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62話 式根からの話
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響くん、養護教諭、それに保健委員たちがすぐに来てくれて、航くんは担架で保健室に運ばれていった。
すぐに救急車が手配され、そして航くんの保護者に連絡がなされ、航くんは諸々が到着するまで保健室で寝て待つこととなった。
大事になった女子三人は、三者三様だった。
こんなはずじゃなかったとぶつぶつ言い続ける前山さん、上から水をぶちまける実行犯役になってしまって顔面蒼白でガタガタ震えている城谷さん、こんな事態になってもなお言い逃れをしながらオドオドと瞳を潤ませている山野井さん……。
彼女たちは颯人くんによって職員室へと連行され、そしてクラス担任が呼ばれた。
私はといえば、航くんが保健室に運び込まれるのに着いていった。だが、皆が慌ただしく働く中、手持ち無沙汰になって、自分の仕事はここにはないと悟って出ていこうとした。
町内クリーニング大会の持ち場である担当エリアに戻ろうと思ったのだ。
……それを航くんに呼び止められた。
「美咲ちゃん」
ベッドの中から案外ハッキリとした航くんの声が聞こえる。もう痛みは大丈夫なのだろうか? っていうか足の状態はどうなってるんだ?
保健委員は――と首を巡らせて保健室内を探したが、気がつけば誰もいなかった。
ついさっきまで、常に数人はウロウロしていたのに。
養護教諭も保健委員も救護班も、生徒会長もクラス担任も、誰もいない。救急車待ちやら保護者待ちやら犯人たちの取り調べやらで、皆一時的に出払ってしまっているらしい。
私と航くんしかいない保健室は、慌ただしい宇宙から切り離されて浮かぶ泡沫の別空間みたいだった。ぽっかりとして、どこにも属していないふわふわした空気が満ちている。
「……どうした、なにか入り用か」
どこか浮ついた空間にあてられて高くなる声を落ち着かせようと、必要以上に低い声で返事をする私。
航くんは枕に横向きに頭を預けたまま、私を見つめていた。
「行かないで」
布団から手がにゅっと出て来て、くいくい、と手招きされる。
「こっち来て、美咲ちゃん」
怪我が再発してるのに看護をする人がいないというのは、私が思う以上に心細いことなのかもしれない。
私は素直に彼の側に行き、枕元のスツールに座った。
「美咲ちゃん、どこか怪我とかしてる?」
「……どこも。あんたのお陰で無事だ」
「よかった……。突き飛ばしたから心配だったんだ」
「突き飛ばされた感覚はないな、あんたが守ってくれてたから」
その言葉が思いの外恥ずかしくて、私は頬を指でカリカリ引っ掻きながら続けた。
「まあ、土まみれにはなったけど」
「……それは、ごめんね」
「大したことじゃない。土まみれ度合いでいったら、こんなの運動部の足下にも及ばないさ」
「ふふ……」
彼は含み笑いをすると、くりっとした眼を細めて話し始める。
「あのさ、会長と二人で校内の見回りしてたら、バケツを窓に持ち上げてる城谷さん見つけてさ。なんだ? と思ってたら、君が前山さんに連れられて歩いて来るのが見えて。何しようとしてるのか、パッと、一瞬で――不思議とね、分かった。それで、気がついたら走ってた……」
水なんか被ったところで大した被害にはならないんだから放っておいてくれてもよかったのに……とは、言えなかった。
身を挺して助けてくれた人に、そんな失礼なこと言えない。
「航くんのお陰でずぶ濡れにならずにすんだよ。実は私は水溶性で水をかけられたら溶けるんだ。だからあんたは命の恩人だ」
もちろん大法螺である。
「それはよかった」
彼はクスッと笑うと、微笑んだまま目を瞑った。
少し休むのかな、と思って席を立って保健室を出ようとしたら、それにも待ったが掛かった。
「美咲ちゃん」
「なんだ?」
まだなにか用なのか? ……実は足が相当痛いとか?
