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59話 町内クリーニング大会

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「で、さ。響くんとどんな話したの?」

「……言ったそばから激重彼氏ムーブするなよ、距離置くぞ」

「うっ、ごめんなさい」

 電話口で慌てた彼の声に、私ははぁっと溜め息をついた。

「別に……、大した話じゃないよ。ヒポクラテスの誓いとか、ジュネーブ宣言とかの話を教えてもらったくらい」

 嘘じゃない。……それ以外の話しもした、というだけで。

「ひぽ……?」

「お医者さんの心構えみたいなもんだってさ」

 手っ取り早く一言で言うと、響くんには『病院に行け』という趣旨のことを言われたわけだが――、それは航くんには言わないでおこう、と思った。
 なんというか、航くんが知るにはあまりにも、私のプライベートがすぎる問題である。

 それからなんだかんだ話し、今日もちゃんと早く寝るように、と言われて通話を切った。

 ふと思う。病院に行ったら、寝るのも楽になるのだろうか。たとえば、睡眠導入剤をもらったりとかできるとしたら。寝るまでに2時間ほど掛けなくてもよくなるのだろうか。
 薬の力で寝ることが出来るようになるのなら、そうしたい。それくらい、私は寝るのが大変なんだ。

 ……やっぱり行くべきなのか、病院……?

 でも、もしこれで響くんを振るとか、そういうことになったら……彼のお父さんの病院には行きづらいな、と思う。
 響くんは、再三「自分の気持ちとこれ・・とは分けて考えてほしい」というようなことを言っていたけど……。
 それこそ、ヒポクラテスの誓いやらジュネーブ宣言やらを持ち出してきたくらいに。

 だからきっと、真面目な響くんのためにも、これとそれとは分けて考えるべきなんだろう。

 ありがたいな、と思う。
 なんにせよ、私は響くんに本気で心配されているのだ。恋愛対象とかそういうのではなく、一人の人間として。将来医者になるであろう彼が、症状を分析し、気づいてしまい、気にして、助けてくれようとしているのだ。おそらくは――初めての患者として。


◇◇◇


 病院に行くか、行かないか。
 自分の症状に医学的に向き合うか、否か。

 そんな重い選択をすぐにできるわけがなくて、迷いながら私は寝て……やっぱり寝るまでには2時間かかって、それでも答えなんか出なくて――、いつも通り頭が半分寝たまま起きて、航くんが迎えに来て――記憶がすっ飛んだ。

 気がつくと、私は町内クリーニング大会の運営の仕事をしていたのだった。

 軍手をはめた手でトングとゴミ袋を持って、学校周辺の担当エリアをウロウロしていたのである。

 まだ午前中――しかも一時間目のことだ。

 私としては、中途半端な時間に覚醒したものである。頭の天頂をさんさんと照らす太陽光や、ジャージ上下に着替えて動かなくてはならないこの運営の仕事によって、無理矢理頭を起こされたのだろう。

 本当は教室で寝ていたかったんだけどなぁ……。
 やっぱり、資材担当になるんだったかなぁ、とちょっと考える。

 資材担当は学校から資材を緊急注文のあったエリアに持っていく係で、行き来が大変そうだからパスしたのだが、ちょっとでも椅子に座れる可能性があるのなら、そのほうが私には合っていたのかもしれない。

 他にも保健委員と連携して体調不良の生徒を保健室に連れて行くというような、体調不良の生徒がいなければ暇そうな救護班という係もあるにはあったが――、それは、私の本質と合っていなさすぎて辞めておいた。

 自分でいうのもなんだが、私に他人への配慮なんて期待してはいけない。こんな私が保健委員とタッグを組むとか不可能だ。開けたてのサイダーを一気飲みするくらい無茶な話だ。本能的に合ってない。

 こうなってくると、会長とか生徒会長が羨ましかった。生徒会室でお茶飲んでりゃいいんだからな!
 分かってる、彼らも彼らなりに仕事があるってことくらい。でも敢えていわせてもらう。私も生徒会長か副会長になって、生徒会室でお茶を飲んでいたかった。やっぱり生徒会選挙でダントツビリだった過去はキツい……。

 ということで、受け持ちエリアをウロウロしていたら。

 思わぬ人物が私に話しかけてきたのである。

「……大東さん、ちょっといい?」

 それは、例の女子三人のうちの一人――、リーダー格で背の高い前山皐月さつきだった。



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