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23話 大釜と書いてコルドロンと読む
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式根くんが語る一年前のクリーニング大会の事細かな様子に触発され、私の記憶もだんだんと蘇ってきた。
そういえば、確かにそんなことがあったわ。
合唱部は女子しかいないから、男子が合唱部の受け持ちエリアにいるのを不思議に思ったような覚えがある。
「……思いだしてきたよ。私はただゴミ拾いしてただけだ」
「そうそう、そんなこと言ってた」
現れた分厚い眼鏡を掛けた女子――つまり私は、黙って4人の脚元のゴミをトングで拾ってゴミ袋に入れた。
『ちょっと大東さん、邪魔しないでよ』
『ゴミならあっちに落ちてたわよ?』
『うぅ、大東さん、もしかして私に嫉妬してるの……?』
背の高い女子とふっくらした女子が眼鏡の女子を追い払おうとし、大人しそうな女子も露骨に嫌そうな顔をしたということである。
『すまない、ここにいいゴミが落ちててな』
『なっ……』
眼鏡の女子、つまり私の言葉に、背の高い女子の顔色が変わったそうだ。
『あたしたちがゴミだとでも言いたいわけ!?』
『そんなこと思いもしなかった。前山さん、あなたはなかなかいい観点をお持ちのようだ』
『ちょっ……』
ゴミを拾った私は、それだけで満足した――わけではなかった。ちょっとしたアドバイスを彼女たちにしたのである。
眼鏡をクイッと持ち上げて、式根くんの顔を見上げて。
『ところで、そちらの方はお困りのようだよ。質問攻めもほどほどにして解放してあげたほうがいい』
『え……』
『大方、ヘンゼルとグレーテルよろしくゴミを追っているうちに迷い込んできたのだろう。可哀想な男子を大釜で煮て食うのはやめてあげるんだな、魔女さんたち』
『なっ……!!!』
彼女たちの顔は真っ赤になり、それを背に私は去っていった――。
そして、当の式根くんは。
去って行く私の背を、胸の前で祈るように両手を組んで見送ったという……。
◇◇◇
「――確かにそんなことしたよ。いやぁ、キザだな、私」
眉根に皺を寄せて素直な感想を言ったら、式根くんの弾んだ声が電話越しに応えた。
「そんなことないよ! すごく格好良かった。俺、一瞬で心奪われたもん」
「まさかあの時の男子が式根くんだったとは。いやしかし、一年も前のことをよくここまで詳細に覚えてるな……」
「格好良かったからね!」
興奮気味な鼻息が、電話越しでも伝わってくる。
「いや……ちょっと待てよ。ということは……」
私は記憶を辿っていく。
私が合唱部で、楽譜に『馬鹿』とか『シネ』とか『口クサwww』とか書かれたり、パート練習でぼっちにされたり、並んでの歌練のときにガッツンガッツンぶつかられるようになったのは、6月中盤からだったと記憶している。
町内クリーニング大会があるのは6月上旬のことだ。
つまり……、私、クリーニング大会で彼女たちを怒らせてしまった、ってこと……か。
それで虐めが始まったわけだな……。
なんだ、そういうことだったのか。
理由が分かれば簡単なことだ。まったく……、あの時は、自分になにか問題があるのかと思っちゃったじゃないか。
自分の口臭について本気で悩んだり、やっぱり遅刻しまくるのは非常識なのか……とか思っていた。それが、まさかこんな単純な理由だったなんて……。
……いやもちろん遅刻しまくるのは紛うことなく非常識なんだけどね。
私の悩んでいた時間を返せ! といいたい。その悩んでいる時間分、勉強できたのに。
「思い出せば納得、というか……。いろいろあったんだな、私も」
「でもほんとに覚えてなかったの? あのとき、俺の顔バッチリ見てたのに」
「ちょうど視力が急激に落ちて、眼鏡の度が合わなくなってたときでね……」
去年の町内クリーニング大会くらいのときは、ほんと、世界がぼんやりとしか見えなかったんだよな……。
「正直、人の顔なんて見えてなかったよ」
「眼鏡クイってやってたのはそういうことだったんだ……」
「まあ、いろいろ合点がいった。ありがとう式根くん」
「あ、そうだね。うん……だから俺、君のこと守りたいんだ。今度は俺がさ」
「幽霊の、正体見たり枯れ尾花――と、昔からいうだろ」
「え?」
「原因が分かれば対処のしようもあるってことさ。あんたが気を揉むことじゃない」
「揉むよ。だって俺、大東さんのこと……」
ごくんと息を呑み込む気配がした。
お、来るか?
