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29話 式根とサッカーと涙
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「サッカー、好きなのか?」
私の何気ない言葉に、彼はうっと詰まった。
その瞬間、私は全身の血がぞわっと鳥肌だったのを感じた。
じゅくじゅくした傷に触れてしまったかのような禁忌感があったのだ。
「美咲」
ドアの前に立った颯人くんから、咎める声が飛んでくる。
その声を聞いて、あ、ヤバいこと言っちゃったんだ、と自覚する。
式根くんは手で颯人くんに待ったを掛けた。そして、私を見上げる。
「……好きだよ」
式根くんは笑顔だった。それも、無理して作ったやつ。
だって、あっという間に彼の瞳が潤んで、涙が一筋頬に流れ落ちたのだから。
「君がサッカーに打ち込むんだったら、ぜひ俺にサポートさせて欲しい。それくらいはできるから」
ポロポロと涙がこぼれ落ちていく。
「……ごめん。俺……、あはは、やっぱり割り切れてないなぁ」
俯くと、ブレザーの袖で顔をゴシゴシ吹き始めた。
「でもほんと、知識はあるからさ。女子サッカー、いいと思うんだ、似合うよ大東さんに。特にフォワードね! あ、サッカーじゃなくてもいいよ。大東さんがしたいならソフトでもいいし、バスケでもいい。とにかく大東さんには運動が必要だよ。……サッカーじゃなくてもちゃんとサポートするから、そこは安心して」
言いながら袖で目を拭き続ける彼だったが、きらりと光る雫が膝に落ちるのが見えた。
やばい、本気泣きじゃん。
私はドアの前に立つ颯人くんに視線を送った。どうしたらいいんだ、これ?
颯人くんは私を見つめたまま顎をしゃくって式根くんを示した。
え、私がやれって!?
自分を指差したら、颯人くんはこくんと小さく頷いた。
――やっぱり私にやれって言ってやがる。
まあ、式根くんを泣かせたのは私だし……、私がなんとかするべきだよな。うん、責任とろう。
とはいえ、どうする? ハンカチでも差し出せたら様になるんだけど、そんなもの持ってないしなぁ……。まさか、女子力の低さがこんな時にあだになるとは。
かける言葉は何かないか……っていっても、事情を詳しく知らないし、なに言ったらまた彼の地雷踏むことになるのかも分からないし……。
どうしたらいいんだ……?
迷っていたら、式根くんが呟くのが聞こえた。
「君にどっちかを選べっていうのは酷だと思う。だけど、どっちをとっても、必ず君のためになるよ。いや、俺が君のためにする。――誓うよ」
どっちか……、つまり、生徒会の庶務か、運動部に入るか、か。
「どっちか選んだら、式根くんのためにもなる……のか……?」
「そうだね……。庶務になってくれたら一緒にいられる時間が増えるし、運動部に入ってくれたら、俺は……もう一度、スポーツに向き合うことになる。君を通して……」
お、重い。
思った以上に重い選択肢だったんだ、これ。
彼は顔を上げた――涙に濡れた瞳は、まるで夏の夜空みたいだった。驚くほどキラキラして澄んでいて、なんだか吸い込まれそうだ。
「大東さん、選んで。運動部か、庶務か」
「う……」
ここまで言われたら運動部を選びたくなるけど、ほんと私体力ないし、運動部だけは御免被りたいんだ。
となれば、必然的に決まっちゃうよな。
「じゃあ庶務で」
「大東さん!」
彼は私の手をとると、祈るように両手で包み込んだ。
「ほんとに――、ほんとに、庶務になってくれるんだね!?」
涙に濡れた瞳で、彼は笑顔になる。なんだか、雨上がりの太陽みたいに新鮮で清々しくて眩しくて、私はつい視線を逸らした。直視するのが恥ずかしくて。
「うん……まあ……、しょうがないかなって」
「ありがと、大東さん……!」
ずずっ、と彼は鼻を啜った。
なんか泣き落としされたような気もするけど……、まあ、いいか。
式根くんにこれだけプレゼンされれば、『どっちも嫌だ!』と断ることもできないしな……。
「そうと決まれば話は早い」
と颯人くんが一枚の紙切れを持って目の間にいた。
紙を眼の前のローテーブルに置き、式根くんに包まれた手を解かせると、私にボールペンを持たせる。
「判子は後日でいいぞ」
紙切れをよく見てみれば、それは生徒会庶務になるための書類だった。
「……用意いいじゃないか、颯人くん」
「要領がいいといってくれ」
私は式根くんを見た。
彼は、ローテーブルの上にあったティッシュをとって鼻をかんでいる。
私の視線に気づき、恥ずかしそうにはにかんだ。
「師匠ってだけじゃなくなったね、結びつきが強くなった感じがする」
目の端が赤くなっていて、やっぱり彼の涙は演技じゃない感じがした。泣き落とし……には違いないだろうが、わざとじゃない、というか。
っていうか恥ずかしいこといいやがって……。
「……これからよろしくな、弟子」
私ははぁっと息をつくと、書類の書式にもう一度目を通し、署名した。
