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1巻

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   第一章 男装の騎士候補生



「ユベルティナ・ルドワイヤン。僕は、お前との婚約を、今このときをもって解消する!」

 婚約者の突然の宣言であった。
 言われた本人であるユベルティナは驚いて、あたりをキョロキョロと見回して確認する。

(突然なに!? 今って卒業パーティーの真っ最中だよね!?)

 ここは学園の大広間で、今は卒業式後の夜会が行われている最中である。
 周囲の参加者たちは当然のようにきらびやかなドレスや正装に身を包んでいる。
 その正装姿の参加者たちが、今や全員デュランの突然の宣言に注目していた。
 参加者たちの視線を集めて、得意げな顔でふんと鼻から息を吐き出すデュラン。
 デュラン・アンデールは金髪きんぱつ碧眼へきがん眉目秀麗びもくしゅうれいな侯爵家子息だ。一堂の視線を集めてはいるものの、この夜会の主催でもなんでもない。ただの参加者で、一卒業生に過ぎないのだ。

「ふん、なにを間の抜けた顔をしているのだ。自分の罪がわかっているのか!」
「デュラン様! 質問よろしいでしょうか!」

 ユベルティナは腕をぴんと伸ばして指差されるのを待った。

「なんだ、ユベルティナ!」
「罪ってなんですか? 私、どうしてあなたとの婚約を解消されなければならないのでしょうか。理由を教えてくださいっ!」

 在学中は特に仲が悪かったわけではなかった。特別に仲がよかったわけでもないが。
 とにかく、いきなり婚約の解消を宣言されるほど険悪な仲では決してなかったはずなのだ。

「それはな、お前が僕に恋をしていないからだ……!」

 それがまるで大罪であるかのように、デュランは大げさに目をいてみせた。

「婚約解消で済んでよかったと思え。僕は寛大だからな。そしてこの罪を深く反省するがいい!」
「……はい?」

 ユベルティナだけではない。会場のあちこちから「え?」「は?」「なに言ってるのあの人?」という声が上がる。

(まさか、本気じゃないわよね……?)

 戸惑うユベルティナに、デュランは鼻の穴をふくらませてきっぱりと言い切った。

「汚らわしき偽の婚約者よ、お前の顔などもう見たくもない。今すぐこの場から立ち去るがいい!」

 甘ったれた青い垂れ目をこれでもかというくらいカッぴらいての、これである。

(う~ん。これは……?)

 ユベルティナの戸惑いはいっそう高まった。
 確かにユベルティナはデュランに対して恋愛感情は持っていなかったが、それでここまで言われる筋合いなどない。
 デュランは侯爵家の令息であり、ユベルティナは伯爵家の令嬢だ。この婚約は、ただ身分的に釣り合うようにと親同士が決めた縁談なのだ。
 貴族同士の政略結婚なんてそんなものだろう。……そうユベルティナは思うのだが。

「あの、デュラン様? 落ち着いてください。わたしたちの結婚に恋愛感情は不要で――」

 なんとか説得しようと口を開いたユベルティナだったが、デュランはまるで聞く耳を持たなかった。

「黙れッ! 愛のない夫婦などありえない! 現に僕とロリエッタは愛し合っているッ!」

 ロリエッタ――、彼女ならデュランの斜め後ろにいるが、騒動など自分には関係ないとでもいうように、先ほどからマカロンをもぐもぐと無言で食べ続けている。
 背が低く可愛らしい、男爵令嬢ロリエッタ・エディン。確かに在学中、ずいぶんとデュランと懇意にしていた。
 デュランは金髪、ロリエッタも金髪。だけどユベルティナは色素の薄い亜麻色の髪。
 金髪同士で仲間意識が強いのかな、なんて在学中ユベルティナは呑気に構えていたのだが。まさか、あれは浮気だったのか。

「僕とロリエッタは真実の愛によって結ばれている。偽物のお前が出てくる幕はもうないのだ!」
(えぇっと。つまりはそういうこと……)

 デュランはロリエッタと恋仲になって、ユベルティナが邪魔になった、と。
 それで、お前はもう用済みだから去れ、と。

(こ、これが貴族令息の所行だというの……?)

