魔法少女と呼ばないで

青の雀

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2.魔法少女ロリータ

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翌朝、目覚めると真っ先にTVを付け、時間を確認するための昔からの習慣だ。

どのチャンネルも、皆、同じ映像が流れているようだ。それは、闇夜に浮かび上がった魔物とそれに対峙する幼い少女の姿であった。

「これは……?」

ふと、昨夜の夢を思い浮かべる。ひょっとすれば、ハノイ市民全員が同じ夢を見ていたのだろうか?
そんなことは、あるわけがないと頭で否定しても、実際に映像が撮られている以上、昨夜の夢は現実に起こったことなのかもしれない。

とにかく洗顔を済ませ、朝食を摂るため食堂に向かおうと廊下に出たところ、ホテルの従業員と報道陣、それに軍の幹部に警察官、救急隊員が待ち構えていたことに驚いてしまう。

「Excuse me」

どうやら昨日の少女が出入りした窓がリーチが泊まっていた部屋の窓と酷似していて、それで昨夜ホテル関係者が部屋をノックするも、リーチは寝ぼけていて、すぐドアを閉めてしまったので、朝まで誰か出入りがないか廊下で寝ずの番をしていたということらしい。

そうこうしている間に、映像や画像から報道陣や市民が多数集まってきて、ホテルのロビーは入場制限をするほどまでに混雑を極めている。

食事は、ホテルの配慮からルームサービスに代わり、リーチが泊まっていた部屋に入りきれない程の捜査官や軍関係者でひしめき合っている。

ところがどこをどう探してみても、少女がいた痕跡は何一つ出てこない。リーチも食事をしながらであるが、事情を聴かれるも、昨夜は缶ビール1本を飲んだところで強烈な眠気に襲われ、何も記憶がないとしか言えない。

事実そうなので、そうとしか答えられない。あの空中に浮かんでいた少女?姿が自分だなんて、とても言えるような状況ではない。

そういえば、あの時、妙にスースーしていたような感じがしたのは、スカートを穿いていたからなのかもしれないと、後で考えても、リーチはノーマル体質でロリコン趣味なのでは決してない。

それに妻との間にも、子供はいないし、当然のことながら孫もいない。

ハノイでは、報道規制が敷かれ、あの魔放少女が出入りしていた部屋は、外国人宿泊客の部屋であったが、慎重に捜査したところ、その外国人宿泊客と魔法少女との接点はなく、たまたまその部屋の付近に異世界からの出入り口が開いたということで一応の捜査は終了した。

何よりも歳恰好と見た目が少女とリーチとではあまりにも乖離があり過ぎて、それも大きな原因の一つになったことは間違いないだろう。

少女はどう見ても10歳ぐらいの小学生ぐらいの背丈しかない。対して、リーチは60過ぎのオッサン、身長も180センチを少しばかり縮んだように思える対格差がある。

若いときからいろいろ武道を志していて、体術にも自信があったが、卒業と同時に真理子と結婚したため、武道から一切足を洗い、普通のサラリーマンになったのだ。

リーチは、捜査が終了するまでの間、何日も部屋に足止めを食らい仕事どころの騒ぎではなくなってしまった。

おまけにゴジラが送電線を寸断してしまうという災害まで起こしてしまっていたことがわかり、ホテルは一時的に停電になり、暑くてもクーラーが使えない状態になってしまった。

それでもニッポン人の中でも、京都人であるリーチだけは平気な顔で寝ていられる。魔法少女にカラダを乗っ取られているからではない。京都人だからだ。京都は盆地で、高温多湿な土地柄、幼い頃より……リーチの小さいときはまだ一般家庭にクーラーを設置している家庭が少なかったこともあり、夏は窓を開けっぱなしにして、団扇だけで、よく寝たものだ。

京都の家はもともと夏向きに建てられていて、玄関を入ると三和土と呼ばれる土間で台所を抜けて中庭まで続いている。だから夏場はよく風が通り、それなりに涼しいのだ。

それで汗腺の数が異常に多くなっているリーチは、平気な顔をして寝てられるというもの。水分さえ摂っていれば、熱中症になる心配はまずない。

観光に行こうにも、どこへ行くにも人目が憚られ、常に軍関係者が同行してくれるので、いたたまれない。

ベトナム政府関係者からすれば、突如異世界からの未確認侵入者が襲撃してきたときに、たまたま異世界の討伐者の入り口がリーチの部屋の近くに現れたということだけで、他に手掛かりはなく、唯一のVIPであることに変わりがない。

