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*WEB連載版
第56話 変化する日常
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ルベルドとの密度の高い一日は瞬く間に過ぎ、それから数日間は平和だった。
というのも、イリーナの調子が変わってきたからである。
慣れない場所にいるせいか、イリーナは日に日におとなしく、弱っていったのだ。イリーナ本人は「水が合わない」といっていたけれど……。
おかげで私とルベルドは、また以前のように気兼ねなく会えるようになった。それはそれで嬉しいのだけれど、でも体調が思わしくないイリーナのことが私は心配だった。
そんなある日の夕食のこと――。
「というわけで、明日ダドリーが来るぞ」
「えぇっ!?」
突然のルベルド殿下の宣言に、私はナイフとフォークを取り落としそうになってしまった。
「ど、どうして……!?」
「実は手紙が来ててな。近々お伺いするって」
「そういうことは教えて下さいっ」
「あはは、悪い。こっちで内々に処理しようと思ったんだがな……。でも手紙とは別に俺の配下のほうからも報告があったよ。奴はもう王都に来てるってな。あそこからだと馬車で来れば一日ってわけだ」
以前、イリーナが言っていたことを思い出す。
ダドリー様は、自分から婚約破棄した私に未練があるということだった。だから何度も復縁の手紙を書き、それをイリーナが破り捨てていた、と。
さらにイリーナが、奪い返したいなら直接会いに行け、とけしかけていたとも。
ついに……、ついにそのダドリー様が来てしまうのか……。
「ここは自分から動かないと情報なんか得られない場所だからなぁ……」
紅い瞳でニヤリと笑う殿下。
「あんたもここで暮らすんだからいろいろ独自の情報網持った方がいいぞ。しばらくは俺のやつみて勉強しとくんだな」
「うう……!」
ここでのこの生活は、ルベルド殿下に守ってもらっている立場だった。とはいえいつまでもそんなわけにはいかない、というのも分かっている。
私も結婚してここに奥方として住むことになるのだから、いつか使用人たちを取り仕切るまでにならなければならない。
それが殿下の妻としての仕事でもある。いつまでも守ってもらう立場ではいられないのだ。それは分かっているのだけれど……。だからって急すぎる!
「まあそういうことだから、あんたも覚悟しといてくれよ」
「覚悟?」
「昔の男に会う覚悟さ」
言いながらルベルド殿下は肩をすくめた。
「想いが再燃とかゴメンだぜ」
「そんなこと絶対にありませんわ! あれだけ酷い振られ方をしたうえにイリーナのことまで酷い扱いをした人ですのよ!」
「そういやさぁ、知ってるか?」
ルベルド殿下は、わざとらしく声のトーンを落としてきた。
「あいつ結局、イリーナのこと押しつけられたらしいぞ」
「え……?」
押しつけられるって、誰に?
「娘を傷物にした責任をとれー! って詰め寄られたんだよ。オレリー伯爵家に」
「でもイリーナはダドリー様との婚約を破棄したと……」
「そんなもんイリーナが言ってるに過ぎない。オレリー家の方針は婚約続行だよ。オレリー家はそうやってイリーナのこと厄介払いするつもりなんだ。オレリー家はオレリー家でこんどは全力であんたに媚びを売ることにしたってことだよ」
なにそれ。今までさんざん私のこと失敗作扱いしてきたっていうのに……、王族との縁戚がそんなに大事なの?
「たとえイリーナをダドリー様に押しつけたとしても、今さら実家からの縁だなんてお断りいたしますわ」
「そうそう、その調子だアデライザ。それがイリーナにもできたらいいんだけどな」
「どういう意味です?」
「さてな、自分で考えてみろよ。シスコン姉貴」
…………むぅ~。
きつい言葉を、殿下は紅い瞳でにこっと笑いながら言うのだ。……ちょっとズルい。だって、私はその笑顔に吸い込まれそうになっているから。
それでも頑張って、ぷいっと顔を背けた。
「い、妹を心配するのは姉として当然のことですわ」
「妹っていってもな、イリーナだぞ? 我が儘されまくって婚約者まで寝取った凶悪な奴だぞ?」
「イリーナは本当はもっといい子なんです。父や母が甘やかさなければこんなことにはなってなくて……」
「まだそんなこと言ってんのかよ。もしそれが正しいとしてもな、イリーナを正すのはあんたの役目じゃないんだよ、アデライザ」
「じゃあ誰の役目だっていうんですか!」
「誰かに更生の役目を押しつける、っていうのがもう違うと思うんだけどな。イリーナが自分で落とし前つけてくべき問題だぜ、それは」
私は黙った。ルベルドの言葉は正しい。
そうだ、私だって本当はわかっていた。
私はイリーナに甘い。なにをされたって結局は受け入れてしまってきた。
私にとって、イリーナはこの世にたった一人の妹だったから。
そのとき、ずっと黙っていたイリーナの呟きが聞こえた。
「ダドリー様が、いらっしゃる……?」
うう、と小さくうめき声をあげる。
「……ごめんなさい、お義兄さま、お姉さま。気分が……。お部屋に戻らせていただきますわ」
「イリーナ……」
大丈夫かしら、この子。そんなにここの水が合わないの……?
