チェスクリミナル

ハザマダアガサ

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ジャスターズ編

異常な男、才廿楽

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 午後1時53分。
 サイコス、ノリング町、ギンボルドール。
 私立クライエン学園高等学校、2年4組教室前。
「本当にここであってるのか」
「はい。オーダーさんの能力によると、ここで間違いないかと」
「……そうか。オーダーに頼り過ぎるのもどうかと思うが」
「今は関係ありませんよ」
 ジャスターズ最高責任者、ケイン・マスクと、上等兵のパステル・ナットが、2年4組と書かれた騒がしい教室の前で、何かを話し合っていた。
「本当にここで——」
「ケインさん。3回目ですよ」
「……分かった」
 何を隠そうこの男、ケイン・マスクは、大の子供嫌いである。
 先日の会議で、チェイサー・ストリートに強く当たった事も、これが原因として挙げられる。
「パステル。開けてくれないか?」
「駄目です。ナインハーズさんに強く言われてますから」
「なんて」
「『ケインの子供嫌いを克服させろ』とです」
「はぁ……。仕方ない。いくぞ」
「いつでもどうぞ」
 教室の扉が、新しくないローラーの音を響かせながら横に開かれる。
 すると騒がしかった教室には静けさが訪れ、全員が全員、突然の来訪者に目を向けた。
「ゔっ」
 この学園の、1クラスの人数はおよそ41人。
 授業終わりの事もあり、その生徒のほとんどは教室の中にいた。
 もう一度言う。その全ての生徒が、大の子供嫌いであるケインに、一斉に目を向けたのである。
「パステル……」
「中に入りましょう」
 パステルがケインを押す様にして、教室の中へと入る。
 その時のケインの思考は、恐怖の2文字で埋め尽くされていた。
「えーと、出席番号が34番の人っているかな」
 パステルが優しく問うと、1人の男子生徒が手を挙げた。
「その人なら、屋上に行くと言って、教室から出て行きましたよ。俺を探してる人が来たら伝えてくれって。本当に来るとは思わなかったですけど」
 34番の知り合いと思われるその男子生徒は、まるで最初から用意していたかの様に、スラスラと質問に答える。
 その言葉を聞いて、ケインとパステルは一瞬表情を変えた。
「屋上か。パステル、頼む」
「分かりました」
 ケインが教室を出る。
 パステルも少し遅れて後に続き、教室は元の騒がしい日常へと戻っていた。

