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1巻

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「やるときは、後悔なきよう徹底的に。これがルドワイヤン家の家訓だからな。いいかティナよ、やるなら徹底的にやるぞ。お前はティオの夢を守る騎士となるのだ!」

 やるときは、後悔なきよう徹底的に。そのルドワイヤン家の血は、もちろんユベルティナにも流れている。
 ユベルティナはパッと顔を輝かせると、はっきり頷いた。

「はい、お父様!」
「――バレなければ、なんということはないのだ」

 つまりはそういうことである。ようは二カ月間、ユベルティナが女だとバレなければいいのだ。
 その間にユビナティオが快癒かいゆし、入れ替わることができれば。……それで万事がつつがなく終わる。これは、そういう任務なのだ。

「安心しなさい、ティナ。お前のことはこの私が総力を挙げて男として仕立て上げようぞ!」
「お父様、ありがとうございます! わたし、精一杯頑張らせていただきますねっ!」
「まずはそのしゃべり方から直さなくてはな。自己認識を男にするのだ。驚いたときにとっさに出る声が『きゃっ』ではなく『うおっ』になるまで特訓するぞ!」
「はい! うおー!」

 思わず拳を突き上げて叫んでしまったユベルティナに、父は満足げにニヤリと笑う。

「なかなかいい所作だ。令嬢の身であればはしたないと眉のひとつもひそめるが、今は威勢のよさが頼もしい。それから自分のことはわたし、ではなく僕と言うのだ。身も心もティオになりきれ! おお、なんだか楽しくなってきたな……はははははは!」

 快活に笑う父につられて、ユベルティナも笑い出す。だが、うふふっと令嬢らしいおしとやかな笑い方をしてしまい、慌てて口を大きく開けて豪快に笑い直した。

「ははははははっ」
「そうだ、いいぞティナ。やるからには、後悔なきよう徹底的に。我がルドワイヤン家の家訓、忘るるべからず!」
「はいっ、お父様――父上!」
「よし、その調子だ。ははははははっ」
「ははははははははっ」

 腹の底から太い声で笑い合う令嬢と父は、傍から見たらとても奇妙であっただろう。
 だがユベルティナは、なんだかとてもワクワクしていた。
 まるで、小さいころにティオと一緒にしていた遊び――入れ替わって、どっちがどっちかゲームをしているときのような、そんな気分になっていたのだ。
 ティオの夢を守るためにティオの振りをして騎士団に入団する。女だとバレたら一巻の終わり。
 それは、なんだかとってもドキドキするし、勇気がりんりんするような、やりがいのあることに思えた。
 ――それから入団するまで一週間ほどの間に、ユベルティナは髪を切って、男らしい所作を覚えた。父がつきっきりで教えてくれたのである。


 そして、ついにその日――
 王立賛翼騎士団本部前で辻馬車を降りたユベルティナは、ふぅっと息をつきながら門を見上げた。

(いよいよだわ!)

 ユベルティナを威圧するかのようにそびえ立つ、王立賛翼騎士団本部の門。
 見上げるほど高い両開きの扉には、この騎士団の紋章が刻まれていた。交差した剣と翼。それがこの騎士団の紋様だ。
 髪をすっかり切り、サラシを何重にも巻いて胸をつぶし、その上に王立賛翼騎士団の濃紺の制服を着込んで門を見上げているユベルティナ。
 今の彼女を伯爵令嬢だと思う者はいないだろう。男にしてはやけに可憐な顔をしているけれど、それは双子の弟ユビナティオがそうなのだから仕方ない。
 ユベルティナはもはや、どこから見ても立派な凛とした少年……というか、弟ユビナティオそのものだった。
 着付けた使用人たちもどよめいていたものである。坊ちゃん……!? と。
 そりゃ驚くよね、とユベルティナは得意げになった。
 これなら、よっぽどのヘマでもしないかぎり女だと――姉のユベルティナだとバレることはないはずだ。
 髪が短くなったことで首筋がスースーするのは落ち着かないが、これもそのうち慣れるだろう。
 とにかく二カ月間、女だとバレなければいいのだ。そうして快癒かいゆしたユビナティオと入れ替わり、ユベルティナはそっとこの騎士団を去る。それが、ユベルティナのすべきことである。
 もし二カ月が過ぎてもユビナティオの病気が治らなかったら……。そのときもやはり、ユベルティナは騎士団を去らなければならない。父との約束だ。
 それはそれで騎士団に迷惑がかかるから、やはりユビナティオには頑張って回復してもらわなくてはいけない。
 だから、これはユベルティナとユビナティオ、双子姉弟の共闘作戦なのだ。
 でも、もし自分が女だとバレてしまったら……。もしユビナティオが治らなかったら……
 もし、もし、もし……。『もし』という言葉ばかりが頭の中に渦巻く。
 ――ダメだわ、こんなんじゃ。
 なるように、なる!
 ユベルティナは小さく拳を握りしめ、ぐっと気合いを入れ直した。
 とにかく行動を起こさないとね。
 やるときは、後悔なきよう徹底的に! 後は野となれ山となれ!
 腹に力を込めたユベルティナは、正門前にいた門番に用件を伝えた。
 門番はユベルティナをじっと見つめた後に、「まずは団長室へ行くように」と教えてくれた。
 男にしてはやけに可愛い顔をしているユベルティナに戸惑ったのがありありとわかる態度で、ちょっとドキッとしてしまう。
 女だとバレてはいないだろうが……、それにしても、やっぱり緊張する。

