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 ラブホのベッドに腰掛けても、色っぽい雰囲気には、一切ならず。お互いの身の上話に徹する。

 最初は、どうでもいい話をしていたけど、田所秘書さんが、美和子の人形作家としての腕前を褒めてくれたことに気をよくして、つい余計な身の上話を始めてしまったのだ。

「もう私のことは、女として見てくれていないのは本当よ。ただ、性欲のはけ口としてしか見ていないと思うわ。それで拒否すると暴力に訴えて、無理やり犯されるの。そんなことされるぐらいなら、レスの方がよっぽど気が楽だわ」

「どうして?美和子さんは、男の俺から見ても十分魅力的な女性にしか見えないのに……」

「あはは。もう立派なオバチャンですよ。今年3歳になる息子がいるのですもの。息子の手前夫のことを諦めていたけど、今夜ではっきり決心がつきましたわ。明日、弁護士さんに相談します」

 美和子は膝に置いていた手にギュっと力を籠め、握りしめる。あんな父親ならいないほうがマシだと思うことに、実際問題として片親だけで、子育てをすることに不安がある。それでも和男なら、いない方がマシなはずだ。

 それから当たり障りのない話をしていたら、田所さんは、28歳で彼女がいないらしい。どうして?こんなイケメンだし、性格もよさそうな人なのに。まあ、彼女にしても結婚相手にしても縁や出会いが大切だから、つい最近、留学先から帰国してきたばかりだと聞いたので、きっと海外であまりいいご縁がなかったのかもしれないと、そのことに深く触れずにいた。

 翌日、法テラスの弁護士さんのところへ行くつもりだったのだけど、社長が会社の顧問弁護士の坂東先生に連絡してくれていて、先に顧問弁護士に会うことにした。顧問弁護士の坂東先生は、美和子の言い分を100%聞いてくれて、まずは「離婚調停」の申し立てを行いましょうと申し出てくれた。

 慰謝料のほかに養育費も請求できるから、同期の加奈子に対しても慰謝料を請求できるときいて、驚くも、美和子のことを「腐れババァ」と言って、大笑いしていたことを思い出し、加奈子にも慰謝料を請求することにしたのだ。

 他人の亭主を寝取ったのだもの、それぐらいして当然の権利だと思う。

 会社は加奈子に対しても、キツくお灸をすえてくれるはずだものと、最初は慰謝料請求までは考えていなかったけど、それでは腹の虫がおさまらない。

 その判断は、坂東先生にお任せして、弁護士事務所を後にした。実家へ寄って、一彦を引き取ると同時に、昨日、会社に行ったことを母に話し、伯母さんの旦那様(社長のこと)に顧問弁護士の坂東先生を紹介してもらい、受任されたことを話した。

「そう。うまく離婚できるといいわね?あんな事件の後なのに、まだ和男さんの性根を入れ替えていなかったことの方がむしろ驚きだわ。もう、あの男のことは忘れなさい。カーくん(孫の一彦のこと)のためにも、あんな父親いない方がマシというものよ」

 やっぱり、実家の母は、美和子と同じ考え方をするものなのだと知って、クスリと笑う。

 そうよね?やっぱり、そう思うわよね?妙に納得しながら、一彦と共に、自宅に帰るべく、帰りにスーパーマーケットに立ち寄る。

 スーパーの駐車場に車庫入れしていると、隣にすごい外車が停まっているのに、目がつく!こんな庶民が来るようなスーパーマーケットに何も、こんないい車で来なくてもいいのでは?と思ったけど、カスリでもしたら大変だから、慎重に車から降りた。

 そして、あらかた買い物を済ませ、レジで会計をしていると、後ろから声をかけられた。ビックリして振り向くと、昨夜、お世話になった秘書の田所さんがそこにいたのだ。

「あ、やっぱり美和子さんだ」

 美和子は軽く会釈をして、買ったものをマイバックに押し込む。こういう場所で、名前を呼ばれることに抵抗がある。だって、これから離婚協議に入ろうとしているのに、近所の人にでも、見られたら、立場が悪くなるのでは?という懸念がある。
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