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21話 引かない美咲
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「人を罠に掛けようだなんて、ほんと性格悪いわね、大東さんは!」
逆ギレしてくる城谷さんに、私は肩をすくめてみせる。
「それは失礼した。まさかこの程度の誘導に引っかかるとは思いもしなかったんでね。配慮が足りてなかったよ」
あと、どう考えても靴箱にゴミ入れる方が性格悪いぞ?
「なんですって!?」
「とにかく、私はあなたたちと無為な時間を過ごす暇はないんだ。それはお互い様だと思うがね? 今日はあなたたちの所属する合唱部の活動日のはずじゃないか」
「う、うるさいわね……!」
前山さんが顔を真っ赤にして私を睨み付けてくる。
おおかた、今しかない、と踏み込んできたのだろう。次にいつ式根ガードが私から剥がれるか分かったものじゃないからね。だからって部活動の時間に押しかけてくることはないと思うけど。
「とにかく! この子がね、悲しんでんの!」
と、今までずっと黙っていた山野井さんの肩を抱いて、前山さんが私を一際強く睨み付けてきた。
「この子、式根くんのことが好きなんだよ。そこにあんたが割り込んできたからショック受けてるんだ、責任とりなさいよ!」
「そ、そうですぅ……」
蚊の鳴くような声で、小さく震えながら山野井さんが目をうるうると潤ませた。
「わたし、ずっと式根くんのこと見てて……、見てるだけでよかったのに、大東さんが意地悪して来るから……」
「あんたは去年もそうやってこの子の邪魔したわよね! 何度も同じ事繰り返して、陰湿ったらないわよ!」
と、城谷さんが私に食ってかかってくる。
「和香が式根くんに話しかけてたら邪魔するだなんて。人の邪魔して何が楽しいのよ!」
「なんの話だ?」
「去年の町内クリーニング大会の話よ!」
……確かにそんな恒例行事はあるが……、私、去年なんかしたっけ?
「ごめん、記憶にないんだけど。ちょっと詳しく聞かせてくれる?」
私が興味を持ったのに気をよくしたらしい彼女たちは、堰を切ったようにまくし立て始めた。
「しらばっくれるなよ、去年のクリーニング大会で和香が式根くんに勇気振り絞って話しかけてたら、あんた邪魔してきただろ!」
と前山さんが顔を真っ赤にすれば、城谷さんも目をカッぴらいて私を責め立てる。
「ほんとに式根くんなんかどうでもいい、ってのは話しててなんとなく分かったわ。てことは和香のこと邪魔したいだけで式根くんにちょっかい出してたんじゃないの! やっぱりあなたって性格最悪よねっ!」
「わたし、式根くんとお話したかっただけなのに……大東さんがね、意地悪してきたから……お話できなくなっちゃって……」
どうやら山野井さんが式根くんに話しかけていたのを、私が邪魔した……みたいなことがあったらしい……というのは把握した。
だが、まったくもってそんなこと思い出せなかった。
こうなったからには、当事者のもう一人である式根くんに当たってみるのがいいだろう。
「すまん、よく思い出せない。だがあなたがたの言い分も気になる、一寸の虫にも五分の魂というからな。虐めっ子であるあなたがたの言い分にもちょっとは正当性を見いだそうとする私の公平性に感謝してくれ」
「ちょっと。あたしたちを虫呼ばわりしていいと思ってるの!?」
「今夜式根くんに直接聞いてみるよ」
三人はさっと顔を青くした。
「こ、今夜って……」
「ああ、夜にLINEくることになってるんだよ。そのときに通話もするから」
「そんなことまでしてるのかよ!?」
「そんなことっていうか、これが本筋だよ。寝る時間をたたき込まれてるんだ」
朝起きるためには夜寝なければいけない……というのは、まあ自明の理である。
「たっ、たたっ、たたき込まれる!?」
「あいつがいなければ私はいつまでも起きているだろうから……ありがたいことだよ。まあほんとは勉強したいんだけどね」
お節介ではあると思うが、そのお節介が必要な時が人生にはある、それは今だ――ということだ。私はただ、彼の気遣いをありがたく享受し、遅刻をなくすために活動するのみである。
「酷い奴だな、あんたって女は! そんなことまでしてたなんて。そんなにも和香のこと虐めたいのかよ!?」
「おお、私はよほど優秀な鏡らしいな」
「なんだって?」
「綺麗に今のあなたの姿を反射しているじゃないか」
「なっ……!」
「だいたいさ、そんなに式根くんと話したいなら普通に話しかけたらいいだけだろ。私を巻き込むな」
つまりはそういうことである。それを何この人たちは遠回りしているというのだ。人のこと鏡にしてないで、直接式根くんにぶつかりに行けばいいのに。式根くんって悪い人じゃないから、話くらいは聞いてくれると思うぞ?
「だから、あんたが和香の邪魔をするから話しかけられないんだって言ってんだろ!」
「くだらない。式根くんを動かすことができないから、まだ立場の弱い私に働きかけてなんとかしようとしてきた、ってことだろう?」
「違う! あんたが和香の邪魔するのが悪いって言ってるんだ!」
「これ以上の言いがかりは私が情報を整理してからにしてくれ」
私は自転車のハンドルを軽く握りしめ、歩き出した。
「とにかく、私は今夜式根くんに確認を取る。それで全ては明らかになるだろう」
「ちょ……っ、待てって言ってるだろ!」
「待たない。今後の方針も決まったし、もう帰る」
「和香が悲しんでるのよ! とりあえず和香に謝りなさいよ!」
城谷さんが山野井さんの肩を抱いて叫ぶ。
だが、私は振り向かずにそのまま、彼女たちの激しい視線と、そして山野井さんの恨めしそうな視線のなか、自転車を押していったのだった。
逆ギレしてくる城谷さんに、私は肩をすくめてみせる。
「それは失礼した。まさかこの程度の誘導に引っかかるとは思いもしなかったんでね。配慮が足りてなかったよ」
あと、どう考えても靴箱にゴミ入れる方が性格悪いぞ?
