チェスクリミナル

ハザマダアガサ

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ジャスターズ編

疑惑

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「起きろ」
 早朝、キューズの掛け声で、皆一様に目を覚ます。
 窓際に座っていたトールは、日差しを防ぐ為に手で影を作り、その反対側のカイビスは、呑気に目を擦っている。
 ラッツは寝違えたのか、首を摩っており、今日は機嫌が悪そうだ。
 リュウはというと、未だにだらしなく背もたれに全体重を預けていた。
「おはようございます。キューズ様」
 そんな中ロンだけは、まるで3時間前から起きていたかの様に、どこからか取り出した紅茶を注いでいた。
「おう、おはよ。俺にもくれ」
「かしこまりました」
 バスの中というのに、2人はいつもと変わらず呑気にやっている。
「いよいよですね」
 トールがそう口にする。
「後2時間もすりゃあ、だな。よし、寝起きで悪いが作戦を説明するぞ。1回で叩き込めよ」
 キューズは席を立ち、真ん中辺りの席を適当に破壊する。
 それと同時にほぼ全員が席を立ち、ぞろぞろとキューズの元へと集まる。
「ロン、地図をくれ」
「どうぞ。キューズ様」
 キューズは受け取ると、床に出来たスペースに重い腰を下ろす。
 そしてハグの地図を広げた。
「リュウ、早く来い」
「ふがっ」
 身体をビクッとさせ、リュウが目を覚ます。
 まだ完全には開かない瞼を持ち上げながら、リュウは立ち上がった。
「今……行きます」
 ふらふらと近付いて来る姿は、およそ頼れる準幹部とは思えない程だらしなく、緊張の欠片も無い。
「実はな、案外予定より早く着きそうなんだ。そこで、少し受け身気味だった作戦を変える事にした」
 キューズは1つの建物を指差す。
「ここ、元々教会だった場所だ。今は使われてねえが、確か地下があるから、今回はこれを利用しようと思う。コインは自分の為か他人の為か知らねえが、常に目隠しをしている。まあつまり、手をミスらなければ、確実に先行を取れる訳だ」
「私の能力ですね」
 トールが自分の胸に手を当てる。
「ああ。トールの液状化で、一気に地下まで閉じ込める。もちろん、こんなんでやられる奴じゃないが、部下を散乱させるには十分だろ」
 ここでラッツが手を挙げる。
「もし引っかかんなかったらどうすんだ? 部下の数も分からねえのに、下手な待ち伏せは出来ねえだろ」
「部下は3人ですよ」
 それに対し、優しい笑顔を見せながら、ロンが代わりに答える。
「いつも思うんだが、毎回その情報どこで手に入れてんだよ。信憑性はあんのか?」
 やや喧嘩腰で、ラッツはロンを睨み付ける。
「ありますよ。ですか、ルーツを教える事は出来ません」
 しかし微動だにせず、ロンの笑顔は機械の様に固定されている。
「気色悪いな。ずっと笑顔でよ」
「まあ2人とも、落ち着けって。とりあえず、3人ならトールが加担する事になるな」
 珍しくキューズが止めに入り、話題を変える。
「はい。お任せを」
 それを察し、トールはいつもより少し大きな声で返事をする。
「ロン、部下たちは誰ですか?」
 カイビスもそれに合わせ、質問をする。
「ニッチル、シュモン、フォイルの3人です」
「ランボードは……そうか、殺られたのか」
「はい。先日キリングが。その後はモグラに回収され、今は特殊な紙に加工されています」
「紙って。あいつも気の毒だな」
「全くです」
 キューズは鼻で笑い、ロンはそれに合わせて笑顔を作る。
「あの、いいですか?」
 後ろの方で吊り革に掴まった、姿勢の悪いリュウが手を挙げる。
「おお、どうした」
「その3人の能力って把握してますか?」
「もちろんです」
 ロンは当たり前の様に即答する。
「ニッチルの能——」