「あの……、聞いて欲しいことがあるんだ」
「なんだ? 保健の先生呼んでこようか?」
「そうじゃなくてね……」
彼の顔は、とても真剣な顔で私を見上げていた。
その表情に、私は思わず口笛でも吹きたくなる気分になる。あまりにも――あまりにも、格好良かったから。
すぐに救急車が手配され、そして航くんの保護者に連絡がなされ、航くんは諸々が到着するまで保健室で寝て待つこととなった。
大事になった女子三人は、三者三様だった。
こんなはずじゃなかったとぶつぶつ言い続ける前山さん、上から水をぶちまける実行犯役になってしまって顔面蒼白でガタガタ震えている城谷さん、こんな事態になってもなお言い逃れをしながらオドオドと瞳を潤ませている山野井さん……。
彼女たちは颯人くんによって職員室へと連行され、そしてクラス担任が呼ばれた。
私はといえば、航くんが保健室に運び込まれるのに着いていった。だが、皆が慌ただしく働く中、手持ち無沙汰になって、自分の仕事はここにはないと悟って出ていこうとした。
町内クリーニング大会の持ち場である担当エリアに戻ろうと思ったのだ。
……それを航くんに呼び止められた。
「美咲ちゃん」
ベッドの中から案外ハッキリとした航くんの声が聞こえる。もう痛みは大丈夫なのだろうか? っていうか足の状態はどうなってるんだ?
保健委員は――と首を巡らせて保健室内を探したが、気がつけば誰もいなかった。
ついさっきまで、常に数人はウロウロしていたのに。
養護教諭も保健委員も救護班も、生徒会長もクラス担任も、誰もいない。救急車待ちやら保護者待ちやら犯人たちの取り調べやらで、皆一時的に出払ってしまっているらしい。
私と航くんしかいない保健室は、慌ただしい宇宙から切り離されて浮かぶ泡沫の別空間みたいだった。ぽっかりとして、どこにも属していないふわふわした空気が満ちている。
「……どうした、なにか入り用か」
どこか浮ついた空間にあてられて高くなる声を落ち着かせようと、必要以上に低い声で返事をする私。
航くんは枕に横向きに頭を預けたまま、私を見つめていた。
「行かないで」
布団から手がにゅっと出て来て、くいくい、と手招きされる。
「こっち来て、美咲ちゃん」
怪我が再発してるのに看護をする人がいないというのは、私が思う以上に心細いことなのかもしれない。
私は素直に彼の側に行き、枕元のスツールに座った。
「美咲ちゃん、どこか怪我とかしてる?」
「……どこも。あんたのお陰で無事だ」
「よかった……。突き飛ばしたから心配だったんだ」
「突き飛ばされた感覚はないな、あんたが守ってくれてたから」
その言葉が思いの外恥ずかしくて、私は頬を指でカリカリ引っ掻きながら続けた。
「まあ、土まみれにはなったけど」
「……それは、ごめんね」
「大したことじゃない。土まみれ度合いでいったら、こんなの運動部の足下にも及ばないさ」
「ふふ……」
彼は含み笑いをすると、くりっとした眼を細めて話し始める。
「あのさ、会長と二人で校内の見回りしてたら、バケツを窓に持ち上げてる城谷さん見つけてさ。なんだ? と思ってたら、君が前山さんに連れられて歩いて来るのが見えて。何しようとしてるのか、パッと、一瞬で――不思議とね、分かった。それで、気がついたら走ってた……」
水なんか被ったところで大した被害にはならないんだから放っておいてくれてもよかったのに……とは、言えなかった。
身を挺して助けてくれた人に、そんな失礼なこと言えない。
「航くんのお陰でずぶ濡れにならずにすんだよ。実は私は水溶性で水をかけられたら溶けるんだ。だからあんたは命の恩人だ」
もちろん大法螺である。
「それはよかった」
彼はクスッと笑うと、微笑んだまま目を瞑った。
少し休むのかな、と思って席を立って保健室を出ようとしたら、それにも待ったが掛かった。
「美咲ちゃん」
「なんだ?」
まだなにか用なのか? ……実は足が相当痛いとか?
「あの……、聞いて欲しいことがあるんだ」
「なんだ? 保健の先生呼んでこようか?」
「そうじゃなくてね……」
彼の顔は、とても真剣な顔で私を見上げていた。
その表情に、私は思わず口笛でも吹きたくなる気分になる。あまりにも――あまりにも、格好良かったから。
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