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母親が恋敵

1聖女様

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 「アンタがいたら邪魔なんだよ。」

 その一言が今わの際に聞いた言葉になったのである。エリザベス・メモリード王女殿下は、母であるダイアナ女王陛下に毒殺されてしまう。

 事の発端は、エリザベスの婚約者であるジョージアに母が一目惚れをして、ちょっかいをかけたことだと思っていたのだが、実は、ジョージアは大変な野心家で、娘のエリザベスはまだ15歳と幼く?若いから、メモリード王国の実権を握れない。

 そこで母親の女王を色仕掛けで誑し込み、王国の実権を握るべく動いたのだ。

 エリザベスの父でダイアナの王配のチャールズは、3年前に乗っていた馬車が崖の崩落に巻き込まれ事故死している。

 その時、ダイアナはまだ27歳という若さであり、肉欲を持て余していたのである。そこへ20歳のギンギンなジョージアが色仕掛けをかけてきたら、一発で落ちるというもの。

 二人はあっという間に大人の男女関係になる。

 ジョージアは、将来の王配よりも今の王配を選んだわけでない。いずれ女王は年を老い、美貌も衰えていく。ジョージアは、あくまでもエリザベスの婚約者であり、エリザベスの夫となるべく人間のつもりなのである。

 ダイアナが統治している時代から、いずれエリザベスの時代になるまでの長きに渡り、王国の統治を掌中に治めたいのである。

 そのために親子丼をするつもりで、最初は熟女、それに飽きたら若い女性と楽しみたかっただけなのに、嫉妬に狂ったダイアナが実の娘であるエリザベスを殺してしまったことは大誤算であったのだ。

 「だって、わたくしのお腹には、ジョージア様のお子がいるのですもの。エリザベスがいれば、エリザベスに王位継承権が移ってしまいますわ。」

 いいではないか?エリザベスの弟か妹になるものがいても、エリザベスに王位を継いでもらわないと、長きに渡る統治の野望が潰えてしまう。

 「実の娘を殺してしまっては、元も子もないだろう。それでは、ただの色キチガイだ。」

 「そんな……、だって、わたくしが身重になれば、いずれジョージア様が娘を抱くときがくるかと思うと、今のうちに娘を殺しておかないと、と思ってしまって。どうか、わたくしを捨てないで。」

 「無事、子供が生まれてからでも遅くはなかったはずだ。その子が死産でもすれば、跡取りがいなくなってしまうとは、考えなかったのか?」

 ジョージアは、王女殺しの咎で女王は乱心したとして、貴族用の牢に閉じ込め幽閉してしまう。

 そしてダイアナの王配として、権力をふるうことにしたのである。

 少々、予定は狂ったが、その子が18歳になり成人しても、今、ジョージアは24歳で18年後は42歳、男としては働き盛りに引退するのは、もったいない。

 とにかくダイアナに子供さえ産んでもらおう。子供さえあれば、王位継承権者第1位の父親として、権力の座に居続けることは可能であるから。

 ダイアナが子供を産んだ後は、病死として闇から闇へ処理すればいいだけの話。

 ダイアナが産んだ子供は、女の子だった。メモリード国は女系家族か?代々、女の子しか生まれない。

 だが、エリザベスを毒殺するときに、少しだけダイアナが毒を舐めてしまったから、生まれてきた子供は五体満足ではなかったのだ。

 遅かれ早かれこの赤ん坊は、早死にすることになるだろう。18年間も持たないことは眼に見えていたのだ。因果応報とは、よく言ったものだ。

 だからと言って、また王女に子供を産ませても、今度も五体満足な子供ができるとは、限らない。

 このままでは王国の存在すら危ぶまれてしまう。せめてエリザベスが生きていて、くれたらと今さらながらに想う。

 ジョージアが統治し続けるのに、有無も言わさぬ誰かが必要である。

 そんな時、修道院に送られてきた公爵令嬢が聖女様に覚醒したという噂を聞きつけてきたのである。

 その聖女様は白い結婚で、旦那と離婚した後、修道院行きを希望されて、そこで覚醒されたとか?いいではないか? 

 とにかくこの聖女様と一度、会わなくてはならないだろう。会う手はずをジョージアは部下に命じることにしたのである。

 聖女様は、ちょうど死んだエリザベスと同じ15歳であったが、エリザベスは昨年亡くなっているので、同い年ではない。

 さすがに公爵令嬢だけのことはあり、気品ある物腰、それにどこかで会ったことがあるようなデジャブのような感じがする。

 「はじめまして。というべきかしらねジョージア・スペンサー伯爵さま。」

 「どうして、私の名前をご存知なのですか?」

 「あなた様にお会いしたいと思っていたからでございますわ。」

 「それは奇遇な、実は私も聖女様にお目にかかりたいと思っておりました。」

 しばらく二人は、お茶を楽しみ、ジョージアは戻って行った。まずまずの感触を得たからである。対して、聖女様はと言うと、

 相変わらずね。ジョージアは、自分程イイ男はいないという顔をしている。だいたい伯爵令息ごときが王女殿下の婚約者になどなれぬものを、8歳も年上で割り込んで無理やり、婚約者の座を射止めたことは異例中の異例だったのである。



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 「いらっしゃいませ、肉体ブティックへようこそ。お越しくださいました。」

 「肉体ブティック?」

 ここは三途の川の一歩手前にある肉体ブティック。

 本来、幸せな人生を送るはずの人が第3者の手により、運命をゆがめられ殺された場合に現れる店。

 「ご希望のカラダは、ございますか?王族~平民まで揃っています。頭脳系、特技系、才能系は、割増料金がかかります。なお、1週間無料で試着も出来ますから、まずはお試しあれ。」

