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3度目の正直

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 かなえはニッポンでの就職先を決める。公務員試験に合格したのだ。それでニッポンでは昼間働き、夜は異世界で過ごすことにする。

 卒業式の日、また恒夫は張り切ってついてくる。

 「もういいって。パパ。」

 「何、言っているんだ。聖女様にもしものことがあれば、パパは生きていけないよ。」

 少しは娘離れしてほしい。でも、異世界で恒夫に縁談があった時は少々揺れたことは事実。なんだかんだいっても、前世のぞみは恒夫を愛していたのだろうか。

 今となっては、もうわからないが、家族として愛していることには間違いない。

 大学の卒業式で、あの母息子にバッタリ会わなければそれなりに、良い式で会ったことは間違いがなかっただろう。

 そうもっとも会いたくなかった親子に会ってしまった不運。

 1年生の時に、パーティで出会ったあのデブスオバサンと初対面な息子の正彦ちゃんだと思われる男性。

 「あら、誰かと思ったら頭取とお嬢さんではありませんこと?こちらウチの正彦ちゃん。」

 「はじめまして。」

 会釈だけして、会場へ向かって歩き出す。

 「やっぱり、母親がいないとロクに挨拶も出来ない娘に育ってしまうのね。」

 急に大声で非難される。

 「奥様、何を仰りたいのでございますか?奥様とは、確かこれで2度目でしたわよね。1度目は約3年半前、それにそちらのご子息とは、初対面でございますわ。そうでしたわよね?正彦ちゃん。」

 かなえも負けじと声を張り上げる。

 「ん、まぁ!この行かず後家の娘をもらってやろうと縁談を持って行ったら、断っておいて、その言い草はないでしょう?」

 「は?縁談?」

 父を見ると、気まずそうにしている。

 父は、かなえに言わず勝手に断ってしまったようだが、断わってくれてありがとう。

 「おあいにくさま、わたくしこう見えても面食いなのでございます。そちらのブサメンとは、釣り合いが取れませんわ。もし、生まれてきたら子供が可愛そうですもの。」

 「なんですって!アンタなんかこうしてやる!」

 デブスオバサンは隠し持っていた硫酸をかなえにぶっかけようとしたところ、恒夫がいち早く気づき盾になってくれようとした。

 でも恒夫もかなえも結界で守られている。かなえ自身が張った結界の存在は大きい。

 恒夫とかなえの結界に阻まれ、かなえにかけようとした硫酸はそのままデブスオバサンと正彦ちゃんの顔面を直撃したのだ。

 自業自得よね。

 二人は「熱い!熱い!」と叫びながら、救急車で搬送される。

 卒業式の後は、入省式の準備に入るわけだが、しばらくは異世界にも行けないだろうからと、その日は異世界で泊まるため、行く。

 それにしても22歳で行かず後家だなんて、どう考えてもあのデブスオバサンは言い過ぎ。

 むしゃくしゃしていたので、家で着替えないで、そのまま振り袖姿で転移魔法を使っていくことにした。もちろん恒夫も一緒に。

 「ったく腹の立つオバサン!でももうあれで二度と人前には出られないわね。ざまぁみろ!」

 とても聖女様とは思えない言動に恒夫は苦笑する。恒夫もまた、まったくの同感だからだ。

 若い頃より、それよりも前にのぞみとまだ付き合う前に、あのデブスと出会っている。それもあのデブスが恒夫に一目惚れをして、縁談を持ち掛けてきたのだが、恒夫は写真を見るなり、「こんな女では出世の妨げになる。」とけんもほろろに断ったのである。

 恒夫は決して男前ではない。デブスの家は旧家で家柄が良かったらしいが、あそこまでのブスはダメだ。

 デブスオバサンは若い頃に恒夫に振られたことを根に持ち、のぞみが手芸作家としてデビューしたときに、虎視眈々と復讐の機会をうかがっていたところ、地震であっさりのぞみが亡くなったことから、その標的をかなえに変えていたのである。

 あでやかな振り袖姿で、異世界の広場に現れたのぞみと恒夫は注目の的になる。

 「あれが異世界から来られた聖女様よ。お綺麗ね。」

 かなえと恒夫は群衆に取り囲まれたけど、すぐさま転移魔法で貴族様のお屋敷のところまで飛ぶ。

 そして今更ながら、振袖を脱ぎ、私服に着替える。振袖はしわになったらイヤなので、お屋敷の使っていない部屋と東京の自宅をつないでいる異空間の中を通り、自宅のたとう紙の上に広げる。

