも姉上のために力を出し切る所存であります」

「ありがとう、ユミリオ。でも血を吹き出しちゃだめよ?」

「お優しい……なんとお優しい、姉上……!」

 双子はソールーナなど気にせず勝手に盛り上がっているが……。

「姫様、いったい何を……?」

「ううん、なんでもないわ。こっちの話。きっと全て上手くいきますわ。きっと全て、ね。だから安心してね、ソールーナ」

 にっこりと、聖女姫・フィメリアは微笑むのだった。



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