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1巻

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「はじめまして、みなさん! 私の名前はアデライザ・オレリーです。好きな色はピンク、好きな飲み物はコーヒー、好きな本は『九幻素における魔力の結晶構造~魔界概論~』、専門分野は食品偽装! 好きな音楽はカルテットです! 好きなモノで自分を紹介してみました! これからよろしくお願いしますっ!」

 そしてスカートの端をつまんでの淑女の礼カーテシー
 ニッコリ笑顔も忘れない。これで好感度アップ間違いなしだろう。

(さあどうよ? みんな私のこと好きになった?)

 しかし……、反応がない。シーンとしている。誰も口を開かないのだ。
 あれれーおかしいぞぉ~? と思っていたら、執事服を着た白髪の老人が反応した。

赤月館せきげつかんへようこそおいでくださいました、アデライザ先生。私はこの館の家令でございます。なにかお困りのことがございましたら、遠慮なくご相談くださいませ」

 と、穏やかな笑顔でにっこり微笑みながらご挨拶。
 私の自己紹介はスルーされてしまった。……まあ、いいや。うん。まだ挽回のチャンスはあるだろうしね!
 ところで赤月館というのはこの館の名前だろうか。
 深い森の中にある館に相応しい、静かな雰囲気の綺麗な館名だなぁ……
 ところで家令ってことは、この白髪の老人が使用人たちのリーダーってことね。よしよし、覚えたぞ。

「ありがとうございます。ではさっそくですが、ルベルド様はどちらに? 挨拶をしたいのですが」

 仕事相手だしね! しかし、いくら首を回して捜しても、引きこもって研究をしていそうな青年の姿は見当たらなかった。

「今は、その。研究室にいらっしゃいますので、誰ともお会いになりませんかと……」
「そうなんですか」

 マティアス王子に教えられた通りってことね。今日も今日とて研究室に引きこもって研究をしている……
 自分の家庭教師が着任してその挨拶が行われているっていうのに、当の生徒本人であり館の主人でもあるルベルド第三王子殿下は研究優先で出てきやしないとは。
 ……まぁ一筋縄ではいかないわよね、そりゃ。
 私が家庭教師としてここに来た理由がそれだもの。
 十九歳の引きこもり第三王子に社交界の常識を叩き込むこと。その裏に――ルベルド王子の研究がなんなのかを突き止めるっていうスパイのお仕事もあるけれど。

「アデライザ先生」

 ここでするべき仕事を思い意気込む私に、声がかかった。
 見てみると、ぞろりと並んで出迎えてくれた使用人の列の後ろに背の高い金髪の青年がいる。細身だが筋肉質、年齢は十代後半といったところか。

「はじめまして、先生。僕はルベルド殿下の護衛騎士をしております、クライヴ・リフキンドと申します。僕がルベルド殿下のところにお連れします」
「ク、クライヴ殿。坊ちゃんに怒られますぞ」
「大丈夫ですよ、殿下だって新しい家庭教師は気になるでしょうし……」

 私は首をかしげた。彼の言い方に引っかかりを覚えたのだ。

家庭教師?」

 まるで古い家庭教師がいる、みたいな言い方じゃないの。マティアス王子は前任の家庭教師のことなんて一言も言ってなかったけど。
 家令のお爺さんは血相を変えてクライヴさんをいさめようとする。

「クライヴ殿、それは……!」
「隠していてもすぐにバレます。先生……、実は家庭教師はあなたが初めてではないのです」
「あらまあ、そうなのですか」

 やっぱりそうか。まったくもう、言ってくれればいいのに、マティアス第一王子殿下ったら。
 こういうさいなことを隠されると、他にも疑いの目が向いちゃうものだ。もしかしてまだなにか隠してたりして? ってね……
 マティアス第一王子殿下への信頼度がまた一つ下がったところで、私は口を開いた。

「でも前任の家庭教師はどこへ行ったというのですか? 見たところ他に家庭教師は一人もいらっしゃらないようですが」

 出迎えてくれた人たちはみんな使用人のお仕着せを着ていたり、見るからに庭師な感じのおじさんだったりで、私と同じ家庭教師という立場に見える人はいなかった。
 私の前にも家庭教師がいるというのなら、その人がいてもおかしくないと思ったんだけどなぁ。
 それに答えたのは一人の若いメイドだった。