 高貴な者の責務、ほこりある伝統と歴史。それらを重んじて生きていくのが貴族の義務なのだと思っていたけれど。
 どうやら、デュランはそうは思っていなかったようだ。なんというわがまま男なんだろうか。
 ――が。

(これって、わたしにとっては渡りに船よね……!)

 内心、彼の暴挙に光を見いだしたユベルティナである。
 デュランは甘ったれたところがあって、思い通りにならないとすぐに怒り出すのだ。
 そんな彼と結婚したところでいいことなどひとつもない……ユベルティナは常々そう思っていた。むしろ苦労する未来しか見えない、と。
 それが、この婚約の解消で自由になれるのだとしたら……

「わかりました、婚約の解消をお受けいたします!」

 ユベルティナは相手の反論を封じる素早さで、さっとドレスのすそをつまみ上げた。

「今までお世話になりました、デュラン様。それではごきげんよう」

 言うなりきびすを返す。
 ――自由になれた嬉しさで頬がニヤけるのを、抑えられない。
 こうなったら、もうこんな場所に用はない。屋敷に戻って、早速いろいろな手続きをしなければ。
 この夜会に参加できるのが卒業生だけでよかった、とユベルティナは足早に歩きながら胸を撫でおろした。もしここに親族や先生がいたら、きっと誰かがデュランの愚行を止めてしまっただろうから。
 デュランの気が変わる前に、きちっと法的に片付けてしまおう。

(さあ、これから忙しくなるぞー!)

 鼻息を荒くし目を輝かせたユベルティナは、ひとり会場を後にしたのだった。


 卒業パーティーでの突然の婚約破棄騒動があってから、数日経ったある日の午後。
 ユベルティナは使用人たちに助けてもらいながら、無事に婚約破棄の書類を作成し終えた。
 その書類をトントンとそろえて封筒に入れる。あとは封蝋ふうろうをして役所に提出すれば完了だ。

「ふぅ」

 ユベルティナは息をついた。
 婚約破棄を突きつけられたのが卒業パーティーでよかった、と心底思う。
 まったく。たくさんの人が見ている前であんな宣言をするとは、デュランもなにを考えているのか。証拠がいくらでもある状態になってくれたではないか。
 これで今後、デュランが言い逃れしようとしても徒労に終わるだけだ。
 つまり、この書類はなんの問題もなく受理されるはずなのである。
 ユベルティナは、元婚約者の美形だが神経質そうな顔を頭に思い浮かべた。侯爵令息デュラン・アンデール。ユベルティナにとっては、すぐに怒り出すとっつきにくい人であった。
 が、縁が切れて完全な他人となった彼がロリエッタと真実の愛によって結ばれるというのであれば、心から祝福しようと思う。
 どうか、末永くお幸せに。

(これでわたしは新しい人生を歩み出せる!)

 そう思うと心の奥から嬉しさがこみ上げてきて、踊りたくなってしまう。
 書類をそろえる音を、思わず、トントントトトン、とリズミカルにするほどに。
 するとそこに、リズムに重なるようにコンコンコンとノック音が響いた。

「失礼いたします」

 入ってきたのは、ユベルティナ付きの若いメイドのサーシャだった。彼女は銀のトレイに一通の封筒を乗せていた。

「お嬢様、お坊ちゃまからのお手紙でございます」
「ティオから!?」

 ユベルティナは目を輝かせた。ユベルティナの双子の弟、ユビナティオ。通称ティオ。春から王立賛翼さんよく騎士団への入団が決まっている彼は、現在ルドワイヤン領の実家にいる。
 あと少ししたら、実家からこのタウンハウスに移って昔みたいに一緒に暮らすことになるのだ! そのしらせをこうしてよこしてくれたのだろう。
 婚約解消の書類もできたし、弟からの手紙も来たし。今日はなんていい日なんだろう!

