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60幽霊

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 みんなでボロニア家の跡地を視察に行くことになる。

 さすがに大きな商会を経営していただけのことはあり、広大な敷地が眼前に広がっている。

 場所もオリヴィアの住んでいる貴族街のはずれにあり、いずれ王都が復興したら、なかなか便利の良い立地になると確信できる物件であったのだ。

 オリヴィアは、そこで地面に棒切れで、絵をかきながら、どんな教会がいいか司祭様に尋ねることにする。

 国教会は、キリスト教ではない。またイスラム教でもないから、前世世界の通販で、適当に買って建てるというわけにはいかない。

  司祭様は興味深そうに、オリヴィアが書いた絵を見ている。そして意外なことに選ばれたものは、モスク型の教会で、

 「温かみがある皆が集えるような感じがする。」

 まぁ、別にアラーの神を信奉するわけではないのだから、なんでもいいと言えばいいのだけど、豚肉食べられないよ。

 確かにキリスト教の教会は尖っているから、威圧感があるかもしれない。丸みを帯びたモスク型が新鮮でいいのだろう。

 「わかりましたわ。この丸みを帯びたものがよろしいのでございますね?それでは少々、皆さまお下がりになって。」

 言うや否や、前世世界通販の画面を開く。モスクと言えば、やはり本場は……メッカよね。でも聖地と言えば、エルサレムだったか?岩のドームを参考にイメージする。

 「ドテン!」

 大きな地響きと共に、岩のドームのレプリカ?が現れる。

 オリヴィア以外の全員が口をあんぐりと開け、空中から突如出てきたばかりの大建物に見入っている。

 「とりあえず中に入りましょう。」

 オリヴィアを先頭に、ぞろぞろと中へ入っていく一行。

 ひたひたと誰かがついて来ている気配がする。

 人間ではない感じ?イスラム教徒は霊魂の存在など信じていたか?それでなければ、アンダルシア所縁の人間か?国教会に救いを求めて出てきたのだろうか?

 そのどちらでもなかった。出てきた幽霊は、オリヴィアの前世、よく見知った格好をしていたのだ。前世、勤務していた大学病院のナースの制服を着ていた。ということは?紛れもなくマリリンの前世なのだろう?

 しかしオリヴィアの前世神野太郎には、その姿に記憶はない。やはり凛子は、名も知らぬ看護師の一員だったというわけ。

 その凛子が今さら、オリヴィアの前に姿を現すとは、どういうことか?

 修道士や護衛と離れ、中庭へ出る。凛子姿のマリリンもついてくる。その間、修道士や司祭様は、どの部屋を祈りの場とするか、何やら揉めているようだった。

 だから誰もオリヴィアがその場を離れても気にもされていない。

 「ねぇ、どういうつもり?」

 {お別れに来たのよ。そんなに怒らないで。}

 「こんなとこまで、のこのこついてくるからでしょ。」

 {今度生まれてかわってくるところは、どうやら『アンダルシアに咲く赤いバラ』の中みたいなの。もうリヴィとは会えなくなるから、お別れに来たのよ。}

 「いつまでも乙女ゲームにこだわっていたらダメよ。リンちゃんは、リンちゃんの人生を歩まなきゃ。」

 {わかっている。でも、前世の頑張っていた自分を忘れたくなくて。もう忘れ去ってしまったら、二度とあの世界に戻れないような気がして。でも、リヴィの言う通りね。今度こそ、自分の人生を取り戻すわ。ありがとう。さよなら。}

 すーっと消えかかっていた凛子が再び戻ってきた。

 「どうした?忘れ物か?」

 {神野先生、最後に般若心経を唱えてくださらない?それを聞きながら、お別れしたい。}

 「え⁉般若心経?……イスラム教の教会の中で、般若心経だなんて、怒られやしないか?まぁ、それで成仏できるのなら。まーかーはんにゃはらみったしんぎょう。かんじーざいぼさ……(中略)……はらそーぎゃてい、ぼじそわかはんにゃしんぎょう。これでいいか?」

 {ありがとう。先生。}

 そのまま凛子はすーっと消えていき、二度と神野太郎の前には現れることはなかった。
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