68 / 84
ジャスターズ編
異常な男、才廿楽
しおりを挟む
午後1時53分。
サイコス、ノリング町、ギンボルドール。
私立クライエン学園高等学校、2年4組教室前。
「本当にここであってるのか」
「はい。オーダーさんの能力によると、ここで間違いないかと」
「……そうか。オーダーに頼り過ぎるのもどうかと思うが」
「今は関係ありませんよ」
ジャスターズ最高責任者、ケイン・マスクと、上等兵のパステル・ナットが、2年4組と書かれた騒がしい教室の前で、何かを話し合っていた。
「本当にここで——」
「ケインさん。3回目ですよ」
「……分かった」
何を隠そうこの男、ケイン・マスクは、大の子供嫌いである。
先日の会議で、チェイサー・ストリートに強く当たった事も、これが原因として挙げられる。
「パステル。開けてくれないか?」
「駄目です。ナインハーズさんに強く言われてますから」
「なんて」
「『ケインの子供嫌いを克服させろ』とです」
「はぁ……。仕方ない。いくぞ」
「いつでもどうぞ」
教室の扉が、新しくないローラーの音を響かせながら横に開かれる。
すると騒がしかった教室には静けさが訪れ、全員が全員、突然の来訪者に目を向けた。
「ゔっ」
この学園の、1クラスの人数はおよそ41人。
授業終わりの事もあり、その生徒のほとんどは教室の中にいた。
もう一度言う。その全ての生徒が、大の子供嫌いであるケインに、一斉に目を向けたのである。
「パステル……」
「中に入りましょう」
パステルがケインを押す様にして、教室の中へと入る。
その時のケインの思考は、恐怖の2文字で埋め尽くされていた。
「えーと、出席番号が34番の人っているかな」
パステルが優しく問うと、1人の男子生徒が手を挙げた。
「その人なら、屋上に行くと言って、教室から出て行きましたよ。俺を探してる人が来たら伝えてくれって。本当に来るとは思わなかったですけど」
34番の知り合いと思われるその男子生徒は、まるで最初から用意していたかの様に、スラスラと質問に答える。
その言葉を聞いて、ケインとパステルは一瞬表情を変えた。
「屋上か。パステル、頼む」
「分かりました」
ケインが教室を出る。
パステルも少し遅れて後に続き、教室は元の騒がしい日常へと戻っていた。
「お、来た来た」
屋上には、教室と違って何も無い代わりに、目的である34番の男が後ろ向きにして座っていた。
「お前か。34番は」
ケインは子供嫌いと言えど、1人に対してならいけるタイプの人間である。
「34番……? ああ出席番号の事ね。なに、もしかして俺の本名知らないの?」
男は煽る様にして言葉を発する。
「本名に興味は無い。目的はお前自身だ」
ケインは全く気にせず話を進める。
「俺自身? もしかして俺の才能がバレちゃったみたいな?」
男はふざけた態度で答える。
その間パステルは、異様な空気を纏ったそいつから、目を離せないでいた。
「こっちを向け」
全く動じないケインに、男は少し気に入らない素振りを見せながらも、渋々振り向く。
「そんなに俺の顔が見たいの? って言うか、職員室に行けば、俺の素性とか全部分かるのに。えーと……、ケインさんは無駄足が——」
男が言い終わるその前に、ケインの姿が一瞬消える。
次に映ったその時には、ケインの手が男の胸に当てられていた。
「フェルマーレ」
「かあっ、はっ」
男が急に苦しみだす。
喉に手を当て、床に背をつけ、触覚を失った蟻の様に悶え苦しむ。
「と……、とまっ……とる」
「お前、どうやって調べた」
ケインは苦しむ男を上から見下ろし、平然と質問を続ける。
「ケインさん!」
一瞬遅れてパステルが駆けつける。
「解除してください!」
「まだいいだろ」
「ケインさん!」
パステルが必死に呼びかけた事により、男は苦しむのをやめる。
つまりケインが能力を解除したという事である。
「かはっ、あはっ、あっ、はぁ……。いま、今完全に心臓止まってたよね。凄え! 凄えよ今の! 貴重な体験をありがとう。ケインさん!」