「お、来た来た」
 屋上には、教室と違って何も無い代わりに、目的である34番の男が後ろ向きにして座っていた。
「お前か。34番は」
 ケインは子供嫌いと言えど、1人に対してならいけるタイプの人間である。
「34番……? ああ出席番号の事ね。なに、もしかして俺の本名知らないの?」
 男は煽る様にして言葉を発する。
「本名に興味は無い。目的はお前自身だ」
 ケインは全く気にせず話を進める。
「俺自身? もしかして俺の才能がバレちゃったみたいな?」
 男はふざけた態度で答える。
 その間パステルは、異様な空気を纏ったそいつから、目を離せないでいた。
「こっちを向け」
 全く動じないケインに、男は少し気に入らない素振りを見せながらも、渋々振り向く。
「そんなに俺の顔が見たいの? って言うか、職員室に行けば、俺の素性とか全部分かるのに。えーと……、ケインさんは無駄足が——」
 男が言い終わるその前に、ケインの姿が一瞬消える。
 次に映ったその時には、ケインの手が男の胸に当てられていた。
「フェルマーレ」
「かあっ、はっ」
 男が急に苦しみだす。
 喉に手を当て、床に背をつけ、触覚を失った蟻の様に悶え苦しむ。
「と……、とまっ……とる」
「お前、どうやって調べた」
 ケインは苦しむ男を上から見下ろし、平然と質問を続ける。
「ケインさん!」
 一瞬遅れてパステルが駆けつける。
「解除してください!」
「まだいいだろ」
「ケインさん!」
 パステルが必死に呼びかけた事により、男は苦しむのをやめる。
 つまりケインが能力を解除したという事である。
「かはっ、あはっ、あっ、はぁ……。いま、今完全に心臓止まってたよね。凄え! 凄えよ今の! 貴重な体験をありがとう。ケインさん!」
 男は立ち上がり、ケインに握手を求める。
「……あ?」
 声にも満たないその音は、ケインの本音を物語っていた。
「お前……、イカれてるな」
 ケインが心臓を止める相手、それは常に殺すべき対象であり、今回の様なケースは稀であろう。
 しかもその相手が、「ありがとう」などと、異例の言葉を発したのである。
 これはケインに関わらず、正常な人間であるならば、全員がこの男をイカれた奴と印象付けるだろう。
 もちろんケインは、差し出されたその手を弾き、男に軽蔑の眼差しを向けた。
「冷たいなあ。それより、どうやって調べたのかって聞いたよね。ねえ知りたい? どうやったか知りたい?」
 ケインは、頭が現状に追いついていなかった。
 自分たちの探していた男が、予想以上の変人であり、奇妙な人間だったからである。
「おいパステル。本当にこいつなのか?」
「2年4組34番なら、間違いないかと」
「学校自体が違うとかはないのか」
「いえ、私立クライエン学園高等学校と、オーダーさんの紙には写し出されていました」
「くそっ、何でこんな変人が」
 ケインは黒髪を掻きながら、柵の方へと歩いていく。
「オーダー。本当にこいつが必要ってのか」
 ケインが柵に寄りかかり、グランドを眺めながら独り言を言う。
「そのオーダーさんっていう人が、俺を探してるの?」
 ケインの横には、いつの間にか男が立っていた。
「話しかけんな」
「話しかけないと、人間やっていけないよ?」
「次話したら殺すぞ」
 ケインは目も合わせずに、さぞ当たり前のように言う。
「……やめとこ。本当に殺されそう」
 男はケインから離れ、パステルの方へと近づく。
「どうもどうも。才廿楽っていいます」
 男は自ら名乗り、握手を求める。
「才廿楽? サイコスの人間じゃないですね」
「おっ、流石にバレるかー。こっちではフート・ヴィータで通ってまーす」
 男は軽々しく、自分の偽名を打ち明ける。
「フート・ヴィータ……。聞かない名ですね」
「適当に考えたからねー。まあ元々ジャーキの人間だし、ジャーキのネーミングセンスなんてそんなもんっすよ」
 ジャーキ。それは大国ジュナイツの、人口1000万人程の離島である。
 ジュナイツからはおよそ5000キロメートル離れており、サイコスからは3200キロメートルと、距離で言えばサイコスの方が近くに位置している。
 なぜそこの人間がサイコスにいるのか。私立学校になんて通っているのか。
 2人の疑問は止まる事を知らなかった。
「ジャーキの人間ですか。では、どうやってここに来たんですか」
「手段? 手段なら船だよ。もちろんiceバッチもあるし。俺は無能力者だからね」
 その言葉に、ケインは過剰に反応する。
「能力者じゃないだと?」
「そうだよ。俺は普通に無能力者だけど?」
「なら尚更、なぜ俺の名前を知っている」
 ケインが詰め寄り、男の前に立つ。
「それは……、特技?」
