上 下
29 / 71

29話 式根とサッカーと涙

しおりを挟む
「サッカー、好きなのか?」

 私の何気ない言葉に、彼はうっと詰まった。
 その瞬間、私は全身の血がぞわっと鳥肌だったのを感じた。
 じゅくじゅくした傷に触れてしまったかのような禁忌感があったのだ。

「美咲」

 ドアの前に立った颯人くんから、咎める声が飛んでくる。
 その声を聞いて、あ、ヤバいこと言っちゃったんだ、と自覚する。

 式根くんは手で颯人くんに待ったを掛けた。そして、私を見上げる。

「……好きだよ」

 式根くんは笑顔だった。それも、無理して作ったやつ。
 だって、あっという間に彼の瞳が潤んで、涙が一筋頬に流れ落ちたのだから。

「君がサッカーに打ち込むんだったら、ぜひ俺にサポートさせて欲しい。それくらいはできるから」

 ポロポロと涙がこぼれ落ちていく。

「……ごめん。俺……、あはは、やっぱり割り切れてないなぁ」

 俯くと、ブレザーの袖で顔をゴシゴシ吹き始めた。

「でもほんと、知識はあるからさ。女子サッカー、いいと思うんだ、似合うよ大東さんに。特にフォワードね! あ、サッカーじゃなくてもいいよ。大東さんがしたいならソフトでもいいし、バスケでもいい。とにかく大東さんには運動が必要だよ。……サッカーじゃなくてもちゃんとサポートするから、そこは安心して」

 言いながら袖で目を拭き続ける彼だったが、きらりと光る雫が膝に落ちるのが見えた。
 やばい、本気泣きじゃん。

 私はドアの前に立つ颯人くんに視線を送った。どうしたらいいんだ、これ?

 颯人くんは私を見つめたまま顎をしゃくって式根くんを示した。

 え、私がやれって!?

 自分を指差したら、颯人くんはこくんと小さく頷いた。

 ――やっぱり私にやれって言ってやがる。

 まあ、式根くんを泣かせたのは私だし……、私がなんとかするべきだよな。うん、責任とろう。

 とはいえ、どうする? ハンカチでも差し出せたら様になるんだけど、そんなもの持ってないしなぁ……。まさか、女子力の低さがこんな時にあだになるとは。
 かける言葉は何かないか……っていっても、事情を詳しく知らないし、なに言ったらまた彼の地雷踏むことになるのかも分からないし……。

 どうしたらいいんだ……?

