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 バトラー陛下が死んでしまった。

 まだ見ぬ子を愛することもしないで。

 バーバラは王妃として未亡人になってしまったのだが、バトラーが死んだことはしばらくかん口令を引き、内密に葬儀の準備をする。

 バトラーは死ぬ間際に後宮に火を放っていたことがわかる。もし、生き残った女官で気に入りの娘がいたならば、家臣に下賜するつもりだったようで、それが人質王女だった場合は「殺せ」と命令していたらしい。

 隣国の人質王女の生死が不明なので、もし生きていたら、バトラーが死んだことがバレる。そうなれば、隣国は必ず、もう一度攻めてくるだろう。

 もし人質が死んでいたとしても、バトラーの死を知れば、これまた必ず侵攻してくるだろう。

 どちらにしてもバトラーの死は最重要国家機密であることは間違いがない。

 今すべきことは何か?と考える。

 前世ニッポン人だったときの記憶から考えれば、影武者を?武田信玄の死後、しばらくは影武者を使い、上杉を欺いたというアイデアを思いつく。

 バーバラは、宰相に命じ、バトラーと背格好がよく似た人物を探し出し、出来れば声も似ている方がいい。

 早急に替え玉を仕立てあげる。

 それと結界と軍備を増強させるため、バトラーからもらった契約金の金貨を供出する。

 とにかくお腹の中の子供が無事生まれ、そこそこの年齢になるまでは、バーバラが頑張らねばなるまい。

 そのためには、国境線全部に結界を張ることが大事。

 この前の視察旅行でところどころは張っているが、全部ではないから抜けているところだけを張るつもりでいる。

 バトラーが死んで1週間。

 いろいろなことがありすぎて、くたびれてしまったから今日は早めにベッドに入ろう。お手製のカレンダーを枕元に置いて。



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 鳥のさえずりが聞こえる。

 カーテンの隙間から陽が差し込む。

 あともう少しだけ寝させて……。

 「おはようバービー。」

 夢でも見ているのかしら。なんだかバトラーが近くにいるみたいな声がした。気のせいよね。きっと疲れすぎて、夢にでも出てきてって思っていたから。

 また、ウトウトとまどろんでいると

 「まだ寝てる?もう起きたほうがいいよ。」

 今度は確かに聞こえた。確かにバトラーの声に、飛び起きると、そこには替え玉の影武者ではなく……!

 「ば、バトラーなの?」

 「そうだよ。僕の奥さん。」

 うそ!わたくしまでまた死んじゃったの?そっとお腹に手を当ててみると何か中にいるような気がする。

 あ!あの異空間に収納していたいろいろなものはどうなったのかと、異空間に目を凝らすと確かに供出したはずの金貨が残っている。

 これはどういうこと?寝ぼけ眼だった目をこすり、ひょっとしてまだ夢を見ているのかも?とも思い、自身のほっぺたをペチペチ叩くが痛い。

 おかしい。そうだ枕元にあったはずのお手製のカレンダーは?

 手に取って、よく見ると日付がおかしい。約2年前のカレンダーになっている?あれ?そんなはずは……?

 「バービーとお腹の中の子供を置いて、先だったことはすまないと思っている。」

 「はぁ……?」

 「死んでから必死になって、女神様に祈りを捧げ続けたんだ。そしたらもう一度、結婚した当初に戻してくれるって。だからもう一度、君とやり直しがしたい。」

 「え、と……。それは陛下が前世の記憶を伴なっていらっしゃるということでよろしいのですね?」

 「こんな突拍子もない話を信じてくれるんだね。ありがとうバービー愛しているよ。」

 「それで後宮にいらっしゃった人質の王女様はいかが為されますか?」

 「後宮はない。父王が亡くなった時に、後宮を解体し、人質となる王女は、戦争が終わってすぐ本国へ送り返した。だから何の憂慮もいらない。」

 本当のところは、戦後すぐに人質として送られてきたときに皆殺しにしている。理由はいたって単純で、従姉弟と目の色と髪の色が違うということをやり玉にあげ、全員を処刑したのだが、そのことについて叔父は言及しなかった。

 下手に情けをかけ、バーバラと結婚して2年後に殺されでもしてはかなわない。

 このことを知っているのは、バトラーと重臣の一部だけなので、バーバラには敢えて言わない。

 バーバラが知れば、ショックを受けるかもしれないから。

 「わかりましたわ。また契約結婚でよろしいのですか?」

 「いや、君さえよければ、……でももし2年後、どうしても自由に生きたいというのならそれでもかまわないが……。」

 「いいえ。けっこうでございますわ。期間の定めがない婚姻で大丈夫でございます。」

 だって生まれた子供を取り上げられたら叶わないから。お金より子供のほうが大事だもの。

 「本当か?ありがとう心より感謝する。バーバラ以上の女性は何処を探してもいないから。最悪、君がどうしても自由になりたいというのなら、それでもいいと思ったんだよ。」

 「2年後、張り掛けの結界があるのですが、それと私の赤ちゃんはどうなるのでしょうか?2年間お腹に入りっぱなしと言うことなのかしら?」

 「子供はこれからガンガン種付きすれば、すぐまたできるさ。それよりも新婚旅行代わりに国境線に結界を張り巡らす旅に出ることにしよう。」

 種付けと聞いて2年前の激しい夜のことを思い出す。真っ赤になりながら、バーバラは

 「歩けないほどの激しいのは止めてくださいね。」

 「おお、そうであったな。それと死んでから女神様に聞いたのだが、バーバラ自身と俺に……その……結界を張ってもらえないだろうか?」

 「え?どうやって?」

 「やり方はわからないが、女神様が言われるには、抱き合って聖女様が頑張れば、張れるという話だったのだが……。」

 「抱き合う……。」

 もうそれだけで、いろいろ想像してしまい、ほとんど茹でたこのように身体中が熱い。

 2年前、この時点ではまだ処女であったにもかかわらず、もう下半身が反応している。

 「どうした?真っ赤になって?」

 バトラーの手が肩に触れただけで、ビクンと反応してしまう。そして思わず

 「ひゃぁっ!」

 変な声が飛び出し、バトラーはクスクスと笑う。

 「では、新婚旅行まで待たずにそろそろいただくとしようか?」

 「や、やめてよ。悪い冗談は。明日から歩けなくなったら、バトラーのせいよ!」

 「冗談だよ。それよりも先に聖女認定を受けてもらおう。」

 先日?バーバラ的には2年前だけど、結婚式を挙げたばかりの大聖堂へ赴き、そこで大きな水晶玉を前にする。

 深呼吸して、水晶玉に手をかざすと、やっぱりキラキラ輝く。

 これで「国境線に聖女様である王妃が結界を張りに行く」という新婚旅行への大義名分ができ、出発する準備が調ったのである。
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