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11話 父と式根
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翌朝、私は妙にスッキリ目覚めた。
理想的な登校時間の15分は前である。昨日は結局深夜に寝たのに……、このスッキリ感はおかしい。
妙な胸騒ぎがする。
耳を澄ますと、階下から誰かと誰かが話し合う声がした。父と、誰かが喋っている声だ。
おかしい。母はもうとっくに出勤している時間だ。父は大学の講義によって出勤時間がまちまちだからいてもおかしくないが……。
ウチは父、母、私の三人家族である。
じゃあ父と喋ってる人って、誰?
――父の知り合いだろうか。時計を見ると、やっぱり登校の15分前である。
こんな朝早くに来るか、普通?
まあ大学の関係者って常識無い人多いけど……。ある日なんか、ゼミの学生さん連れてきて丸一日議論してたことあったもんなぁ……。夜も寝ないで、文字通り丸一日、だよ。私の乱れた生活サイクルは確実に父からの遺伝だと、あのとき確信したね。
っていうことはもしかしたら、また学生さんでも来ているのかもしれない。
とにかくせっかく早起きできたんだから、私は私で勝手に登校準備をさせてもらおう。
手早く高校のブレザー制服に着替えて分厚い眼鏡をかけると、そろりそろりと階段を降りていった。
「はい、弟子なんです」
聞き覚えのある明るい声が私の耳に入り、私は思わず階段を踏み外すところだった。
聞き間違えることはない、この声は……式根くんだ!
「へぇ、弟子ねぇ。徒弟制度だねぇ」
父が、嬉しそうな声で相づちを打っている。
私はリビングのドアを開けた。
――果たして、そこには。
テーブルに座って朝のコーヒーを飲みながら語らい会う、父と式根くんの姿があった。
「おはよう、美咲。今日は早いな」
「あ、おはよう大東さん」
「お……、おう……」
なんて答えたらいいか分からず、私は父と式根くんに言葉を濁して頷いていた。
そして、妙に冴えた頭でハッキリと思い出す。今日から式根くんはウチに迎えに来てくれることになっていたことを。
「いやあ、よかったな、美咲。こんな素敵な弟子ができるなんて。お父さん嬉しい」
「ああ、まあ……、弟子とか、よく意味が分からないけどさ……」
「勉強や技能なんかを師について勉強する人のことを弟子っていうんだよ。つまり学生さんだね」
「そんな辞書みたいなこと言われても……」
「凄いね、大東さん!」
コーヒーを飲みながら、式根くんが目を輝かせた。
「大東さんのお父さんって、あの東雲大学の先生なんだね! 大東さんが頭いいのって、お父さんに似たんだね」
「そうかそうか、美咲は僕に似て頭がいいのか。嬉しいねぇ」
ほっくほくの笑顔で頷く父。私のことを褒められて嬉しいのか、間接的に父の頭がいいと言われて嬉しいのか、判別はつかない。
「俺、東雲大学行くの夢なんです」
「娘だけじゃなく僕の弟子にもなるんだねぇ」
「そんな頭よくないですけど……」
「今から頑張れば十分来れるよ。そうだ美咲、彼に勉強を教えてあげなさい、勉強を教えるのは自分の勉強にもなるよ」
「勝手に話進めないで」
私はいったんリビングから引っ込んで、トイレに行ったり洗面所で顔を洗ったりして、それから改めてリビングのテーブルにドカッと着いた。いつも母が座っている席に式根くんが座っているから、隣に座ることになる。
眼の前にはバター付きの食パンと目玉焼き、蜂蜜が掛かったヨーグルト、それに水とコーヒーが置いてある。私の朝食だ。
私は水を飲むと、それから式根くんを見つめた。
言いたいことが山のようにあるはずなのに、言葉が出て来てくれない。
「え、なに?」
「……うーん……」
私は唸った。
何故ウチに来た、と言いそうになるが、それは違うよな、と言葉を喉の奥に引っ込める。彼は私を迎えに来たのだから、ウチに来るのは当たり前だ。
……いや、当たり前か? 普通、玄関前で待ったりしない? なんでお父さんと仲良くコーヒー飲んでんだ?
まあ、それはいいや。彼は有言実行で来てくれたんだ。いつもより速い電車に乗って、わざわざ遠回りして。まずはそれに感謝しないと。
「……ありがとう、式根くん」
「……うん」
彼はしみじみとした感じで頷くと、コーヒーカップを置いてはにかんだ。
「来てよかった。大東さんのお父さんとも知り合いになれたし、なんていうか……役得って感じ」
「おお、いいねぇ。青春だねぇ」
父がのんびりと茶化してくる。
「……」
私は黙ってパンにかじり付いた。異常を察知して起きた頭が、ボーッとしてきていた。
今までアドレナリンでも出てたんだろうか。
そろそろ通常運行に……戻る……ってことなんだろう……。
「大東さん?」
「……あ、ああ、大丈夫。眼は覚めてる」
ちょっと、呂律まで怪しくなってきた。
「安心しちゃったんだねぇ」
父がやっぱりのんびりと分析した。それから真剣な顔になって、式根くんに頭を下げた。
「式根くん、娘をよろしくお願いします。どうか、遅刻癖をなくしてやってください」
「はい、任せて下さい。全力でサポートします!」
はりきってガッツポーズを決める式根くんだったが、私はもう、限界だった……。
理想的な登校時間の15分は前である。昨日は結局深夜に寝たのに……、このスッキリ感はおかしい。
妙な胸騒ぎがする。
耳を澄ますと、階下から誰かと誰かが話し合う声がした。父と、誰かが喋っている声だ。
おかしい。母はもうとっくに出勤している時間だ。父は大学の講義によって出勤時間がまちまちだからいてもおかしくないが……。
ウチは父、母、私の三人家族である。
じゃあ父と喋ってる人って、誰?