 こんなことなら最初から、自宅へ帰って着替えてから来ればよかったと後悔するも、これでこの世界に聖女様の存在を知らしめることになったことはよかったことかもしれない。

 その日のうちに、王城から聖女様とお父上を王城の夜会に招待したいという案内状?が届く。

 国王陛下も噂には聞いていたが、本日、王都の広場にて、突如現れた聖女様を群衆が目撃していることから、正式に夜会に招待し、ひろく世界に知らしめたいとの思い。

 この世界では、かなえではなく前々世の名前スカーレットを名乗っている。

 そして、夜会当日、立派な8頭たての馬車が異世界の自宅に着く。昨日の振袖は、着るのが大変なので、こちらの世界に美容師や着付け師がいないから、髪の毛は適当にアップしてバレッタで留めている。

 前々世は公爵令嬢だったから、自分付きの侍女がいてドレスや髪形などすべてやってくれる者がいたから何も考えなかったけど、今回は全部自分でやらなきゃいけないから、なかなか大変なのである。

 恒夫はいつもの略礼服で行くみたい。こうやってみると男の人は楽でいい。

 女は髪形にドレスとなかなか大変で、いっそのことスーツ姿で行ってやろうかとも思う。

 いろいろ悩んでいたら、カトレーヌ聖女様に、異世界神様の奥様まで駆けつけてくださり、一緒にドレス選びをしてくださることになり助かる。

 髪はバレッタで留めて、コサージュでごまかすことにした。簡単だから。

 いよいよパーティが始まると思っていたら、この国の王太子殿下らしき人が一人の女性に対し糾弾している。婚約者だろうか?

 スカーレットは、前々世の自分の時のことを思い出し胸が痛くなる。

 結局、その女性は婚約破棄されてしまったみたいで、お可哀そう、お気の毒で見ていられない。

 その王太子殿下と思しき男性は、スカーレットに気づき歩み寄る。イヤな感じの男が来たからどうやって撃退してやろうかと思っていると、恒夫が前にしゃしゃり出てくれて、

 「どこのどなたかは存じませんが、ウチの娘に手出しは無用に願いたい。」

 ピシャリと言ってくれて助かる。

 王太子殿下と思しき男性はバツが悪そうな顔をしていらっしゃるものの、さらに

 「申し遅れました。私はこの国の王太子でクリストファー・シャルマンと申す若輩者でございます。聖女様とお父上とお見受けいたしました。できれば、聖女様と少しお話しさせていただきたく、お許し願えますでしょうか?」

 やっぱり王太子か。スカーレットは歩み出て、綺麗なカーテシーを取り、挨拶するが

 「お断り申し上げます。先ほど、1人の女性を糾弾なさっていたではございませんか?このような場で、あのようなか弱き女性に対し、恥をかかせるような殿方と何もお話しすることはできません。」

 「いや、あれは私の婚約者でして……、今宵、聖女様をご招待したことを嫉妬したものですから、つい……。」

 「どのような理由があるにせよ。婚約者を大事にしない殿方とは、お話しする気はございません。では、失礼。」

 父と共に異世界の自宅に転移魔法で戻る。

 恒夫は非常に愉快そうにして、

 「よくぞ、言った。さすがは俺の娘だ。でも、権力者を怒らせてタダで済むか?」

 「あんなことで怒るような権力者なら、こっちから願い下げよ。さっさとこの国を捨て、ニッポンへ帰りましょう。」

 結局、クリストファー王太子は、婚約者とヨリを戻そうにも、怒らせてしまって婚約破棄の違約金を払わされ、婚約者を失ってしまうことになる。

 順番を間違えるからよ。

 公爵令嬢だった婚約者を失ったことで公爵家からの後ろ盾を失い、王位継承権を奪われてしまう。

 かわりにスカーレット親子のスポンサーに公爵家が名乗りを上げてくれたのだ。

 「娘の名誉を守ってくださり、感謝申し上げます。つきましては、聖女様のご活動を支援したく参上仕りました。」

 ゼレンスキー伯爵のように娘を押し付けられることなく、金銭でのスポンサーになってくれることが決まり、将来銀行業を狙っている恒夫にとってありがたい申し出であったことは間違いない。
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