男は立ち上がり、ケインに握手を求める。
「……あ?」
声にも満たないその音は、ケインの本音を物語っていた。
「お前……、イカれてるな」
ケインが心臓を止める相手、それは常に殺すべき対象であり、今回の様なケースは稀であろう。
しかもその相手が、「ありがとう」などと、異例の言葉を発したのである。
これはケインに関わらず、正常な人間であるならば、全員がこの男をイカれた奴と印象付けるだろう。
もちろんケインは、差し出されたその手を弾き、男に軽蔑の眼差しを向けた。
「冷たいなあ。それより、どうやって調べたのかって聞いたよね。ねえ知りたい? どうやったか知りたい?」
ケインは、頭が現状に追いついていなかった。
自分たちの探していた男が、予想以上の変人であり、奇妙な人間だったからである。
「おいパステル。本当にこいつなのか?」
「2年4組34番なら、間違いないかと」
「学校自体が違うとかはないのか」
「いえ、私立クライエン学園高等学校と、オーダーさんの紙には写し出されていました」
「くそっ、何でこんな変人が」
ケインは黒髪を掻きながら、柵の方へと歩いていく。
「オーダー。本当にこいつが必要ってのか」
ケインが柵に寄りかかり、グランドを眺めながら独り言を言う。
「そのオーダーさんっていう人が、俺を探してるの?」
ケインの横には、いつの間にか男が立っていた。
「話しかけんな」
「話しかけないと、人間やっていけないよ?」
「次話したら殺すぞ」
ケインは目も合わせずに、さぞ当たり前のように言う。
「……やめとこ。本当に殺されそう」
男はケインから離れ、パステルの方へと近づく。
「どうもどうも。才廿楽っていいます」
男は自ら名乗り、握手を求める。
「才廿楽? サイコスの人間じゃないですね」
「おっ、流石にバレるかー。こっちではフート・ヴィータで通ってまーす」
男は軽々しく、自分の偽名を打ち明ける。
「フート・ヴィータ……。聞かない名ですね」
「適当に考えたからねー。まあ元々ジャーキの人間だし、ジャーキのネーミングセンスなんてそんなもんっすよ」
ジャーキ。それは大国ジュナイツの、人口1000万人程の離島である。
ジュナイツからはおよそ5000キロメートル離れており、サイコスからは3200キロメートルと、距離で言えばサイコスの方が近くに位置している。
なぜそこの人間がサイコスにいるのか。私立学校になんて通っているのか。
2人の疑問は止まる事を知らなかった。
「ジャーキの人間ですか。では、どうやってここに来たんですか」
「手段? 手段なら船だよ。もちろんiceバッチもあるし。俺は無能力者だからね」
その言葉に、ケインは過剰に反応する。
「能力者じゃないだと?」
「そうだよ。俺は普通に無能力者だけど?」
「なら尚更、なぜ俺の名前を知っている」
ケインが詰め寄り、男の前に立つ。
「それは……、特技?」
その瞬間、ケインは男の胸に手を当てる。
「真面目に答えろ」
「マジマジマジだって。本当に特技なの。昔から出来る事で。ああ、昔って程まだ生きてないけど。まあとにかく、小さい頃からの特技で、最近まで皆出来るもんだと思ってたし。これマジね」
男は両手を上げながら、早口でケインに伝える。
「だから能力検査にも引っかからなかったし、iceバッチも何の問題もなく作れたの。分かった? おっけー? 駄目か。駄目なのかその目は」
ケインは無言で手を当てたまま、ある事を考えていた。
「その特技ってのは、具体的にどんなものだ」
ケインの言葉に棘はないものの、殺意に近い何かが含まれている。
「えーと、何か頭の中で質問して目を閉じると、その答えが浮き出て来るんだよ。例えば『今日は雨が降りますか』って聞いたら、『降る』みたいな感じで。そしたら実際に雨が降るんだよ。別に時間に指定はないけど。時間が知りたいなら、聞けば答えてくれるんじゃないのかな。やった事ないけど」