 迷っていたら、式根くんが呟くのが聞こえた。

「君にどっちかを選べっていうのは酷だと思う。だけど、どっちをとっても、必ず君のためになるよ。いや、俺が君のためにする。――誓うよ」

 どっちか……、つまり、生徒会の庶務か、運動部に入るか、か。

「どっちか選んだら、式根くんのためにもなる……のか……?」

「そうだね……。庶務になってくれたら一緒にいられる時間が増えるし、運動部に入ってくれたら、俺は……もう一度、スポーツに向き合うことになる。君を通して……」

 お、重い。
 思った以上に重い選択肢だったんだ、これ。

 彼は顔を上げた――涙に濡れた瞳は、まるで夏の夜空みたいだった。驚くほどキラキラして澄んでいて、なんだか吸い込まれそうだ。

「大東さん、選んで。運動部か、庶務か」

「う……」

 ここまで言われたら運動部を選びたくなるけど、ほんと私体力ないし、運動部だけは御免被りたいんだ。
 となれば、必然的に決まっちゃうよな。

「じゃあ庶務で」

「大東さん!」

 彼は私の手をとると、祈るように両手で包み込んだ。

「ほんとに――、ほんとに、庶務になってくれるんだね!?」

 涙に濡れた瞳で、彼は笑顔になる。なんだか、雨上がりの太陽みたいに新鮮で清々しくて眩しくて、私はつい視線を逸らした。直視するのが恥ずかしくて。

「うん……まあ……、しょうがないかなって」

「ありがと、大東さん……!」

 ずずっ、と彼は鼻を啜った。

 なんか泣き落としされたような気もするけど……、まあ、いいか。
 式根くんにこれだけプレゼンされれば、『どっちも嫌だ!』と断ることもできないしな……。

「そうと決まれば話は早い」

 と颯人くんが一枚の紙切れを持って目の間にいた。
 紙を眼の前のローテーブルに置き、式根くんに包まれた手を解かせると、私にボールペンを持たせる。

「判子は後日でいいぞ」

 紙切れをよく見てみれば、それは生徒会庶務になるための書類だった。

「……用意いいじゃないか、颯人くん」

「要領がいいといってくれ」

 私は式根くんを見た。
 彼は、ローテーブルの上にあったティッシュをとって鼻をかんでいる。
 私の視線に気づき、恥ずかしそうにはにかんだ。

「師匠ってだけじゃなくなったね、結びつきが強くなった感じがする」

 目の端が赤くなっていて、やっぱり彼の涙は演技じゃない感じがした。泣き落とし……には違いないだろうが、わざとじゃない、というか。
 っていうか恥ずかしいこといいやがって……。

「……これからよろしくな、弟子」

 私ははぁっと息をつくと、書類の書式にもう一度目を通し、署名した。

 それが、桜川高校生徒会庶務・大東美咲の誕生の瞬間であった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

片翼のエール

乃南羽緒
青春
「おまえのテニスに足りないものがある」 高校総体テニス競技個人決勝。 大神謙吾は、一学年上の好敵手に敗北を喫した。 技術、スタミナ、メンタルどれをとっても申し分ないはずの大神のテニスに、ひとつ足りないものがある、と。 それを教えてくれるだろうと好敵手から名指しされたのは、『七浦』という人物。 そいつはまさかの女子で、あまつさえテニス部所属の経験がないヤツだった──。

リストカット伝染圧

クナリ
青春
高校一年生の真名月リツは、二学期から東京の高校に転校してきた。 そこで出会ったのは、「その生徒に触れた人は、必ず手首を切ってしまう」と噂される同級生、鈍村鉄子だった。 鉄子は左手首に何本もの傷を持つ自殺念慮の持ち主で、彼女に触れると、その衝動が伝染してリストカットをさせてしまうという。 リツの両親は春に離婚しており、妹は不登校となって、なにかと不安定な状態だったが、不愛想な鉄子と少しずつ打ち解けあい、鉄子に触れないように気をつけながらも関係を深めていく。 表面上は鉄面皮であっても、内面はリツ以上に不安定で苦しみ続けている鉄子のために、内向的過ぎる状態からだんだんと変わっていくリツだったが、ある日とうとう鉄子と接触してしまう。

雨上がりに僕らは駆けていく Part2

平木明日香
青春
学校の帰り道に突如現れた謎の女 彼女は、遠い未来から来たと言った。 「甲子園に行くで」 そんなこと言っても、俺たち、初対面だよな? グラウンドに誘われ、彼女はマウンドに立つ。 ひらりとスカートが舞い、パンツが見えた。 しかしそれとは裏腹に、とんでもないボールを投げてきたんだ。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

女子高生が、納屋から発掘したR32に乗る話

エクシモ爺
青春
高校3年生になった舞華は、念願の免許を取って車通学の許可も取得するが、母から一言「車は、お兄ちゃんが置いていったやつ使いなさい」と言われて愕然とする。 納屋の奥で埃を被っていた、レッドパールのR32型スカイラインGTS-tタイプMと、クルマ知識まったくゼロの舞華が織りなすハートフル(?)なカーライフストーリー。 ・エアフロってどんなお風呂?  ・本に書いてある方法じゃ、プラグ交換できないんですけどー。 ・このHICASってランプなに~? マジクソハンドル重いんですけどー。 など、R32あるあるによって、ずぶの素人が、悪い道へと染められるのであった。

私の守護者

安東門々
青春
 大小併せると二十を超える企業を運営する三春グループ。  そこの高校生で一人娘の 五色 愛(ごしき めぐ)は常に災難に見舞われている。  ついに命を狙う犯行予告まで届いてしまった。  困り果てた両親は、青年 蒲生 盛矢(がもう もりや) に娘の命を護るように命じた。  二人が織りなすドタバタ・ハッピーで同居な日常。  「私がいつも安心して暮らせているのは、あなたがいるからです」    今日も彼女たちに災難が降りかかる!    ※表紙絵 もみじこ様  ※本編完結しております。エタりません!  ※ドリーム大賞応募作品!   

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

処理中です...