やにわに、私の心臓がトクトクと鼓動を主張しはじめる。
「――大東さんの弟子だし、俺」
思わず内心盛大にずっこけた。
いやそこは告白するところだろ。ドキドキして損したじゃないか。
やっぱり彼は私の弟子であり、それ以上でもそれ以下でもない、ということなんだろう。
「だからさ、これからもいーっぱい、大東さんのことサポートするからね」
「ああ……、頼んだよ」
まあ、私は遅刻癖をなくせたらいいのだ。
そのために、こういう言い方はなんだが、彼の好意を利用させてもらっているのだから。
ふと、誰だったかに言われた台詞が耳に蘇る。
『満更でもないんでしょ? あんなイケメンにイチャイチャされてさ。あんたの嬉しそうな顔がムカつくんだよ』
誰に言われたんだっけ? あ、そうそう、あの3人の内の誰かだった。
嬉しそうな顔、してたのかなぁ。本当に私、満更でもない……のか? 自分ではよく分からない。
もしかして、今も嬉しそうな顔してるのかな? なんか、鏡を見るのが怖いな。
「じゃあ、またね、式根くん」
「あ、うん。また夜にね。9時半くらいにLINEするから、それまでにはお風呂入っとくんだよ?」
「早いな。私じゃなくてもそれはゴールデンタイムだぞ」
「つべこべ言わないの。遅刻、したくないんでしょ」
「……分かった、その点についてはあんたは私のトレーナーだからな。従おう」
言いながら、私は机の前に貼り付けたノートの切れ端――『式根』と書いてあるそれに、指で触れた。
カサカサした紙なのに、妙に暖かくて触り心地がよかった。
そういえば、確かにそんなことがあったわ。
合唱部は女子しかいないから、男子が合唱部の受け持ちエリアにいるのを不思議に思ったような覚えがある。
「……思いだしてきたよ。私はただゴミ拾いしてただけだ」
「そうそう、そんなこと言ってた」
現れた分厚い眼鏡を掛けた女子――つまり私は、黙って4人の脚元のゴミをトングで拾ってゴミ袋に入れた。
『ちょっと大東さん、邪魔しないでよ』
『ゴミならあっちに落ちてたわよ?』
『うぅ、大東さん、もしかして私に嫉妬してるの……?』
背の高い女子とふっくらした女子が眼鏡の女子を追い払おうとし、大人しそうな女子も露骨に嫌そうな顔をしたということである。
『すまない、ここにいいゴミが落ちててな』
『なっ……』
眼鏡の女子、つまり私の言葉に、背の高い女子の顔色が変わったそうだ。
『あたしたちがゴミだとでも言いたいわけ!?』
『そんなこと思いもしなかった。前山さん、あなたはなかなかいい観点をお持ちのようだ』
『ちょっ……』
ゴミを拾った私は、それだけで満足した――わけではなかった。ちょっとしたアドバイスを彼女たちにしたのである。
眼鏡をクイッと持ち上げて、式根くんの顔を見上げて。
『ところで、そちらの方はお困りのようだよ。質問攻めもほどほどにして解放してあげたほうがいい』
『え……』
『大方、ヘンゼルとグレーテルよろしくゴミを追っているうちに迷い込んできたのだろう。可哀想な男子を大釜で煮て食うのはやめてあげるんだな、魔女さんたち』
『なっ……!!!』
彼女たちの顔は真っ赤になり、それを背に私は去っていった――。
そして、当の式根くんは。
去って行く私の背を、胸の前で祈るように両手を組んで見送ったという……。
◇◇◇
「――確かにそんなことしたよ。いやぁ、キザだな、私」
眉根に皺を寄せて素直な感想を言ったら、式根くんの弾んだ声が電話越しに応えた。
「そんなことないよ! すごく格好良かった。俺、一瞬で心奪われたもん」
「まさかあの時の男子が式根くんだったとは。いやしかし、一年も前のことをよくここまで詳細に覚えてるな……」
「格好良かったからね!」
