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56話 グータッチ
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「そこでなんで颯人くんが出てくるのかちょっと謎だけど、まあ、概ね言いたいことは理解した」
結局響くんは、私がどうするかは私に任せる――と言っている。
そこに恋愛感情が絡んでいるとか、もしかしたら自分がふられるかもしれないとか、そういうのは抜きで考えていい。大東美咲は大東美咲として、他者への感情などどうでもいいから、とにかく自分自身に向き合え、と。
更に言うと、医療機関に行くかどうかも私に任せる、と――。
これが医師ではない彼が踏み込める、最大限の領域なのだろう。
「響くん、あんたいいお医者さんになれるよ」
これだけ慎重に他人のことを考えられるのだから、このまま医者になって権限が多くなれば、より親身になってくれるお医者さんになるだろう。
「だといいんですけど」
彼は赤い顔のまま微笑むと、紙パックのお茶のストローに口を付けた。
「まずは医学部に入らないといけないから……」
「響くんなら行けるでしょ? 今からその準備もしてるみたいだし」
医者の息子で、クリニックを継ぐために医者にならなくてはならない。――それがどれくらいのプレッシャーになるのかなんて想像もつかない。
私の父は大学教授だけど、別に大学教授を継げなんていわれたこともないし。
「先輩は医師になる予定はありますか?」
「無理無理、私は医者になんかなれないよ」
「先輩の成績ならいけますよ。漢字の書き取りは不安かもしれないけど……」
「あー、そういうんじゃなくて。人を助けたいとかさ、そういう使命感みたいなの、私にはないんだ」
最後のジャムパンを口に放り込むと、私は響くんの頭をガシッと掴んで、髪の毛をわしわしかき乱した。
「そういうのがある響くんは立派だよ、偉い偉い」
「ちょっ、やめてください、やめてくださいってばっ」
顔を真っ赤にして手を振り払う彼から、私は手を引いてやる。
「ははは、せっかくの七三分けがおじゃんだな」
普段はきっちりしている前髪がナチュラルに降りてきているもんだから、いつもより幼く見える。
彼は眼鏡の位置を直すと、かき乱された髪を手で分けながら唇を尖らせた。
「先輩がやったんでしょ、もう……」
「でもこっちも似合ってるよ。もとがいいからなんでも似合うんだろうな」
「……そんなこと言って。本気にしますよ」
「ご自由にどうぞ。高一で七三分けもいいけどさ、年相応ってのは案外いいもんだよ」
ふぅ、と彼は深く息を吐くと、また真っ直ぐ前を見つめた。
おふざけは終わりだ、と無言で言っているみたいだった。
「……びっくりさせないでください。こういう突発的なアクシデントに弱いんですから、僕」
「そうやって感情を表に出さないようにしてるの、医師になったときのための練習かい?」
たとえば、患者さんに無茶なことを言われても腹を立てないためのトレーニングとか……?
私の唐突な質問に、彼は戸惑ったように視線を彷徨わせてから、こくんと小さく頷いた。
「……そうですよ。僕の決められたレールは、外野がけっこう厳しいんです」
「それはそれは」
軽く肩をすくめて、私は青空を見上げる。
「……漢字が書けなかったり朝起きれなかったりするのと、決められたレールを完璧に行くためにする努力とは、どっちが大変なのかねぇ」
「さぁ……」
彼も空を見上げながら相づちを打った。
「どちらも同じくらい大変なんじゃないかと思いますがね」
「そう言うと思った」
私はくつくつと喉の奥で笑ってみせる。
頭が良くて他人をおもんばかる響くんなら、きっとそう言うと思ったんだ。
「まぁ、それが真実なのかもな。畢竟どっちも、本人にとっちゃ手探りで未開のジャングル突き進んでいくようなもんだし」
「達観してますね」
「人の何倍も努力してるって自覚はあるからね。達観もするさ」
ははは、と軽く笑ってから、私は響くんに向かって軽く拳を突き出した。
「?」
「グータッチ」
「え……」
「いいじゃん、運動部みたいで。ここはグラウンドだぞ? 普段は運動部の連中が汗と青春をキラキラさせてる場所だ。せっかくだし、運動部の威を借ろうじゃないか」
「……はい」
響くんの拳が上がってきて、私の拳にこつんと当たる。
「僕、先輩に選んでもらえるように、全力で頑張ります」
眼鏡の奥の瞳を潤ませ、乱れた前髪でにっこり微笑む響くん。その顔は、くらっとくるほど魅力的だった。
――選ぶ、か……。
