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*WEB連載版
第44話 イリーナの親切
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廊下を駆けていくと、大階段の前で案外あっさりとイリーナの姿を見つけた。
「イリーナ!」
「お姉さま」
振り返る彼女の手にトランクはない。先導しているロゼッタさんが持っていて、イリーナ自身は身軽なものである。
「イリーナ、あなたね。自分がどれだけ失礼なことをしたか分かってるの!?」
「あら、お説教ですの? 感謝致しますわよ、お姉さま。なんだかんだいってわたくしのことを心配してくださって……。ふふっ、お優しいお姉さま、だーいすき」
……ああもう。だからその逆三日月笑顔がイラつくんだってば!
「そういうことじゃないでしょ。あなたね、相手が誰だか分かってるの? 一国の王子様なのよ? なのにその館で攻撃魔術を使うわ、抱きつくわ、失礼な口をたたくわ、勝手に滞在するわ……。ほんとに何考えてるのよ!」
「でもお姉さまが取りなしてくださったのでしょう?」
「……そうだけど」
「ならいいではありませんか。それとも何か問題でもありますかしら」
「あるに決まってるでしょ、あなたの態度はあまりにも無礼すぎるの。私だっていつまで殿下を抑えておけるか分からないのよ?」
「まあ、わたくしを脅すのですか?」
「脅してるんじゃないの。注意してるの」
せめてマナーくらいは守ってくれ、と。それだけなんだけどなぁ。そんなに難しいのかしらね、王子様の前ではおとなしくしとけって。
「まあまあ、怖いですわぁ。それにしてもずいぶんと必死じゃありませんこと、お姉さま?」
「……どういう意味?」
私が聞き返すと、彼女はくすりと笑みを浮かべてこう答えた。
「いつもの冷静なお姉さまらしくないじゃありませんか。まるで誰かに嫉妬してるみたい」
「嫉妬ぉ?」
また何を言い出すのやら、もう……。
「そんなわけないでしょ。馬鹿言わないでちょうだい」
私は少し声を荒げて言ったけれど、彼女には効かなかった。余裕そうな表情のままイリーナは返してくる。
「お認めにならないんでしたらわたくしが言い当てて差し上げますわ。お姉さまはわたくしに王子様をとられるのが怖いんでしょう?」
「なっ、なに言ってるのよ。そんなこと考えてもいないわよ」
「じゃあどうしてそんなに取り乱されているんですの? おかしいですわねぇ」
「取り乱してなんか……」
ないと言いたかったけど、言葉が出てこなかった。
確かに私の心に焦りはあるのだ。
いくらルベルド殿下が私のことを好きでいてくれるとはいえ――そして私も殿下のことを信じているとはいえ。
やっぱりイリーナへの苦手意識って、あるから。
ダドリー様のこともあったわけだし……。
「まったく、いい気なものですわね。自分は素敵な王子様を捕まえておいて、いざそれを取られそうになったらそんなに焦るだんて。そういうの、盗っ人猛々しいっていうんですのよ」
「は? なに言ってるのよ。それはこっちの台詞でしょうが。あなたね、私からダドリー様を盗っておいて――」
「だいたいお姉さまったらズルいんですのよ」
「……は?」
唐突に言われた言葉に、一瞬反応が遅れた。
「ダドリー様みたいな不良債権クズ男を私に押しつけて、自分はちゃっかり王子様に愛されちゃうなんて! お姉さま、ズルい! いくらなんでもズルすぎるんですの!」
「え、押しつけるも何もダドリー様のことは自分で奪ったんでしょ、イリーナは。妊娠したと嘘までついて……」
「違いますわよ! お姉さまが幸せそうに見えたから、わたくしお姉さまの幸せを貰おうって思っただけです! だからこっちから誘いをかけて妊娠したって言って振り向かせたんですの! それで責任とって結婚を約束してくれたまでは良かったんですけれど……、なのにダドリー様ったらすーぐ浮気したんですのよ! わたくしが子供を身籠もったから最後の遊びをしたかったんですって! だからわたくし、本当は妊娠してないって打ち明けたんですの。そしたらあの男、浮気を反省するどころかわたくしのこと怒鳴りつけて罵倒しだしたんですのよ。もう腹が立って腹が立って、こっちから婚約破棄を突きつけてやりましたわよ!」