 その言葉を遮る様に、キューズがロンの口を手で塞ぐ。
「ネタバレしたらつまらねえだろ」
 その一言で、車内は静かになる。
「能力を考察しながら闘うのが楽しいんだろうが。その醍醐味を奪ったらお前。答えの知ってるあみだくじくらい、つまらなくなっちまうぞ」
「……申し訳ありません。私の落ち度です」
 ロンは素直に頭を下げる。
「丁度いい機会だ。準幹部なんだから、多くの経験を積んどけ。正直、お前には期待してるしな」
 その言葉の後、リュウとラッツ以外の全員が、キューズについてある事に気付かされた。
 それとは、今日のキューズは、自分の部下に最高のコンディションで挑ませようと、気を遣ってくれているという事だ。
 事前に能力を知っているなら、下手に作戦を立てられてしまう。
 そうなると、予想外の事態に対応出来ないというデメリットがあり、準幹部のリュウにそこまで求める事は些か気が引けるというものだ。
 それなら、最初からその道を経ち、実践を兼ねて経験を積んだ方がリュウの為になると、キューズは考えていた。
 だからこそ、わざと自分から嫌われ役を演じたのである。
 いつもなら、自分の納得のいかないものは、無理矢理にでも排除しようとするも、今日のキューズにそれは見られない。
 逆に部下同士の小競り合いを止める姿があり、一段と優しいという言葉が馴染む違和感は、きっとこれのせいであろう。
「き、期待に逸れる様、全力を尽くします」
「おう。頑張れよ」
 しかし、1番伝わって欲しい新人には、それが理解されないキューズであった。
「キューズ様、私たちが着いてから、およそ5分でコインらも着くかと」
 そう、ロンがキューズに耳打ちをする。
「誤差の範疇だな。もしここから先が砂利道なら、余裕で逆転も有り得るくらいか」
 うーんと、キューズは難しい顔をする。
 しかし次の瞬間には、その顔は元に戻っていた。
「まっ、どっちにしろ作戦は変えなくていいだろ。まずはコインと部下を切り離す。その後は、自由にやるって事で。恐らく今回で何人かは死ぬだろうが、その1人にならねえ様気を付けろよ」
 キューズが地図をくしゃくしゃにし、どこかに投げ捨てる。
 そして立ち上がり、皆を見渡しながら口を開いた。
「もし俺がやられても、お前らは気にするな。目の前の敵だけを殺す事を考えろ。コインをジャスターズに向かわせなければ、俺がいなくてもキューズは復活できる。帰るときに半分になっていようと、絶対にコインの首を勝ち取るぞ」
 その気迫こもった演説に、皆静かな拍手を響かせていた。
 今日のキューズは本気だと、死を惜しまない覚悟を持っていると、そう感じざるを得なかった。
 トールとカイビスは立ち上がり、リュウは手で掴んでいた吊り革を離していた。
「こんなワクワクはいつぶりだろうな」
 その言葉の後、カイビスは口を開く。
「き、キューズ様、絶対に生き残りましょう」
「ああ、もちろんだ」
 カイビスの発言をきっかけに、皆一言一言抱負を口にしていく。
「一瞬で部下を片付け、キューズ様の加勢へと向かわせていただきます」
 と、トール。
「この刀が錆びない限り、いくらでも斬って見せます」
 と、リュウ。
「終わったらゆっくりと、紅茶の香りを楽しみながら、今回の事を振り返りましょう」
 と、ロン。
 そしてその後、視線は一斉にラッツへと向いた。
「っ、んだよ。俺は別に言わねえよ」
 ラッツは踵を返し、後ろの席へと歩いていく。
「まっ、ラッツらしいか」
「そうですね」
 それをきっかけに、皆席へと戻る。
 あと数時間で訪れる、死の片道切符を手に入れまいと、殆どが手を硬く握っていた。
 しかしそんな中1人、ロンだけは不自然な笑顔を保ち続け、紅茶をゆっくりと啜っていた。
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