チェスクリミナル

ハザマダアガサ

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スクール編

新たな仲間

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 朝起きると、目の前には年老いた男が立っていた。
 髪は白髪の猫背で、身長は大体俺くらいだろう。
 周りは全面真っ黒でどこまで続いているのか、先が見えない程にそれは永遠と広がっている。
 不思議と男の輪郭だけがくっきりと見えており、そこだけは暗闇に染まっていなかった。
 その男はこちらを見ている様で見ていない様にも思える。
 近づこうにも近づけず、脚が動かない訳ではないのに、一向に男との距離が縮まらない。
 この時俺は、これが夢であると悟った。
 ばっと男は俺を見る。
 そして俺にこう告げた。
「チェ……サーよ、……ズを……には3人の……が必要……る」
 途切れ途切れで何を言っているのかは断片的にしか分からない。
 しかし、この男が俺の名前を知っているという事は、断片的ながらも理解することが出来た。
 男は続けて言う。
「丁度1年……プランドへ……。そい……を……れて来い」
 すっと男は姿を消し、残るは暗闇に佇む俺だけとなった。
 プランド。初めて聞いた言葉だ。
 これの意味する事が、誰かの人名なのか、何らかの言葉なのか、どこかの場所なのか。それは分からない。
 しかし、その言葉ははっきりと脳裏に焼き付けられた気がした。
 それと3人がどうとかも気になる。3人となると、チープ、スウィン、トレントしか俺には考えつかない。
 ハンズが入ってないのが仲間外れな気がするが、元々あいつとはそこまで仲良くはない。というか話していない。
 とにかく、その3人がどうしたのだろう。
 文面的に考えてみるに、その3人をプランドへ連れて来い。と捉える事が出来る。
 となると、プランドはどこかの場所を表している可能性が高いな。
 これだけ頭を回転させても、やはり断片的な情報からは断片的な事しか抽出する事が出来ない。
 この暗闇の深く底に叩きつけられた様に、俺は思考という名の迷路に迷い込んでいた。
 その時、頭上から誰かの声がする。
「…………ト、スト……ト、ストリート」
 その声は途切れ途切れから段々鮮明になり、遂には誰かの声と分かるまでになった。

「ナインハーズ!」
 勢いよく起き上がり、俺を起こしに来たであろうナインハーズが驚いていた。
「どうしたそんな大声出して」
 昨日大声出してたお前には言われたくねえよ。
「いや、なんかの夢を見ててな」
「夢? 悪夢でも見たか」
「悪夢と言うよりは、助言?」
「は?」
 正直俺も言われたら、頭にクエスチョンマークが浮かぶだろう。
 『と言うよりは」の使い方知ってる? みたいな文章だしな。
「何か老人が俺に話してた気がする」
「夢にまで出てくる老人ってどんなだよ」
「それは知らなんけど、プランド? とか3人を連れて来いとかなんとか言ってたな」
 俺が思い出そうと適当に言葉を放っていると、ナインハーズは驚いた様な顔になる。
「それをどこで聞いた!」
 俺の両肩をガッチリ掴み、詰問してくる。
「おおお、急にどうした。それってどれのこと言ってんだ。プランド? 3人? 連れて来い?」
「プランドだプランド。それをなんで知ってる!」
 どうやら地雷とはいかないが、何かナインハーズの触れてはいけない部分に触れてしまった様だ。
 あ、それが地雷って言うのか。って思っている状況じゃ無い。
 とにかくナインハーズを落ち着かせないと。
「プランドってのは知らんが、夢で聞いた。老人が言ってたんだよ。とりあえず落ち着け」
「その老人ってどんな奴だ!」
 ナインハーズがあまりにもうるさかったので、俺はつい頬にビンタをしてしまった。
 バチンと破裂音が部屋に響き渡り、沈黙が訪れる。
 ナインハーズも急に頬に走る痛みに、思考が停止している様だった。
 俺はなんとなく、日頃の……を込めてもう1度裏手でビンタをした。
 再び響き渡る破裂音。
 恐らく1度目より2度目の方が、大きい音が出た気がする。
 そして当然のように沈黙は訪れない。
「2回目は要らねえだろ!」
 俺が手をパーで叩いたなら、ナインハーズはグーで殴り返して来た。
 防ぐ間もなく俺は壁に叩きつけられた。
 俺が感じた痛みの中で最も強い衝撃が腹部に走る。
「うがっ。ちょっ、本気でやんなよ」
「ストリート。今までは特別枠で見逃してやってたが、今回は許さねえぞ」
 ずり落ちる俺を見境なく、思い切り右ストレートを放ってくる。
「ガチじゃん」
 なんとかギリギリで右に避け、拳を回避する。
 それは壁を突き破り、およそ貫通してるであろう程腕がめり込んでいた。
「くっ。ぬ、抜けねえ」
 ナインハーズは腕を抜いて、再び俺に制裁を食らわせようとしている。
 今回に関しては俺が8割型非があるだろうが、この威力は無いだろ。
 俺はすぐさま立ち上がり、部屋の入り口に全力疾走する。
「おい」
 後ろから声がして、俺は止まる。
「な、なんでございましょう」
 緊張して声が裏返る。
「口調がいつもと違うが、まあいい。昨日の件、校長はオッケーって話だ。あと、このまま逃げるのもいいが後で覚えとけよ」
「う、うす」
 腕が壁にめり込んで、生徒にケツを向けた状況でもちゃんと報告するんだな。
 教師の鏡と言うかなんと言うか。とりあえず、そのケツに敬礼!
「おい、何してんだ早く朝の集会場行け。それと俺のケツに敬礼すんな。視野的にギリギリ見えてんだよ」
 見えてたんだ。恥ずかし。
 ナインハーズのツッコミの後に、特に何も言う事が無かったので、再び沈黙が訪れた。
「……助けた方がいい感じ?」
「……おん」
 壁を脆くして腕を抜く間、俺たちはなんとなく無言を突き通していた。

