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番外編

94.異世界へ

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 マッキントッシュ王国王家では、苦難の表情を浮かべている。前聖女ジェニファー様が没して、早100年を経過しているというのに、いまだ家門の者はおろか、国内で誰も聖女様に覚醒したものができて来ていない。

 いくらなんでも、遅すぎる!

 ジェニファー聖女様がいらっしゃった時代では、先代の聖女様が没した後、わずか数十年というスパンで次の聖女様が発現されていたというのに。

 このままでは、聖女国としての名折れでもあることから、早急に手を打たなければならない。

 確かジェニファー聖女様の遺言状の中に聖女様召喚の術の記載があったような気がしたので、お城の図書室で、昨日、調べてきたのだが、イマイチ魔方陣の組み立てがわからない。

 これ以上勉強したところで、わからないのでこのまま強行突破することにした。失敗すれば、また勉強をし直して、また召喚をすればいいとしか思っていない。

 なんとまあ、はた迷惑なことを……。



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 雑賀真理は、医学部の5年生23歳、雑賀記念病院の跡取り娘なのだが、つい先頃、幼馴染でOLとして働いている小百合が真理の許婚と良い仲になって、婚約破棄されてしまったばかりで、相当落ち込んでいる。

 まあ、学生の真理よりも、いつも一緒にいる時間が長いから仕方がないと言えば、仕方がないのだけど、それにしても、あんまりだと思うわ。

 小百合は元婚約者の会社で事務の仕事をしていたのだ。

 何もよりによって、真理の婚約者を狙わなくてもいいと思う。いや、真理の婚約者だから狙われたのかもしれない。

 小百合は、昔から真理が持っているモノをすべて欲しがるような娘で、文房具であれ、洋服であれ、最初はそれが嫉妬からくるものだとは思ってもみなかったのだけど、さすがにそれが許婚まで及ぶとなれば、笑いごとでは済まされない。

 元婚約者は、病院お出入りの製薬会社の息子さんで、親同士が決めた政略での相手だった。

 これで、そこの製薬会社の薬をわざわざ使う必要がなくなったと、父は笑っていたけれど、腹の中では煮えくり返るような思いをしていることだろうということは、容易に想像がつく。

 その後、製薬会社の営業マンが平身低頭で何度も病院に来て、謝り倒していたが、父はムスっとした顔で追い払っていたから。

 もうウチの病院はその製薬会社はお出入り禁止になってしまったみたい。そらそうよね、どのツラ下げて病院に出入りするって言うのよ?

 それでも、まだ取引したいと申し出てくる厚顔にあきれ果てるわ。

 元婚約者は、御曹司だか何だか知らないけど、世間知らずにもほどがあるというもの。当然御曹司の両親は大反対したものの、小百合のお腹にはもう新しい命が宿っていて、生まれてくる子供には罪がないとか何とかほざいて、二人の仲を認めちゃったらしいのよ。

 結局、孫が欲しいだけで、ウチの病院と縁が切れてもいいと思ったみたいね。

 大学は、今日の講義は解剖学の実習で、割と女性は血を見るとこに平気なんだけど、同級生の男の子たちは、完全に顔面蒼白で、話しかけても返事がない。帰りに一緒に食事に行くはずの約束をすっぽかされて、仕方なく一人で入ったファミレスに、元婚約者と小百合が居合わせた。

 げ!御曹司夫妻なんだから、もっといいところで、食事しなさいと!でも、一人でファミレスというのも、大概だと思う。

 一応、笑顔で会釈して、食後は、見つからないようにさっさと帰るつもりが、元婚約者から執拗に送っていくと言われ、それに対して、小百合もこれ見よがしに元婚約者にしなだれかかって、余裕の表情を見せつけてくるから、正直ムカっとする。

「私は、電車で帰るから大丈夫です」

「女性の一人歩きは危険だから、送っていくよ」

「お気遣いなく」

 めんどくさいので、さっさと会計を済ませて、ファミレスを出ようとしたところ、あいにく雨が降り出してきた。ファミレスの中にビニール傘が売ってあったことを思い出し、振り返って、行こうと思った瞬間、何やら足元が白い魔方陣みたいなものが光りはじめたと思ったら……!



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「おお!成功したようだ」

「しかし、4人は多すぎないか?しかも男まで付いてきているぞ!」

「若い女が3人と男1人か……、失敗なら、またやり直すか?」

「いやいや、男は奴隷として、売り払い、女3人のうち一人でも聖女様がいればめっけものだな」

「……」

 ここはどこ?傘を買おうと振り返った途端、まさかの異世界聖女召喚に巻き込まれた!?まさかね。ラノベの読みすぎだっつうの!

 真理は、呆然とその場に座り込み、何か悪いものでも食べたのだろうか?と考えている。

 目の端には、元婚約者と小百合が同じように、呆然と呆けているかのように見える。そして、もう一人、女子高生ぐらいの年齢の少女が震えている。

 そこにキラキラの衣装を着た成金趣味丸出しの王様?王子様?が側近とともに、入ってこられ、一番若い女子高生だけを連れて、部屋から出ていく。

「そなたが聖女様か?」

 女子高生は、ブンブンと首を振っている。

「名はなんと申す?私はこの国の王子で、レオナルド11世・マッキントッシュと申す」

「私は、奈々・山下です。」

 震えながらも、きちんとした受け答えに偉いねー、とつい思ってしまった。

 元婚約者と小百合は、非常事態なのからか、しっかりと抱き合っている。はあ、バカバカしい。どうして、こんな世界に来てまで二人の熱々ぶりを見せつけられなくてはならないのかしらね!

 その後、二人もどこかに引っ張られていき、残ったのは、真理ただ一人だけが、大理石の冷たい石の上で座らせられている。

「妻は妊娠している!」と元婚約者が叫んでいたから、もう少し、暖かい部屋に移されたのだろうか?

 そんなことを考えながら、さすがに召喚されて1時間も放置されると、めちゃくちゃ腹が立ってくる。お腹は空いていないとはいえ、何なのよ、この扱いの差は、そりゃ、若い女子高生の方が聖女様に決まっているだろうけど、どう見ても巻き込まれたことはわかっているとはいえ、いい加減に我慢も限界になってくる。

 気が付いたら、その場にいた人の襟首をつかんで、猛然と抗議している真理。

 さすがに、あまりの剣幕にタジタジになっているようだけど、帰る方法がないと知らされて堪忍袋の緒が切れてしまった。

「そう。なら、出ていくわ!」

「お待ちを!近くには、魔物もおりますし、追剥や盗賊団に後を狙われる可能性があります!」

「いいわよ。どっちにしても、もう元の世界に戻れないのだったら、ここで死んでも構わない!」

 追手を振り払い、懸命に走る!

「お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう。ごめんなさい。もう真理は死んだと思ってください」

 すると、目の前に光がボーっと浮かんでいる。懐かしい家族団らんの様子や記念病院の待合室の様子が光の中に見えた気がしたので、思い切って、その光の中に飛び込んだ。

「急げ!追え!……お待ちください。聖女様!」

「消えた?」

 さっきまで、聖女様の背中を追っていたのだが、突然、目の前の聖女様が消えてしまい、あたり一面暗闇と静寂に包まれている。

「あの方こそが、聖女様だったのだ……」

「レオナルド殿下が先走って、聖女様ではない女性を庇護下に置かれたものだから、本物の聖女様が怒って、出奔されてしまった。我が国に出現される聖女様は、いずれも空を飛び、転移魔法を操られる。このまま他国へ行かれれば、我が国にとって脅威となるだろう」

 マッキントッシュ王は、部下からの報告に深いため息を漏らす。
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