男の声は震えながら、しかし一言も噛んではいなかった。
「ならそれで、俺の名前を質問したって事か」
「そうそうそう! やっと理解してくれた? 信じ難いかと思うけど、実際に出来ちゃうから仕方ないでしょ。俺も出来るだけ使用控えてるしさ」
ケインは男の胸から手を離す。
「なら質問だ。お前は数秒後、生きているか」
ケインは離した手を、男の額に当てる。
「答えないと……死ぬよね」
男は呟き、目を閉じる。
そして数秒も経たないうちに、目を開けた。
「ふぅ。生きてるって」
「フェルマーレ」
音を立てて、男は膝から崩れ落ちる。
「ケインさん! 何やってるんですか!」
突然の事に、パステルは困惑する。
「脳の機能を停止させた。これでこいつは嘘つきだな」
「そんなの屁理屈じゃないですか! どうするんですか! 死んじゃいましたよ!」
「今回はオーダーの勘違いだった。それが事実だ」
「ケインさん! あんまりですよ……。相手は子供なんですよ」
「子供も大人も変わらない。同じ人間だ」
ケインは死体と化した男を無視して、扉の方へと歩き出す。
パステルは頭の中で天使と悪魔が葛藤していた。
この死体をどうするか。オーダーさんにはどう説明をするか。ケインさんの言う通りにするか。事実を話すか。このまま見なかった事にするか。
数秒だが、この数十倍の量の疑問が、パステルの頭の中に流れ込んで来ていた。
「早くしろ」
パステルはその言葉を聞き、やるせない気持ちを抱えながらも、そこを後にするしか他ならない事を悟った。
「ゔあっ!」
男の死体が、跳ねる様にしてそう叫ぶ。
それを聞いたケインとパステルは、同時に足を止めた。
「かぁーっ、はぁー、はあー、はー。はーあっ、死にかけたー」
その細い声の主は、空に広がる雲を見ていた。
「やっぱり外れないんだよなー。どうしても」
男は何事も無かった様に、手で太陽を遮る。
「心臓や脳が停止した時点で『死』って決めつけるなら、俺は今日で2回死んでるなあ」
ケインとパステルは未だ振り向く事が出来ず、才廿楽だけの時間が、ただただ流れていた。
「けど俺の特技は、そう判断しないみたいだね。何か死の基準でもあるのかな」
男は立ち上がり、ケインたちの方へ目を向ける。
「条件付きなら付いて行ってもいいよ」
その言葉で、ケインがゆっくりと振り向く。
「条件付き?」
なぜ生きている。脳は完全に止まったはずだ。どうして俺たちの目的を知っている。
止まない疑問を口にする事は出来なかった。
聞くだけ無駄と、頭の中で理解していたからである。
「レインっていう人を探してるんだ。それに協力してくれるなら、俺は素直に付いて行くよ」
「レイン……。そいつを探せばいいのか」
そんなくだらない提案を受け入れる程、ケインは動揺していた。
それだけ、この才廿楽の特技が恐ろしく、人間としても特殊な、気味の悪く得体の知れない何かを纏っていたのである。
「そゆことで、どこ行けばいいの?」
「……あ、ああ。ジャスターズに来てもらう」
「ジャスターズ! 都市伝説じゃなかったんだ」
男はこの状況を、ただの1日の1ページとしか見ていなかった。
心臓を止められる事が日常で、死にかける事も当たり前。
だからこそ、何とも思わない。
男はその次元の世界に、生きていた。
「お前……、イカれてるな」
「そうかな? 普通だと思うんだけど」
この男にとっての普通とは、常人にとっての異常である。
それを踏まえてこの男、極めて異常である。
サイコス、ノリング町、ギンボルドール。
私立クライエン学園高等学校、2年4組教室前。
「本当にここであってるのか」
「はい。オーダーさんの能力によると、ここで間違いないかと」
「……そうか。オーダーに頼り過ぎるのもどうかと思うが」
「今は関係ありませんよ」
ジャスターズ最高責任者、ケイン・マスクと、上等兵のパステル・ナットが、2年4組と書かれた騒がしい教室の前で、何かを話し合っていた。
「本当にここで——」