 ナインハーズに案内された集会場は、俺の部屋から近くもなく遠くもない場所にあった。
 走って来たので2分くらいしか掛からなかったが、歩きで行くとなると朝から重労働を強いられる事となる。
 なにせここにはエレベーターは無く、地図も無い。
 もし俺が1人で行くとなると、走りでも今日の7倍は掛かるだろう。
 ナインハーズが扉を開ける。
 クリミナルスクールは人数が多い分、こういう施設の規模もでかい。
 見渡す限り生徒、生徒、生徒。
 ステージに校長、壁際に少し先生がいるだけで、大部分は生徒が占めていた。
「ほらあそこ見えるか」
 ナインハーズが指し示した先は、大体30人くらいが集団で座っている場所だった。
「見えるけど、それがどうしたんだ」
「本来ならあそこに君も混じってるはずなんだが、あまりにも遅刻が多いという理由で、俺の独断で後ろの席に座ってもらう事になった」
「……勝手すぎないか?」
「なんか言ったか?」
「なんでも」
 圧が工場で使われてるプレス機のあれだ。
 ナインハーズが言ってるのは、恐らく前に行ったクラス分けテストの様な事だろう。
 Aクラスと言われた俺は、あの少数の中に入る予定だったが、遅刻が理由で後ろになるとはな。
 俺もやりたくてやっている訳では無いんだが。
 仕方がない。適当に後ろの席に座る事にするか。
 俺は入り口に1番近い席に座った。
 すると、横から何者かに話しかけられた。
「よ。お前も遅刻組か」
 そこには見るからに、問題児ですみたいなオーラを放っている、いかにも不真面目そうな生徒が座っていた。
「遅刻組がどういうのかは知らんけど、あんまり入って得する場所では無さそうだな」
「ははは。確かにそれは言えてるな。ちなみにお前は何クラスなんだ?」
「Aクラスだけど。お前は?」
「Aクラスだと! お前、もしや俺らBクラスの問題児らを馬鹿にしに来たのか」
 そう言い、その男は変な構えをする。
 最近の問題児は、自分が問題児って自覚があるんだな。
「別にそう言う訳じゃない。第一、1クラス違うだけでそんな変わるのか?」
「変わるに決まってるだろ。なんてったって、Bクラスはジャスターズに行ける割合が6パーセントに対して、Aクラスは半分の50パーセントなんだぞ」
「へー。Aクラスでよかった」
「やっぱ馬鹿にしてんじゃねえか!」
「してないしてない。半分落ちるんだろ? あんまり変わらねえじゃん。その6なんとかと」
「クソテメェ」
「君たち何騒いでんの?」
「うげっ」
 声のした方へ振り向くと、いつも以上にニコニコとしたナインハーズが顔を覗かせていた。
「いや、ナインハーズ。別に喋ってた訳じゃないんだ」
「じゃあ黙って前向け」
「……はい」
 俺は言う通りにする事しか出来なかった。だってナインハーズの顔が怖いんだもの。
「怒られたな、お前。ってか名前何?」
 てかラインやってる? 的なノリで聞いてくるな。こいつ。
「チェイサー・ストリートだ。お前は?」
「俺はノイズ・カスケードだ」
「どうりでちょくちょく左耳に雑音が入ってくるのか」
「そんなうるさくなかっただろ」
 お前が話しかけなかったら、俺は怒られずに済んだんだぞ。
 と言っても仕方ないだろうな。