異世界からの侵入者の件は、世界からも注目を浴びている。今、世界ではウクライナ情勢と共にイスラエルの火種を抱えているが、もし、この時期に異世界から侵略者が現れたら、地球人は心を一つにして闘いを余儀なくされる。地球の中で内輪もめをしている場合ではない。

そのことは、かねてより宇宙物理学者の中で再三にわたって議論をされてきたことだが、一般人にはあまり知らされていないことも事実なわけで、銀河系には、地球以外の惑星に生物が存在していることもすでに知っている人には常識的な話である。

前大統領のトランプ氏が遊説中に狙撃されたことを踏まえても、今、地球人同士が争っている場合ではない。

次、またハノイ周辺で異世界からの侵入者が来てもいいように、中国軍、米軍、英軍、NATOが続々とハノイに向けて、軍を動かしている。

やみくもに異世界からの出入り口を探すことより、リーチの周りをうろついていた方が効率的であると言えば効率的なのだろう。

ホテルの部屋は当然のことながら、変更を余儀なくされ、前の部屋よりも少し広いめの部屋があてがわれた。

ハノイに来て1週間が経とうとしているが、何も監査ができていない状態に、リーチはいら立ちを隠せない。

ハノイの滞在期間も後残すことわずかに迫っているので、今日は思い切って、外出し、海沿いにある工場のプラントを監査することにした。

移動手段は、軍がジープを貸し出してくれたので、それで移動することにした。いつもながら舗装していないジャングルの道での走行は乗り心地が最悪で、男のリーチでも最初は、吐き気を催したほどであったが、ここしばらくホテルに缶詰めになっていたので、こんなでこぼこ道でも、ホテルに軟禁されているよりは気分が晴れるというもので、行楽期分とは程遠い道のりを愉しんでいる。

海からの浜風は心地よくリーチの頬を掠める。こんなでこぼこ道で揺れに揺れているというのに、急に眠気がリーチを襲い始めてきた。

ジープの助手席でうつらうつらと船をこぎ出したリーチを横目に、運転をしていた兵士の顔に緊張が走る。

どうやら沿岸部でクラーケンが出没したという情報が無線を通じて流れ込んできたようだった。

それから先は、いくら兵士がリーチを揺さぶり起こそうとしても、頑としてリーチは目を覚まさない。仕方なく、予定していた工場のプラントまで、リーチを運び、そこから沿岸部の現場に向けて車を走らせることにした。

兵士が沿岸部に到着した時には、すでに海上に魔法少女の姿があった。ここから15キロ離れたところにリーチを置いてきたので、今度ばかりはリーチとは無関係であることがうかがえる。

「やっぱり、あのオッサンとは無関係だったのだな」

ホっとしている兵士の眼の前で、魔法少女は次々と魔法を乱射して、クラーケンを仕留めていく。クラーケンが海の藻屑と消えるときに、大きな波しぶきが起こり、その瞬間、スコールとでもいうべきような大雨で一瞬、目の前が見えなくなった。

気が付けば、その間に魔法少女の姿もクラーケンも消えていた。

兵士は、来た道を逆走し、オッサンがいる工場のプラントの駐車場に戻った。オッサンは、さっきまで居眠りしていたとは、思えないようなテキパキとした姿で、何やら指示を出している様子に、なぜか安堵のため息が自然と出た。

夕刻になり、兵士がホテルまでリーチを送り届けてくれることになり、社内で沿岸部にクラーケンが出没し魔法少女が退治してくれたことを自慢のように話す兵士の話に耳を傾ける。

でも、リーチは笑い話にならない程深刻な顔をして、兵士の話を聞きいっていた。

そう、あの時、なぜか猛烈な眠気に襲われたのだ。

そして、またあの変な夢を見たのだ。目の前に大海原が突然、広がりそこに巨大なイカ?かタコか?わからないような生き物がそびえ建っているのを。

ひょっとして!?俺は半信半疑になりながらも、俺の姿を見ようとする。でも、そこに鏡があるわけではなく、俺の姿の全容は見えない。ただ、水色のワンピースらしきものを着ているということだけは、理解できた。足は白いハイソックスを履いているのも、チラリと視えた。そして、手にはやはり、縁日で売っているような安物のステッキが握られていて、その先端がどういう仕掛けかわからないが、ピカピカ光っているようだった。

「マハリクマハリタ、テクマクマヤコン」

俺の口から信じられないような呪文が飛び出すたびに、目の前のイカの化け物は悶え苦しんでいるようだった。

確か……、この呪文は、妹が小学生の頃に好きだった「魔女っ子サリーちゃん」だったか?の呪文によく似ている。

ウソだろ!?魔法少女は、ニッポン人だったのか?それもどうやら俺の魂を乗っ取っているように思えた。

あの呪文は作者による造語だったはずで……、だからあの呪文はニッポン人を表す語として有名なはず。

そうなると、異世界だと言うが、実はニッポン政府が秘かに作り出した侵略者を模した秘密兵器なのだろうか?ニッポンは核兵器を持たない代わりに、他国を侵略するために秘密兵器を作り出して襲わせている?という仮説が成り立たないこともないが、さすれば魔法少女の存在はいかに!?