「先日、殿下に相手にされず泣いて館から逃げていかれました」

 え?
 私は思わずぎょっとしてそのメイドを見た。
 黒い髪に黒い瞳の、綺麗な顔だが表情がない少女だ。十代後半ってところかな。まるで感情のない人形のような……

「えっと、あの。前任さんはクビになったということですか?」

 戸惑いつつ聞いてみると、少女はこくんとうなずいた。

「そうです」
「ロゼッタ、もうちょっと言い方に気をつけて。アデライザ先生は後任なんだから」

 クライヴさんが慌てたように割って入るが、ロゼッタと呼ばれたメイドは動じない。

「クライヴ様は黙っていてください。私は本当のことを申し上げたまでです」
「だからって今日来たばかりの人にそんなこと言うもんじゃないだろう」
「それを言うならクライヴ様こそでしょう。クビになった家庭教師がいたことなど、今日来たばかりの家庭教師の先生に言うようなことではありません」
「僕は単に、アデライザ先生の前にも家庭教師の先生はいたと言っただけだよ」
「では私だってそうです。前任の先生が体験なさったことをアデライザ先生が経験なさるのだとしたら、あらかじめお伝えしておいたほうが先生も対処のしようがあるかもしれません」

 うーん。これはロゼッタさんのほうが正しいような気がするわね。
 しかし殿下に相手にされずに泣いて出ていったって、穏やかじゃないわ。前任者さん、どんな扱いをされたっていうのかしら。
 そんな疑問を持つ私の前で、ロゼッタさんとクライヴさんは言い合いを続けていた。

「ロゼッタ、そんなこと言ってさ。君は単に殿下に若い女性を近づけたくないってだけなんじゃないか? だからアデライザ先生のこと警戒してるんじゃ……」
「誤解したいのならどうぞご勝手に。殿下に近づく女性の受けるショックを、少しでもやわらげてさしあげたいだけです。それに警戒するのであれば女性に限らず――万人に対してですので」

 すっ、とその場にいる約二十人の使用人たちに視線を流すロゼッタさん。その視線を受けて、顔を背ける使用人もいたりして……って、どういうことなのよ。警戒されるような心当たりがあるってこと?
 と新たな疑問を抱く私の前で、言い合いは続く。

「殿下のことは、異性としては見てないってことかな」
「質問の意図がわかりません。私は殿下に直接雇われた身です、殿下の身の安全を第一に考えているだけです」
「そうか、よか――いや、別になんでもないけど」

 あからさまにホッとしたような態度のクライヴさん。え、なにこれ。どういうこと? 私なに見せられてるわけ?
 いきなり目の前で青春の一幕が演じられてる? 唐突に、なんなのこの二人? 二十人はいる使用人たちの前でなにやっちゃってるのよ? こ、これが若いってことなの?

「……ぐふっ」

 私は思わず含み笑いしてしまった。
 護衛騎士クライヴさんが気まずそうに、専属メイドロゼッタさんが無表情にこちらを見る。
 あ、やばいやばい。キモい笑い声を聞かれてしまった。
 私は咳払いをしてごまかしつつ、にっこりと微笑んだ。

「し、失礼しました。お二人とも仲がおよろしいのですね」
「は……え、いえ、その、はい、あの、僕たちは、別にそういうわけでは……」

 クライヴさんがしどろもどろになりながら否定すると、

「仲良くなどありません。ただ職場が同じというだけの人です」

 ロゼッタさんは冷たい視線を投げつける。
 噛み合ってない~! クライヴさんからの一方通行ってことかな。
 でもそこが可愛い。尊い。いやされる。若いっていいなぁ。なんだか見てるこっちの胸がこそばゆくなるっていうか……ああ、なんだかありがたい……!
 森の中の館に引きこもって研究をしている第三王子……。その言葉から館自体がどんよりした空気にでも包まれているのだろうと思っていたけど、館の主人が若いからか意外と職場恋愛的な華がありそうな場所なのね、ここって。

「ではアデライザ先生、お荷物をお預かりいたします」

 とロゼッタさんが言ってくれたので荷物――といってもトランク一個をロゼッタさんに渡すと、彼女はそれを持ってクライヴさんを見た。

「クライヴ様、先生を殿下のお部屋へ案内してください。私は荷物を先生のお部屋に運んでおきますので」
「……いいけどね、別に。仕切るのは君じゃなくて家令だろうに」
「よろしいでしょうか?」
「ええ、ええ。ロゼッタさん、頼みました」

