チェスクリミナル

ハザマダアガサ

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ジャスターズ編

モグラ

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「起きろー。着いたぞ」
「んー」
 肩を揺らされ、俺は重いまぶたを開ける。
「よくこの短時間で眠れたね」
 窓の外を見ると、既に車はジャスターズに到着していた。
「着くの早いな……」
 少し寝ぼけながら、俺は返事をする。
 腰と首が痛む。車での睡眠は、およそ快適と言えるものではなかった様だな。
 後ろを見ると、トレントとチープの姿がない。先に降りているのか。
 重い腰を上げ、俺は扉を開ける。
 外に出ると同時に、眩い光が俺の視界を奪った。
「眩しっ。随分と晴れたな」
 手で日陰を作りながら、俺はジャスターズの入り口へと歩みを進める。
 入り口の扉を開け、中に入る。
「こんにちはー」
 受付の人に笑顔でそう言われる。
 しかし困った事に、受付の仕方が分からない。
 まずの話、俺はジャスターズの人間なのかと自分に投げかける。
 もし違うなら、俺はここで速攻逮捕だろうが、今のところはそれがない。
 俺は深呼吸し、受付に向かう。
「あの、すいません」
「どうされましたか」
 どうされましたかと来たか。
 まあ普通、受付に来るのはどうかされてる奴なんだけど。
 どう答えたものか。
「えっと」
 無言はまずいと思い、俺は言葉を探す為の時間稼ぎをする。
「チェイサー・ストーリトです」
「はい?」
 完全に選択肢をミスってしまった。
 初対面で、予約もなしに名前を言う奴がいるか。
 しかも地味に伸ばすところを間違えてるし。
「チェイサー様で宜しいでしょうか?」
 受付が戸惑いつつ、確認をしてくる。
「そ、そうです」
「少々お待ち下さい」
 そう言い、ここからは見えないが、受付が何かをする。
 どうやら苗字は要らなかったようだ。
「申し訳ございません。チェイサー様というお名前は、ジャスターズに記録がございません。今回はどの様なご用件で、お越しになったのでしょうか」
「え、あの、ジャスターズの、なんと言うか、あれ、あの、に、人間? と言うか、ジャスターズだす」
 自分でも驚くくらいに戸惑っている。
 このままだと、完全に不審者と思われてしまう。
 そうなれば、言わずもがな……。
「ああ、すいません。どうも、サンです」
 サンが遅れてやって来て、俺の肩に手を回す。
 そして受付に何かの会員証を見せた。
「サン様ですね。その方は」
「連れです」
 サンが即答する。
 連れでよかった。
「どうぞお通り下さい」
 俺はサンに連れられ、受付の横を通る。
「トレントとチープは?」
「3階で待ってると思う」
「俺たち専用の部屋があるのか?」
「そんな感じ。見習いは家を持ってないのがほとんどだからね」
「なるへそ」
 ある程度歩いたところで、サンが腕を下ろす。
「ってか何で受付通れると思ったの?」
「なんとなく」
「危うく捕まるとこだったぞ?」
「けど、俺ちゃんと言ったぞ? チェイサー・ストリートですって」
「分かるかっ。ちゃんと証明書見せないと、ジャスターズには入れない様になってるの」
「そう言われても、証明書持ってないぞ」
「そうか、作ってないのか。というか作れないのか。えっと、この場合はどうするんだっけ」
「俺単体じゃ、一生ジャスターズに入れないのかよ」
「そう言うんじゃないけど、この場合の対処の仕方を忘れちゃった」
「マジかよ」
 何やってんだこいつは。
 ジャスターズの人間なのに、俺はジャスターズに入れないのか。
「おお、ストリート」
 目の前からは、何かの資料を持ったナインハーズが歩いてくる。
「ん? ああ、ナインハーズ」
「な、ナインハーズさん⁉︎」
 サンが異様な程に驚く。
 ナインハーズは有名人か何かなのか?
「相変わらず敬語を覚えないな。それより、ここで何してるんだ?」
「任務の帰宅途中。なんか、サンが部屋に案内してくれるらしい」
 サンの方を見ると、固まったまま立っている。
「まあこの有様だから、今は無理そうだけど」
「なるほどね。ってかよく入れたな。証明書は?」
「サンがなんとかやった。それでこいつは、証明書を持ってない俺の対処の仕方を忘れたらしい」
「あらら。じゃあこれでもあげるよ」
 そう言うと、ナンバーズはポケットから白い紙を取り出す。
「ここに後で、チェイサー・ストリートって書いとけば、証明書と同じ効果があるぞ」
「おお便利」
 そんな便利なものがあるなら、早く渡してもらいたかったな。
「それで、どんな任務だったんだ?」
「大変だったぞ? 弱いと思いきやめちゃくちゃ強くて、ケインが来なかったら死んでたな」
「ケインが。だからここにいないのか。ウッドがいても手こずるなんて、相当だな」
「ラットもいたぞ」
「今はどこに?」
「なんかモグラがいたとか……。あっ、そう言えば、これを渡されたんだよ」
 俺はポケットの中身を確認する。
 しかし探していた紙が、今はラットの手にあるという事を思い出した。
「どうした?」
「いや確か、ザン・モルセントリクとかいう奴が、ナインハーズによろしくって書かれた紙を渡して来たんだよ。今はないけど」
「ザン・モルセントリク? 知らない名前だな」
「そいつがモグラのメンバーだって、ラットとヘブンが追いかけてった」
「モグラのメンバーか」
 ラットの反応に対して、ナインハーズは然程驚きはしない。
 それを不自然に思いながら、俺はナインハーズを見ていた。
「ナインハーズはモグラの事どう思ってるんだ?」
 気が付いたら、その言葉を口に出していた。
「……これはジャスターズ内でも、結構意見が分かれるんだけど」
 ナインハーズは、そう前置きをする。
「俺はそこまで危険視するべき組織とは思わないんだよな」
 予想外の答えに、俺は一瞬困惑する。
「なんで。モグラは能力者を無許可に改造してるんだぞ? 俺はそれが正しいとは思えないな」
「モグラってのは確かに、捕まえなくちゃいけない組織には違いないんだよ。だけど、他にも犯罪を犯している人間や組織は五万といる。人員が足りてない今、わざわざモグラに力を入れる必要は無い気がするんだよ」
「けど、厄介な組織こそ先に潰した方がいいだろ」
「ストリートは、モグラが厄介な組織と思ってるんだな」
「俺はそうだな。危険視する派だ」
「まあ別に、そっちの意見が間違ってるとは思わないし、そこは争う事じゃない。すまんな。少し変な話をした」
「気にすんな。だが、今は厄介じゃなくても、今後厄介になる可能性があるってのは、頭に入れといてもいいかもだぞ」
「今後?」
「ああ。イモムシがチョウになる様に、モグラも飛ぶかもしれない」
「イモムシが……。ふっ、なるほどね。面白いなそれ」
 ナインハーズは少し笑う。
「安心しろ。モグラは羽程度じゃ飛べないし、翼が生えても俺たちが折る。それも頭に入れておいてもいいかな」
「ああ。いいぞ」
 じゃっ。と、ナインハーズは去っていく。
 その後ろ姿は、心なしか楽しそうに見えた。
「いつまで固まってんだ」
「はっ、ナインハーズさん⁉︎」
「もういねえよ」
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