チェスクリミナル

ハザマダアガサ

文字の大きさ
上 下
7 / 84
スクール編

最強

しおりを挟む
 トレントを抱えながら走るというのは、楽というには少し苦だ。
 トレントは長身だが、筋肉はあまりついていない。
 しかし、大人1人分を抱えていると思うと、決して楽ではない。
 少しずつではあるが、俺の身体に疲労が蓄積していた。
 チープまであとどれくらいだろう。
 そんなことを考えていると、約30メートル先に人影が見えた。
 チープだ。
 そう思うと、自然と身体に力が湧いてくる。
 絶望の後の希望は高低差が激しく、より特別に感じる。
「チープ! チープ!」
 俺は走りながら叫ぶ。
「ん?」
 チープもそれに気がついたのか、あたりを見渡す。
「ここだ! ここ!」
 俺はなお叫ぶ。
 すると、俺たちの姿が見えたのか、チープの方から近づいてくる。
「どうしました。その怪我」
「トレントがやられた。俺は命からがら逃げてきたが……」
 ふと、俺はあることに気がつく。
 別にスウィンがチープを狙わないからと言って、チープがスウィンより強いとは限らない。
 ただ単純に、新入りの俺を抱えたトレントの方が、やりやすかっただけの可能性もある。
 なんて期待をしていたんだ俺は。
 しかし、今はその可能性に賭けるしかない。
 それと、俺の力も合わせればいくらスウィンでも。
 なにせ、俺はあいつの手に深傷を負わせたんだからな。
「どうしました?」
 急に黙り込んだ俺を心配したのか、チープが顔をのぞいてくる。
「いや、なんでもない。それより、チープの能力って教えてもらえるか?」
 俺はトレントを下ろしながら話す。
「別に構いませんよ。私の能力は超再生能力です」
「超再生能力……? ただの再生能力とは違うのか」
「はい。超がついてるのは理由があります。とはいっても、ただただ私の能力が他と桁違いなだけですけど」
 桁違いって……。超再生能力? それはつまり不死身ってことか?
 いや、不死身に近い身体を持ち、それに加えて再生能力があるとすると……。
 やはりチープは強い!
 どうやら幸い勘は当たっていたようだ。
「ちなみに、どのくらい再生が早いんだ?」
「そうですね。貴方、私を斬ってくれますか?」
「俺がお前をか?」
「はい。ズバッとお願いします」
「分かった」
 俺は近くの草を千切り、剣にする。
 勿論、最高高度。
 チープを殺す気はないが、殺す程度でいこうとは思う。
 チープは俺の前に腕を差し出す。
 俺は勢いよくチープの腕に剣を振り下ろそうとした。
 しかし、その手は寸前で止まった。
 ……なぜ、コイツは俺が剣を作れると知ってるんだ。
 普通、能力もわからないやつに、腕をズバッと斬ってくれとはお願いしない。
 いや、出来ない。
 相手がサポート系の能力だったら? 念力だったら? 今のお願いは通ることはない。
 勘……にしては会話がスムーズ過ぎる。
「なんで、俺が剣作れるって知ってんだ」
 気づいたら声に出して聞いていた。
「それは……」
 チープが黙り込む。
 急にチープが怪しく見えてきた。
 何か聞かれたくないことを、聞かれたみたいな反応をしている。
「なんで知ってたんだ」
 もう1度聞く。
 今度は答えざるを得ないほどハッキリと。
「……分かるんですよ」
「へ?」
「なぜか分からないんですけど、その人の能力が断片的に分かるんですよ。子供の時からこれで。みんなに嘘つき呼ばわりされて、少しトラウマで」
「す、すまねえ。変なこと聞いた」
「気にしないで大丈夫ですよ」
 なんとなく相手の能力が分かる。
 これだけの能力がありそうなのに、それにプラスで超再生能力。最強かよ。
 なんとなく、嘘はついてるようには見えない。
 ここはチープを信じるとするか。
「じゃあ、いいか。やって」
「いつでもいいですよ」
 俺は先程の続きで、チープの腕を切り落とそうとする。
 勢いよく振り下ろされた剣は、チープの腕を通り越し、地面に当たった。
 斬れた!? 斬れてしまったのか!?
 少しくらい加減をしても良かったかもしれない。
「大丈夫か、チープ」
「はい。なんともありません」
 ホントかよ。実は腕が落ちそうだけど、頑張って押さえてるとかじゃ無いだろうな。
「それより、剣を見てみてください」