「ケインさん。3回目ですよ」
「……分かった」
何を隠そうこの男、ケイン・マスクは、大の子供嫌いである。
先日の会議で、チェイサー・ストリートに強く当たった事も、これが原因として挙げられる。
「パステル。開けてくれないか?」
「駄目です。ナインハーズさんに強く言われてますから」
「なんて」
「『ケインの子供嫌いを克服させろ』とです」
「はぁ……。仕方ない。いくぞ」
「いつでもどうぞ」
教室の扉が、新しくないローラーの音を響かせながら横に開かれる。
すると騒がしかった教室には静けさが訪れ、全員が全員、突然の来訪者に目を向けた。
「ゔっ」
この学園の、1クラスの人数はおよそ41人。
授業終わりの事もあり、その生徒のほとんどは教室の中にいた。
もう一度言う。その全ての生徒が、大の子供嫌いであるケインに、一斉に目を向けたのである。
「パステル……」
「中に入りましょう」
パステルがケインを押す様にして、教室の中へと入る。
その時のケインの思考は、恐怖の2文字で埋め尽くされていた。
「えーと、出席番号が34番の人っているかな」
パステルが優しく問うと、1人の男子生徒が手を挙げた。
「その人なら、屋上に行くと言って、教室から出て行きましたよ。俺を探してる人が来たら伝えてくれって。本当に来るとは思わなかったですけど」
34番の知り合いと思われるその男子生徒は、まるで最初から用意していたかの様に、スラスラと質問に答える。
その言葉を聞いて、ケインとパステルは一瞬表情を変えた。
「屋上か。パステル、頼む」
「分かりました」
ケインが教室を出る。
パステルも少し遅れて後に続き、教室は元の騒がしい日常へと戻っていた。
「お、来た来た」
屋上には、教室と違って何も無い代わりに、目的である34番の男が後ろ向きにして座っていた。
「お前か。34番は」
ケインは子供嫌いと言えど、1人に対してならいけるタイプの人間である。
「34番……? ああ出席番号の事ね。なに、もしかして俺の本名知らないの?」
男は煽る様にして言葉を発する。
「本名に興味は無い。目的はお前自身だ」
ケインは全く気にせず話を進める。
「俺自身? もしかして俺の才能がバレちゃったみたいな?」
男はふざけた態度で答える。
その間パステルは、異様な空気を纏ったそいつから、目を離せないでいた。
「こっちを向け」
全く動じないケインに、男は少し気に入らない素振りを見せながらも、渋々振り向く。
「そんなに俺の顔が見たいの? って言うか、職員室に行けば、俺の素性とか全部分かるのに。えーと……、ケインさんは無駄足が——」
男が言い終わるその前に、ケインの姿が一瞬消える。
次に映ったその時には、ケインの手が男の胸に当てられていた。
「フェルマーレ」
「かあっ、はっ」
男が急に苦しみだす。
喉に手を当て、床に背をつけ、触覚を失った蟻の様に悶え苦しむ。
「と……、とまっ……とる」
「お前、どうやって調べた」
ケインは苦しむ男を上から見下ろし、平然と質問を続ける。
「ケインさん!」
一瞬遅れてパステルが駆けつける。
「解除してください!」
「まだいいだろ」
「ケインさん!」
パステルが必死に呼びかけた事により、男は苦しむのをやめる。
つまりケインが能力を解除したという事である。
「かはっ、あはっ、あっ、はぁ……。いま、今完全に心臓止まってたよね。凄え! 凄えよ今の! 貴重な体験をありがとう。ケインさん!」
男は立ち上がり、ケインに握手を求める。
「……あ?」
声にも満たないその音は、ケインの本音を物語っていた。
「お前……、イカれてるな」
ケインが心臓を止める相手、それは常に殺すべき対象であり、今回の様なケースは稀であろう。
しかもその相手が、「ありがとう」などと、異例の言葉を発したのである。
これはケインに関わらず、正常な人間であるならば、全員がこの男をイカれた奴と印象付けるだろう。
もちろんケインは、差し出されたその手を弾き、男に軽蔑の眼差しを向けた。
