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一章「害虫駆除に、疑問をもつ人間がいますか?」

十話

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第三章 ニ





「透くんはさ、どうして人を殺してはいけないんだと思う?」
 ボードゲーム部の部室で。
 白石を盤面に置きながら、桜南がそう尋ねてきた。
 黒石がニ枚ひっくり返される。深海松のように白く細い指先が、窓から差し込む夕日を反射して、柔らかく温順な輝きを放っていた。古びた電気ストーブが、ごうごうと音を立てている。
 透がボードゲーム部に入ってから一年半が過ぎた、十二月のことだった。受験シーズンへの突入を踏まえて、進路調査表の提出を求められるこの時期に、こうして二人で集まり、ボードゲームをしている。
 いつもと変わらない光景。
 そう言ってしまっていいほど、透と桜南が過ごした日々は日常として、当たり前のものとして、重ねられていた。
 だが、この日だけは少しだけ違った。
「……どうして、そんなこと聞いてくるんだよ?」
 その質問は、透の心の柔らかいところを突き崩すもので。怪訝というよりも、不快感で表情が歪んだ。
 語気に含まれたかすかな憤りを受けても、桜南に動じる様子はない。
「気になったんだよ、透くんがどう考えるのか。ほら、今日の特別授業覚えているかい?」
「……ああ」
 午前中に体育館であった、倫理の特別講演のことだ。少年院の教誨師を二十年近くやっているという浄土真宗の僧侶が登壇し、自身の経験を踏まえて命の大切さを説いていた。
 その話の中で、とある殺人事件を起こした加害少年との面談について語られていたのだが、少年が僧侶に対しておこなった問いが、まさに桜南が投げかけてきた質問と同じものだった。
 ――どうして、人を殺してはいけないのでしょうか?
 そう尋ねてきた少年の目は、湖のように澄んでいて、そこには一切の邪気がなかったという。面白半分に訊いてきたわけでも、自分の犯罪を誇示するような調子もなかったらしく。その純粋さに驚かされたと同時に、すぐさま返せる答えを持たなかった己自身にも愕然としたそうだ。
 僧侶はゆっくりと考え、その少年にこう答えを返したという。
 ――みんな殺されたくはないからです。生きて幸せになる権利を、自分以外の誰にも奪われたくはないからです。だから、殺してはいけないのです。
 少年は純粋さを失わない瞳で、ただ静かに頷いた……そう語っていた。
「……くだらねえ」
 透は吐き捨てるように言う。
 思い出すだけでも、気持ちがささくれだってくる。犯罪被害者の遺族として、命の大切さを問うことの意味は、とうぜん痛いほど理解できた。だが、少年院にぶちこまれるような碌でもない人間たちや、それこそ人を殺したクズの話を引き合いに出して語られる「命の大切さ」というものが、透にはどうしても受け入れがたかった。
 どうして人を殺してはいけないのでしょうか、だって? 