 チープが剣を見るように促す。俺はチープに従い、剣に目をやる。
 そこには、上半分が折れた最高高度の剣があった。
 剣身はボロボロになっており、壊れた上半分は元の草に戻っていた。
「マジかよ」
 正直言って本気で能力使ったぞ?
 いや、ほぼ初対面の人に対しては、あまりよくない事なのだろうがな。
 しかし、ダイヤモンド並みの強度を誇る剣だぞ?
 それ相応の硬さの物質に当たらないと、剣がこのようになることは有り得ない。
 どういうカラクリだ?
「すみません。ビックリさせてしまって。実はフルオート系でして、能力の加減ができないんですよ」
 いやいや、ビックリはしたけど。
 ってか、フルオート系なんだ。珍し!
 確かに、チープの腕からは全く血が出ていない。かすり傷すら見当たらない。
 ビックリしたのはそっちではなく、なぜ超再生能力だけでこうなるのかだ。
「俺、本気でやったぞ? 正直メンタルがボロボロだよ。こんなに効かないもんなのか」
「まあ、私が特殊ですからね」
「ホントか? みんなこうだったら、マジで持つ気がしないぞ」
 もし優しさだったら、その優しさが逆に痛い!
「大丈夫ですよ。私の能力は超再生能力と言いましたね。そこでです。再生能力と何が違うのか。勿論、それは再生の速さです。普通の再生能力持ちの人なら、剣で斬られた後に再生しますが、私の場合は違います。剣で斬られながら再生します。それこそ、とんでもないスピードで。それにより、剣が腕を斬る、腕が再生する、剣が再生に耐えられず傷つく。これを一瞬で繰り返します。だから、貴方の剣がそのようになってしまったのです」
「それ、フォローのつもりか?」
 全然フォローになってないぜ。チープ。
 いや、嬉しいんだけどね。チープがチート級の能力だから、こうなったって分かったから。
「いや、ありがとう。仕組みが分かったから安心した。俺が弱いわけじゃなくて、チープが強過ぎるんだな」
「僭越ながら」
 あくまで謙虚か。
 これは自分の強さを、他人以上に理解してないタイプだな。
「そうだ。忘れかけてた。スウィンだよ。スウィン。あいつ倒さないと」
「そうでしたね。私も会話が楽しくて、つい」
「話は終わったか?」
 後ろから声がする。
「すみません。起こしてしまいましたか」
 チープが返答をする。
「随分と長話をしてたな。安心しろ。スウィンは近づいて来てない」
 どうやらトレントが目を覚ましたらしい。
「トレント! よかった。死んだかとおもったよ」
「いやいや、死なないから。あんな程度で。正直死にそうなったのは、土壁の方だな。息が苦しかった」
 そういうと、トレントは思い出したように俯く。
「すまんすまん。スウィンかと思ったんだよ。けど、無事でよかった」
「ああ。助けてくれたのは後で礼をするよ。それより、今はスウィンだ。あいつ、滅茶苦茶怒ってるぞ。あいつの周り、空気の乱れが激し過ぎる。なんかしたか?」
 やべぇ。やっぱ怒ってるよな。
 そりゃ手真っ二つにされたらな。誰でも怒るわ。
 けど、正当防衛だろ。あれは。
 ……いや、過剰防衛か?
「すまん。原因は俺だな。あいつの手真っ二つにした」
「「!?」」
 2人がいきなりビクッと反応する。
「マジかよ。チェス、君がやったのか!?」
「まあ、嘘ついても仕方ないだろ」
「チェス? なんかそういう遊びありましたね」
 1人だけ違う方向に意識が行っている。
「ああ。そういえば、俺の名前言ってなかった。俺の名はチェイサー・ストリート。能力はさっき見たと思うけど、物質の長さ、強度を変えられる」
「そして、頭文字を取ってチェスってことだ」
 トレントが俺の説明を補ってくれた。
 チープは成程。と、手を叩いている。こいつ、天然か?
「それは置いといて、チェス。スウィンに一撃入れたのか?」
「だからそう言ってるだろ」
 何回聞く気だ?
「これはすげぇ。あのスウィンに一撃、というか、深傷を負わせるなんて」
 この言い草だと、トレントですら難しいのだろう。
 実際あれはたまたまって言った方が、納得だがな。
「そうだ。チェスはスウィンの能力を知らなかったな。知ってた方が便利だろ。あいつの能力は」
 トレントがスウィンの能力を言いかけた瞬間、全身が全力で悲鳴をあげる。