「冷たいなあ。それより、どうやって調べたのかって聞いたよね。ねえ知りたい? どうやったか知りたい?」
ケインは、頭が現状に追いついていなかった。
自分たちの探していた男が、予想以上の変人であり、奇妙な人間だったからである。
「おいパステル。本当にこいつなのか?」
「2年4組34番なら、間違いないかと」
「学校自体が違うとかはないのか」
「いえ、私立クライエン学園高等学校と、オーダーさんの紙には写し出されていました」
「くそっ、何でこんな変人が」
ケインは黒髪を掻きながら、柵の方へと歩いていく。
「オーダー。本当にこいつが必要ってのか」
ケインが柵に寄りかかり、グランドを眺めながら独り言を言う。
「そのオーダーさんっていう人が、俺を探してるの?」
ケインの横には、いつの間にか男が立っていた。
「話しかけんな」
「話しかけないと、人間やっていけないよ?」
「次話したら殺すぞ」
ケインは目も合わせずに、さぞ当たり前のように言う。
「……やめとこ。本当に殺されそう」
男はケインから離れ、パステルの方へと近づく。
「どうもどうも。才廿楽っていいます」
男は自ら名乗り、握手を求める。
「才廿楽? サイコスの人間じゃないですね」
「おっ、流石にバレるかー。こっちではフート・ヴィータで通ってまーす」
男は軽々しく、自分の偽名を打ち明ける。
「フート・ヴィータ……。聞かない名ですね」
「適当に考えたからねー。まあ元々ジャーキの人間だし、ジャーキのネーミングセンスなんてそんなもんっすよ」
ジャーキ。それは大国ジュナイツの、人口1000万人程の離島である。
ジュナイツからはおよそ5000キロメートル離れており、サイコスからは3200キロメートルと、距離で言えばサイコスの方が近くに位置している。
なぜそこの人間がサイコスにいるのか。私立学校になんて通っているのか。
2人の疑問は止まる事を知らなかった。
「ジャーキの人間ですか。では、どうやってここに来たんですか」
「手段? 手段なら船だよ。もちろんiceバッチもあるし。俺は無能力者だからね」
その言葉に、ケインは過剰に反応する。
「能力者じゃないだと?」
「そうだよ。俺は普通に無能力者だけど?」
「なら尚更、なぜ俺の名前を知っている」
ケインが詰め寄り、男の前に立つ。
「それは……、特技?」
その瞬間、ケインは男の胸に手を当てる。
「真面目に答えろ」
「マジマジマジだって。本当に特技なの。昔から出来る事で。ああ、昔って程まだ生きてないけど。まあとにかく、小さい頃からの特技で、最近まで皆出来るもんだと思ってたし。これマジね」
男は両手を上げながら、早口でケインに伝える。
「だから能力検査にも引っかからなかったし、iceバッチも何の問題もなく作れたの。分かった? おっけー? 駄目か。駄目なのかその目は」
ケインは無言で手を当てたまま、ある事を考えていた。
「その特技ってのは、具体的にどんなものだ」
ケインの言葉に棘はないものの、殺意に近い何かが含まれている。
「えーと、何か頭の中で質問して目を閉じると、その答えが浮き出て来るんだよ。例えば『今日は雨が降りますか』って聞いたら、『降る』みたいな感じで。そしたら実際に雨が降るんだよ。別に時間に指定はないけど。時間が知りたいなら、聞けば答えてくれるんじゃないのかな。やった事ないけど」
男の声は震えながら、しかし一言も噛んではいなかった。
「ならそれで、俺の名前を質問したって事か」
「そうそうそう! やっと理解してくれた? 信じ難いかと思うけど、実際に出来ちゃうから仕方ないでしょ。俺も出来るだけ使用控えてるしさ」
ケインは男の胸から手を離す。
「なら質問だ。お前は数秒後、生きているか」
ケインは離した手を、男の額に当てる。
「答えないと……死ぬよね」
男は呟き、目を閉じる。
そして数秒も経たないうちに、目を開けた。
「ふぅ。生きてるって」
「フェルマーレ」