……って、ちょっと待って。
イリーナは婚約破棄したつもりになっていたけれど、ダドリー様はオレリー家からイリーナを押しつけられたということである。
そのダドリー様がこの赤月館に来る目的って、私ではなくてイリーナなのでは……?
イリーナを押しつけられたことを、ダドリー様はどう思っているのだろう。
女性が妊娠中に平気で浮気するような男だと知れ渡ってしまったダドリー様には、もうまともな縁談は来ない。
それならオレリー伯爵家と婚姻を結ぶのがいちばんいい。それはダドリー様だって承知しているはずだ。
ダドリー様が家格的にまともな結婚をしたいと望むのならば、私かイリーナしか選択肢がないという状況なのだから。
それで、オレリー家にイリーナを押しつけられたのだとしたら。
明日来るというダドリー様は、やっぱりイリーナを連れ戻しにくるんじゃないの?
「お待ち下さい、イリーナ様」
ロゼッタさんがイリーナのまえにスープの皿を供した。
「……こちらをお召し上がりになってみて下さい」
「いりませんわ。気分が悪くて……」
「なにも食べないのはよくありません。こちらならお召し上がりになれるとおもいますので、どうか一口だけでも」
「……分かりましたわ」
観念したイリーナが、スプーンで一口飲む。
「いかがですか、イリーナ様」
「……これならなんとかいただけますわね。おいしくはないですけれど……」
「しばらくしたらまた普通のものも食べられるようになるでしょうし、どうかそれまではこれを食べて栄養をとり続けてくださいませ。さすがにお身体にさわりますので」
あら? この口ぶり……。
ロゼッタさん、イリーナの体調不良について何か知ってるのかしら。
というのも、イリーナの調子が変わってきたからである。
慣れない場所にいるせいか、イリーナは日に日におとなしく、弱っていったのだ。イリーナ本人は「水が合わない」といっていたけれど……。
おかげで私とルベルドは、また以前のように気兼ねなく会えるようになった。それはそれで嬉しいのだけれど、でも体調が思わしくないイリーナのことが私は心配だった。
そんなある日の夕食のこと――。
「というわけで、明日ダドリーが来るぞ」
「えぇっ!?」
突然のルベルド殿下の宣言に、私はナイフとフォークを取り落としそうになってしまった。
「ど、どうして……!?」
「実は手紙が来ててな。近々お伺いするって」
「そういうことは教えて下さいっ」
「あはは、悪い。こっちで内々に処理しようと思ったんだがな……。でも手紙とは別に俺の配下のほうからも報告があったよ。奴はもう王都に来てるってな。あそこからだと馬車で来れば一日ってわけだ」
以前、イリーナが言っていたことを思い出す。
ダドリー様は、自分から婚約破棄した私に未練があるということだった。だから何度も復縁の手紙を書き、それをイリーナが破り捨てていた、と。
さらにイリーナが、奪い返したいなら直接会いに行け、とけしかけていたとも。
ついに……、ついにそのダドリー様が来てしまうのか……。
「ここは自分から動かないと情報なんか得られない場所だからなぁ……」
紅い瞳でニヤリと笑う殿下。
「あんたもここで暮らすんだからいろいろ独自の情報網持った方がいいぞ。しばらくは俺のやつみて勉強しとくんだな」
「うう……!」
ここでのこの生活は、ルベルド殿下に守ってもらっている立場だった。とはいえいつまでもそんなわけにはいかない、というのも分かっている。
私も結婚してここに奥方として住むことになるのだから、いつか使用人たちを取り仕切るまでにならなければならない。
それが殿下の妻としての仕事でもある。いつまでも守ってもらう立場ではいられないのだ。それは分かっているのだけれど……。だからって急すぎる!