 と、人がよさそうに家令のお爺さんが微笑むのを見て、ロゼッタさんはうなずいた。

「了解はとりました。クライヴ様、よろしくお願いいたします」
「……わかったよ」

 不承不承うなずくクライヴさんだった。


   *****


「すみません。驚かれたでしょう」

 先だって二階の廊下を歩きながら、クライヴさんが謝ってきた。

「主であるルベルド殿下が部屋に引きこもっておりまして、どうにも使用人たちの統率がとれていなくてですね……」
「いえ! 全然大丈夫です。むしろ興味深かったです、若いっていいなぁって」
「どういうことですか、それ?」
「あれ、気づいてないんですか? クライヴさんずっと顔がニヤけてますよ」
「はっ!?」

 指摘されてクライヴさんは顔をこするが……

「あはっ、冗談です」
「……そ、そういう冗談は心臓に悪いのでやめてください、先生」
「心臓にキュンキュン負担かかっちゃいますもんね」
「え……? い、いえ。そういうのではなくてですね……」

 赤面するクライヴさんに、私はまたぐふっと含み笑いをした。

(この子、可愛いいぃぃいい!)

 この、初心うぶな反応――。ああ、いいわ。うんいいわ。
 私だって自慢じゃないけど年齢より若く見られるけどね、やっぱり本物の若さには勝てないのよ。勝つ気もないけどね!
 ああ可愛い。ああ尊い。若いっていいわぁ。
 なんて内心ぐふぐふしていると。

「あの、先生?」
「あ、ごめんなさい。つい。ぐふっ」
「……はぁ」

 クライヴさんは呆れてため息をついていた。
 いけないわ、初顔合わせだっていうのに変な印象持たれちゃう! ここは一つ、目端が利く感じなことを言っておこう。

「そういえばロゼッタさん、警戒するのは万人――とか言ってましたけど」

 そして、その言葉から逃げるみたいに視線を逸らしていた人が複数人いた……

「あれってどういうことなんですか? この館には殿下の――」

 スパイでもいるんですかと聞きそうになり、私は言葉に詰まった。
 まさに、私がそれだから!
 え、待ってよ。じゃあ私以外にもスパイはいるってこと? というか殿下のスパイを警戒するロゼッタさんって何者なの?

「あっ……、ご、ごめんなさいね、こんなこといきなり聞いたら失礼よね」
「ロゼッタは、専属メイドだから」

 前を見たまま、クライヴさんは寂しそうに口を開いた。

「ああ――えっと、専属メイドっていうのはいつも主人の身近にいて、まず真っ先に主人を守る専門の侍女のことです。だからロゼッタは殿下が個人的に雇っている用心棒みたいなもので……」

 鼻の頭をかきながら、クライヴさんは眉根を寄せる。

「……つまり、ロゼッタは殿下を守るのが仕事なんです。ロゼッタにとってはすべての人が警戒対象なんですよ」
「そうなんですか、それはそれは……」

 じゃあ、私も警戒対象に入っちゃうのね、きっと……。つい苦笑して歩きながら天井の隅を見上げてしまう私だったけど、なんとか適当に言葉をつなげた。

「すごいですね、ロゼッタさんって見た感じまだお若いのに。歴戦の強者感がありますよね」
「実際強いですよ、ロゼッタは。精神的にも、肉体的にも」

 精神的にも、肉体的にも。……そう言う彼の背中が、なんだかちょっと嬉しそう。ロゼッタさんのそういうところが好きなのかな。

「専属メイドは騎士と違って体術のほうが専門なんですけど、ロゼッタは結構な使い手なんです。僕とも模擬試合してくれるんですよ。あ、もちろん僕も素手でやるんですけど……やっぱり専門家には勝てなくて」
「へぇ、すごい!」

 あの無表情な美少女が敵のパンチやらキックやらを無表情にさばいて、うなじにストッと手刀入れてダウンとっちゃうということか。かっこい~!

「ロゼッタさんの格闘シーン、ぜったい格好いいですよね。見てみたいなー!」
「じゃあ、今度僕とロゼッタの模擬試合を見てみますか?」
「いいんですか? 楽しみ!」

 クライヴさんは柔らかい笑顔を浮かべる。

「先生が見るんなら格好つけないといけないな。いつも僕が負けてるから……」
「あら、そんなこと言って。ほんとはロゼッタさんを傷つけたくなくて手を抜いてるとか?」

 この子、そういうことしそうだし……!
 するとクライヴさんは慌てたように頭を振った。

「そんな余裕、ないですよ。まあ女の子にはあんまり危険なことはしたくありませんけど」
「あらま」

 思わずまたぐふりと笑ってしまう私。
 女の子にはあんまり危険なことはしたくない、かぁ。研究所にいたころの私なんて、結構進んで危険な実験してたし、それを止める人もいなかったけどね……、ダドリー所長ったら、私のこと放っておいてさ……
 それに比べてどうよ、クライヴさんのこの態度は。こういうのっていいわよね。ああ、いやされる。
 オトナの汚い恋に破れた私には、こういう初々ういういしくて瑞々みずみずしいやつが染みるのよ。
 ああ、若いっていいわ~。

「やっぱりクライヴさんはいい人ですね」
「いい人……なのかなぁ。でもいつか、剣を使って本気で戦うことになる時が来るかもしれませんね」

 少し寂しそうに言うクライヴさん。

「ロゼッタさんとクライヴさんが、本気で戦う……?」
「……ロゼッタの警戒対象には僕も入ってるってことです」
「えっと、それって……」

 クライヴさんは、確か殿下の護衛騎士っていう話だったけど、『殿下に直接雇われている』ロゼッタさんと本気で戦う時がくるかもしれないってことは、クライヴさんのほうは殿下に直接雇われてるわけではないってことよね……?
 ロゼッタさんの態度からも透けて見えたけど、なんだか複雑な裏がありそうね、ここの人たちって。
 さくにふける私の前で、クライヴさんは立ち止まる。

「っと、ここです」

 彼が指さすその扉には、『研究室』『許可無き立ち入りは禁ず!』との張り紙が、まるでかくするようにドアに貼りつけある。
 クライヴさんはそのドアをノックした。

「ルベルド殿下、失礼いたします。ルベルド殿下!」
「誰だ?」

 中から男性の声が返答する。

「クライヴです。アデライザ・オレリー先生がおつきになったのでお連れしました」
「おお、やっと来たか。っていうかなんでお前が連れてくるんだよクライヴ、ロゼッタはどうした?」
「ロゼッタはアデライザ先生の荷物を部屋に置きにいっています」
「すぐこちらに来るよう言ってきてくれ。茶を用意してもらいたい」
「かしこまりました」

 礼をするクライヴさんは、私に凜々りりしい視線をそっと向けた。

「どうぞ先生、お入りください。僕は殿下の部屋に入ることを禁じられておりますので、ここまでです」
「ここは壊れやすい器具やら装置やらが多い。お前みたいなガサツなやつは部屋に入れられねぇよ」

 なんて声がすかさず室内から飛んでくる。
 クライヴさんは私に苦笑してみせた。

「……お気になさらず、先生。僕はロゼッタに殿下の言葉を伝えてきます」
「そうそう、それがいい。さっ、先生入ってくれ」

 確かに、部屋に引きこもって研究をしているし、人を近寄らせようとしない青年ではある。
 だけど、なんだかマティアス第一王子から聞いた話と様子が少し違う気がした。
 話から想像していたようないんうつさを、声からは感じないのだ。なんていうかカラッとしているというか……

「では失礼いたします」

 まあ、なんにせよ。
 ついに仕事相手の生徒とのご対面だ。


   *****


 研究室の中に入ってまず目についたのは、ところせましと置かれた実験器具やら壁一面の本棚やらだった。
 中でも目立つのが本棚を避けるようにして壁一面に張り巡らされた管で、まるでの巣のように複雑な模様を描きつつ、一つの大きなかまどのような機械につながっている。
 この装置は……