音を立てて、男は膝から崩れ落ちる。
「ケインさん! 何やってるんですか!」
突然の事に、パステルは困惑する。
「脳の機能を停止させた。これでこいつは嘘つきだな」
「そんなの屁理屈じゃないですか! どうするんですか! 死んじゃいましたよ!」
「今回はオーダーの勘違いだった。それが事実だ」
「ケインさん! あんまりですよ……。相手は子供なんですよ」
「子供も大人も変わらない。同じ人間だ」
ケインは死体と化した男を無視して、扉の方へと歩き出す。
パステルは頭の中で天使と悪魔が葛藤していた。
この死体をどうするか。オーダーさんにはどう説明をするか。ケインさんの言う通りにするか。事実を話すか。このまま見なかった事にするか。
数秒だが、この数十倍の量の疑問が、パステルの頭の中に流れ込んで来ていた。
「早くしろ」
パステルはその言葉を聞き、やるせない気持ちを抱えながらも、そこを後にするしか他ならない事を悟った。
「ゔあっ!」
男の死体が、跳ねる様にしてそう叫ぶ。
それを聞いたケインとパステルは、同時に足を止めた。
「かぁーっ、はぁー、はあー、はー。はーあっ、死にかけたー」
その細い声の主は、空に広がる雲を見ていた。
「やっぱり外れないんだよなー。どうしても」
男は何事も無かった様に、手で太陽を遮る。
「心臓や脳が停止した時点で『死』って決めつけるなら、俺は今日で2回死んでるなあ」
ケインとパステルは未だ振り向く事が出来ず、才廿楽だけの時間が、ただただ流れていた。
「けど俺の特技は、そう判断しないみたいだね。何か死の基準でもあるのかな」
男は立ち上がり、ケインたちの方へ目を向ける。
「条件付きなら付いて行ってもいいよ」
その言葉で、ケインがゆっくりと振り向く。
「条件付き?」
なぜ生きている。脳は完全に止まったはずだ。どうして俺たちの目的を知っている。
止まない疑問を口にする事は出来なかった。
聞くだけ無駄と、頭の中で理解していたからである。
「レインっていう人を探してるんだ。それに協力してくれるなら、俺は素直に付いて行くよ」
「レイン……。そいつを探せばいいのか」
そんなくだらない提案を受け入れる程、ケインは動揺していた。
それだけ、この才廿楽の特技が恐ろしく、人間としても特殊な、気味の悪く得体の知れない何かを纏っていたのである。
「そゆことで、どこ行けばいいの?」
「……あ、ああ。ジャスターズに来てもらう」
「ジャスターズ! 都市伝説じゃなかったんだ」
男はこの状況を、ただの1日の1ページとしか見ていなかった。
心臓を止められる事が日常で、死にかける事も当たり前。
だからこそ、何とも思わない。
男はその次元の世界に、生きていた。
「お前……、イカれてるな」
「そうかな? 普通だと思うんだけど」
この男にとっての普通とは、常人にとっての異常である。
それを踏まえてこの男、極めて異常である。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
カレンダー・ガール
空川億里
SF
月の地下都市にあるネオ・アキバ。そこではビースト・ハントと呼ばれるゲーム大会が盛んで、太陽系中で人気を集めていた。
優秀なビースト・ハンターの九石陽翔(くいし はると)は、やはりビースト・ハンターとして活躍する月城瀬麗音(つきしろ せれね)と恋に落ちる。
が、瀬麗音には意外な秘密が隠されていた……。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
群生の花
冴木黒
SF
長年続く戦争に、小さな子供や女性まで兵力として召集される、とある王国。
兵士を育成する訓練施設で精鋭部隊の候補生として教育を受ける少女はある日…
前後編と短めのお話です。
ダークな感じですので、苦手な方はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる