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 アイリーンの予想に反して、マドリードにやってきたのは、国王のレオンハルトだったのだ。

 表面上は、友好のための使節団として、やってきたのであるが、実際は、バレンシア奪還のためだということは、誰の目にも明らかなこと。

 アイリーンは、この時に初めて、レオンハルトとアレキサンドラが離婚したことを知って、バレンシアに余計なことをしてしまったと後悔した。

 それはアイリーンの従兄弟をバレンシアに紹介するつもりだったことで、バレンシアは、かなり乗り気のようだったのだ。

 どうして!?こんなに素敵な恋人がいて、その恋人が我が子とともに、国に迎え入れるという話ができているのに……。

 その時は、そう思ってしまったが、結局のところ、レオンハルトはバレンシアに一言も、そういった話をしていない。

 ただセックスの時、抱かせてもらっている負い目から、「愛している」とは、よく言ってくれていたが、終わった途端、背を向け自分だけ寝るような男だったのだ。

 だから、バレンシアは、レオンハルトのことは愛していたが、レオンハルトから見れば、バレンシアは慰み者の女の一人でしかないという認識があったことも事実なわけで。

 実際、レオンハルトがバレンシアのことをどう思っていたのかなど、今では知る由もなく、知る術もない。

 そんなバレンシアのことをよく知るアイリーンの目からも、やはりレオンハルトは不誠実な男に映った。

 表面上は、愛しているフリをしているだけではないか?と疑いたくなる。だから、バレンシアに従兄弟を紹介したことは間違いではないと思いたい。

「確かに、この王城に以前、バレンシアというパティシエがおりましたことは事実でございます」

「して、今はどこに?」

「それが……、急にやめると言い出されて、どこかに行かれたようです。どこへ行かれたのかは、皆目、見当がつきません」

 アイリーンは、バレンシアの行先に見当がついていたけど、ここはなんとしても知らぬ存ぜぬを決め込むことにした。

 一度は、後悔しかけたけど、逢うと姿かたちはいいし、レオナルドちゃんとの面影も確かにあるが、置き去りにしたことも事実で他ならない。

 身重の恋人を置き去りにするなんて、やっぱり許せない!

 だから、知っていても、知らないで押し通すことにした。

「そうですか……、もし、何か思い出すことがありましたら、しばらくは、この国に逗留しますので、ご連絡をください」

 レオンハルトは、バレンシアとの思い出の宿「フランチェスカ」に逗留することを決め、肩を落として、その場を去る。

 宿につき、近隣の人からバレンシアの情報を集める。

 バレンシアが倒れたのは、レオンハルトが血の呪い魔法で強制的に退去させられた次の日だということが分かった。

 その日、レオンハルトは、押し切られた格好で、アレキサンドラと結婚式を挙げていたのだ。

 あの結婚式をすっぽかして、すぐさま、バレンシアのところへ駆けつけていたら、結果は全く違う方へ運命は流れただろうと思うと、悔しくてたまらない。

 アレキサンドラは、レオンハルトの母を毒殺していたことも、離婚するときに明らかになった。その時も殺してやりたいと思ったが、今更ながらに、自分勝手な理由でバレンシアを置き去りにした罪は消えないことを痛感している。

 バレンシアは、この宿で一人で子供を産み、育てた。レオンハルトが渡した金品を遣ったとしても、それはすべて我が子レオナルドのために使ったのだろうと思った。

 この世界には、存在しないような調理器具をどこからか持ってきて、おそらく買ったのだろうと思うが、それら食材と調理器具を駆使して、新たな食品を作り販売して、生計を立てていたらしいということも、噂話の中に見つけた。

 好きだった絵も続けていたようで、食品の包み紙の絵柄はバレンシアが描いたものだった。まだ、包み紙を取っておいてくれていた人から、その紙を見せてもらったときは、涙が止まらなかった。

「愛している。バレンシア、まだ見ぬ我が子と共に達者でいてくれ」

 今は、その願いも届かないことに気づいていないレオンハルトは一人枕を濡らすだけなのだった。

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