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*WEB連載版

第62話 出発

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 イリーナは館を去り、ダドリー様と共にオレリー家に戻った……とルベルド殿下から聞いたけど、それだけだ。……それ以上の興味は、もうない。



 そんな一週間目のこと。
 今日はルベルドと一緒に王都に行く日である。
 国王陛下に婚約の報告をしにいくのだ。

 支度をし終えた私は、玄関前に移動した。ズラリと使用人たちが並んでいる。見送りをするためだ。

 館の前の馬車回しにはすでに馬車が停まっていた。黒地に金で装飾された重厚なもので、ノイルブルク王家の紋章も刻まれている。さすがはノイルブルク王国の第三王子の馬車、といった感じの豪華なものだった。

「そういえば、アデライザ先生はマティアス殿下に会うのは久しぶりなんですね」

 馬車の前に立つクライヴくんが声をかけてきた。

 そうなのだ。
 前回会ったときは、家庭教師の面接だったから……。あれから本当にいろいろなことがあったわね。

「ええ。滅茶苦茶緊張してるわ」

 口の中なんかもうカラカラだ。

「仕事をくれたマティアス殿下を裏切ってしまったことになってるしね。どんな顔でお会いすればいいのか……」

 ルベルド殿下の研究を探れ――との仕事を仰せつかっていたのに、私はそれを破棄してしまったのだ。しかも次に会うのが弟の婚約者として、だなんて。ほんとにもう、どんな顔で会えばいいのか……。

「いえ、ご心配なく。マティアス殿下は喜んでいらっしゃいましたよ」

 と、クライヴくんが意外なことを言った。

「喜ぶ? マティアス殿下が?」

 裏切られて喜ぶなんて、マティアス殿下ってそういう趣味がある人なのかしら。

「これで弟も落ち着いてくれるだろう、とおっしゃっておられました」

「落ち着く……?」

 ルベルド殿下はもう十分落ち着いているように見えるけど。
 なんとなく腑に落ちずにいると、クライヴくんが補足してくれた。

「実は、ルベルド殿下は禁忌の研究をしているんです。マティアス殿下はその禁忌の研究がどこまで進んでいるのかを知りたいんですよ。だから先生に研究内容を探れ、とスパイを頼んだんです。でも、弟が愛する人を手に入れて落ち着けば、その研究自体をやめるかもしれない、と……マティアス殿下はそう考えていらっしゃいました」

「そんなものでしょうか……」

「少なくとも今しばらくは大丈夫かと思います。マティアス殿下はこうもおっしゃっていました――先生が弟の気を引きつけている時間が一秒でも長くあってほしい、と」

 ……なるほど。
 確かに、ルベルド殿下は私に夢中だ。ちょっと、恥ずかしいくらいにね。
 それで禁忌の研究が疎かになれば、それはそれでマティアス殿下の目的にかなっている、ということなのだろう。

「久しぶりだなぁ、外」

 呑気な声がして振り返ると、ちょうど玄関からルベルド殿下が出てくるところだった。となりには荷物を持ったロゼッタさんが従っている。

「クライヴ、ありがとな。兄貴に掛け合ってくれて」

「いえ、僕は殿下のお役に立てて嬉しいです。……赤月館に置かせてもらっている身ですし、恩返しですよ」

 それからロゼッタさんにウインクする。

「……少しは僕を見直してくれてもいいんだよ、ロゼッタ?」

「………………」

 ぷい、と無言で顔を背けるロゼッタさん。
 でも私は見てしまったわよ。そのほっぺが若干赤くなっていたのを……。
 ううううううん、やっぱり可愛いなぁ、このカップルは!

「……手土産がありますので。あなたのコネクションなど必要なかったです」

「手土産って?」

 私の問いに、ルベルド殿下がロゼッタさんの持つ荷物を指し示した。

「これだよ。教えられる範囲ではあるが、俺の研究の資料だ。兄貴はこれが欲しいんだろ」

「殿下、どうして……」

 クライヴくんが呟く。

「いやほら。アデライザが怒られないように、と思って。手柄があったら兄貴もそんなに怒らないだろ?」

「……ぐふっ」

 私は思わず笑ってしまった。笑い方がキモいのは自覚済みだ。

「ありがとうございます、殿下。そんな気遣いしてもらっちゃったんじゃ、私も頑張らないといけませんわね」

 緊張してる、なんて言ってる場合じゃないわよね、こんなの。
 私にはルベルド殿下がいるんだから!

「あ、そうそう。もちろん『あのこと』は入ってないから心配ご無用だぞ」

「……馬鹿」

 ルベルド殿下の耳打ちに、私は顔を真っ赤にしてぼそっと呟き返した。
『あのこと』って、つまりは魔力発現薬の副作用である媚薬効果のことよね……。もうっ。

「ははっ。じゃ、行こうか」

 先に馬車に乗りこんだルベルド殿下の背――。
 殿下はいつものだらけた服じゃなくてピシッとした旅装だ。こういう格好を見ると、本当にこの人は王子様なんだなぁ、って思っちゃう。こんな素敵な人が私の婚約者って、本当に? これが夢だと言われたら信じてしまいそうよ。

 でも……、これは現実なんだ。

「アデライザ」

 はっと我に返ると、馬車のドアから身を乗り出している殿下がいた。

「大丈夫さ。俺がいる」

「殿下……」

「二人でなら、きっとなんだって乗り越えられるよ。……だから」

 ルベルド殿下は私に手を差し出してくる。
 その姿は、なんだか妙に格好良くて……。

「行こう、アデライザ!」

「はい、殿下」

 私はその手をとって、馬車に乗り込んだのだった。





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