「どうもありがとう、サーシャ」

 礼を言って、ユベルティナはいそいそと封筒を受け取った。
 そこにはユビナティオの綺麗な字で、『ユベルティナ・ルドワイヤン様』と宛名が書かれている。
 目を輝かすユベルティナを見て、サーシャがくすりと笑った。それからテーブルの上に気づき、頬に手をやった。

「あら、お嬢様。もう紅茶が冷めていますわね。お代わりをお持ちいたしますわ」

 サーシャが冷え切ったティーポットを持って出ていくのをなんとなく見送ってから、ユベルティナははやる胸を押さえつつペーパーナイフを使って丁寧に手紙を開封する。

『親愛なる姉上へ。姉上、お元気ですか? 僕は不調です。姉上のほうはどうでしょうか。ちゃんとご飯を食べていますか? 睡眠時間は確保できていますか?』

 ユビナティオが不調? 不穏である。弟はもともと身体が弱い。心配だ。

「わたしはきちんと食べてるし、寝ているけど……」

 そう、ユベルティナはとても健康なのだ。食事もお腹いっぱい美味おいしく食べられるし、ベッドに入ればすぐにぐっすり眠れる。
 ……口さがない人は、母のお腹の中で姉が弟の生命力を奪ったのだ、などというが。

「ティオ。あなたは相変わらず不調なのね……」

 心配になって呟くと、手紙の向こうでティオが微笑んだような気がした。

『僕のことですが、心配はいりません。今日は朝から熱がありましたが、今はだいぶ下がりました。でも、まだ油断はできません。お医者様も安静にしていろというので……王都には向かえなくなってしまいました』
「え?」
『つきましては、王立賛翼騎士団への入団も見合わせることになりました。本当に巡り合わせの悪いことです。父上は、決して無理はせぬように、とおっしゃっています。母上は毎日神様に僕のことを祈ってくださいます。申し訳なさでいっぱいです』
「ティオ……そう……。残念だけど、気にしないで。お父様とお母様の言う通りよ。ゆっくり休んでちょうだい」
『では、そろそろ薬の時間なので筆をおかせていただきます。姉上、どうか姉上はお身体にお気をつけくださいませ。――愛をこめて、弟より』
「わたしからも愛をこめて、姉より」

 そうしてユベルティナは手紙を閉じた。
 ティオの具合がよくない。騎士団も諦めた……
 あんなに行きたがって、伝手つてを使いまくって、ようやく文官として採用にこぎつけたというのに。それだってまずは騎士候補生からはじめることになっていたのに。
 そうだ、お見舞いに行こう。学園も卒業したし、婚約破棄されて暇だし。

『追伸』

 手紙には、ユベルティナの思考を読んだかのような追伸があった。

『婚約破棄のこと、聞きました。父も母も、使用人たちも、もちろん僕も、みんながみんな、姉上の味方です。いつでも帰ってきてくださいね。と言いたいところだけど、帰ってきちゃダメです』
「どうしてよ」
『お医者様が言うには、僕の病が姉上にうつる危険性があるそうです。流行性の病でして……。僕のためにも、そして姉上自身のためにも、お願いします。姉上は王都にいてください。僕は大丈夫ですので、姉上はご自分のお身体を大切になさってください。心から、愛しています。――あなたの弟、ティオより』
「ティオが大丈夫なわけないでしょ。王都に出てこられないっていうのに……」

 手紙を封筒に仕舞いながら、ユベルティナはため息をついた。

「ティオ……、ああ……、可哀想なティオ……」

 椅子にぐったりと、深く腰かける。ふと窓を見ると、窓ガラスに映った不安そうな自分の顔がユベルティナを見ていた。
 波打つ淡い亜麻色の髪に、明るい紫水晶むらさきずいしょうの瞳。男の子みたいな可愛い顔ね、という褒めているんだかなんなんだかな言葉をよくもらう、凛としたところのある顔。
 その評については、ユベルティナはちょっとほこらしかったりもした。なぜなら、自分は弟ユビナティオとそっくりだからだ。
 ユベルティナとユビナティオは小さいころから瓜ふたつだった。
 ユビナティオは美少女顔の、まごうことなき美少年である。そのユビナティオに似ているユベルティナは、つまりは美少年顔をした美少女――という、ちょっとしたややこしさが、弟との絆であるような気がして嬉しいのだ。
 十八歳という年齢になったとはいえ、それはまったく変わっていない。

