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番外編
【番外編】あの日の決意:前編(ユビナティオ視点)
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それは、まだユビナティオが7歳のころのこと。
よく晴れたある日の午後、珍しく体調がよかったユビナティオは、気分転換にと中庭の木の下で侍女に絵本を読んでもらっていた。
「ぐわー! 悲鳴が上がり、悪いドラゴンはついに倒れました。騎士はドラゴンが閉じ込めていたお姫様を助け出し――」
「きゃあああ!」
侍女の声を遮って幼い女の子の歓声が上がる。
その声の主は、ユベルティナだ。
暇だからとユビナティオに着いてきた姉は、ユビナティオと同じ色素の薄い亜麻色の髪に、明るい紫水晶の瞳を輝かせていた。
「すごいすごい! さすが騎士さまね!!」
「姉上はこの絵本が、本当に大好きですよね」
苦笑しながらユビナティオが言うと、彼女は嬉しそうにうなずいた。
「だってかっこいいんだもん! わたしもいつかこの人みたいな強い男になりたいな!」
「姉上は女性ですよ?」
「わかってるわよ! でもきっとなれると思わない? みんなを守る強い男に!」
「……そうですか」
きらきらとした笑顔で語る彼女に反論する気力を削がれ、ユビナティオは曖昧に微笑むことしかできなかった。
そんな双子を、侍女は微笑みながら見ている。
――と。唐突に、3人の目の前に、ぽとりと何かが落ちてきた。
「きゃっ」
「うわっ」
侍女の悲鳴と、ユビナティオの驚きの声が重なる。
同時に、カッ、と、ユビナティオは体温が上がるのを感じた。
いったいなんだ、何が落ちてきたんだ。危険な物か? 逃げた方がいいのじゃないか? そうでもないのか? そう思いながらも身体は固まっている。
そんななか、ユベルティナだけがきょとんとして落ちてきたものを見つめていた。
「見て、ヒナだわ!」
灰色の産毛に覆われた小さな身体、怯えたようにまん丸なつぶらな瞳、ちょこんとしたくちばし。なんとも可愛らしい、それは小鳥のヒナだった。
「あら、可哀想に。巣から落ちてしまったのね」
気を取り直した侍女が言って上を見上げた。つられてユビナティオも熱が上がってきた額で上を見上げる。
下からではよく見えないが、この梢のどこかに鳥の巣があるのだろう。かなりの高さから落ちてきた割に元気そうなのが救いだ。
「巣に戻してあげましょう。庭師を呼んできますね」
侍女がそう言って立ち去ると、残された双子は顔を見合わせた。
「……大変なことになりましたね」
ふぅ、と息をついて、ユビナティオはその場に尻を突いて座り込んだ。
急激に体温が上がってきて、立っているのが辛いくらい頭がふらっとするのだ。
「大丈夫、ティオ?」
「……熱が出て来たみたいです。少し、休ませていただきます」
「そっか。じゃあ、ヒナはわたしが戻してあげるね!」
「え、姉上なにを言って――」
「わたし、強い男になるんだもん!」
止める間もなく、ユベルティナは雛をそっとドレスのポケットに入れると、そのまま木登りをはじめたではないか。
「ちょっ、姉上! なにしてるんですか、危ないですよ!」
ユベルティナの奇行に、ユビナティオの心臓はドキドキを通り越してバクバクしはじめた。
「大丈夫よ! わたし、こうみえても木登りって得意だから!」
「そういうことじゃなくてですね、大人を待った方がいいです……」
さすがに辛くなってきて、ユビナティオは視線を降ろした。膝を手で抱え、熱で潤んできた瞳でじっと地面を見つめる。
この調子だと、そろそろ頭痛がしてきそうだ。
「大丈夫だって!」
ガササ、ガササ。葉っぱがこすれる音がする。
「姉上……、本当に、やめてください……。ぼく、心配で……」
とうとう涙声になってしまったユビナティオに、さすがのユベルティナも心配になってきたようだ。
「ティオ、泣かないで……って、あった、あったー!」
ユベルティナの喜色に溢れた声が上から返ってくる。
どうやら巣を見つけたらしい。
「ちょっと待っててね、いま戻すから!」
「姉上……」
ユビナティオは弱々しく呟いて、目を瞑った。熱くなってきた頬に、つーっと冷たい涙が一筋流れる。
――自分は、何をしているんだろう?
