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*WEB連載版

第61話 ありがとう

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 部屋に戻った私は、すぐにベッドに入った。

 それから、仰向けになって、涙が流れるままに泣いた。
 でも、これでようやく解放される。明日から新しい生活が始まるのだ。

 まずはイリーナを追い出さなくては。イリーナのことはオレリー家が責任を持って対処してくれるだろう。ダドリー様という伴侶だっているのだ。イリーナの、お腹の子のお父さん。だから大丈夫。きっとうまくいく。

 そして私は、これからはアデライザ・ノイルブルクとして生きていくんだ。

 そう思ったらなんだか胸が締め付けられた。
 ……悲しくは、ないんだけどな。私にはルベルド殿下がいるのに。なのになんで涙が出るんだろう。
 悲しくはないんだけど、やっぱり悲しいのかな。自分の心がよく分からない。




 ふと気がづくと、いつの間にか眠っていたらしい。
 真っ暗な室内……、あれから何時間経ったのだろうか。まだ日が昇る気配はない。

 目を擦る。泣きながら眠ってしまったから目が腫れぼったいわ。

 少し頭が痛むけれど、気分は悪くなかった。むしろスッキリしているくらいだ。

 私は起き上がろうとして――隣にルベルド殿下が寝ていることに気づいた。

「きゃっ」

 思わず小さく声を上げてしまった。

「ん……」

 ルベルド殿下は小さく身じろぎして、ゆっくりと瞼を開く。
 ルベルド殿下の紅い瞳はまるで宝石みたいに闇夜に煌めいて見えた。なんて綺麗なんだろう……。

「ああ、アデライザ。おはよう。……って、まだ夜は明けてないか」

 ルベルド殿下の声音はとても穏やかで優しかった。

「もう少し寝ようぜ。俺は疲れた」

 と言って私の身体を引き寄せるルベルド殿下。その体温を感じてついドキドキしてしまうけれど、殿下は本当にぐったりしているようで、ふぁ~っと大きなあくびをしたのだった。

「……大変だったんだよ、イリーナを追い出すのは」

「え……」

「妊娠してるわけだし、手荒なまねはできないからな。なだめてすかしてさ。でも面白かったぜ、最後はダドリーによる演劇っぽい愛の告白タイムになって。最後はなんとか納得してたよ」

「それじゃあ……」

「ああ。この館にはもう、イリーナはいない」

 ルベルド殿下のその言葉を聞いた途端、私は肩の荷が下りたのを感じた。

「そうですか、ようやく……」

 それからハッとして言う。

「殿下、すみませんでした」

「ん?」

「私、本当にご迷惑をおかけして……」

「久しぶりだな、あんたにそうやって自分自身のことで謝られるのは」

 ニヤリ、と暗闇のなかで彼は笑う。……ああ。今までってイリーナのことで頭を下げてばかりだったものね……。

「す、すみません、殿下……」

 私が恐縮するとルベルド殿下はまた笑った。

「いいよ、別に」

 ちゅっ、と額にキスが落とされる。

「とにかく、お互いご苦労さまでした」

「はい……」

「で。次は俺らの結婚の準備だぞ」

「はい」

 そうだ。私はこれからルベルド殿下と結婚するのだ。イリーナのことで頭がいっぱいになっていて、その話も滞ってしまっていたけれど……。

「……あの、今更ですけど……私なんかでよろしいのでしょうか? その、ルベルド殿下にはもっと相応しい方がたくさんいると思いますが……」

 自分で言っておいてちょっとへこんでしまう。でもいままで妹を優先していたような女、殿下には不釣り合いなんじゃないか、と……。

「あんたじゃなきゃ駄目なんだよ」

「え……?」

「俺はアデライザが好きなんだ。アデライザ以外いらない。だから結婚してくれ。俺の妻となってくれ」

 真剣な表情のルベルド殿下。そんな彼の瞳に見つめられて、私は頬を染めずにはいられなかった。

「は、はい……」

「それから。二人っきりの時は、ルベルド、だろ?」

「あ、そうでしたね。ルベルド」

「うん、それでよし。夫婦になるんだから遠慮はいらないさ。ああ、それにしても疲れた……。あいつ体力あるよな、イリーナって」

「はい……、すみ……」

 イリーナのことで謝りそうになり、私は笑った。

「ふふっ、そうですわね。イリーナったらほんとに、我が儘にかけてはすごい体力があるんですから」

「そうそう、その調子」

 私達は顔を見合わせて笑い合う。こんなふうにルベルドと笑って過ごすのなんていつ以来だろう。

 ……そして、私達はキスをした。とはいえ、ちゅっ、と音を立てるだけの軽いキスだったが。

「ふぁ~あ。そんじゃま、寝るか」

「はい」

 毛布のなかで、ルベルドの腕が私の身体を優しく包んでくれる。

「ルベルド……」

「んー?」

 ああ。なんだかいつも以上に恥ずかしい。でも、言いたい。

「大好き……」

「俺もだよ」

 ぎゅっ、と抱きしめられる。温かくて優しい感触。
 ルベルドの胸に顔を押し付けるような体勢のまま、私は満ち足りた気持ちで眠りについた……。






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