上 下
11 / 71

11話 父と式根

しおりを挟む
 翌朝、私は妙にスッキリ目覚めた。

 理想的な登校時間の15分は前である。昨日は結局深夜に寝たのに……、このスッキリ感はおかしい。

 妙な胸騒ぎがする。

 耳を澄ますと、階下から誰かと誰かが話し合う声がした。父と、誰かが喋っている声だ。
 おかしい。母はもうとっくに出勤している時間だ。父は大学の講義によって出勤時間がまちまちだからいてもおかしくないが……。
 ウチは父、母、私の三人家族である。

 じゃあ父と喋ってる人って、誰?

 ――父の知り合いだろうか。時計を見ると、やっぱり登校の15分前である。
 こんな朝早くに来るか、普通?

 まあ大学の関係者って常識無い人多いけど……。ある日なんか、ゼミの学生さん連れてきて丸一日議論してたことあったもんなぁ……。夜も寝ないで、文字通り丸一日、だよ。私の乱れた生活サイクルは確実に父からの遺伝だと、あのとき確信したね。

 っていうことはもしかしたら、また学生さんでも来ているのかもしれない。

 とにかくせっかく早起きできたんだから、私は私で勝手に登校準備をさせてもらおう。
 手早く高校のブレザー制服に着替えて分厚い眼鏡をかけると、そろりそろりと階段を降りていった。

「はい、弟子なんです」

 聞き覚えのある明るい声が私の耳に入り、私は思わず階段を踏み外すところだった。
 聞き間違えることはない、この声は……式根くんだ!

「へぇ、弟子ねぇ。徒弟制度だねぇ」

 父が、嬉しそうな声で相づちを打っている。

 私はリビングのドアを開けた。
 ――果たして、そこには。
 テーブルに座って朝のコーヒーを飲みながら語らい会う、父と式根くんの姿があった。

「おはよう、美咲。今日は早いな」

「あ、おはよう大東さん」

「お……、おう……」

 なんて答えたらいいか分からず、私は父と式根くんに言葉を濁して頷いていた。

 そして、妙に冴えた頭でハッキリと思い出す。今日から式根くんはウチに迎えに来てくれることになっていたことを。

「いやあ、よかったな、美咲。こんな素敵な弟子ができるなんて。お父さん嬉しい」

「ああ、まあ……、弟子とか、よく意味が分からないけどさ……」

「勉強や技能なんかを師について勉強する人のことを弟子っていうんだよ。つまり学生さんだね」

「そんな辞書みたいなこと言われても……」

「凄いね、大東さん!」

 コーヒーを飲みながら、式根くんが目を輝かせた。

「大東さんのお父さんって、あの東雲しののめ大学の先生なんだね! 大東さんが頭いいのって、お父さんに似たんだね」

「そうかそうか、美咲は僕に似て頭がいいのか。嬉しいねぇ」

 ほっくほくの笑顔で頷く父。私のことを褒められて嬉しいのか、間接的に父の頭がいいと言われて嬉しいのか、判別はつかない。

「俺、東雲大学行くの夢なんです」

「娘だけじゃなく僕の弟子にもなるんだねぇ」

「そんな頭よくないですけど……」

「今から頑張れば十分来れるよ。そうだ美咲、彼に勉強を教えてあげなさい、勉強を教えるのは自分の勉強にもなるよ」

「勝手に話進めないで」

 私はいったんリビングから引っ込んで、トイレに行ったり洗面所で顔を洗ったりして、それから改めてリビングのテーブルにドカッと着いた。いつも母が座っている席に式根くんが座っているから、隣に座ることになる。

 眼の前にはバター付きの食パンと目玉焼き、蜂蜜が掛かったヨーグルト、それに水とコーヒーが置いてある。私の朝食だ。
 私は水を飲むと、それから式根くんを見つめた。

 言いたいことが山のようにあるはずなのに、言葉が出て来てくれない。

「え、なに?」

「……うーん……」

 私は唸った。

 何故ウチに来た、と言いそうになるが、それは違うよな、と言葉を喉の奥に引っ込める。彼は私を迎えに来たのだから、ウチに来るのは当たり前だ。
 ……いや、当たり前か? 普通、玄関前で待ったりしない? なんでお父さんと仲良くコーヒー飲んでんだ?

 まあ、それはいいや。彼は有言実行で来てくれたんだ。いつもより速い電車に乗って、わざわざ遠回りして。まずはそれに感謝しないと。

「……ありがとう、式根くん」

「……うん」

 彼はしみじみとした感じで頷くと、コーヒーカップを置いてはにかんだ。

「来てよかった。大東さんのお父さんとも知り合いになれたし、なんていうか……役得って感じ」

「おお、いいねぇ。青春だねぇ」

 父がのんびりと茶化してくる。

「……」

 私は黙ってパンにかじり付いた。異常を察知して起きた頭が、ボーッとしてきていた。
 今までアドレナリンでも出てたんだろうか。

 そろそろ通常運行に……戻る……ってことなんだろう……。

「大東さん?」

「……あ、ああ、大丈夫。眼は覚めてる」

 ちょっと、呂律まで怪しくなってきた。

「安心しちゃったんだねぇ」

 父がやっぱりのんびりと分析した。それから真剣な顔になって、式根くんに頭を下げた。

「式根くん、娘をよろしくお願いします。どうか、遅刻癖をなくしてやってください」

「はい、任せて下さい。全力でサポートします!」

 はりきってガッツポーズを決める式根くんだったが、私はもう、限界だった……。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】

S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。 物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。

イルカノスミカ

よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。 弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。 敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。

全体的にどうしようもない高校生日記

天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。  ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

刻まれた記憶 1(傷跡)

101の水輪
青春
全国津々浦々にある学校には、それぞれ歴史がある。創校100年の年月を重ねてきた学校があるとすれば、今年開校したばかりの学校がある。孝彦が通う桜川中学校も80周年記念の講演会が開かれている。そこで語られた真実が、大きな力を得て行動を引き起こしていく。101の水輪、第85話-1。なおこの他に何を読むかは、101の水輪トリセツ(第77話と78話の間に掲載)でお探しください。

夏の決意

S.H.L
青春
主人公の遥(はるか)は高校3年生の女子バスケットボール部のキャプテン。部員たちとともに全国大会出場を目指して練習に励んでいたが、ある日、突然のアクシデントによりチームは崩壊の危機に瀕する。そんな中、遥は自らの決意を示すため、坊主頭になることを決意する。この決意はチームを再び一つにまとめるきっかけとなり、仲間たちとの絆を深め、成長していく青春ストーリー。

刈り上げの春

S.H.L
青春
カットモデルに誘われた高校入学直前の15歳の雪絵の物語

ゴーホーム部!

野崎 零
青春
決められた時間に行動するのが嫌なため部活動には所属していない 運動、勉強共に普通、顔はイケメンではない 井上秋と元テニス部の杉田宗が放課後という時間にさまざまなことに首を突っ込む青春ストーリー

処理中です...