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60話 呼び出し

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「どうしたの? 合唱部のエリアはここじゃないけど」

 私が担当しているのは、主に一年生の数クラスが受け持っているエリアである。人数に限りがある生徒会員なので、数エリアを同時に受け持つことになっていて、その受け持ちエリアに合唱部は入っていなかった。

「もしかして迷子? 迷子センターに連れてってやろうか」

「なんで高校に迷子センターがあるんだよ」

 渋い顔で突っ込みを入れる前山さん。

「迷子センターというのは仮の名だ。本当の名前は、生徒会本部という名の生徒会執行部室さ。あそこには生徒会長と副会長がいるから話し相手に不自由しないぞ、お友達たちがが来るまでの時間もそんなに難しくなく潰せるだろう」

 と言ったのは、彼女が一人でいるからだった。いつも三人でいるのに、一人というのはちょっと物珍しさがある。だから迷子かと思ったのだ。

「別に迷子じゃないから。あんた私のことなんだと思ってるんだよ……」

「専門用語でいうところのスリーマンセルってやつ?」

 ちなみにスリーマンセルとは、三人一組、くらいの意味だと記憶している。

「なんの専門用語だよ……」

 はぁ、と額に手をあてて溜め息をつく彼女だったが、すぐに真顔になった。

「……とにかく、ちょっと来て欲しいんだ」

「私はこれでも生徒会の仕事をしている尊い身分なので、持ち場を離れるわけにはいかない」

「自分で尊いっていうなよッ――じゃなくて!」

 流れるような突っ込みをしておいて、彼女は私の手をとると引っ張って歩き出した。

「どうしても来て欲しいんだ、話があるの!」

「ちょ――、なんだよ、愛の告白でもするってのか?」

「誰があんたなんかにするかっつーの!」

「典型的ツンデレだな」

「違うって言ってんだろ!」

 とか言い合いながら、私は強引に連行されてしまったのだった。


◇◇◇


 生徒たちが出払っていて静まりかえった学校敷地内は、なんだか薄ら寒い気がした。そのなかを、前山さんに着いて歩いて行く。

「だから、ほら。あたしたちもさ、やりすぎたかもしんないな、とかさ……」

「なんの話?」

 彼女は振り返りもせずに歩いて行く。たったたったと、かなりの早足だ。

「あんたの靴箱にゴミ入れたとか……そういう疑惑があっただろ」

「この期に及んでまだ認めないとは、なかなか天晴れな根性だ」

「……和香がさ、あんたと話したいって」

 ぶつぶつと抑揚のない、ほぼ棒読みで喋る前山さん。

「式根くんのことについて誤解があるから、それを解きたいって」

「どんな誤解があるというんだ?」

 一方的に絡みにいってるのは前山さんたちであって、私はたんに巻き込まれているだけである。

「それは……、和香と直接話してもらうしかないね」

「直接話す、ねぇ」

 山野井和香。彼女とは、どうも話し合いになりそうにない予感しかしないんだけど。
 なんていうか、なに言っても「私は悪くない、あなたが悪い」のスタンスを崩そうとしない感じがして。しかも、さも自分は被害者でございみたいな顔で私のこと責めてきそうというか……。

「和香には和香の考えがあるから……」

 とか話しながら連れてこられた場所は、花壇と校舎の間の狭い空間だった。

「? 山野井さんは?」

 山野井さんが話したがっているというわりに、そこには誰の姿もなかった。

「ええと……、あ、あそこに燕の巣がある」

「は?」

 急になにを言い出すんだ、この人は?

 と思いつつ、つい首を巡らせて燕の巣を探してしまう。

「あー、そこからじゃ見えないなぁ、こっちこっち、えっと、こっち」

 私の肩を持って位置を調節する前山さん。

「そうそう、そこからなら見えるかも……動かないでね……」

 そう言いながらそろりそろりと後ずさりしていく前山さんに、さすがに引っかかりを覚えたときのことだった。

 誰かがこちらにダッシュしてくる足音が聞こえた。

「美咲ちゃん!!!」

 聞き覚えのある叫び声とともに、私の体は突き飛ばされた。



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