 大切な人を理不尽に奪われる痛みを知れば、そんなふざけた言葉は二度と吐けなくなる。
 舌打ちがこぼれそうになるのを抑え、やや乱暴に黒石を盤面に置いた。四枚ひっくり返す。イライラする。
 だが、桜南は事情を知らないのだ。あたるような真似は慎まなければならない。
「どうしたの?」
「……なんでもないよ。気にすんな」
「ふぅん」
 桜南は、それ以上深く追及してこなかった。質問が黙殺されていくことにも触れず、彼女は白石を置いて一枚だけ黒を塗り替える。
 しばらく、石を置き合う音が響いていた。木枯らしが窓を叩くことはたまにあっても、閑散とした空間が揺らぐことはない。石を持つ指は、頭に登った血が引いていくにつれ、冷たくなっていくようだった。
 白石が、とうとう一つの角を占拠したとき。
 桜南が、水面の瞬きよりも清冽な瞳をこちらへと向けた。
「……私はね。『どうして人を殺してはいけないのか?』という問いに、正解なんてないと思っているんだ」
 桜色の唇から、石のように重たい言葉が落下していく。軽口を叩くときのような気安さは、そこにはない。
「正しさも誤謬もそこにはあってさ。どんな角度でその問いを考えても、絶対的な指針が見つかることは決してない。各人の生き方に依存して決まる、曖昧で形のない答えが流木のようにただ転がっているだけ」
「……」
「法律で禁止されているから駄目だ。悲しむ人がいるからやってはならない。人は誰も殺されたくはないし自分の権利を不当に奪われたくはないから殺してはいけない。……ああ、最後のやつはあの僧侶が言っていたことと同じだね。まあ、私が今まで大人たちから聞いた意見はだいたいこんな感じだったよ」
 桜南は、長い髪の毛先を弄んで遠くを見るような目をした。
「それらはたしかに間違ってはいない。でも、どの意見にも綻びがあるんだ。法に寄った見解は、見方を変えれば法がないなら殺してもいいと言うことになってしまうし、法なんてどうでもいいと考える人間にとっては理由にならなくなるよね。人の悲しみに重きを置いた理由は、他人の感情を考慮しないなら殺してもいいということになってしまう。誰しも権利を奪われたくはないから殺してはならないという逆説的な意見は、自分の命などどうでもいい、自殺したいと考える人間が一定数いることを考えると限界があるんだ。他にも色々と意見はあったが、だいたい似たような感じでどこかに破綻があったね」
 語り始めた桜南は、止まらない。
 普段、地蔵とまで揶揄される彼女は、唐突に逆方向のスイッチが入ってしまうときがある。そうなると饒舌も饒舌になる。その華奢な身体のどこに、それほどの語彙を隠していたのかと驚愕するほど、存在が国語辞書に近づく。
 普段なら、透は苦笑を浮かべながらも聞き役に回る。適度に合いの手を入れて、桜南の口に潤滑油をさす。
 だが、このときは違った。
「……」
 透の中で燻って消えようとしていた火種が、もうもうと白く煙出す。貧乏ゆすりが、地面に憤りを浸透させていく。
 嫌いではない、桜南の一面。
 それが毒になることもある。
 透が無理やり「空気」で封殺したはずの話題を蒸し返す。意趣返しなのかもしれない。が、事情を知らないとはいえ、あまりにも悪趣味ではないか。
 だが、桜南の言葉は止まらない。
「だからね、正解なんてないんだ。……ああ、そういえば『国家の品格』という本に、この問いに対する著者の見解があってさ、まさに私の意見を象徴するようなものだったよ。『駄目だから駄目だということに尽きます』だってさ。まったくの身も蓋もない思考停止といわざるをえないよね。そんなの、人を殺してはいけない理由を説明できないと認めているようなものだし」
「説明する必要がねえって意味だろ」
 とうとう我慢できなくなった透は、口を挟んだ。耳が熱くなるのを感じるほど、感情が昂っている。
「駄目なものは駄目。なにが間違えているんだ。屁理屈ばかり述べて哲学者ぶるのがそんなに偉いっていうのかよ? 俺は、その意見が間違えているなんて到底思えねえ」
 舌打ちをして、続けた。
「それに、そんな無意味な問いをするやつは、だいたい全能感から抜け出せない馬鹿なクソガキだと相場が決まっている。そんなくだらねえ問いにこだわるなんて、お前らしくないぜ」
「……私らしい?」
 微かな嘲笑と怒りが、桜南の口から揺蕩う。
「君に何が分かるっていうんだ、私の何が」
「知らねえよ。お前だって、俺のことを全部知っているわけじゃねえだろうが」
 俺の母親は、金目当てのクズに殺されたんだよ!