「まあそういうことだから、あんたも覚悟しといてくれよ」
「覚悟?」
「昔の男に会う覚悟さ」
言いながらルベルド殿下は肩をすくめた。
「想いが再燃とかゴメンだぜ」
「そんなこと絶対にありませんわ! あれだけ酷い振られ方をしたうえにイリーナのことまで酷い扱いをした人ですのよ!」
「そういやさぁ、知ってるか?」
ルベルド殿下は、わざとらしく声のトーンを落としてきた。
「あいつ結局、イリーナのこと押しつけられたらしいぞ」
「え……?」
押しつけられるって、誰に?
「娘を傷物にした責任をとれー! って詰め寄られたんだよ。オレリー伯爵家に」
「でもイリーナはダドリー様との婚約を破棄したと……」
「そんなもんイリーナが言ってるに過ぎない。オレリー家の方針は婚約続行だよ。オレリー家はそうやってイリーナのこと厄介払いするつもりなんだ。オレリー家はオレリー家でこんどは全力であんたに媚びを売ることにしたってことだよ」
なにそれ。今までさんざん私のこと失敗作扱いしてきたっていうのに……、王族との縁戚がそんなに大事なの?
「たとえイリーナをダドリー様に押しつけたとしても、今さら実家からの縁だなんてお断りいたしますわ」
「そうそう、その調子だアデライザ。それがイリーナにもできたらいいんだけどな」
「どういう意味です?」
「さてな、自分で考えてみろよ。シスコン姉貴」
…………むぅ~。
きつい言葉を、殿下は紅い瞳でにこっと笑いながら言うのだ。……ちょっとズルい。だって、私はその笑顔に吸い込まれそうになっているから。
それでも頑張って、ぷいっと顔を背けた。
「い、妹を心配するのは姉として当然のことですわ」
「妹っていってもな、イリーナだぞ? 我が儘されまくって婚約者まで寝取った凶悪な奴だぞ?」
「イリーナは本当はもっといい子なんです。父や母が甘やかさなければこんなことにはなってなくて……」
「まだそんなこと言ってんのかよ。もしそれが正しいとしてもな、イリーナを正すのはあんたの役目じゃないんだよ、アデライザ」
「じゃあ誰の役目だっていうんですか!」
「誰かに更生の役目を押しつける、っていうのがもう違うと思うんだけどな。イリーナが自分で落とし前つけてくべき問題だぜ、それは」
私は黙った。ルベルドの言葉は正しい。
そうだ、私だって本当はわかっていた。
私はイリーナに甘い。なにをされたって結局は受け入れてしまってきた。
私にとって、イリーナはこの世にたった一人の妹だったから。
そのとき、ずっと黙っていたイリーナの呟きが聞こえた。
「ダドリー様が、いらっしゃる……?」
うう、と小さくうめき声をあげる。
「……ごめんなさい、お義兄さま、お姉さま。気分が……。お部屋に戻らせていただきますわ」
「イリーナ……」
大丈夫かしら、この子。そんなにここの水が合わないの……?
……って、ちょっと待って。
イリーナは婚約破棄したつもりになっていたけれど、ダドリー様はオレリー家からイリーナを押しつけられたということである。
そのダドリー様がこの赤月館に来る目的って、私ではなくてイリーナなのでは……?
イリーナを押しつけられたことを、ダドリー様はどう思っているのだろう。
女性が妊娠中に平気で浮気するような男だと知れ渡ってしまったダドリー様には、もうまともな縁談は来ない。
それならオレリー伯爵家と婚姻を結ぶのがいちばんいい。それはダドリー様だって承知しているはずだ。
ダドリー様が家格的にまともな結婚をしたいと望むのならば、私かイリーナしか選択肢がないという状況なのだから。
それで、オレリー家にイリーナを押しつけられたのだとしたら。
明日来るというダドリー様は、やっぱりイリーナを連れ戻しにくるんじゃないの?
「お待ち下さい、イリーナ様」
ロゼッタさんがイリーナのまえにスープの皿を供した。
「……こちらをお召し上がりになってみて下さい」
「いりませんわ。気分が悪くて……」
「なにも食べないのはよくありません。こちらならお召し上がりになれるとおもいますので、どうか一口だけでも」
「……分かりましたわ」
観念したイリーナが、スプーンで一口飲む。
「いかがですか、イリーナ様」
「……これならなんとかいただけますわね。おいしくはないですけれど……」
「しばらくしたらまた普通のものも食べられるようになるでしょうし、どうかそれまではこれを食べて栄養をとり続けてくださいませ。さすがにお身体にさわりますので」
あら? この口ぶり……。
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