――父の知り合いだろうか。時計を見ると、やっぱり登校の15分前である。
こんな朝早くに来るか、普通?
まあ大学の関係者って常識無い人多いけど……。ある日なんか、ゼミの学生さん連れてきて丸一日議論してたことあったもんなぁ……。夜も寝ないで、文字通り丸一日、だよ。私の乱れた生活サイクルは確実に父からの遺伝だと、あのとき確信したね。
っていうことはもしかしたら、また学生さんでも来ているのかもしれない。
とにかくせっかく早起きできたんだから、私は私で勝手に登校準備をさせてもらおう。
手早く高校のブレザー制服に着替えて分厚い眼鏡をかけると、そろりそろりと階段を降りていった。
「はい、弟子なんです」
聞き覚えのある明るい声が私の耳に入り、私は思わず階段を踏み外すところだった。
聞き間違えることはない、この声は……式根くんだ!
「へぇ、弟子ねぇ。徒弟制度だねぇ」
父が、嬉しそうな声で相づちを打っている。
私はリビングのドアを開けた。
――果たして、そこには。
テーブルに座って朝のコーヒーを飲みながら語らい会う、父と式根くんの姿があった。
「おはよう、美咲。今日は早いな」
「あ、おはよう大東さん」
「お……、おう……」
なんて答えたらいいか分からず、私は父と式根くんに言葉を濁して頷いていた。
そして、妙に冴えた頭でハッキリと思い出す。今日から式根くんはウチに迎えに来てくれることになっていたことを。
「いやあ、よかったな、美咲。こんな素敵な弟子ができるなんて。お父さん嬉しい」
「ああ、まあ……、弟子とか、よく意味が分からないけどさ……」
「勉強や技能なんかを師について勉強する人のことを弟子っていうんだよ。つまり学生さんだね」
「そんな辞書みたいなこと言われても……」
「凄いね、大東さん!」
コーヒーを飲みながら、式根くんが目を輝かせた。
「大東さんのお父さんって、あの東雲大学の先生なんだね! 大東さんが頭いいのって、お父さんに似たんだね」
「そうかそうか、美咲は僕に似て頭がいいのか。嬉しいねぇ」
ほっくほくの笑顔で頷く父。私のことを褒められて嬉しいのか、間接的に父の頭がいいと言われて嬉しいのか、判別はつかない。
「俺、東雲大学行くの夢なんです」
「娘だけじゃなく僕の弟子にもなるんだねぇ」
「そんな頭よくないですけど……」
「今から頑張れば十分来れるよ。そうだ美咲、彼に勉強を教えてあげなさい、勉強を教えるのは自分の勉強にもなるよ」
「勝手に話進めないで」
私はいったんリビングから引っ込んで、トイレに行ったり洗面所で顔を洗ったりして、それから改めてリビングのテーブルにドカッと着いた。いつも母が座っている席に式根くんが座っているから、隣に座ることになる。
眼の前にはバター付きの食パンと目玉焼き、蜂蜜が掛かったヨーグルト、それに水とコーヒーが置いてある。私の朝食だ。
私は水を飲むと、それから式根くんを見つめた。
言いたいことが山のようにあるはずなのに、言葉が出て来てくれない。
「え、なに?」
「……うーん……」
私は唸った。
何故ウチに来た、と言いそうになるが、それは違うよな、と言葉を喉の奥に引っ込める。彼は私を迎えに来たのだから、ウチに来るのは当たり前だ。
……いや、当たり前か? 普通、玄関前で待ったりしない? なんでお父さんと仲良くコーヒー飲んでんだ?
まあ、それはいいや。彼は有言実行で来てくれたんだ。いつもより速い電車に乗って、わざわざ遠回りして。まずはそれに感謝しないと。
「……ありがとう、式根くん」
「……うん」
彼はしみじみとした感じで頷くと、コーヒーカップを置いてはにかんだ。
「来てよかった。大東さんのお父さんとも知り合いになれたし、なんていうか……役得って感じ」
「おお、いいねぇ。青春だねぇ」
父がのんびりと茶化してくる。
「……」
私は黙ってパンにかじり付いた。異常を察知して起きた頭が、ボーッとしてきていた。
今までアドレナリンでも出てたんだろうか。
そろそろ通常運行に……戻る……ってことなんだろう……。
「大東さん?」
「……あ、ああ、大丈夫。眼は覚めてる」
ちょっと、呂律まで怪しくなってきた。
「安心しちゃったんだねぇ」
父がやっぱりのんびりと分析した。それから真剣な顔になって、式根くんに頭を下げた。
「式根くん、娘をよろしくお願いします。どうか、遅刻癖をなくしてやってください」
「はい、任せて下さい。全力でサポートします!」
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