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*WEB連載版
第50話 妹の目に塩
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その日の夜、私たちは食堂にて夕食をとっていた。
いつもクライヴくんも一緒に夕食をとるんだけど、今は王都に行っているのでいない。本当に昨日の今日で王都にまた行ってしまったのだ。
他の面々は揃っている。……面々というのはつまり、私、ルベルド殿下、イリーナ……あとは十人ほどの使用人の皆さんということだけど。基本的にこの館って人が少ないのよね……。
以前殿下が言っていたけれど、確かに普段はとても静かな館である。
食事中の今だってとても静かなものだ。
……でも、そんな静かな赤月館だけど、なかなかルベルド殿下と落ち着いて話し合う機会はなかった。もちろんイリーナが私にべったりしてくるからである。
さすがに部屋は別だし寝ているときまでは来ないから、殿下が夜部屋まで訪ねてきてくれることもあるにはあるらしいんだけど、寝ちゃってて分からないのよね……。
と、そんなことを考えていたら、
「きゃああああっ、目が、目がぁ!!!」
静かに食事をとっていたはずのイリーナが突然叫んだのだった。
驚いた私はすぐにパッと彼女の方を見た。
「イリーナ!? どうしたの!」
「い、痛っ、痛い~~~!!! 誰か助けてぇ~!!」
イリーナが目を押さえながら叫び続けている。
「なんだよ突然。目に塩でも入ったか?」
ルベルド殿下が笑いながら言うと、
「なんで分かるんですのー!」
「は? ほんとに入ったのかよ!?」
まさかの返答にルベルド殿下が驚く。
「なにがどうなったら目に塩なんか入るわけ? 食事中だぞいま。いや食事中だからこそ目に塩が入るのか……? そんな馬鹿な」
「と、とにかく目に塩が入って痛いんですの! 助けてお姉さま!!!」
「早く目を洗うのよイリーナ! こ、これを使いなさい!」
私は飲んでいるコップを持って立ち上がりイリーナの隣に駆けよる。
だがそんな私を制するものがいた。
「落ち着いて下さいアデライザ様。そんなコップで目など洗えません」
「顔にコップを付けて目をパチパチさせるんです! すごい効率的に洗えるはずです!」
「水がダダ漏れするだけです」
冷静なロゼッタさんはイリーナの腕をとって立ち上がらせると、
「キッチンに行きましょう、イリーナ様。そこで新鮮で綺麗な水でとにかく洗うのです」
「分かったですのー!」
こうなるともうイリーナでもされるがままである。大人しくロゼッタさんに従って席を立ち、キッチンに向かって歩き出した。
「殿下、食事中すみません。私も着いていきます!」
「俺も行く」
「え……?」
「こんなアホみたいな――いや面白そうなこと、見逃せるか」
そう笑いながらルベルド殿下は立ち上がった。
もうっ、面白がってる場合じゃないのに……!
キッチンに行き、桶に張った水でひたすら目を洗うイリーナ。
そしてそれを見守る私たち三人。
「イリーナ、目に塩なんて。いったいなにがあったのよ……」
私の呟きに答えたのはイリーナではなくルベルド殿下だった。
「目薬と間違えたんじゃねえの?」
「塩ですよ!? わーい目に目薬入れよーってなって塩なんか目に入れませんよ、普通!」
「いやイリーナだし」
「イリーナはそんなに馬鹿じゃないです!」
「俺は馬鹿だと思うけどな」
きっぱり言い切られてしまうと、私としてもなんて言い返したらいいのやら……。
「……い、イリーナは……、そりゃ馬鹿かもしれないですけど、いくらなんでも目薬と塩なんか間違えようがないのでは……というか普通、食事中に目薬なんか差しませんわよ。目薬説は違うのではないでしょうか?」
「私、見ていました」
とロゼッタさんが口を挟む。
「え、何をですか?」
「イリーナ様がポケットからそっと塩の瓶を取り出したのを。それを隠れて自分の料理にかけようとして……、蓋を取ったまではよかったのですが、上下逆さまに持ってしまっていたのです。そのまま容器を勢いよく振ったら、案の定塩がぶわーっとイリーナ様のお顔に掛かってしまって。それで目に塩が入ってしまったのです」
そこまで言って、ロゼッタさんは小首を傾げた。
「テーブルに塩はあるのに、わざわざ隠れて塩を取り出すなど妙だな、とは思いましたが……。もしかしたら毒かもしれない、と。ですが自分の料理に掛けようとしていたので、毒ではないな、と判断いたしました。ただやはり様子がおかしかったので、念のため注意して観察しておりました」
「隠し持っていたお塩を料理に掛けようとして失敗したってこと?」
「塩ねぇ……」
ルベルド殿下がニヤリと笑う。
「別に料理に塩掛けるくらいしてもいいけどさ。わざわざ隠れてマイ塩なんか掛けるなんざ怪しいよなぁ。だってテーブルの上にはちゃんと味調節用の塩があるのにさ。何しようとしてたのやら」
「イリーナは以前、『わたくし薄味が好きですの』とか自慢していたことがあります。もしかしたらテーブルのお塩を使うのを見られるのが恥ずかしかったのかもしれませんわ」
意地っ張りなイリーナならそれもあり得る。というかそれ以外考えられない。