興奮気味な鼻息が、電話越しでも伝わってくる。
「いや……ちょっと待てよ。ということは……」
私は記憶を辿っていく。
私が合唱部で、楽譜に『馬鹿』とか『シネ』とか『口クサwww』とか書かれたり、パート練習でぼっちにされたり、並んでの歌練のときにガッツンガッツンぶつかられるようになったのは、6月中盤からだったと記憶している。
町内クリーニング大会があるのは6月上旬のことだ。
つまり……、私、クリーニング大会で彼女たちを怒らせてしまった、ってこと……か。
それで虐めが始まったわけだな……。
なんだ、そういうことだったのか。
理由が分かれば簡単なことだ。まったく……、あの時は、自分になにか問題があるのかと思っちゃったじゃないか。
自分の口臭について本気で悩んだり、やっぱり遅刻しまくるのは非常識なのか……とか思っていた。それが、まさかこんな単純な理由だったなんて……。
……いやもちろん遅刻しまくるのは紛うことなく非常識なんだけどね。
私の悩んでいた時間を返せ! といいたい。その悩んでいる時間分、勉強できたのに。
「思い出せば納得、というか……。いろいろあったんだな、私も」
「でもほんとに覚えてなかったの? あのとき、俺の顔バッチリ見てたのに」
「ちょうど視力が急激に落ちて、眼鏡の度が合わなくなってたときでね……」
去年の町内クリーニング大会くらいのときは、ほんと、世界がぼんやりとしか見えなかったんだよな……。
「正直、人の顔なんて見えてなかったよ」
「眼鏡クイってやってたのはそういうことだったんだ……」
「まあ、いろいろ合点がいった。ありがとう式根くん」
「あ、そうだね。うん……だから俺、君のこと守りたいんだ。今度は俺がさ」
「幽霊の、正体見たり枯れ尾花――と、昔からいうだろ」
「え?」
「原因が分かれば対処のしようもあるってことさ。あんたが気を揉むことじゃない」
「揉むよ。だって俺、大東さんのこと……」
ごくんと息を呑み込む気配がした。
お、来るか?
やにわに、私の心臓がトクトクと鼓動を主張しはじめる。
「――大東さんの弟子だし、俺」
思わず内心盛大にずっこけた。
いやそこは告白するところだろ。ドキドキして損したじゃないか。
やっぱり彼は私の弟子であり、それ以上でもそれ以下でもない、ということなんだろう。
「だからさ、これからもいーっぱい、大東さんのことサポートするからね」
「ああ……、頼んだよ」
まあ、私は遅刻癖をなくせたらいいのだ。
そのために、こういう言い方はなんだが、彼の好意を利用させてもらっているのだから。
ふと、誰だったかに言われた台詞が耳に蘇る。
『満更でもないんでしょ? あんなイケメンにイチャイチャされてさ。あんたの嬉しそうな顔がムカつくんだよ』
誰に言われたんだっけ? あ、そうそう、あの3人の内の誰かだった。
嬉しそうな顔、してたのかなぁ。本当に私、満更でもない……のか? 自分ではよく分からない。
もしかして、今も嬉しそうな顔してるのかな? なんか、鏡を見るのが怖いな。
「じゃあ、またね、式根くん」
「あ、うん。また夜にね。9時半くらいにLINEするから、それまでにはお風呂入っとくんだよ?」
「早いな。私じゃなくてもそれはゴールデンタイムだぞ」
「つべこべ言わないの。遅刻、したくないんでしょ」
「……分かった、その点についてはあんたは私のトレーナーだからな。従おう」
言いながら、私は机の前に貼り付けたノートの切れ端――『式根』と書いてあるそれに、指で触れた。
カサカサした紙なのに、妙に暖かくて触り心地がよかった。
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