「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント

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第4話 王都のソールーナ

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「おかえりなさいませ、奥様」

 午前の早い時間。
 王都のタウンハウスに戻り若いメイドに出迎えられたソールーナは、一瞬戸惑った。

「奥様……? あ、そうか。私か」

 合点がいくソールーナに、若いメイドは嬉しそうに微笑んだ。

「ご結婚おめでとうございます、奥様。ところであの、旦那様はどちらに……?」

「リュクレス様なら今頃お城にいますよ。新しいお仕事の調整があるとかで」

「そうでございますか……」

 さっと使用人の顔が曇った。ソールーナは首を傾げる。

「なにか?」

「いえ。せっかくの新婚さんで、しかも初めてのご帰宅だというのに。旦那様がいらっしゃらないのは奥様もさぞお寂しいだろうなと思いまして……」

「あちらにはあちらの都合がありますからね」

 互いに好意など持っていないカタチだけの夫婦。白い結婚を夫婦双方が了承済みなのだからこんなものだろう。だがそれをいちいち説明するのも面倒くさい。

「えっとですね。リュクレス様はああ見えて結構忙しくていらっしゃるんですよ。ほら、流浪の騎士でしたから」

 一応そんなフォローを入れてみるソールーナである。
 すると若いメイドの顔があからさまにほっとした。

「そ、そうでございますわね。流浪の騎士様がお城勤めになるのですから、大変なこともさぞやたくさんあるのでございましょうね。そういう奥様からして明日からすぐにお仕事ということでございますし……」

「そうなんですよね。本当はもう数日お休みをいただきたかったところなのですが、姫様のどうしてもとのリクエストでして……」

「きっと姫様も結婚式のことを早く聞きたいのですわ」

 ぱぁっと顔を輝かす若いメイド。

 ソールーナは王女フィメリアの側仕えをしている。その王女様のリクエストなので、すぐに仕事を再開することになっているのだ。
 本当はもう少しゆったりとした生活をしたいのだが、姫様の御要望とあらばちょっとタイトなスケジュールでもこなさなかればならない。宮仕えの辛いところである。

 仕事自体は、あと少しでお暇をもらうことになっている。現在の契約期間が満了するのだ。逆にいうとそれまでは勤め上げなければならない。

「姫様だってお年頃の乙女ですものね。きっと結婚式に興味がおありなのですわ」

「そう……ですねぇ……」

 相変わらず顔を輝かすメイドに、ソールーナは曖昧に頷いた。

 結婚式を挙げたばかりの新婚夫婦の実態がこれというのを知ったら、フィメリア王女はどう思うのだろうか……。

 とはいえフィメリア王女はわりとドライなところのある王女なので、案外あっさり、政略結婚なんてこんなものだ、と受け入れてくれるかもしれないが。

 それから若いメイドはソールーナが脇に抱えたスケッチブックに視線を移した。

「ところで奥様、今回のスケッチはさぞや華やかなものになりましたのでしょう? なにせ結婚式ですもの。ウェディングドレスとか、式をなさった教会の内装とか、皆を集めての祝賀の宴とか……」

 ソールーナはくすりと苦笑した。

「残念ながら、花嫁には式をスケッチするような暇はありませんよ。まぁ、代わりに『姉騎士』最新刊の推しシーンの自作挿絵なら数点描きましたけどね」

「素敵! 是非拝見させていただきたいですわ!」

 ――若いメイド。彼女もまた、『姉騎士と僕の微妙な関係』のファンでなのであった。

「見せます見せます。でもあなたのポエムも楽しませて下さいよ?」

 若いメイドはなかなかの詩人で、『姉騎士』の行間を補完するようなポエムをしたためる趣味があった。それがまた叙情豊かで感動的で、時として涙を誘うような素晴らしい出来なのである。ソールーナは字面関係の才能はからっきしなため、メイドの書くポエムを羨ましいと思いつつも楽しみにしていた。

「もちろんですわ、奥様。今回のポエム……、いっておくけど自信作ですわよ?」

「ふふふ。楽しみですね……」

「さ、奥様。それはそうとしてお荷物をお預かりいたしますわ。とりあえず奥様のお部屋に行きましょう」

「分かりました」

 それからソールーナは先導するメイドに着いて玄関ホールを通り抜け、階段を登っていった。

 そうして自室に入ったソールーナは、思わず声をあげた。

「うわ、綺麗……」

 テーブルの上に、花瓶に活けた溢れんばかりの大量の深紅の薔薇があったのだ。

「ご結婚をお祝いする意味で飾らせて頂きました」

「いいですね! ああ、綺麗。この薔薇の顔の向きなんかまさに神意が宿ってそうで……さっそくデッサンします!」

 ソールーナは部屋の片隅に片してあったイーゼルを持ち出し設置すると、スケッチブックを掛け、流れるような一連の動作で鉛筆を持って腕を伸ばしパースを取りはじめる。

「まあ、奥様ったら。……ではわたくしはこれで」

 くすっと笑って部屋を出て行くメイドだが、それにもソールーナは気づかなかった。
 絵を描き始めると意識が絵に全集中してしまう癖が昔からあって、周囲のことが吹っ飛んでしまうのである。

 結局ソールーナの全集中は部屋が夕闇に沈むまで飲まず食わずで続いた。
 何枚も何枚も薔薇のデッサンをした末のこと、ふと気がつくとすでに暗くなり始めていたのである。

 そしてそれだけの時間を過ぎても新郎リュクレスはタウンハウスには帰っておらず、結局夕飯時を大分過ぎてから酒の匂いをぷんぷんさせて新居に帰ってきたのであった。


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