 その瞬間、ケインは男の胸に手を当てる。
「真面目に答えろ」
「マジマジマジだって。本当に特技なの。昔から出来る事で。ああ、昔って程まだ生きてないけど。まあとにかく、小さい頃からの特技で、最近まで皆出来るもんだと思ってたし。これマジね」
 男は両手を上げながら、早口でケインに伝える。
「だから能力検査にも引っかからなかったし、iceバッチも何の問題もなく作れたの。分かった? おっけー? 駄目か。駄目なのかその目は」
 ケインは無言で手を当てたまま、ある事を考えていた。
「その特技ってのは、具体的にどんなものだ」
 ケインの言葉に棘はないものの、殺意に近い何かが含まれている。
「えーと、何か頭の中で質問して目を閉じると、その答えが浮き出て来るんだよ。例えば『今日は雨が降りますか』って聞いたら、『降る』みたいな感じで。そしたら実際に雨が降るんだよ。別に時間に指定はないけど。時間が知りたいなら、聞けば答えてくれるんじゃないのかな。やった事ないけど」
 男の声は震えながら、しかし一言も噛んではいなかった。
「ならそれで、俺の名前を質問したって事か」
「そうそうそう! やっと理解してくれた? 信じ難いかと思うけど、実際に出来ちゃうから仕方ないでしょ。俺も出来るだけ使用控えてるしさ」
 ケインは男の胸から手を離す。
「なら質問だ。お前は数秒後、生きているか」
 ケインは離した手を、男の額に当てる。
「答えないと……死ぬよね」
 男は呟き、目を閉じる。
 そして数秒も経たないうちに、目を開けた。
「ふぅ。生きてるって」
「フェルマーレ」
 音を立てて、男は膝から崩れ落ちる。
「ケインさん! 何やってるんですか!」
 突然の事に、パステルは困惑する。
「脳の機能を停止させた。これでこいつは嘘つきだな」
「そんなの屁理屈じゃないですか! どうするんですか! 死んじゃいましたよ!」
「今回はオーダーの勘違いだった。それが事実だ」
「ケインさん! あんまりですよ……。相手は子供なんですよ」
「子供も大人も変わらない。同じ人間だ」
 ケインは死体と化した男を無視して、扉の方へと歩き出す。
 パステルは頭の中で天使と悪魔が葛藤していた。
 この死体をどうするか。オーダーさんにはどう説明をするか。ケインさんの言う通りにするか。事実を話すか。このまま見なかった事にするか。
 数秒だが、この数十倍の量の疑問が、パステルの頭の中に流れ込んで来ていた。
「早くしろ」
 パステルはその言葉を聞き、やるせない気持ちを抱えながらも、そこを後にするしか他ならない事を悟った。
「ゔあっ!」
 男の死体が、跳ねる様にしてそう叫ぶ。
 それを聞いたケインとパステルは、同時に足を止めた。
「かぁーっ、はぁー、はあー、はー。はーあっ、死にかけたー」
 その細い声の主は、空に広がる雲を見ていた。
「やっぱり外れないんだよなー。どうしても」
 男は何事も無かった様に、手で太陽を遮る。
「心臓や脳が停止した時点で『死』って決めつけるなら、俺は今日で2回死んでるなあ」
 ケインとパステルは未だ振り向く事が出来ず、才廿楽だけの時間が、ただただ流れていた。
「けど俺の特技は、そう判断しないみたいだね。何か死の基準でもあるのかな」
 男は立ち上がり、ケインたちの方へ目を向ける。
「条件付きなら付いて行ってもいいよ」
 その言葉で、ケインがゆっくりと振り向く。
「条件付き?」
 なぜ生きている。脳は完全に止まったはずだ。どうして俺たちの目的を知っている。
 止まない疑問を口にする事は出来なかった。
 聞くだけ無駄と、頭の中で理解していたからである。
「レインっていう人を探してるんだ。それに協力してくれるなら、俺は素直に付いて行くよ」
「レイン……。そいつを探せばいいのか」
 そんなくだらない提案を受け入れる程、ケインは動揺していた。
 それだけ、この才廿楽の特技が恐ろしく、人間としても特殊な、気味の悪く得体の知れない何かを纏っていたのである。
「そゆことで、どこ行けばいいの?」
「……あ、ああ。ジャスターズに来てもらう」
「ジャスターズ! 都市伝説じゃなかったんだ」
 男はこの状況を、ただの1日の1ページとしか見ていなかった。
 心臓を止められる事が日常で、死にかける事も当たり前。
 だからこそ、何とも思わない。
 男はその次元の世界に、生きていた。
「お前……、イカれてるな」
「そうかな? 普通だと思うんだけど」
 この男にとっての普通とは、常人にとっての異常である。
 それを踏まえてこの男、極めて異常である。
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