「はぁ……」

 だが、今は自分の顔を見ていると、なんだか無性に寂しくなってくる。どうしてもユビナティオを思い出してしまう。

「せっかく、これから楽しいことが待ってるはずだったのに。……ねぇ、ティオ」

 ユビナティオは小さいころから騎士に憧れていた。剣となり楯となり、人々と国を守る王立騎士団の騎士たち。ティオは身体が弱いから、余計にそういうものに憧れていたのかもしれない。
 小さいころのティオは、頻繁に熱が出て、何日も何日も寝込んでいたものである。それでも、僕は騎士になるんだ、と公言してはばからなかった。家族も、使用人たちも、姉であるユベルティナも……、みんながみんな、そんなのできっこないと言って止めようとしていたというのにだ。
 だが。本人は真っ直ぐに努力していた。
 毎日毎日、きちんと鍛錬たんれんを積んで体力を増やしていた。短距離ではあるが走り込みを欠かさなかったし、熱で鍛錬たんれんができない日でも、フラフラと家の周りを歩いていた。……熱があるときはちゃんと寝ていなさい! とユベルティナはフラフラの弟をベッドまで引っ張っていったものだが。
 それでもたゆまぬ鍛錬たんれんのおかげで、ユビナティオはどんどんたくましくなっていった。
 最近などは、ユベルティナから見ても、ティオは人並みの体力をつけている、と断言できた。
 そこまでの努力を重ね、ようやくチャンスが巡ってきたのだ。使いものにならなければすぐにクビ、という厳しい採用条件だったけれども。だがそれも仕方ないのかもしれない。体力勝負の騎士団なのだ、たとえ文官とはいえ虚弱な者など欲しくはないだろう。
 騎士候補生として採用してくれたのも、伯爵家の顔を立てるためでもあったのだろうし。あとは、双子にはぼんやりとしかしらされていないが、父はかなりの寄付金を騎士団に納めたらしい。そのあたりも大きな要因となったことだろう。
 とにかく。騎士団採用のしらせの手紙を受け取ったユビナティオは、とても嬉しそうだった。

『僕、とうとう騎士団に入れることになりました! まずは騎士候補生としての採用だそうです。頑張ってすぐに正規騎士になるから、姉上も応援してくださいね!』

 それがどうして、こんなことに……
 病だからといって、入団を延期なんてしてくれるとは思えなかった。伝手つてで無理やり、文官採用の扉をこじ開けたのだから。……その扉は、目の前で閉まってしまうのだ。
 ティオの努力、父の寄付金。そんなものはお構いなしに門前払いを食らってしまうのである。
 可哀想なティオ。せっかく憧れの騎士になれるところだったのに、こんなところで生来の虚弱体質がたたるとは。
 ……もしかして。
 そんなことない! とユベルティナは思うが、もしかしたら本当に、母親のお腹の中で弟の生命力を奪ってしまったのかもしれない……
 奪ったのなら、生命力を弟に返してあげたかった。
 それができないのなら――

(わたしがティオの代わりに、騎士団に入団できたらいいのに)

 窓ガラスの中の自分を見ながら、ユベルティナはそんなことを考える。
 弟から奪った生命力でユベルティナが騎士団に入るのなら、弟が入団したということになるのではないか?
 もっとも、王立賛翼騎士団は女子禁制、男だけの騎士団である。
 女性が騎士になりたいのなら、女性だけの騎士団がある――が、それでは意味がない。別にユベルティナが騎士になりたいわけではないのだ。だが、この国では女性だって騎士になれる。
 女性だって、騎士に――

「……」

 ユベルティナはその考えに引っかかりを覚えた。

(ちょっと待って)

 ユベルティナは窓ガラスに映る自分に改めて見入った。
 長い亜麻色の髪を、首の後ろでひとまとめにして、短髪にした自分の姿を想像してみる。
 二十歳手前という、女性らしさが出てくる年齢であるはずのユベルティナだが、やはり弟にそっくりの美少年顔である。
 そこで、ユベルティナはひとつの結論に達した。