「! スウィンが凄いスピードでこっちに来てる!」
 トレントが叫ぶ前になんとなく分かっていた。
 この感覚。この全身が硬直する感じ、恐らく何回来ても慣れないだろう。
 しかし、なぜいきなり。それも、トレントが目覚めた丁度のタイミングで。
 ……。もしかして、既に見つけてたとか?
 見つけた上で、3人揃うまで待ってたとか?
 戦闘厨のやつなら考えられないでもない。
 問題は、どうやって見つけたのかだ。
「トレント。スウィンの能力は?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないよ! あいつ、全力で走って来てる。あと数分でここに来る!」
「それは分かってる! だが、能力を教えてもらえないと、話にならない。無駄死にするだけだ!」
 能力も知らないで戦うのは危険だ。
 まず相手の能力を見極めることが大事って、ナインハーズも言ってた。
 ……いや、言ってなかったか?
 そこはどうでもいい。要するに、一方的に能力を知られた状況はまずいってことだ。
「ああ分かったよ! スウィンの能力は静電気だ」
「静電気?」
「時間がない。教えられるのはここまでだ。早く逃げるよ」
 静電気……。なるほど。スウィンの拳を剣で斬った時に、身体中に電流が走るような感覚は、あいつの能力だったのか。
 しかし、そこまで強そうな能力ではないと思うのだが。事実、スウィンは強い。
 そこが、能力の深いところでもあるのだろう。
「トレント。逃げるっつったって、どこに逃げるつもりだ? スウィンはなんらかの方法で、俺たちを探知してんだぞ」
「そんなこと承知の上でだ。とりあえず、被害の届かない場所まで行くよ」
「被害?」
「だから、ここでスウィンとチープが戦うって事だよ。手出しできない俺たちは逃げるしかないんだよ」
 スウィンとチープが?
 チープの方を見ると、呑気に欠伸をしている。
 そして一歩も動かず、スウィンが向かってくる方向を見つめている。
 どうやら本気でやり合うようだ。
「待てよ。それなら3体1の方がよくないか? 戦力的にも十分だろ」
「そうもいかないんだよ。チープのあの目は本気だ。恐らくスウィンも。邪魔するわけには行けないんだよ」
 トレントがそういうと、チープがゆっくりと口を開く。
「そうですよ。チェス。これは暗黙の了解です。貴方も今後連む仲なら、邪魔をしないでください」
 その言葉はいつものチープと違い、棘のある、しかし説教じみた怒りは感じられなかった。
「わ、わかった。すまなかった」
 俺が素直に謝ると、チープがいつものようにケロッとする。
「謝らなくて大丈夫ですよ。ただ、知っておいて貰いたかったのです。貴方は面白い方ですからね」
 先程とは打って変わって、チープの言葉には温かみしかなかった。
 最初このゲームに参加した時には、少し後悔していたが、今は参加して良かったと思っている自分がいる。
 だが、まだ油断はできない。
 スウィンに参ったと言わせないと、このゲームに勝つことはできない。
「来ました!」
 チープが叫ぶと、20メートル先くらいに、スウィンの姿が見えた。
「ほら。早く逃げるよ」
 俺はトレントに手を引かれる形でその場を離れた。
 頑張れよ、チープ。
 俺は心の底からそう思った。

 
 

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

カレンダー・ガール

空川億里
SF
 月の地下都市にあるネオ・アキバ。そこではビースト・ハントと呼ばれるゲーム大会が盛んで、太陽系中で人気を集めていた。  優秀なビースト・ハンターの九石陽翔(くいし はると)は、やはりビースト・ハンターとして活躍する月城瀬麗音(つきしろ せれね)と恋に落ちる。  が、瀬麗音には意外な秘密が隠されていた……。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

群生の花

冴木黒
SF
長年続く戦争に、小さな子供や女性まで兵力として召集される、とある王国。 兵士を育成する訓練施設で精鋭部隊の候補生として教育を受ける少女はある日… 前後編と短めのお話です。 ダークな感じですので、苦手な方はご注意ください。

処理中です...