「なんですって!?」
「とにかく、私はあなたたちと無為な時間を過ごす暇はないんだ。それはお互い様だと思うがね? 今日はあなたたちの所属する合唱部の活動日のはずじゃないか」
「う、うるさいわね……!」
前山さんが顔を真っ赤にして私を睨み付けてくる。
おおかた、今しかない、と踏み込んできたのだろう。次にいつ式根ガードが私から剥がれるか分かったものじゃないからね。だからって部活動の時間に押しかけてくることはないと思うけど。
「とにかく! この子がね、悲しんでんの!」
と、今までずっと黙っていた山野井さんの肩を抱いて、前山さんが私を一際強く睨み付けてきた。
「この子、式根くんのことが好きなんだよ。そこにあんたが割り込んできたからショック受けてるんだ、責任とりなさいよ!」
「そ、そうですぅ……」
蚊の鳴くような声で、小さく震えながら山野井さんが目をうるうると潤ませた。
「わたし、ずっと式根くんのこと見てて……、見てるだけでよかったのに、大東さんが意地悪して来るから……」
「あんたは去年もそうやってこの子の邪魔したわよね! 何度も同じ事繰り返して、陰湿ったらないわよ!」
と、城谷さんが私に食ってかかってくる。
「和香が式根くんに話しかけてたら邪魔するだなんて。人の邪魔して何が楽しいのよ!」
「なんの話だ?」
「去年の町内クリーニング大会の話よ!」
……確かにそんな恒例行事はあるが……、私、去年なんかしたっけ?
「ごめん、記憶にないんだけど。ちょっと詳しく聞かせてくれる?」
私が興味を持ったのに気をよくしたらしい彼女たちは、堰を切ったようにまくし立て始めた。
「しらばっくれるなよ、去年のクリーニング大会で和香が式根くんに勇気振り絞って話しかけてたら、あんた邪魔してきただろ!」
と前山さんが顔を真っ赤にすれば、城谷さんも目をカッぴらいて私を責め立てる。
「ほんとに式根くんなんかどうでもいい、ってのは話しててなんとなく分かったわ。てことは和香のこと邪魔したいだけで式根くんにちょっかい出してたんじゃないの! やっぱりあなたって性格最悪よねっ!」
「わたし、式根くんとお話したかっただけなのに……大東さんがね、意地悪してきたから……お話できなくなっちゃって……」
どうやら山野井さんが式根くんに話しかけていたのを、私が邪魔した……みたいなことがあったらしい……というのは把握した。
だが、まったくもってそんなこと思い出せなかった。
こうなったからには、当事者のもう一人である式根くんに当たってみるのがいいだろう。
「すまん、よく思い出せない。だがあなたがたの言い分も気になる、一寸の虫にも五分の魂というからな。虐めっ子であるあなたがたの言い分にもちょっとは正当性を見いだそうとする私の公平性に感謝してくれ」
「ちょっと。あたしたちを虫呼ばわりしていいと思ってるの!?」
「今夜式根くんに直接聞いてみるよ」
三人はさっと顔を青くした。
「こ、今夜って……」
「ああ、夜にLINEくることになってるんだよ。そのときに通話もするから」
「そんなことまでしてるのかよ!?」
「そんなことっていうか、これが本筋だよ。寝る時間をたたき込まれてるんだ」
朝起きるためには夜寝なければいけない……というのは、まあ自明の理である。
「たっ、たたっ、たたき込まれる!?」
「あいつがいなければ私はいつまでも起きているだろうから……ありがたいことだよ。まあほんとは勉強したいんだけどね」
お節介ではあると思うが、そのお節介が必要な時が人生にはある、それは今だ――ということだ。私はただ、彼の気遣いをありがたく享受し、遅刻をなくすために活動するのみである。
「酷い奴だな、あんたって女は! そんなことまでしてたなんて。そんなにも和香のこと虐めたいのかよ!?」
「おお、私はよほど優秀な鏡らしいな」
「なんだって?」
「綺麗に今のあなたの姿を反射しているじゃないか」
「なっ……!」
「だいたいさ、そんなに式根くんと話したいなら普通に話しかけたらいいだけだろ。私を巻き込むな」
つまりはそういうことである。それを何この人たちは遠回りしているというのだ。人のこと鏡にしてないで、直接式根くんにぶつかりに行けばいいのに。式根くんって悪い人じゃないから、話くらいは聞いてくれると思うぞ?
「だから、あんたが和香の邪魔をするから話しかけられないんだって言ってんだろ!」
「くだらない。式根くんを動かすことができないから、まだ立場の弱い私に働きかけてなんとかしようとしてきた、ってことだろう?」
「違う! あんたが和香の邪魔するのが悪いって言ってるんだ!」
「これ以上の言いがかりは私が情報を整理してからにしてくれ」
私は自転車のハンドルを軽く握りしめ、歩き出した。
「とにかく、私は今夜式根くんに確認を取る。それで全ては明らかになるだろう」
「ちょ……っ、待てって言ってるだろ!」
「待たない。今後の方針も決まったし、もう帰る」
「和香が悲しんでるのよ! とりあえず和香に謝りなさいよ!」
城谷さんが山野井さんの肩を抱いて叫ぶ。
だが、私は振り向かずにそのまま、彼女たちの激しい視線と、そして山野井さんの恨めしそうな視線のなか、自転車を押していったのだった。
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