「――やっぱり、いけるわ!」

 早速、ユベルティナはたくらみをしたためた手紙を実家に出した。
 要約するとこんな内容の手紙だ。

『わたし、男装してユビナティオの代わりに騎士団に入ろうと思います』

 それから数日後、父であるデイヴィス・ルドワイヤン伯爵から返事が届いた。

『なにを考えているんだ!』

 要約するとそんな感じの内容だったが、まぁ予想通りといえば予想通りの反応である。
 それだけではない。それからすぐに、なんと父本人が王都の屋敷にやってきたのだ。


「なにを考えている、ティナ!」

 ソファーに座った父のドスの効いた低い声が、タウンハウスの応接室に響き渡った。

「まさか本気ではあるまいな?」
「わたしは本気です、お父様」

 にらみをきかせる父に、ユベルティナはさらりと――ことさら丁寧に微笑んで返した。

「わたしとティオはそっくりです。髪を切って男の格好をすれば、誰もがわたしをティオと思うことでしょう」
「常識がなさすぎる。女が男になりきって、しかも騎士団だなど……」
「騎士団といってもユビナティオが就くのは文官です。それなら女性のわたしにでも対応できると思います」
「そういう問題ではない。お前は伯爵家の令嬢なのだぞ! それを男だけの騎士団になど、しかも男装してティオの振りをするだと!? なぜそのようなことを……」
「ティオの夢を守るためです」

 父の目を真っ直ぐに見つめて言い切ると、父は一瞬言葉を失った後、重々しく頷いた。

「……そうか」

 父もよく知っているのだ。ユビナティオが騎士になるためにずっと努力していたことを。
 そして、その夢がついえたことを。
 息子の夢のため、かなりの額の寄付金を父が積んだらしいことは、なんとなく知っている。ユビナティオが騎士団に入れると聞いて、一番喜んだのは父だった。

「ティオは騎士になるために努力を続けてまいりました。わたしはティオの夢を守りたいのです。それが、ティオの生命力を、もしかしたら……お母様のお腹の中で奪ってしまったかもしれない、わたしのすべきことなのです」
「…………」

 その言葉をどう受け止めたのか。父は難しい顔のまま黙り込んでしまう。
 そこに、ユベルティナはたたみかけた。

「もちろん、ティオが元気になったらすぐに入れ替わるつもりです。わたしがずっと騎士として勤めるわけではありません」
「しかし、お前が女だとバレれば大事おおごとになるのだぞ?」
「大丈夫です。わたしとティオがそっくりなのは誰もが認めるところです。それはお父様だってよくご存じでしょう?」

 自信満々で答えるユベルティナを見て、父は困ったような顔をした。
 姉弟が小さかったころのことを思い出しているのだろう。そのころはよく、服装を取り替えては家族や使用人たちの目をあざむいて遊んでいたから。
 本当に、面白いくらい誰も双子のどっちがどっちかを見分けられなかったのだ。
 小さいころだけではない。亜麻色の髪を長く伸ばした今だって、違うのは髪の長さだけ。ユベルティナとユビナティオは、鏡映しのようにそっくりなのである。

「……はぁ」

 父は大きくため息をつくと、頷いた。

「決意は固い、か。いいだろう。やってみなさい」

 ――え?
 ユベルティナは思わず耳を疑った。
 聞き間違いじゃないわよね、今の!?

「お父様……!」
「ただし、条件がある」

 まあ、条件くらいあるだろう。無理なことを押し通そうとしている自覚は、もちろんユベルティナにだってあるのだ。
 父は、指を二本立てた。

「二カ月だ。二カ月以内にティオと入れ替わることが叶わなかったならば、そのときをもってお前は騎士団をめること」

 それは、長年頑張ってきた弟の夢が叶わずに終わる、ということだった。
 ユベルティナは父の顔を見つめながら、慎重に口を開く。

「二カ月……というのは、なにか根拠のある日数なのですか?」

 「医師によれば、二カ月間の様子次第で、今後のことが判断できるそうだ。つまり……、病が再発するか、しないかが……」
 父の言葉はどうにも歯切れが悪かった。思った以上にティオの容体は悪いのかもしれない。

「……わかりました。二カ月で入れ替わることができなければ、そのときはいさぎよく騎士団をめます」

 頷いて、ユベルティナは弟の夢の終わりを了承する言葉を口にした。
 いや、もしかしたら。これはティオの命の灯火にすら関係するかもしれない言葉だ。二カ月後、ティオの容体はいったいどうなっているのだろうか。

「よし。では早速準備にとりかかるか」

 そういう父の目には、すでにいたずらっ子のような光が宿っていた。変わり身の早さに少し唖然としていると、父は軽くウインクする。


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