正直、そういうの苦手だけど……。そんなの構わず自由にやればいいじゃん、って思っちゃう性分だから。
でも、選ばなきゃいけないのかねぇ……。
結局響くんは、私がどうするかは私に任せる――と言っている。
そこに恋愛感情が絡んでいるとか、もしかしたら自分がふられるかもしれないとか、そういうのは抜きで考えていい。大東美咲は大東美咲として、他者への感情などどうでもいいから、とにかく自分自身に向き合え、と。
更に言うと、医療機関に行くかどうかも私に任せる、と――。
これが医師ではない彼が踏み込める、最大限の領域なのだろう。
「響くん、あんたいいお医者さんになれるよ」
これだけ慎重に他人のことを考えられるのだから、このまま医者になって権限が多くなれば、より親身になってくれるお医者さんになるだろう。
「だといいんですけど」
彼は赤い顔のまま微笑むと、紙パックのお茶のストローに口を付けた。
「まずは医学部に入らないといけないから……」
「響くんなら行けるでしょ? 今からその準備もしてるみたいだし」
医者の息子で、クリニックを継ぐために医者にならなくてはならない。――それがどれくらいのプレッシャーになるのかなんて想像もつかない。
私の父は大学教授だけど、別に大学教授を継げなんていわれたこともないし。
「先輩は医師になる予定はありますか?」
「無理無理、私は医者になんかなれないよ」
「先輩の成績ならいけますよ。漢字の書き取りは不安かもしれないけど……」
「あー、そういうんじゃなくて。人を助けたいとかさ、そういう使命感みたいなの、私にはないんだ」
最後のジャムパンを口に放り込むと、私は響くんの頭をガシッと掴んで、髪の毛をわしわしかき乱した。
「そういうのがある響くんは立派だよ、偉い偉い」
「ちょっ、やめてください、やめてくださいってばっ」
顔を真っ赤にして手を振り払う彼から、私は手を引いてやる。
「ははは、せっかくの七三分けがおじゃんだな」
普段はきっちりしている前髪がナチュラルに降りてきているもんだから、いつもより幼く見える。
彼は眼鏡の位置を直すと、かき乱された髪を手で分けながら唇を尖らせた。
「先輩がやったんでしょ、もう……」
「でもこっちも似合ってるよ。もとがいいからなんでも似合うんだろうな」
「……そんなこと言って。本気にしますよ」
「ご自由にどうぞ。高一で七三分けもいいけどさ、年相応ってのは案外いいもんだよ」
ふぅ、と彼は深く息を吐くと、また真っ直ぐ前を見つめた。
おふざけは終わりだ、と無言で言っているみたいだった。
「……びっくりさせないでください。こういう突発的なアクシデントに弱いんですから、僕」
「そうやって感情を表に出さないようにしてるの、医師になったときのための練習かい?」
たとえば、患者さんに無茶なことを言われても腹を立てないためのトレーニングとか……?
私の唐突な質問に、彼は戸惑ったように視線を彷徨わせてから、こくんと小さく頷いた。
「……そうですよ。僕の決められたレールは、外野がけっこう厳しいんです」
「それはそれは」
軽く肩をすくめて、私は青空を見上げる。
「……漢字が書けなかったり朝起きれなかったりするのと、決められたレールを完璧に行くためにする努力とは、どっちが大変なのかねぇ」
「さぁ……」
彼も空を見上げながら相づちを打った。
「どちらも同じくらい大変なんじゃないかと思いますがね」
「そう言うと思った」
私はくつくつと喉の奥で笑ってみせる。
頭が良くて他人をおもんばかる響くんなら、きっとそう言うと思ったんだ。
「まぁ、それが真実なのかもな。畢竟どっちも、本人にとっちゃ手探りで未開のジャングル突き進んでいくようなもんだし」
「達観してますね」
「人の何倍も努力してるって自覚はあるからね。達観もするさ」
ははは、と軽く笑ってから、私は響くんに向かって軽く拳を突き出した。
「?」
「グータッチ」
「え……」
「いいじゃん、運動部みたいで。ここはグラウンドだぞ? 普段は運動部の連中が汗と青春をキラキラさせてる場所だ。せっかくだし、運動部の威を借ろうじゃないか」
「……はい」
響くんの拳が上がってきて、私の拳にこつんと当たる。
「僕、先輩に選んでもらえるように、全力で頑張ります」
眼鏡の奥の瞳を潤ませ、乱れた前髪でにっこり微笑む響くん。その顔は、くらっとくるほど魅力的だった。
――選ぶ、か……。
正直、そういうの苦手だけど……。そんなの構わず自由にやればいいじゃん、って思っちゃう性分だから。
でも、選ばなきゃいけないのかねぇ……。
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