それが、桜川高校生徒会庶務・大東美咲の誕生の瞬間であった。
私の何気ない言葉に、彼はうっと詰まった。
その瞬間、私は全身の血がぞわっと鳥肌だったのを感じた。
じゅくじゅくした傷に触れてしまったかのような禁忌感があったのだ。
「美咲」
ドアの前に立った颯人くんから、咎める声が飛んでくる。
その声を聞いて、あ、ヤバいこと言っちゃったんだ、と自覚する。
式根くんは手で颯人くんに待ったを掛けた。そして、私を見上げる。
「……好きだよ」
式根くんは笑顔だった。それも、無理して作ったやつ。
だって、あっという間に彼の瞳が潤んで、涙が一筋頬に流れ落ちたのだから。
「君がサッカーに打ち込むんだったら、ぜひ俺にサポートさせて欲しい。それくらいはできるから」
ポロポロと涙がこぼれ落ちていく。
「……ごめん。俺……、あはは、やっぱり割り切れてないなぁ」
俯くと、ブレザーの袖で顔をゴシゴシ吹き始めた。
「でもほんと、知識はあるからさ。女子サッカー、いいと思うんだ、似合うよ大東さんに。特にフォワードね! あ、サッカーじゃなくてもいいよ。大東さんがしたいならソフトでもいいし、バスケでもいい。とにかく大東さんには運動が必要だよ。……サッカーじゃなくてもちゃんとサポートするから、そこは安心して」
言いながら袖で目を拭き続ける彼だったが、きらりと光る雫が膝に落ちるのが見えた。
やばい、本気泣きじゃん。
私はドアの前に立つ颯人くんに視線を送った。どうしたらいいんだ、これ?
颯人くんは私を見つめたまま顎をしゃくって式根くんを示した。
え、私がやれって!?
自分を指差したら、颯人くんはこくんと小さく頷いた。
――やっぱり私にやれって言ってやがる。
まあ、式根くんを泣かせたのは私だし……、私がなんとかするべきだよな。うん、責任とろう。
とはいえ、どうする? ハンカチでも差し出せたら様になるんだけど、そんなもの持ってないしなぁ……。まさか、女子力の低さがこんな時にあだになるとは。
かける言葉は何かないか……っていっても、事情を詳しく知らないし、なに言ったらまた彼の地雷踏むことになるのかも分からないし……。
どうしたらいいんだ……?
迷っていたら、式根くんが呟くのが聞こえた。
「君にどっちかを選べっていうのは酷だと思う。だけど、どっちをとっても、必ず君のためになるよ。いや、俺が君のためにする。――誓うよ」
どっちか……、つまり、生徒会の庶務か、運動部に入るか、か。
「どっちか選んだら、式根くんのためにもなる……のか……?」
「そうだね……。庶務になってくれたら一緒にいられる時間が増えるし、運動部に入ってくれたら、俺は……もう一度、スポーツに向き合うことになる。君を通して……」
お、重い。
思った以上に重い選択肢だったんだ、これ。
彼は顔を上げた――涙に濡れた瞳は、まるで夏の夜空みたいだった。驚くほどキラキラして澄んでいて、なんだか吸い込まれそうだ。
「大東さん、選んで。運動部か、庶務か」
「う……」
ここまで言われたら運動部を選びたくなるけど、ほんと私体力ないし、運動部だけは御免被りたいんだ。
となれば、必然的に決まっちゃうよな。
「じゃあ庶務で」
「大東さん!」
彼は私の手をとると、祈るように両手で包み込んだ。
「ほんとに――、ほんとに、庶務になってくれるんだね!?」
涙に濡れた瞳で、彼は笑顔になる。なんだか、雨上がりの太陽みたいに新鮮で清々しくて眩しくて、私はつい視線を逸らした。直視するのが恥ずかしくて。
「うん……まあ……、しょうがないかなって」
「ありがと、大東さん……!」
ずずっ、と彼は鼻を啜った。
なんか泣き落としされたような気もするけど……、まあ、いいか。
式根くんにこれだけプレゼンされれば、『どっちも嫌だ!』と断ることもできないしな……。
「そうと決まれば話は早い」
と颯人くんが一枚の紙切れを持って目の間にいた。
紙を眼の前のローテーブルに置き、式根くんに包まれた手を解かせると、私にボールペンを持たせる。
「判子は後日でいいぞ」
紙切れをよく見てみれば、それは生徒会庶務になるための書類だった。
「……用意いいじゃないか、颯人くん」
「要領がいいといってくれ」
私は式根くんを見た。
彼は、ローテーブルの上にあったティッシュをとって鼻をかんでいる。
私の視線に気づき、恥ずかしそうにはにかんだ。
「師匠ってだけじゃなくなったね、結びつきが強くなった感じがする」
目の端が赤くなっていて、やっぱり彼の涙は演技じゃない感じがした。泣き落とし……には違いないだろうが、わざとじゃない、というか。
っていうか恥ずかしいこといいやがって……。
「……これからよろしくな、弟子」
私ははぁっと息をつくと、書類の書式にもう一度目を通し、署名した。
それが、桜川高校生徒会庶務・大東美咲の誕生の瞬間であった。
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