「珍しいか?」

 さっと視線を走らせて研究室内を観察する私に、部屋の奥にいた男性が椅子ごと振り返った。
 少し癖のある黒い髪に、赤い瞳。顔立ちは非常に整っていて、まさに美男子という感じ。年齢は事前に調べた通りだと十九歳。確かに、ちょっと幼げな感じが十九歳っぽい。
 ただ日に当たっていないであろう肌は真っ白で、目の下にも少しクマが見える典型的な研究者の風貌であった。とてもじゃないが、健康的な生活をしているようには見えない。
 この人が、引きこもり研究者のルベルド第三王子か。
 それにしてもイケメンねぇ。さすが王子様。
 っと。そういえば相手は王族だったわ。
 私はスカートの端をつまむと、淑女の礼カーテシーをした。

「はじめまして、殿下。私はアデライザ・オレリーです。殿下の家庭教師としてにんして参りました。今日からよろしくお願いいたします」
「俺の質問に答えてくれ。これが珍しいか?」

 彼は張り巡らされた配管と、それにつながるかまどを指差しながら聞いてくる。
 なんなのこの人。挨拶を返さないとか……
 ……まあ、仕方ないから答えるけどさ。
 私は呆れた気持ちをふぅっとため息とともに吐き出すと、うなずいてみせた。

「珍しいか珍しくないかでいうと、かなり珍しいですね」
「……そうか、先生もこれまでの家庭教師と同じってことか」

 がっかりしたように肩を落とす殿下。

「ルーヴァス教授の紹介だから期待してたんだけどな。やっぱり話半分で聞かなきゃダメってことか……」
「は?」
「次にあんたが言う台詞せりふを当てようか。こんなもの見たことないですぅ~、これってなんですかぁ~、だ」

 ちょっとちょっと、なんでこんなにしょっぱなから攻撃的なのよ、この人は? でも相手は王子様……落ち着け、落ち着くんだ私。
 私はふっと鼻から息を出して、ムッとする心を落ち着けた。オトナの余裕ってやつを見せてやるわよ、王子様!

「まさか研究所以外でこれを見ることになるとは、という意味で珍しいと言ったのです。しかも最新型でしょう? 私が前にいた研究所で使っていたものより小型化されていますからね」
「こいつがなにかわかってるってことか?」
「愚問です、見慣れてますので。これは幻素用蒸留器。素材から魔術幻素を取り出す機械ですわ。取り出された幻素は実験だけでなく様々な用途に使用されますわね」

 こんなものを自分の館に持っているだなんて。第三王子が魔術研究をしている、というのは本当なのね。本棚にはぎっしりと本が詰め込まれているし……、研究に関しては相当勉強熱心ではあるみたい。
 ちょっと態度に問題があるけど!

「正解! ……ふふっ」

 嬉しそうに笑うルベルド殿下。……その笑顔に思わず目が引かれる。態度はぼうじゃくじんだけど、イケメンはイケメンなのよね……

「前言撤回。やっぱりルーヴァス教授には感謝だ」
「……先ほどからルーヴァス教授のことをお話になっていますが、殿下はルーヴァス教授と面識がおありなのですか?」
「俺の師匠みたいなもんだよ。研究に詰まったらいろいろ聞いてもらってる」
「あら、そうなのですか」

 まあルーヴァス教授はもともとノイルブルク大学の教授だし、自国の第三王子と面識があってもおかしくないか。

「アデライザ・オレリー、か」

 殿下はあごに手を当てると、私をじっと見つめてきた。赤い目が、少し細められる。

「教授から聞いてるんだけどさ、あんたってかなりの変わり者なんだって?」
「初対面の女性に言う台詞せりふとしては適さないですわね、それ」

 というかルーヴァス教授、なにをルベルド殿下に吹き込んだのよ!

「おっ、否定しないんだ。ってことは自覚あり?」
「魔力がありませんからね。それだけですわ」

 普通、貴族ともなれば魔力を持っているものなのだ――例外もいるけどね。たとえば、私みたいに。って、それを言うなら殿下もか。

「それを変わっていると判断なさるかどうかは、殿下にお任せします。ただ正直なことを申し上げますと、私はただ好きな研究をしている――いえ、していただけの、しがない研究者です」

 過去形なのが辛いけど、事実だ。受け入れるしかない。

「おーおー、跳ねっ返りだ」
「それも初対面の女性に言う台詞せりふじゃありませんわね」

 ふぅ、と肩をすくめながら言ってやると、殿下はにやっと笑った。

「へぇ、いいじゃん。それくらい気骨があったほうが俺は好きだよ」

 その笑顔には無邪気さがあって、やっぱりちょっと可愛い。


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