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ジャスターズ編

マイクロデビル

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 1982年9月14日
 正体不明の病原体が、サイコス東部を中心に、全世界に感染拡大した。
 症状として頭痛目眩と始まり、立ちくらみ、骨折、呼吸困難、脳の障害、身体の一部崩落、意識不明に陥り、最悪の場合死に至る。
 感染者の死亡時に、喉の破損による声が、まるで悪魔が喋っているみたいだという事から、マイクロデビルという名で恐れられた。
 正式名称をMD2Vという。
 人間や動物、一部の虫にまで感染し、その勢いは止まることを知らなかった。
 出現からおよそ3ヶ月で、非感染者より感染者の方が多くなり、致死率も70パーセントと、世界を混乱の渦へと陥れた。
 しかしその2ヶ月後、ある科学者の1人が、冬眠中の動物への活動が、著しく遅れている事を発見。
 それから1ヶ月後の3月24日。
 遂に特効薬が作られ、次第に感染や死亡率が下がり始め、出現から丁度1年後の1982年9月14日。
 人類は2度目の感染症の根絶を達成した。
 しかしその間、死者数131億2004万9801名。
 意識不明1052万5003名。
 後遺症患者54万2087名と、歴史上類を見ない殺生ウイルスとして、その名を刻んだ。
 1984年7月8日に政府が
「マイクロデビルが再度出現する可能性は万が一にもないが、もし出現した場合、我々はまたあの地獄を見ることになる。特効薬は根絶させるための道具であって、予防する訳ではない。しかしもう一度言う。マイクロデビルが再度出現する可能性は、万が一にもあり得ない」
 政府はこれを、根絶した事への勝利の証として発表したが、逆に市民の不安を煽ぐこととなってしまった。
 それから数年は、皆恐怖に怯えたという。

 そして現在。
 チェイサーとトレントは、その名を聞いて混乱していた。
「マイクロデビル?」
 トレントがそう呟く。
 いくら歴史に名を刻んだ病原体だとしても、その時代に生きていない人間からすれば、ただの小さい悪魔としか認識が出来なかった。
「ゔがぐあが! ぎがぐぎぁがに」
 エッヂは悶え苦しみ、段々と声が変貌していく。
 元々の低い声が、更に聞き取りづらく掠れたような、まさに悪魔の声に似たものを纏っていた。
「賭けだった」
 サンがぽつりと言う。
「歴史を学ぶにあたって必ず通る道、それがこのマイクロデビルだ。1992年だから俺はギリギリだけど、お前はどう見積もっても50は過ぎてる。だからあり得ると思った。昔の人間は2人に1人以上感染してたからな。だからこそ、実行できた」
 チェイサーとトレントは、この話の内容を理解出来ていなかった。
 逆に言うならば、この状態でこの話を理解する材料が、ここには転がっていなかった。
 自己満足の為だけに、サンは話していたのだ。
「あり得ない。なぜ、こんなにも症状が早く」
 悶え苦しむエッヂは、自分の手を見て驚愕した。
 先程まで5本生え揃っていた右指が、既に2本になっていたからである。
 これはマイクロデビルの、身体の一部崩落による症状故の結果であった。
「おかしい。なぜだ。なぜ、これ程までに身体が痛む。全身を駆け巡る痛みはまるで、内部からヤスリで削られているみたいだ」
 エッヂが1番驚いていたのは、絶望的なまでの状況や、今にも叫びたくなる様な痛みではなく、早過ぎる症状によるものだった。
「これはエッヂというより、チープに効いてるな」
 ラットがさがり、推測を口にする。
「どういう事だ?」
 チェイサーは理解できないまま質問をする。
 内容の一部でもいいから理解しようと、本能的に口に出していた。
「マイクロデビルは性質上、予防する事が出来なかった。だから根絶させる事が出来たのかも知れねえけどな。まあその性質っていうのが、細胞を活性化させるってやつなんだ」
「細胞を活性化?」
「ああ。急激に成長する細胞に、身体全体が対応出来ずに崩れていく。それがマイクロデビルの恐ろしい所だ。予防しようにも、その薬すら分解される。だから根本から殺すしかなかった」
 マイクロデビルは殺生ウイルスでありながら、活性化ウイルスでもあった。
 完治した人間が、感染前より身体が丈夫になっていたり、病気が治っていた事例も存在する。
 多くはないが、それ目的でわざと感染した人間もいたという。
「それでチープの能力。あいつは多分、自分にとって利益のあるものを再生している。それは本能だから仕方ねえが、それこそ今の状況を作り出してるって言っても、全然過言じゃねえ」
 つまりチープの能力は、マイクロデビルを利益のあるものと判断したのだ。
 それ故に他の細胞に押し潰される事なく、無事に生存しているし、チープの能力によって急激に増殖している。
 マイクロデビルにとって、チープは恰好の宿り主だったのだ。
 そしてそれは、チープを取り込んだエッヂも例外ではない。
「くそ。またあの小僧か。こんなにも我を苦しめるとは」
「もうお前は助からねえ。この悪魔の毒に侵されたからな」
「……チープは?」
 チェイサーが、口から言葉を零す。
 理解できない数々の出来事から、唯一理解出来たものがあった。
 それは、チープの生存である。
 能力者の能力というのは、いくらフルオート系であっても死んだら発動する事はない。
 エッヂの能力が取り込む能力だとしたら、チープはエッヂの何処かで生きているはず。
 だからこそ、超再生能力を身につけたり、魂の数だけ命が存在する。
 はっきりとしたものでは無いが、チェイサーにはなんとなくで理解出来ていた。
「チープはどうなるんだ……」
 その問いに、誰も答えなかった。
 というより、答えられなかった。
 答えを知らなかった。
 ここでエッヂを倒して、果たしてチープは生き返るのか。
 今まで取り込まれてきた人間が、無事に解放されるのか。
 それはエッヂ本人にすら知り得ない事であった。
「ぐぎぃか。毒抜きをおご」
 エッヂは倒れ込みながら、左手を前に出す。
「解放だ」
 その先から出てきたのは、白い肌を主張させながら、その長身からは想像できない筋力を持つチープであった。
「チープ!」
 1番に駆け寄ったのはチェイサーだった。
 裸のチープを抱え、立ち上がる。
 そしてエッヂを見向きもせずに、後ろへ走った。
「何してんだチェイサー!」
 ラットが大声で叫ぶ。
「逃げてるんだよ! あいつの生命力を馬鹿にしちゃいけない。今は暫く動けない様だから、今のうちに逃げるんだよ」
「そんな事をしたら——」
「分かってる! 一旦体制を整えるって事だ! 今は誰もあいつを倒せない。それなら本部に帰って作戦を立てる! それが得策だ!」
「チェイサーお前……」
 ラットは動揺していた。
 図星をつかれた事もあるが、何よりチェイサーの判断の速さ。
 そこには何年もジャスターズを務めているラットも、劣るものがあった。
「ラットさん」
「……分かった。一旦引くぞ」
 ラットらもチェイサーに続き、本部へと走り出す。
 その間、誰も振り向こうとはしなかった。
 振り向いたら、逃げられない気がしてしまったからだ。
「に……ごが……すが。ズドリート」
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