「団長室はどこにあるのですか?」

 ユベルティナは父との特訓で身につけた男の声の出し方――腹に力を入れた低い声で聞く。

「ああ、それは――」

 門番が答えかけたそのときだった。
 突然、横からなにかに飛びつかれたのだ。

「うおっ!?」

 それでもちゃんと、『うおっ』っと言えたところに特訓の成果が見える。
 ユベルティナはバランスを崩し、その勢いのまま地面に倒れ込んでしまった。

「はっはっはっはっはっはっはっはっはっ」

 早い息が聞こえて、ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ、と生温かいものがせわしく顔を舐め回す。

「……!」

 それは、小さな白い犬だった。真っ赤な首輪をしているから飼い犬なのだろうけれども。
 その犬が、ピンクの小さな舌でユベルティナの顔を舐め回しているのだ。
 小さな舌はざらりとしていて、口元には小さな牙が見え隠れする。
 ミニマムで可愛いワンちゃんだけど、さっきの突撃といい鋭い牙といい、小さいとはいえさすが犬ね――なんて変な感心をしている間にも、犬はユベルティナに馬乗りになって顔をひたすらに舐め回している。

「……!!」

 悲鳴を上げようにも、口を開けば犬の舌が出迎えてくれてしまう。さすがに、犬と舌を絡めてのキスなんて嫌である。

「カストル! やめろカストル!」

 門番が引きはがそうとするのだが、犬はぺろぺろとユベルティナを舐めまくっている。

(あ……、なんか、これ)

 犬のテンションにあてられたのだろうか。

(ちょっと面白いかも!)

 ユベルティナはこの状況を楽しみはじめていた。
 騎士団に入団するために本部に来たら、いきなり白い小犬に熱烈歓迎されているのだ! こんなに面白いことってそうそうないのではないか?
 だが門番はシリアスだ。

「やめろ! カストル、カストル!!」

 門番が悲痛な叫びを上げる。しかしそこに――

「カストル、ストップ!」

 鋭い一喝が響いた。その低い男性の声に、犬はピタッと動きを止める。
 かと思ったら。

「わんっ」

 ひと鳴きしてユベルティナの上から飛び降りると、小犬は男性の足元へ駆けていった。
 ユベルティナも半身を起こして、声がしたほうを見る。

「また脱走したのか、犬の不始末は飼い主の責任だというのに。団長にはきつく言わないとな……」

 そう言ってため息をつきつつ、白い小犬を抱き上げる男性。

(うわぁ、格好いい人……)

 一目見ただけで、ユベルティナは引き込まれそうになった。
 引き締まった精悍せいかんな顔立ちをしていて、年齢は二十代前半くらいだろうか。黒い髪に、冷たさを感じる濃いあおの瞳がよく似合っている。
 すらりとした体躯たいくに濃紺の騎士団の制服をまとい、剣帯で細身の剣を腰に吊しているその姿は、立っているだけで騎士の迫力をかもし出していた。

「すっ、すみません、副団長……!」

 門番が慌てたように彼に謝る。
 副団長……。この男の人は騎士団の副団長なのか。
 まだ若そうなのに。出世してるんだなぁ、とユベルティナは感心した。
 副団長は門番に頷いてみせた。

「君が謝ることはない。むしろ、カストルを門から出さなかったことに感謝する」
「それはこちらの新人の手柄ですよ」
「新人……?」
「あ、えっと」

 話を向けられ、ユベルティナはよいしょと立ち上がった。
 立ってみてわかったことだが、この副団長、本当に背が高い。
 ユベルティナだって女性にしては背が高いほうなのだが、そんなユベルティナよりさらに頭ひとつは背が高い。
 ユベルティナは整った男性の顔を見上げてにっこりと微笑んだ。

「助けていただいてどうもありがとうございます、副団長様。なかなか楽しい体験でした!」

 副団長は眉をぴくりとさせ、難しそうな顔つきになってユベルティナを見返してくる。

「皮肉か?」
「いえそんな、滅相もないです! だって、騎士団に来たらいきなり犬が熱烈歓迎してくれるんですよ。わた――僕、ワンちゃんにここまで歓迎されたのって生まれて初めてですっ!」

 わたしと言いかけて慌てて僕と言い直すユベルティナ。
 その犬はといえば、副団長の腕の中ではっはっはっはっと舌で息をしている。副団長にはよくなついているようだ。
 副団長は少しの間黙ってユベルティナを見つめていたが、やがてふっとあおい瞳をゆるめた。整った口元には、少し笑みが浮かんでいる。

「……君は、ユビナティオ・ルドワイヤンだな?」
「え、なんでそれを」
「本日付の新入りの話は私も聞いている」
「あっ、そうだったんですか。はい、そうです。僕はユビナティオ・ルドワイヤンです。よろしくお願いします!」
「私は王立賛翼騎士団副団長のロジェ・ランクザンだ。カストルを捕獲してくれたこと、礼を言う。着任早々の任務、ご苦労だった」

 それを聞いて、ユベルティナは思わずくすっと笑ってしまった。
 ロジェは軽く小首を傾げてユベルティナを見ている。

「なにかおかしなことでも言ったか?」
「も、申し訳ありません。僕が犬を捕獲したんじゃないから、つい……」
「君がカストルの足止めをしたのだろう?」
「あの……、正確には僕が犬に捕まってたんです。だから捕獲したことを褒めるのならば、僕じゃなくてそのワンちゃんが褒められるべきです!」

 すると、ロジェ副団長はあおい目を丸くした。

「妙なことを言うのだな、君は」
「ほーら、カストル。副団長が褒めてくれるってさ。よかったね~!」

 副団長の胸の中のカストルを撫でると、カストルは嬉しそうにユベルティナの手を舐めてくる。

「あは、くすぐったいよカストル。可愛いなぁ、もう!」
「……」

 その様子を見て、ロジェはわずかに目を見開いた。だが、すぐに表情を引き締めてユベルティナに告げる。

「……行くぞ、ユビナティオ。団長室に案内する。……いや、その前に顔を洗いに行くか」

 言うなり彼は背を向けて歩き出した。頬がほんの少しだけ赤く見えたのはなにかの錯覚だろうか?

「あ、待ってください、副団長様!」

 あとを追って、ユベルティナも早足で歩き出す。

(この人が副団長かぁ。格好いいけど、怖そうかも)

 彼の前では余計なことはせず、できるだけおとなしくしていよう……。そう心に決めたユベルティナであった。


 ロジェは重厚なドアをコンコンとノックした。

「失礼いたします、団長」

 団長様かぁ。どんな人かしら?
 興味津々のユベルティナがロジェ副団長に続いて団長室に入ると、白髪の老人がそこにいた。

「おお、ロジェか。なんのようじゃ」
(もしかして、この方が団長様……?)

 意外な人物像に、ユベルティナは目をパチパチと瞬かせる。騎士団の団長というからには、もっと筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの大男を想像していたのだが……
 実物はぜんぜん違う、小柄な老人である。
 背はピンと伸びているが、顔はいかにも好々爺こうこうやという感じ。とても優しそうなお爺ちゃんだ。

「わん!」

 老人に向かってひとこえ吠えた小犬のカストルが、ロジェの腕の中でじたばたしだす。
 ロジェが床に置いてやると、カストルはそのまま勢いよく走り出し、老人に飛びかかった。

「おお、カストルちゃん。お帰り。本部内の探検は楽しかったかの?」

 ジャンプしてきた小犬をどっしりとした腰構えで抱きかかえた老騎士団長に、カストルは、ぺろぺろぺろぺろぺろ! とユベルティナにしたのと同じような熱烈挨拶をはじめる。

「ふぉふぉふぉ、こりゃまた元気な挨拶じゃ。よっぽど楽しかったと見えるわい」
「団長。犬にはリードをつけてくださいとあれほど言ったでしょう。あと少しで門から外に出るところだったのですよ」
「そうは言うがな、ロジェ。カストルちゃんは門から出てはならぬという人の言葉は理解しておるのじゃ。賢いからのぉ。ゆえにリードなど無用の長物じゃ。のうカストルちゃん!」
「わん!」
「ほれ、返事をしたであろう」
「……団長のおっしゃる通り、確かにこの犬は人の言葉を理解しているようですね」