 そう言ってやりたかった。だが、感情のままに吐き出したところで、後悔しかしないと分かっていたから、ギリギリの線で踏みとどまる。
 貧乏ゆすりが止まらない。
「えらく感情的じゃないか。君にしては珍しいね」
「そう見えるか? ならそれでいいから、それ以上耳障りなことを言うんじゃねえ!」
 いけないと分かっていたが、透は抑えられず机を叩いた。盤上の石が舞い上がり、白黒は入り乱れ、勝敗を曖昧に濁してしまった。
 桜南は、崩れた盤面に冷たい目を向けていた。闇の中で抜かれた真剣のごとく鈍く光る銀の瞳は、かすかに濡れているようにも見えた。
「……はじめて、喧嘩したね」
「……っ」
 堪らず、透は鞄を引っ掴んだ。
 乱暴な足取りで扉へと向かい、ドアノブをねじ切らんばかりに回した。
「知りたいんだ!」
 手が、止まった。
 桜南の叫びにも似た声は、普段の冷静な彼女からは考えられない悲痛さに満ちていて。
「もし正解があるのなら、私は知らなければならない。透くんの意見を訊きたいんだ。どうして人は人を殺してはいけないのか? 私は……これまで……私は……!」
 透は振り返らない。
 木板の黒い節目が、記憶の闇を見つめる目のようだと思った。闇の中で泣いている自分と、母親の骨を拾う無数の手が、幽鬼のごとく揺れている。
 歯ぎしりをして、透は血を吐くように声を出した。
「あの徳の高そうなじいさんが言っていただろ。生きて幸せになる権利を奪うことは誰にも許されねえって。そのとおりだよ」
 そう、あんな無意味な質問に対する答えなんてシンプルでいい。
 殺された側の論理は、憎しみという呪いだ。
 透は、いまだに捕まらぬ犯人を睨み殺す勢いで顔を歪め、透なりの答えのろいを出した。
「幸せになれねえからだ。――人を殺したやつはな、幸せになってはいけないんだよ」


 
 




「……ぶち殺してやる、か」
 桜南のつぶやきが、仄暗い空気を冷たく揺らした。
 地下駐車場は、ボードゲーム部の部室と違って、優しくはなかった。ゲームもなければ暖房もない。どこまでも無機質で、どこまでも人の気配が希薄な、色彩の薄い淀んだ――「殺意」の世界だ。
「まさか、君の口からそんな台詞を聞くなんてね……」
 悲壮さが含まれた声だった。
 透は、血まみれの拳を少しだけ緩めた。にちゃっ、という粘っこい音が指の隙間から逃げ出す。
「……俺だって、こんなこと言いたくなかった」
「……」
「でもな、あいつらはそれだけのことをしやがったんだ。正直、全員をバラバラに引き裂いて燃やし尽くしてやったって、このドス黒い感情はなくならないと思う」
「……そうか。無理もないよね」
「ああ」
 桜南は片目をそらして、ぐっと唇を噛みしめると、やがて苦しげに独り言ちた。
「……神様なんて、いないね」
 そしてすぐに、透の方へと向き直る。
「透くん。私はね、君をこの世界から出してあげたいんだ」
「……は?」
 透は、桜南の言葉の意味を測りかねた。そのままの意味で捉えればいいとわかっているのに、焼け付いた感情と頭では、すぐさま飲み込めなかった。
 やがて理解が追い付いても、喜びや期待はマッチの火ほども灯らなかった。
「出られるのか? こんなところから。水が油になったんじゃないのか?」
「融合したのは、まだ飯沢市だけだよ。それ以外は水のままさ」
「どういうことだ?」
「簡単に言うなら、『みなごろし』はまだ完全に始まっていないということさ。前夜祭みたいな状態と言えばいいかな。つまり、『殺意の王』の降誕がまだ正式に起こっていないんだよ」
「……その『鏖』とやらが不完全なのはわかった。だが、それが外に出られるという話とどう繫がるんだ。なにか、手段があるのかよ?」