魔法少女は国家の敵になるのか?今のマスコミの風潮から見ると、どう見ても魔法少女が正義の見方で、侵略者が「悪」のように見える。

この時までは、まだリーチは魂だけを乗っ取られていると勘違いしていたのだ。実際は、自分が魔法少女に変身していることなど、夢にも思っていなかった。

でも、その事実は、運転手をしてくれた兵士は気づいていないようだったので、そのままにしておくことにした。なんせ、兵士が証人になってくれて、俺との関係性を否定してくれたので、これ以上、コトを荒げたくない俺はそのありがたい提案に乗せてもらったのだ。

そうして、俺の監査は無事終わり、ベトナムを旅立つときがやってきた。お世話になった兵士にニッポンの肴を手渡し、今度、ハノイへ行くときには一杯やろうという約束まで取り付けたのだ。

リーチは、本来ならベトナム帰りにと東南アジアの国を何か国か回って帰国する予定だったのだが、いろいろハノイであり過ぎて、疲れたので養生を兼ねていったん帰国することを決めた。

それにまだ魔法少女とリーチとの関係性を調べなければ、何も動けないと判断したからで……、まあどのみち、素人が判断できるような代物ではないとはわかっていたのだが、それでも自分のアイデンテティに関わることなので、いったん帰国することにした。

帰国したリーチを待ち受けていたものは、やはりというべきかなんというべきかニッポンのマスコミであった。ニッポンのマスコミ恐るべし!もうハノイで宿泊していた外国人がニッポン人であることに当たりを付け空港で、ハノイ経由で帰ってくるニッポン人を待ち構えていたのだ。

必ず成田を通るとは限らないから、関西や名古屋にもマスコミを張りつかせているのだろうか?

幸いなことに、まだ氏名情報までは掴んでいないようだった。
ありがとう。空港で別れた兵士に深々と心の中で頭を下げる。

半年後の監査の時に、今度はニッポンから美味い酒と肴を用意して、一晩中飲み明かそうぜ。

出社すると、社長からねぎらいの言葉をかけてもらったものの、残った仕事は山積み状態で、すぐにでもプーケット島へ監査に行かなければならない。

帰宅して、妻の真理子にだけハノイで起こったことの一部始終を報告して相談すると、今でもはっきりと覚えているぐらいキラキラしたまなざしをリーチに向けてくることが分かった。

「ステキ!ねえ。私の前で変身して見せてよ」
「いや、自分でコントロールできればいいのだが……」
「ハノイ市内の映像、こっちでも毎日放映されていて、人気抜群よ」
「そうなのか?俺は、当事者だからか、ほとんど情報がもらえなくて……」
「テクマクマヤコンなんて、もう今では若い人は知らなかった死語のような呪文を今では、なんでもテクマクマヤコンで済ましてしまうぐらい流行語になっているわ」
「やっぱりあれは、テクマクマヤコンで間違いなかったんだ!」
「それにマハリクマハリタもね。往年のディスコみたいな名前で……(笑)」
「それはマハラジャだろ!?」

いつの間にか、二人で大笑いしながら、魔法少女の話で盛り上がっている。友達夫婦と長い間、呼ばれていたが、こんな穏やかな日常は最近ではほとんどご無沙汰していた。

リーチは、知らなかったことだが、魔法少女はロリータと名付けられていたようだった。いつも着ている服がロリータファッションだったからで、いつもながらネーミングというものは、本人の知らないところで勝手にあだ名されているものだとつくづく思う。

もちろんロリータの服のことも、リーチには関わりのないことで、あの洋服がどこから来るのかということも想像だにしなかったことなのだ。

どうせなら魔法少女に変身しないで仮面ライダーとかの方が良かったかもしれない。ロリータの中身が、こんなオッサンだと知られれば多くの子供たちから非難の眼を向けられるだろうし、それに夢を壊すことになりかねない。

でも現実とは、そんなものだということをイヤと言うほど知っているリーチにはどうすることもできない。

よりにもよって、なんで俺が選ばれてしまったのか理解が追い付かない。10歳の少女と60過ぎの分別盛りのオッサン。もし、接点があるとしたら少しばかりの正義感を持っているということぐらいか……。

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