「はいはい。そんなだったね」
「また馬鹿に——」
「おいストリート。後で職員室な」
「俺が悪いのー?」
 今回は俺悪くないだろ。
 多分あれだな。ナインハーズは俺にビンタされた事を根に持ってるんだな。
 ……まあ、あれは根に持っても仕方ないか。
「なんで俺しか怒られねえんだよ」
「チェイサーがうるさいからだろ」
 お前も大概だろ。
 と言いたいところだが、これ以上怒られるのは流石に面倒くさくなりそうなので、俺は全力でノイズを無視する事にした。
「おーい、おーい。む、これはもしかして無視というやつですな」
 謎に推理を働かせているノイズ探偵を横目に、俺は前を向いて校長の話を聞く。
 それにしても相変わらず面白くない話ばかりするな。校長は。
 挨拶だとか礼儀だとか。大事なのは分かるが、今言う事でもないだろ。
 全意識を集中させて校長の話を聞くが、なおちょっかいをかけてくるノイズに、俺はついにしびれを切らした。
「お前少し黙ってろ!」
 ノイズに向けて放った直後、俺はここが集会場という事に気が付き、頭の中は後悔で埋め尽くされた事により、ノイズに対しての怒りは消えていた。
 このままナインハーズや他の先生に捕らえられて、俺の学園生活が終わるんだろうな。
 そんな感じの事を一瞬で考えていた。
 しかし俺の予想していた展開とは異なり、生徒や先生、挙げ句の果てに無音の時に聞こえるキーンやスーとも言い表せない様な音すら、全てが止まっていた。
「え、どうなってんだ」
 その中で動いていたのは俺だけ——。
「凄いだろ。俺の能力」
 ならよかったんだが、残念な事に雑音ノイズ君も一緒に動けているらしい。
「凄いも何も、これどうなってんだよ」
「いや、チェイサーが大きい声出すから助けたんだろ」
「大声出すって……。まあ、確かにさっき状況はやばかったな」
 どうやらこの時間停止はノイズの能力の様だ。
 綺麗に皆止まっていて、先程怒っていたナインハーズも微動だにしない。
 滅多にないチャンスなので、俺はナインハーズの右足と左足の靴紐を一緒に結ぶ。
「これでよし」
 ナインハーズが一歩動こうものならば、こいつは転けて恥を掻く事になるだろう。
「何してんだ。早く行くぞ」
 いつの間にか入り口にいるノイズが、手招きしてくる。
「行くってどこに」
「逃げるんだよ。俺の能力が解けた瞬間、お前の大声がここら中に響き渡るんだぞ」
「それはまずいな」
 俺は立ち上がり、入り口へと向かう。
 能力を解除した瞬間俺の声が響くと思うと、少し笑えてくる。
 しかも言った本人がいないとなると、それこそ傑作だ。
「ふっ」
 俺は思わず少し笑う。
「何笑ってんだよ。変な奴だな」
「お前には言われたくねえ」
 この笑みがこれからに対してなのか、それともこの新たな問題児の出現に対してなのかは、俺には分からない。
 それにしても、夢で老人が言ってた3人ってやつ、こいつ合わせると4人になるぞ?
 どういう事なのか理解に苦しむが、とりあえず、今はここから逃げる事を考えよう。
 俺は足音を弾ませ、外へ出た。
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