 棒読みで言って、ロジェ副団長は深いため息を吐く。

「ですが、あまり過信しすぎるのもどうかと思います。犬は犬です。きちんとリードをつけてください。だいたいですね、世話はちゃんと自分ですると言ったでしょう。カストルを拾ってきたときの言葉をお忘れですか?」
「まあまあロジェ、そうカリカリせんでもいいじゃろ。カストルちゃんは新入りちゃんを出迎えに行ったのじゃろう? それも立派なマスコット犬の仕事じゃて」
「確かにすさまじい歓迎ぶりでした。いいですか団長、今すぐその犬に初対面の人間に対するしつけをしてください。いきなり飛びかかって顔を舐め回すのは明らかに危険行為です」
「え、そこまで歓迎したのかの」

 老騎士団長は意外そうな瞳でユベルティナを見つめる。

「それは珍しいのう。いくら可愛くて明るくて外交的で社交的でみんなのアイドルなカストルちゃんとはいえ、初めて会う人間にそこまで愛想を振りまくとはの。少年よ、お主はよほど気に入られたんじゃなぁ」
「……えへへ」

 とりあえず、ユベルティナは照れたふりをする。
 誰にでも熱烈歓迎しそうなポテンシャルは感じたのだが、あそこまでの歓迎は珍しいことだったようである。
 それにしても……。なんだか、困ったちゃんなお爺様と冷静で堅物かたぶつな孫、という感じのふたりだ。
 だが、このふたりが騎士団の団長と副団長なのだ。つまりは王立賛翼騎士団のツートップ……

「いいですか団長、とにかくまずはその犬にリードをし、きちんとしつけてください。飼い主の義務は果たすように、くれぐれもお願いいたします」
「そうかそうか。わかったぞい。まぁ、それは追々おいおいしておくとして……」
追々おいおいにしていい問題ではありませんっ」

 だが老人はロジェの追及など意に介さず、ユベルティナを見てにっこりと微笑んだ。

「少年、わしは王立賛翼騎士団の団長、カール・リンブルムじゃ。よろしく頼むの」
「僕はユビナティオ・ルドワイヤンです。よろしくお願いします、団長閣下!」

 カッ、とかかとをそろえて敬礼をすると、老人―――カール団長は嬉しそうに目を細めた。

「うむ、元気な子じゃ。礼儀正しくてよろしい! それでこそ我が賛翼騎士団の騎士候補生じゃ」
「わんわん!」

 小犬カストルが老騎士団長の腕の中、顔を上げて吠える。まるで自分も人間の会話に交ざりたいとでも言っているようだ。

「ふぉふぉふぉ、そうかそうか。先ほどはユビナティオの緊張をとくために元気に挨拶に行ってくれたのか。優しいワンワンじゃのう、カストルちゃんは」
「わんわん!」
「団長……」

 ロジェのうろんな視線にハッとするカール団長。

「おおっと、これは失礼したの。ついカストルちゃんの優しさに感動し打ち震えてしまったわい」

 そう言いながら、老騎士団長は小犬カストルを床に降ろす。

「しかし、驚いたのう。まさかこんなにも可愛らしい少年が新入りとは。ロジェも変な気を起こしてしまうかもしれんの」

 ……え?
 老騎士団長の言葉に思わずドキッとしてロジェ副団長の顔を見上げるユベルティナ。
 この男がユベルティナに対して変な気を起こす、だって?
 今ユベルティナは男装して男としてここにいるから、ということはロジェ副団長は……

「……団長、わざと言ってますね?」

 副団長はあおいジト目で老団長をにらむ。

「ふぉっふぉっふぉっ、なんのことかのう。わしはただ、女嫌いなお主が女の子みたいなきゃわいい少年を見たら女の子と間違えて嫌いになっちゃうかもしれんのう、と危惧きぐしただけじゃよ」
「私には他意が含まれているように聞こえましたが」
「おぉおぉ、若いのに耳が遠いとは可哀想にのぅ」
「……団長。あとでたっぷり説教しますので、そのつもりでいてください」

 副団長は眉間にしわを寄せた苦々しい顔つきでため息をつき、そしてユベルティナのほうを見た。

「……私は男が好きというわけではない。そこは理解しておいてくれ」
「え、あの。団長閣下のお話ですと、副団長閣下は女嫌いと……」
「それについては否定しない。が、君には関係のない話だ」
「は、はい……」