「一つだけある。私が、やろうとして失敗したことだ」
 透が黙って言葉を待っていると、桜南は複雑そうな表情を浮かべ出した。あらゆる負の感情を綯い交ぜにして煮詰めたような歪んだ顔で、何回か口を開くのを逡巡し、語った。
「『殺意の王』を殺す。それで、『鏖』は終わりを迎えるんだ」
「『殺意の王』って、さっきから言っているやつだな。言葉から察するに、やつらのボスみたいな存在なのだろうが……」
「そんなヌルい存在じゃない」
 桜南の言い切り方は、怒りよりも恐怖に近い感情が籠もっていた。
「『殺意の王』は、われわれ『殺意』の神だ。その存在そのものが聖性でありながら、『殺意』すらが恐怖で平伏すほどの魔王そのものなんだよ。これまで四百年もの間追い求められ、異色香澄がついに顕現の方法を発見してしまった。……さっき君が言っていたこの世界と『殺意』の世界をつなぐ鍵だ」
「……鍵」
 そのとき、透の中で怖ろしい考えが浮かんだ。
 あらゆるピースが一斉に繋がっていく。妊娠した香澄。香澄の妊娠が疑われる時期から起こっていた数々の異常。腹を貫かれたのに死ななかった赤子。そして、香澄の腹から突き出た小さな手。そこから漏れ出した尋常ではない凶気――。
 頭に響いた言葉。
 ――まだ、はやい、よ。おかあ、さん……起さ、なきゃ。
「……っ、ぁ」
 息が、詰まった。
 足の先から寒気が走り抜け、肌の裏側すらも粟立っているのではないかと思うほどに。導き出された答えは、この世にある福音のすべてを血の海で染色したかのようにおぞましいものだった。
 透の顔が、真っ青になっていく。
「……わかったみたいだね。私はずっと、異色香澄が『殺意の王』の力をもっているのだと思っていた。だが、私の予想は最悪な方向に外れていた。――だよ。が、『殺意の王』だ」
「……なんて、ことだ」
 香澄のイカレ具合は、これ以上更新されることはないと思っていた。だが、あの妹の狂気には際限というものはないようだ。
 あの妹が、どのような手段をもって自分の子供を神へと変えたのかはわからない。透程度の頭では到底理解できないような手段を用いて可能にしたのだろう。だが、その方法よりもその手段よりも、なにより自分の子供を化け物に変えるという発想そのものが理解できなかった。
 それに、なによりも……。なによりも、透の心を苛んだ思いは……。
「……あぁ」
 あれは、透の過ちによって出来た子供だ。
 つまり、『鏖』は透のせいで――。
「勘違いするなっ!」
 桜南の怒号が飛んだ。透の肩が震える。
「これは断じてあなたのせいではないっ! 異色香澄が、異色家が、すべて仕組んだことだ! あなたは何も知らなかった! こんなことになるなんてわかるはずがない!」
「でも、俺があいつを、香澄を……!」
「あなたがそんなことをするわけがないでしょう!」
 悲痛な声だった。
 怒りだけではない。もっと複雑な感情がない混ぜになって、叫びとなっていた。それはきっと悲しみだし、おそらくは嫉妬であった。
「あなたは、そんなことをするような人じゃない……。間違いなく、あの女が何かやったんだよ。それ以外考えられない!」
「……それは、わかっている。俺はあいつに嵌められた。だけど」
「やめて!」
 桜南の瞳に、涙が溜まっていた。
「これ以上、聞きたくない。……私の気持ちを知っているくせに、酷いよ」
「……っ」
 桜南の頬にこべりついた血を、一筋の水滴が引き裂いていく。
 初めてだった。桜南の涙を見るのは。
「……わかっていた。あなたは、絶対に抱え込もうとするって。なにも悪くないのに、不必要な責任を背負おうとするって! だから、言いたくなんてなかった! でも、言わないと……言わないといけなかったんだ!」
「……」
