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8話 影なす叢雲
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弟子……、弟子、弟子、弟子、弟子……、いやもしかして……弟子……なのか?
弟子という単語が若干ゲシュタルト崩壊してきた私に向かい、田中さんはにっこりと花のように微笑んだ。
「式根くんすっごいイケメンだし、性格もいいから、彼女になりたいって子がいっぱいいるんだよ。そのなかから選ばれるなんて大東さんすごいよ。美咲ちゃんって呼んでいい?」
「彼女になりたい女子のくくりに私を入れてくれるなよ……。で、なんだって?」
「名前で呼ぶよ? いいよね?」
「……まあ、好きに呼んだら」
いきなり名前+ちゃん呼びかぁ。なんか、私の高校生活も華やいできたなぁ。
「やったぁ。私のことは杏奈って呼んでね」
「分かった。でもね杏奈ちゃん、私、式根くんと付き合ってるわけじゃないからね」
杏奈ちゃん……か。呼びつけは怖いから咄嗟に『ちゃん』を付けたけど、なんか名前で呼ぶのって照れるな……。
「よく分かんないから付き合ったってことにしない? そっちのほうが面白いもん」
「面白さで決めつけないでほしい」
彼女は「だってLINE交換してるのに……」とか、「学食でカツ丼奢ってもらったのに……」とかぶつぶつ呟いていたが(なんでカツ丼奢ってもらったことまで知られてるんだ)、やがて私に向かって明るく笑いかけてきた。
「ま、いいか。じゃあ弟子ってことにしといてあげるね」
「私も畢竟よく分からないが、あいつは弟子なんだ。そこは間違えないでやって欲しい。あいつのためにも」
「『ひっきょう』って、なに?」
「結局、とか、結論づけると、とかいう意味」
「難しい言葉使うねぇ、美咲ちゃんは」
「伊達に学年トップクラスじゃないからな」
「そうだ、私ともLINE交換しよ」
と彼女はポケットからスマホを取り出し、操作しはじめた。
おお、と私は思わず息を呑んだ。今日で二人も友達登録だ。友達ゼロな私にしたら、人類が月に足跡を残したくらいの大躍進である。月に人類を運び、そして地球に無事に帰ってくることは、とてつもない偉業なのだ。
「美咲ちゃんとは仲良くできそうだし、これからよろしくね!」
「ああ、よろしく……」
私もスマホを取り出した。LINEのQRコードを出すのに集中しつつ、答える。
さっき式根くんとLINE交換するときは、式根くんがQRコードを出して、私はそれをカメラでパシャリとやった。だから今度は自分でQRコードを出してみたかった。やり方は、さっき見たから覚えてる。
「そういやあいつって、付き合ってる人っているの?」
「いないよ。やっぱり気になる?」
「そりゃね。カップルの間に入りたくないし」
「そっちかー」
残念げに肩を落とす杏奈ちゃん。いや、それ以外になにがあるっていうんだ。付き合ってる男女の間に師匠というよく分からない立場で入りたくないだろ、普通。彼女さんに恨まれたら嫌だからな。
「でもあいつあれだけ格好いいんだから、彼女の一人や二人くらいいてもおかしくないのにな」
「二人いたら修羅場だねっ」
嬉しそうに声を弾ませる杏奈ちゃんはスマホをかざし、私のスマホ画面を読み取った。
というわけでLINEを交換していたら、教室の隅からこれ見よがしに女子の声が聞こえてきた。
「遅刻魔がなんかやってる~」
「式根くんと友達になれたからって、調子にのってるのね」
「け……、結局彼女じゃないんだもん……、内心がっくり来てるんじゃ……ない……?」
彼女たちに気づき、杏奈ちゃんがムッとしたように顔を上げた。
スマホ画面から視線を逸らさず、私は小さな声で田中さんに言った。
「嫌なら私から離れて。杏奈ちゃんを巻き込みたくない」
「ううん、大丈夫。私、噂話は好きだけどああいうのは嫌いなんだ」
「そっか。その言葉、信じる」
というわけで、友達登録も完了したとき、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
――月に叢雲、花に風、という言葉もある。