 なんだかよくわからないが、この情報は覚えておこう、とユベルティナは思った。
 ロジェ副団長は、女嫌い。本当は女なユベルティナである、無意識に嫌われる可能性もある、ということだ。
 カール団長はユベルティナに向き直ると、笑顔で手を差し出してきた。

「さて、少年騎士ユビナティオ・ルドワイヤン殿! ようこそ王立賛翼騎士団へ! これからよろしく頼むぞい!」

 その手を握り返そうとしたところに、ロジェの突っ込みが入る。

「団長、ユビナティオはあくまでも騎士候補生です」
「おお、そうじゃったそうじゃった。まだ正規の騎士ではないんじゃったっけのう……。ふぉっふぉっふぉっ、お主も細かい男じゃて」
「細かいとか細かくないとかいう区分の問題ではありません。厳然とした事実です」
「あ……あは、よろしくお願いします……」

 差し出されていた手を握り返し、ユベルティナは改めて挨拶をした。

「しかしよかったのう、お主にこんなきゃわいい補佐官ができて」
「余計なお世話ですね。私は仕事くらいひとりでできるというのに」

 その言葉に、ユベルティナの心臓はドキッと高鳴った。

(……私、この人の、補佐官になるの?)

 女嫌いの副団長……。性格もキツそうだし、不安は募る。だが新入りの騎士候補生が配属先に文句を言うことはできない。

「なんにせよ、候補生の教育は先達せんだつの仕事です。私は彼を厳しく導いていく所存です」
「ほほう、あんまりいじめちゃダメじゃぞ?」
「どうなるかはユビナティオ次第ですね」
「相変わらずじゃのう」
「仕事ですから」

 老団長と副団長の会話を聞きながら、ユベルティナはドキドキしていた。
 文官としての採用だからそんなに体力がなくても大丈夫なはずなのだが……。それでもやはり、騎士団での仕事である。体力的な不安はある。健康的な肉体を持つユベルティナではあるが、どうしても力では男性に負けてしまう。
 ロジェ副団長はことのほか仕事に厳しそうだし……
 格好いいんだけどなぁ……とユベルティナはため息をつきたくなった。
 ドキドキと高鳴る心臓でちらりとロジェ副団長を見上げると、涼しげなあおい瞳と目が合う。

「そんなに心配することはない。新入りに大した仕事はさせない――君には書類仕事や雑務を手伝ってもらおうと思っている」
「は、はい! よろしくお願いします!」

 副団長の言葉に、ユベルティナは慌てて頭を下げた。
 なんだか妙にドキドキしてしまう。彼の厳しそうな雰囲気に、柄にもなく緊張しているようだ。それとも、女嫌いだと聞いたせいだろうか。

(でも、頑張ろう!)

 せっかくこうして王立賛翼騎士団に潜入したのである。騎士候補生として、文官として、ユビナティオの代わりを務めあげなければならない。
 ユベルティナは密かにぐっと拳を握って、決意を固めた。


 こうして着任の挨拶を済ませ、団長室をしたふたりは、早速副団長室へ向かった。
 王立騎士団副団長室に案内されたユベルティナは、室内の様子を見て目を丸くした。

(すごい量の本……!)

 騎士団本舎の三階にある副団長専用の執務室。その壁際には本がきっちりと詰まった大きな本棚が整然と並んでいたのだ。
 部屋の中央には、書類が山のように積まれたどっしりとした机があった。窓際にも机がある。続き部屋へのドアまである、かなり広い部屋だ。

「ユビナティオ。――ユビナティオ・ルドワイヤン!」
「はっ、はいっ!」

 呼ばれ馴れていない弟の名前で名を呼ばれ――新しい部屋に気をとられてはからずも無視するかたちになってしまい、ユベルティナは慌てて返事をした。
 ロジェ副団長は窓際の机を軽く指差す。

「あれが君の机だ。早速、書類の選別をしてもらおうと思う」
「書類の選別……?」

 それは、来て早々のユベルティナにできる仕事なのだろうか……?

「なに、簡単なことだ。様式があるからそれに合致しないものをはじくだけでいい。たとえば……」

 と、ロジェ副団長は部屋中央のどっしりとした大きな机から、一枚の紙を取り上げた。

「これは予算申請用紙だ。しかし金額は書かれているが、書類作成者のサインがないだろう?」
「あ、ほんとだ」
「こういう不備のある書類をはじいてほしい。除けた書類は後で私が確認する」
「わかりました、副団長様」
「それでは、これを頼む」

 どさっ、と大机に積まれた書類の一部が窓際の机に移される。一部とはいえ、高さがすさまじい。

「これ全部、ですか?」
「そうだ」
「う……」


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