でも予想の斜め上をジャンプしていくイリーナのことだから、別の理由があるような気もした。……ほんとに何考えてるのよ、イリーナ……。
いつもクライヴくんも一緒に夕食をとるんだけど、今は王都に行っているのでいない。本当に昨日の今日で王都にまた行ってしまったのだ。
他の面々は揃っている。……面々というのはつまり、私、ルベルド殿下、イリーナ……あとは十人ほどの使用人の皆さんということだけど。基本的にこの館って人が少ないのよね……。
以前殿下が言っていたけれど、確かに普段はとても静かな館である。
食事中の今だってとても静かなものだ。
……でも、そんな静かな赤月館だけど、なかなかルベルド殿下と落ち着いて話し合う機会はなかった。もちろんイリーナが私にべったりしてくるからである。
さすがに部屋は別だし寝ているときまでは来ないから、殿下が夜部屋まで訪ねてきてくれることもあるにはあるらしいんだけど、寝ちゃってて分からないのよね……。
と、そんなことを考えていたら、
「きゃああああっ、目が、目がぁ!!!」
静かに食事をとっていたはずのイリーナが突然叫んだのだった。
驚いた私はすぐにパッと彼女の方を見た。
「イリーナ!? どうしたの!」
「い、痛っ、痛い~~~!!! 誰か助けてぇ~!!」
イリーナが目を押さえながら叫び続けている。
「なんだよ突然。目に塩でも入ったか?」
ルベルド殿下が笑いながら言うと、
「なんで分かるんですのー!」
「は? ほんとに入ったのかよ!?」
まさかの返答にルベルド殿下が驚く。
「なにがどうなったら目に塩なんか入るわけ? 食事中だぞいま。いや食事中だからこそ目に塩が入るのか……? そんな馬鹿な」
「と、とにかく目に塩が入って痛いんですの! 助けてお姉さま!!!」
「早く目を洗うのよイリーナ! こ、これを使いなさい!」
私は飲んでいるコップを持って立ち上がりイリーナの隣に駆けよる。
だがそんな私を制するものがいた。
「落ち着いて下さいアデライザ様。そんなコップで目など洗えません」
「顔にコップを付けて目をパチパチさせるんです! すごい効率的に洗えるはずです!」
「水がダダ漏れするだけです」
冷静なロゼッタさんはイリーナの腕をとって立ち上がらせると、
「キッチンに行きましょう、イリーナ様。そこで新鮮で綺麗な水でとにかく洗うのです」
「分かったですのー!」
こうなるともうイリーナでもされるがままである。大人しくロゼッタさんに従って席を立ち、キッチンに向かって歩き出した。
「殿下、食事中すみません。私も着いていきます!」
「俺も行く」
「え……?」
「こんなアホみたいな――いや面白そうなこと、見逃せるか」
そう笑いながらルベルド殿下は立ち上がった。
もうっ、面白がってる場合じゃないのに……!
キッチンに行き、桶に張った水でひたすら目を洗うイリーナ。
そしてそれを見守る私たち三人。
「イリーナ、目に塩なんて。いったいなにがあったのよ……」
私の呟きに答えたのはイリーナではなくルベルド殿下だった。
「目薬と間違えたんじゃねえの?」
「塩ですよ!? わーい目に目薬入れよーってなって塩なんか目に入れませんよ、普通!」
「いやイリーナだし」
「イリーナはそんなに馬鹿じゃないです!」
「俺は馬鹿だと思うけどな」
きっぱり言い切られてしまうと、私としてもなんて言い返したらいいのやら……。
「……い、イリーナは……、そりゃ馬鹿かもしれないですけど、いくらなんでも目薬と塩なんか間違えようがないのでは……というか普通、食事中に目薬なんか差しませんわよ。目薬説は違うのではないでしょうか?」
「私、見ていました」
とロゼッタさんが口を挟む。
「え、何をですか?」
「イリーナ様がポケットからそっと塩の瓶を取り出したのを。それを隠れて自分の料理にかけようとして……、蓋を取ったまではよかったのですが、上下逆さまに持ってしまっていたのです。そのまま容器を勢いよく振ったら、案の定塩がぶわーっとイリーナ様のお顔に掛かってしまって。それで目に塩が入ってしまったのです」
そこまで言って、ロゼッタさんは小首を傾げた。
「テーブルに塩はあるのに、わざわざ隠れて塩を取り出すなど妙だな、とは思いましたが……。もしかしたら毒かもしれない、と。ですが自分の料理に掛けようとしていたので、毒ではないな、と判断いたしました。ただやはり様子がおかしかったので、念のため注意して観察しておりました」
「隠し持っていたお塩を料理に掛けようとして失敗したってこと?」
「塩ねぇ……」
ルベルド殿下がニヤリと笑う。
「別に料理に塩掛けるくらいしてもいいけどさ。わざわざ隠れてマイ塩なんか掛けるなんざ怪しいよなぁ。だってテーブルの上にはちゃんと味調節用の塩があるのにさ。何しようとしてたのやら」
「イリーナは以前、『わたくし薄味が好きですの』とか自慢していたことがあります。もしかしたらテーブルのお塩を使うのを見られるのが恥ずかしかったのかもしれませんわ」
意地っ張りなイリーナならそれもあり得る。というかそれ以外考えられない。
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