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61般若心経
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オリヴィアは、薄れていく凛子の姿を見送って建物の中に入ろうと向き直ると、そこには大勢の修道士や司祭様の姿もあり、囲まれていたのだ。
「聖女様、今、仰っていた呪文、いえ聖なる言葉を我々にも教えていただけないだろうか?旋律が美しく、聞き惚れておりました。それに何だか心が洗われるような心地が致します。」
前世「声明(しょうみょう)」というものが確かにあった。意味がわからずとも、一定のリズムがある。宗派により、多少の違いがあるものの誰が聞いても受け入れやすい旋律なのかもしれない。
しかし、ここは異世界、凛子の話によれば「乙女ゲーム」の世界なのだ。しかもイスラム教の寺院を模したドームの中で、ニッポンの般若心経を唱えることに、いささか抵抗がある。
さっき唱えたのは、凛子からの供養のための頼みであったが、今回は違う。
般若心経とは、本来は金剛般若経を簡素化、要約したもので……でも、般若心経のほうが短くて、覚えやすい。
司祭様以下修道士たちが教えてくれと、やいやいうるさいので、とうとう教えることにする。ただし口伝で、漢字で書いても読めないだろうし、元々ニッポンで流通している般若心経はパーリー語(梵語)を漢字に当てはめた中国由来のお経だから。
でも世界最古の般若心経が奈良の法隆寺の蔵の中から発見されたというニュースを見た。遣唐使が持ち帰ったものを保管してあったもので、そう思えばニッポンの仏教文化も大したものだと思う。
「これは般若波羅蜜多心経と申すもので、世界漫遊の折に覚えたものでございます。」
もっともらしいウソを言う。
「ほほー。さすが、聖女様だ!世界をご覧になっているだけでもすごいことなのに、その間に民の心を掌握する旋律を学ばれたとは。」
オリヴィアが適当なことを言っているのに、司祭様はなおも教えを請うてくる。こうなれば、根競べなのだが、こういったものは苦手なオリヴィアはすぐ折れてしまう。
仕方なく、意味も分からず唱えてもしょうがないので、注釈を説明していく。
「ぎゃてい、ぎゃていは行け!行け!ということで、要するに天国へ行きなさいと言うことを意味しています。」
「おお!それで、聖女様は、アンダルシアのために祈りを捧げてくださっていたのですね。」
それから、毎日イスラム教のモスクの中で、般若心経の大合唱が行われることになってからというものの、まもなくアンダルシアから不成仏霊が消える。
王都の街へ出ても、がれき撤去の作業をしているときも、一体の不成仏霊も見ることさえなくなってしまったのだ。
なんとなく空気が明るくなったような気がする。空の青さがより青く見え、風もさわやかに感じる。
異世界でも般若心経は、不滅であることが証明され、複雑な気分。
とかく宗教なんてものは、気の持ちよう一つなのかもしれない。
信じる者は救われる
キリスト教の言葉だけど、もうこうなれば、なんでもこい!だ
がれき撤去の参加者も、日に日に増え、もう復興間近というところ。
ただ問題があるとしたら、アンダルシアの王族が全滅したことぐらい。誰が次期国王になるかで、王族の姻族は揉めているらしいが、国教会が誰か候補を連れてきても、首を縦に振らない。
それはそれで、オリヴィアにとっては頭痛の種。なぜなら国教会は次期国王にオリヴィアを推挙しているから。
「当然のことでございましょう?オリヴィア聖女様がこの国の民の魂を救ってくださいました。国王陛下の責務は魂の救済にあります。前国王のように、自分たちだけが肥ることを考えていては、ダメです。」
「でもね……。はぁ……。」
国教会のこの意向で、旧王族の姻族から縁談がわんさか押し寄せていることに問題があるのだ。
誰も彼もそこそこのイケメンで、甲乙つけがたい。学業成績も、皆首席クラス、といっても王族に遠慮して、卒業時にいきなり主席にするものだから、実際の成績はわからない。
「聖女様、今、仰っていた呪文、いえ聖なる言葉を我々にも教えていただけないだろうか?旋律が美しく、聞き惚れておりました。それに何だか心が洗われるような心地が致します。」
前世「声明(しょうみょう)」というものが確かにあった。意味がわからずとも、一定のリズムがある。宗派により、多少の違いがあるものの誰が聞いても受け入れやすい旋律なのかもしれない。
しかし、ここは異世界、凛子の話によれば「乙女ゲーム」の世界なのだ。しかもイスラム教の寺院を模したドームの中で、ニッポンの般若心経を唱えることに、いささか抵抗がある。
さっき唱えたのは、凛子からの供養のための頼みであったが、今回は違う。
般若心経とは、本来は金剛般若経を簡素化、要約したもので……でも、般若心経のほうが短くて、覚えやすい。
司祭様以下修道士たちが教えてくれと、やいやいうるさいので、とうとう教えることにする。ただし口伝で、漢字で書いても読めないだろうし、元々ニッポンで流通している般若心経はパーリー語(梵語)を漢字に当てはめた中国由来のお経だから。
でも世界最古の般若心経が奈良の法隆寺の蔵の中から発見されたというニュースを見た。遣唐使が持ち帰ったものを保管してあったもので、そう思えばニッポンの仏教文化も大したものだと思う。
「これは般若波羅蜜多心経と申すもので、世界漫遊の折に覚えたものでございます。」
もっともらしいウソを言う。
「ほほー。さすが、聖女様だ!世界をご覧になっているだけでもすごいことなのに、その間に民の心を掌握する旋律を学ばれたとは。」
オリヴィアが適当なことを言っているのに、司祭様はなおも教えを請うてくる。こうなれば、根競べなのだが、こういったものは苦手なオリヴィアはすぐ折れてしまう。
仕方なく、意味も分からず唱えてもしょうがないので、注釈を説明していく。
「ぎゃてい、ぎゃていは行け!行け!ということで、要するに天国へ行きなさいと言うことを意味しています。」
「おお!それで、聖女様は、アンダルシアのために祈りを捧げてくださっていたのですね。」
それから、毎日イスラム教のモスクの中で、般若心経の大合唱が行われることになってからというものの、まもなくアンダルシアから不成仏霊が消える。
王都の街へ出ても、がれき撤去の作業をしているときも、一体の不成仏霊も見ることさえなくなってしまったのだ。
なんとなく空気が明るくなったような気がする。空の青さがより青く見え、風もさわやかに感じる。
異世界でも般若心経は、不滅であることが証明され、複雑な気分。
とかく宗教なんてものは、気の持ちよう一つなのかもしれない。
信じる者は救われる
キリスト教の言葉だけど、もうこうなれば、なんでもこい!だ
がれき撤去の参加者も、日に日に増え、もう復興間近というところ。
ただ問題があるとしたら、アンダルシアの王族が全滅したことぐらい。誰が次期国王になるかで、王族の姻族は揉めているらしいが、国教会が誰か候補を連れてきても、首を縦に振らない。
それはそれで、オリヴィアにとっては頭痛の種。なぜなら国教会は次期国王にオリヴィアを推挙しているから。
「当然のことでございましょう?オリヴィア聖女様がこの国の民の魂を救ってくださいました。国王陛下の責務は魂の救済にあります。前国王のように、自分たちだけが肥ることを考えていては、ダメです。」
「でもね……。はぁ……。」
国教会のこの意向で、旧王族の姻族から縁談がわんさか押し寄せていることに問題があるのだ。
誰も彼もそこそこのイケメンで、甲乙つけがたい。学業成績も、皆首席クラス、といっても王族に遠慮して、卒業時にいきなり主席にするものだから、実際の成績はわからない。
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