ああ、さっき殿下に言ってた話ね……。
ていうかそりゃイリーナもイリーナだけど、本当にダドリー様も相当なクズだわ。
こんな人と結婚していたかもしれないなんて、それを阻止してくれたイリーナには、そこだけは感謝だわね。
「ふん、ダドリー様ったらざまあみやがれですのよ。ダドリー様は今頃絶望に打ちひしがれているはずですわ」
「そ、それはどうかしらね」
案外、イリーナから逃れられてせいせいしてたりするかもしれない。
「もうダドリー様を相手にするような令嬢なんていないんですのよ、お姉さま。妻が妊娠したとき浮気をするような男だって、証明されてしまいましたもの」
「まあ、そうねぇ。まともな貴族家はまず結婚しようとは思わないわよね」
まともな貴族家が駄目となると、あとは下位貴族や爵位の欲しい豪商あたりが侯爵位目当てに娘を差し出してくる、とかかしらね。それでもクズには十分すぎるほどの縁談ですけど。
「あ、そうそう。あいつのお姉さまへの復縁の手紙はみんな私が破り捨てておきましたわよ。まあ別に一通しか手紙を書けないわけじゃなし、そのうち来るかもしれないですけれどね」
「まあ、それは……ありがとう、イリーナ」
イリーナらしくない気遣いだ。……なんだかちょっと怖くなる。
「どういたしまして。もちろんダドリー様にはちゃんと言っておきましたわ。『アデライザお姉さまは本物の王子様をゲットしましたのよ』って。悔しかったら奪い返しに行きなさいな、とも伝えましたわ。もしかしたら泣きながらここにやってくるかもしれませんわね!」
おほほ、と高笑いするイリーナ。
「え!? ダドリー様にそんなこと言ったの!?」
「ええ、そうですわ。ダドリー様、けっこうノリノリでしたわよ」
「えぇ……」
本人が来るの……?
イリーナだけでも大変だっていうのに。
ああ、もう。イリーナの親切は親切じゃないわ、やっぱり。余計なことをするんだから……!
「あら、いいじゃありませんの。だってダドリー様はお姉さまにお似合いのクズ男ですもの。そうなったらわたくしとルベルドお義兄さまで仲良くすればいいだけですわよね? そう思いませんこと、ねっ、お・ね・え・さ・まっ」
瞳を逆三日月にして笑うイリーナ。やっぱりこの笑顔は殴りたいなぁ、なんて思う私だった。
「イリーナ!」
「お姉さま」
振り返る彼女の手にトランクはない。先導しているロゼッタさんが持っていて、イリーナ自身は身軽なものである。
「イリーナ、あなたね。自分がどれだけ失礼なことをしたか分かってるの!?」
「あら、お説教ですの? 感謝致しますわよ、お姉さま。なんだかんだいってわたくしのことを心配してくださって……。ふふっ、お優しいお姉さま、だーいすき」
……ああもう。だからその逆三日月笑顔がイラつくんだってば!
「そういうことじゃないでしょ。あなたね、相手が誰だか分かってるの? 一国の王子様なのよ? なのにその館で攻撃魔術を使うわ、抱きつくわ、失礼な口をたたくわ、勝手に滞在するわ……。ほんとに何考えてるのよ!」
「でもお姉さまが取りなしてくださったのでしょう?」
「……そうだけど」
「ならいいではありませんか。それとも何か問題でもありますかしら」
「あるに決まってるでしょ、あなたの態度はあまりにも無礼すぎるの。私だっていつまで殿下を抑えておけるか分からないのよ?」
「まあ、わたくしを脅すのですか?」
「脅してるんじゃないの。注意してるの」
せめてマナーくらいは守ってくれ、と。それだけなんだけどなぁ。そんなに難しいのかしらね、王子様の前ではおとなしくしとけって。
「まあまあ、怖いですわぁ。それにしてもずいぶんと必死じゃありませんこと、お姉さま?」
「……どういう意味?」
私が聞き返すと、彼女はくすりと笑みを浮かべてこう答えた。
「いつもの冷静なお姉さまらしくないじゃありませんか。まるで誰かに嫉妬してるみたい」
「嫉妬ぉ?」
また何を言い出すのやら、もう……。
「そんなわけないでしょ。馬鹿言わないでちょうだい」
私は少し声を荒げて言ったけれど、彼女には効かなかった。余裕そうな表情のままイリーナは返してくる。
「お認めにならないんでしたらわたくしが言い当てて差し上げますわ。お姉さまはわたくしに王子様をとられるのが怖いんでしょう?」
「なっ、なに言ってるのよ。そんなこと考えてもいないわよ」
「じゃあどうしてそんなに取り乱されているんですの? おかしいですわねぇ」
「取り乱してなんか……」
ないと言いたかったけど、言葉が出てこなかった。
確かに私の心に焦りはあるのだ。
いくらルベルド殿下が私のことを好きでいてくれるとはいえ――そして私も殿下のことを信じているとはいえ。
やっぱりイリーナへの苦手意識って、あるから。
ダドリー様のこともあったわけだし……。
「まったく、いい気なものですわね。自分は素敵な王子様を捕まえておいて、いざそれを取られそうになったらそんなに焦るだんて。そういうの、盗っ人猛々しいっていうんですのよ」
「は? なに言ってるのよ。それはこっちの台詞でしょうが。あなたね、私からダドリー様を盗っておいて――」
「だいたいお姉さまったらズルいんですのよ」
「……は?」
唐突に言われた言葉に、一瞬反応が遅れた。
「ダドリー様みたいな不良債権クズ男を私に押しつけて、自分はちゃっかり王子様に愛されちゃうなんて! お姉さま、ズルい! いくらなんでもズルすぎるんですの!」
「え、押しつけるも何もダドリー様のことは自分で奪ったんでしょ、イリーナは。妊娠したと嘘までついて……」
「違いますわよ! お姉さまが幸せそうに見えたから、わたくしお姉さまの幸せを貰おうって思っただけです! だからこっちから誘いをかけて妊娠したって言って振り向かせたんですの! それで責任とって結婚を約束してくれたまでは良かったんですけれど……、なのにダドリー様ったらすーぐ浮気したんですのよ! わたくしが子供を身籠もったから最後の遊びをしたかったんですって! だからわたくし、本当は妊娠してないって打ち明けたんですの。そしたらあの男、浮気を反省するどころかわたくしのこと怒鳴りつけて罵倒しだしたんですのよ。もう腹が立って腹が立って、こっちから婚約破棄を突きつけてやりましたわよ!」
ああ、さっき殿下に言ってた話ね……。
ていうかそりゃイリーナもイリーナだけど、本当にダドリー様も相当なクズだわ。
こんな人と結婚していたかもしれないなんて、それを阻止してくれたイリーナには、そこだけは感謝だわね。
「ふん、ダドリー様ったらざまあみやがれですのよ。ダドリー様は今頃絶望に打ちひしがれているはずですわ」
「そ、それはどうかしらね」
案外、イリーナから逃れられてせいせいしてたりするかもしれない。
「もうダドリー様を相手にするような令嬢なんていないんですのよ、お姉さま。妻が妊娠したとき浮気をするような男だって、証明されてしまいましたもの」
「まあ、そうねぇ。まともな貴族家はまず結婚しようとは思わないわよね」
まともな貴族家が駄目となると、あとは下位貴族や爵位の欲しい豪商あたりが侯爵位目当てに娘を差し出してくる、とかかしらね。それでもクズには十分すぎるほどの縁談ですけど。
「あ、そうそう。あいつのお姉さまへの復縁の手紙はみんな私が破り捨てておきましたわよ。まあ別に一通しか手紙を書けないわけじゃなし、そのうち来るかもしれないですけれどね」
「まあ、それは……ありがとう、イリーナ」
イリーナらしくない気遣いだ。……なんだかちょっと怖くなる。
「どういたしまして。もちろんダドリー様にはちゃんと言っておきましたわ。『アデライザお姉さまは本物の王子様をゲットしましたのよ』って。悔しかったら奪い返しに行きなさいな、とも伝えましたわ。もしかしたら泣きながらここにやってくるかもしれませんわね!」
おほほ、と高笑いするイリーナ。
「え!? ダドリー様にそんなこと言ったの!?」
「ええ、そうですわ。ダドリー様、けっこうノリノリでしたわよ」
「えぇ……」
本人が来るの……?
イリーナだけでも大変だっていうのに。
ああ、もう。イリーナの親切は親切じゃないわ、やっぱり。余計なことをするんだから……!
「あら、いいじゃありませんの。だってダドリー様はお姉さまにお似合いのクズ男ですもの。そうなったらわたくしとルベルドお義兄さまで仲良くすればいいだけですわよね? そう思いませんこと、ねっ、お・ね・え・さ・まっ」
瞳を逆三日月にして笑うイリーナ。やっぱりこの笑顔は殴りたいなぁ、なんて思う私だった。
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