「あれを殺さないといけないんだから。あなたの……」
「もういいよ。……ごめん」
 桜南は首を横に振る。
「謝ら、ないで。……悪いのは私だよ。あなたの方が散々辛い思いをしているはずなのに、このくらいで取り乱して」
「……いいんだ。ありがとう」
 感謝の言葉には、力がなかった。
 腸を引き千切られそうなほどの憎悪に、眉間を銃で打ち抜きたくなるほどの後悔と罪悪感を混ぜ込まれ、心という鍋は混沌に濁りきっていた。もはや味もわからない状態だ。暴れだしたくなるほ衝動も、叫びたくなるほどの狂乱も、そこにはない。ただ、廃油に汚れた海のような静けさがあるだけだった。
 いったい何度、感情を停止させなければならないのだろう。いったい何度、絶望しなければならないのだろう。この絶望に底はない。桜南はそう言ったが、まさにそのとおりだ。底がなさすぎて、どこにも落ちることができない。
 車のフロントドアに、徹の顔が映っていた。ひどく虚ろな目をしている。怒りに燃え、罪悪に殺され、残ったのは灰だ。
「……殺すしか、ないんだよな」
 桜南からの返事は、時をおいてなされた。
「ああ。……殺すしかない。産まれてしまったらすべてが手遅れになる。世界中がこうなるんだ。そうなったら終わりだ」
「……産まれたら?」
「それが、きっと最後の儀式なんだと思う。そう考えると、いまの不完全な『鏖』にも納得がいくだろう?」
「……そうか」
 透は胸のつかえを取るように、苦しい息を吐き出した。
「やはり、香澄は生きているんだな」
「……」
 沈黙は、答えに等しい。
 桜南も、見たのだろう。去り際の香澄の胴体から、頭が再生しようとしていたところを。聴いたのだろう。あの、『殺意の王』の言葉を。
 香澄が生きている。
 字面だけ取れば、時と場合によれば、感動的な言葉にもなるのかもしれない。だが、時と場合が最悪すぎた。透たちにとって、その事実は全身の重さが三倍にも増したように錯覚するほどの凶報だった。
 あれは、それくらいの化け物だ。
「……私達の状況は、はっきり言って最悪だ。戦えるのは私しかいないのに、敵は神様と、あの異色香澄……そして、彼女に協力する『上位者』たちもいる」
「……協力者? まだ、他にもなにかいるのかよ」
 乾いた笑いが零れ出た。
「ええ。『上位者』というのは、私や異色香澄のように、理性と人の形を保つことができる『殺意』のことを言うの。『上位者』は、それぞれ『殺人の動機』を象徴する名と、それに相応しい能力を持っている。異色香澄は『狂愛』、私が『暗殺』……他にも『法』、『食人』、『快楽』、『復讐』、『恐怖』、『不条理』なんかがいるわ。全員が全員、異色香澄に協力しているとは思えないけど、私の情報が正しければこの内の二人は、確実に異色香澄についている」
「そんなの、無理だろ……。お前や香澄みたいなやつが二人もいるって……」
「そうね。はっきり言って無理ゲーだよ。将棋の上級者に六枚落ちで立ち向かうくらいの無謀さがある。しかし、最大のチャンスを逃した今となってはね、無謀でもやるしかない。やらなければ、待っているのは人間の絶滅だ。……わかるだろう?」
 わからねえよ、と返してやりたい。だが、そんな戯れが許されるような状況ではない。
 やらなければならないことははっきりしたが、向かう先はあまりにも暗澹としていた。
『殺意の王』を殺して、『鏖』を終わらせる。
 しかし、そこにはあまりにも巨大な防壁が幾重にも張り巡らされているのだ。心が折れそうになるほどの巨大な防壁が。
 勝ち目なんてないと、透でもわかるほどだった。
「……本当に、底がないな」




 
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