そんな疑問がユビナティオの心に浮かび上がる。
姉がヒナを巣に戻す、と木を登っているというのに、それを止めることもできず、かといって応援することもせず。ただ、ここで地べたに座って膝を抱えて泣いているだけだなんて。
情けない。
そう思うのに、身体はダルく、上がってくる熱のせいで思うように動いてくれないだなんて……。
よく晴れたある日の午後、珍しく体調がよかったユビナティオは、気分転換にと中庭の木の下で侍女に絵本を読んでもらっていた。
「ぐわー! 悲鳴が上がり、悪いドラゴンはついに倒れました。騎士はドラゴンが閉じ込めていたお姫様を助け出し――」
「きゃあああ!」
侍女の声を遮って幼い女の子の歓声が上がる。
その声の主は、ユベルティナだ。
暇だからとユビナティオに着いてきた姉は、ユビナティオと同じ色素の薄い亜麻色の髪に、明るい紫水晶の瞳を輝かせていた。
「すごいすごい! さすが騎士さまね!!」
「姉上はこの絵本が、本当に大好きですよね」
苦笑しながらユビナティオが言うと、彼女は嬉しそうにうなずいた。
「だってかっこいいんだもん! わたしもいつかこの人みたいな強い男になりたいな!」
「姉上は女性ですよ?」
「わかってるわよ! でもきっとなれると思わない? みんなを守る強い男に!」
「……そうですか」
きらきらとした笑顔で語る彼女に反論する気力を削がれ、ユビナティオは曖昧に微笑むことしかできなかった。
そんな双子を、侍女は微笑みながら見ている。
――と。唐突に、3人の目の前に、ぽとりと何かが落ちてきた。
「きゃっ」
「うわっ」
侍女の悲鳴と、ユビナティオの驚きの声が重なる。
同時に、カッ、と、ユビナティオは体温が上がるのを感じた。
いったいなんだ、何が落ちてきたんだ。危険な物か? 逃げた方がいいのじゃないか? そうでもないのか? そう思いながらも身体は固まっている。
そんななか、ユベルティナだけがきょとんとして落ちてきたものを見つめていた。
「見て、ヒナだわ!」
灰色の産毛に覆われた小さな身体、怯えたようにまん丸なつぶらな瞳、ちょこんとしたくちばし。なんとも可愛らしい、それは小鳥のヒナだった。
「あら、可哀想に。巣から落ちてしまったのね」
気を取り直した侍女が言って上を見上げた。つられてユビナティオも熱が上がってきた額で上を見上げる。
下からではよく見えないが、この梢のどこかに鳥の巣があるのだろう。かなりの高さから落ちてきた割に元気そうなのが救いだ。
「巣に戻してあげましょう。庭師を呼んできますね」
侍女がそう言って立ち去ると、残された双子は顔を見合わせた。
「……大変なことになりましたね」
ふぅ、と息をついて、ユビナティオはその場に尻を突いて座り込んだ。
急激に体温が上がってきて、立っているのが辛いくらい頭がふらっとするのだ。
「大丈夫、ティオ?」
「……熱が出て来たみたいです。少し、休ませていただきます」
「そっか。じゃあ、ヒナはわたしが戻してあげるね!」
「え、姉上なにを言って――」
「わたし、強い男になるんだもん!」
止める間もなく、ユベルティナは雛をそっとドレスのポケットに入れると、そのまま木登りをはじめたではないか。
「ちょっ、姉上! なにしてるんですか、危ないですよ!」
ユベルティナの奇行に、ユビナティオの心臓はドキドキを通り越してバクバクしはじめた。
「大丈夫よ! わたし、こうみえても木登りって得意だから!」
「そういうことじゃなくてですね、大人を待った方がいいです……」
さすがに辛くなってきて、ユビナティオは視線を降ろした。膝を手で抱え、熱で潤んできた瞳でじっと地面を見つめる。
この調子だと、そろそろ頭痛がしてきそうだ。
「大丈夫だって!」
ガササ、ガササ。葉っぱがこすれる音がする。
「姉上……、本当に、やめてください……。ぼく、心配で……」
とうとう涙声になってしまったユビナティオに、さすがのユベルティナも心配になってきたようだ。
「ティオ、泣かないで……って、あった、あったー!」
ユベルティナの喜色に溢れた声が上から返ってくる。
どうやら巣を見つけたらしい。
「ちょっと待っててね、いま戻すから!」
「姉上……」
ユビナティオは弱々しく呟いて、目を瞑った。熱くなってきた頬に、つーっと冷たい涙が一筋流れる。
――自分は、何をしているんだろう?
そんな疑問がユビナティオの心に浮かび上がる。
姉がヒナを巣に戻す、と木を登っているというのに、それを止めることもできず、かといって応援することもせず。ただ、ここで地べたに座って膝を抱えて泣いているだけだなんて。
情けない。
そう思うのに、身体はダルく、上がってくる熱のせいで思うように動いてくれないだなんて……。
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