まあ、珍しいことじゃない。私みたいに朝が極端に弱くて遅刻ばかりするような人間は、いじめのターゲットになりやすいってことだ。
弟子という単語が若干ゲシュタルト崩壊してきた私に向かい、田中さんはにっこりと花のように微笑んだ。
「式根くんすっごいイケメンだし、性格もいいから、彼女になりたいって子がいっぱいいるんだよ。そのなかから選ばれるなんて大東さんすごいよ。美咲ちゃんって呼んでいい?」
「彼女になりたい女子のくくりに私を入れてくれるなよ……。で、なんだって?」
「名前で呼ぶよ? いいよね?」
「……まあ、好きに呼んだら」
いきなり名前+ちゃん呼びかぁ。なんか、私の高校生活も華やいできたなぁ。
「やったぁ。私のことは杏奈って呼んでね」
「分かった。でもね杏奈ちゃん、私、式根くんと付き合ってるわけじゃないからね」
杏奈ちゃん……か。呼びつけは怖いから咄嗟に『ちゃん』を付けたけど、なんか名前で呼ぶのって照れるな……。
「よく分かんないから付き合ったってことにしない? そっちのほうが面白いもん」
「面白さで決めつけないでほしい」
彼女は「だってLINE交換してるのに……」とか、「学食でカツ丼奢ってもらったのに……」とかぶつぶつ呟いていたが(なんでカツ丼奢ってもらったことまで知られてるんだ)、やがて私に向かって明るく笑いかけてきた。
「ま、いいか。じゃあ弟子ってことにしといてあげるね」
「私も畢竟よく分からないが、あいつは弟子なんだ。そこは間違えないでやって欲しい。あいつのためにも」
「『ひっきょう』って、なに?」
「結局、とか、結論づけると、とかいう意味」
「難しい言葉使うねぇ、美咲ちゃんは」
「伊達に学年トップクラスじゃないからな」
「そうだ、私ともLINE交換しよ」
と彼女はポケットからスマホを取り出し、操作しはじめた。
おお、と私は思わず息を呑んだ。今日で二人も友達登録だ。友達ゼロな私にしたら、人類が月に足跡を残したくらいの大躍進である。月に人類を運び、そして地球に無事に帰ってくることは、とてつもない偉業なのだ。
「美咲ちゃんとは仲良くできそうだし、これからよろしくね!」
「ああ、よろしく……」
私もスマホを取り出した。LINEのQRコードを出すのに集中しつつ、答える。
さっき式根くんとLINE交換するときは、式根くんがQRコードを出して、私はそれをカメラでパシャリとやった。だから今度は自分でQRコードを出してみたかった。やり方は、さっき見たから覚えてる。
「そういやあいつって、付き合ってる人っているの?」
「いないよ。やっぱり気になる?」
「そりゃね。カップルの間に入りたくないし」
「そっちかー」
残念げに肩を落とす杏奈ちゃん。いや、それ以外になにがあるっていうんだ。付き合ってる男女の間に師匠というよく分からない立場で入りたくないだろ、普通。彼女さんに恨まれたら嫌だからな。
「でもあいつあれだけ格好いいんだから、彼女の一人や二人くらいいてもおかしくないのにな」
「二人いたら修羅場だねっ」
嬉しそうに声を弾ませる杏奈ちゃんはスマホをかざし、私のスマホ画面を読み取った。
というわけでLINEを交換していたら、教室の隅からこれ見よがしに女子の声が聞こえてきた。
「遅刻魔がなんかやってる~」
「式根くんと友達になれたからって、調子にのってるのね」
「け……、結局彼女じゃないんだもん……、内心がっくり来てるんじゃ……ない……?」
彼女たちに気づき、杏奈ちゃんがムッとしたように顔を上げた。
スマホ画面から視線を逸らさず、私は小さな声で田中さんに言った。
「嫌なら私から離れて。杏奈ちゃんを巻き込みたくない」
「ううん、大丈夫。私、噂話は好きだけどああいうのは嫌いなんだ」
「そっか。その言葉、信じる」
というわけで、友達登録も完了したとき、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
――月に叢雲、花に風、という言葉もある。
まあ、珍しいことじゃない。私みたいに朝が極端に弱くて遅刻ばかりするような人間は、いじめのターゲットになりやすいってことだ。
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