 「あの……、わたくしはなぜ、実の母から殺されなければならなかったのでしょうか?」

 「珍しい異世界からのお客さまでしたか?それに王女殿下で、実の母親の女王陛下から殺された理由を知りたいということですね。わかりました。特別に教えて差し上げましょう。あなたは婚約者の浮気相手が実の母親だったということです。母親が恋敵で、その母親があなたの婚約者との間に子供を身ごもってしまったから、いずれ若いあなたと婚約者の男性は、結婚してしまう。嫉妬に駆られて、あなたを亡き者にしたということです。」

 「恋敵が母だったなんて……。わたくしは、母と婚約者に復讐がしたいです。なぜ15歳のこれからという娘を、たかがそんなことぐらいで命を取られなければならないのか腑に落ちません。婚約者が欲しければ、いくらでもくれてやります。自分は女王なのだから、婚約破棄ぐらいお手の物だと思うのです。何も殺さなくてもいいのではありませんか?」

 「そうよね。もっともな言い分だと思うわ。だけど、身ごもっている赤ん坊に王位継承権を継がせたいと考えてしまったのよ。あなたのお母さんは。お父様とは、政略結婚で、それほど好きでもない相手と結婚させられた。先代の女王陛下から命令されてね。お父様がなくなられて、初めて女の幸せを感じたのでしょうね。だからどうしても、今度生まれてくる子供に王位を継がせたかったのかな?」

 「だったら、妹か弟にも死んでもらいます。神様はそれを許してくださるということですね?だから、わたくしを肉体ブティックの店内に引き入れた。」

 「もちろんよ。本懐を遂げなさい。と言いたいところだけど、弟か妹もまもなく死ぬ運命にあるのよ。だから弟か妹を殺せない。そして今度こそ、あなた自身が幸せになれるように祈っています。」

 「わかりました。買わせていただきます。わたくしに合うような肉体はございますか?」



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 そう何を隠そうこの聖女様は、前世エリザベスが、肉体ブティックで、この聖女様のカラダを買ったのである。

 この聖女様、姉の嫉妬で階段から突き落とされ、転げ落ちて亡くなられてしまったのである。

 だからこの聖女様には、白い結婚だったころの記憶はまったくない。姉の旦那さんとの再婚話を蹴り、自らの復讐を果たすべく、またこの異世界に舞い戻ったのである。

 セント・クリスティーヌ修道院に戻り、情報収集をしていたところ、エリザベスの母ダイアナが自分の婚約者だったジョージアの子供を孕み、女の子を産んだことがわかる。本来は、自分の妹になるはずだったわけで、その妹には何の恨みもないが、女神様の話によると、長くは生きられないらしい。

 復讐相手は、自分の実の母親のダイアナ女王と元婚約者だったジョージア・スペンサー伯爵の二人である。

 どうしてくれようか?と思っていたら、母のダイアナはジョージアの手により、貴族牢に幽閉されたことを聞きつける。もちろん理由は、エリザベスことセレンティーヌ聖女様を毒殺したことによる咎であったのだ。

 そんなことぐらいでは、エリザベスは浮かばれない。なんでいつまでも生きているのよ。生き恥をさらして生きるならともかく貴族牢って、なんなのよ。仕事をしないで優雅な暮らしをしているに過ぎないのだから。

 どうせ男が欲しくて護衛の騎士にちょっかいを出しているに違いない。

 聖女様の力を遣って、隠蔽魔法をかけ転移してみたら、案の定、護衛の騎士とイチャついてやがった。

 女王陛下は、自ら全裸となり、跪き、男性のシンボルを咥えている。それなら娼婦にでもなれば?

 以前のエリザベスなら、眉をしかめて注意するところだ。

 「お母様、やめてよ。みっともない。」

 見ていると、母の調子が変だ。最初は嬉々として、咥えていたのだが、だんだん妙に苦しそうな表情を浮かべている。

 騎士の男性のシンボルに、エリザベスが殺されたときの毒を塗りこんであったのだ。

 護衛の騎士も驚いている様子、母が絶命した後、護衛の騎士も苦しみ悶え始めたのである。

 知りすぎた護衛の騎士もまた、闇から闇へ葬られるべく全裸にされて、山に捨てられたのだ。

 毒殺された死体は、獣も食べない。やがて骨になり、土に変わっていく。

 すべては、ジョージアが仕組んだこと。ジョージアが子供を産んだ後のダイアナに手を出さなかったから、ダイアナは絶対に護衛の騎士の中から男を選んで、男娼にするに違いないと踏んでのことであったのだ。

 ダイアナと関係を持ちそうな騎士に、女をとろけさせるイイ媚薬が手に入ったからとこっそり渡すと、自らのシンボルに塗り込み始めたのである。

 うまくいけば、女王がまた子を宿すかもしれない。そうなれば、一介の騎士から大出世できるという目論見があったのだろう。

 中には、彼女との夜を楽しむために使った奴もいたのだが、彼女もろとも死んでしまい、死因は闇の中に。

 ジョージアの計画はうまくいくかに見えたが、聖女様とは、なかなか結婚できない。元の位が伯爵なので、公爵令嬢とは、釣り合いが取れないからである。

 女王が存命中に公爵の位をもらえばよかったのだが、それをしないまま浮気心で関係を持ってしまったから。

 そうするうちに、エリザベスをダイアナが殺してしまい、爵位がどうこう言っている余裕がなかったのである。

 まさに伯爵ごときで、エリザベスと婚約できたことは奇跡に等しいと言える。それをダイアナが台無しにしたことは許しがたき所業であるから、ダイアナを暗殺してもしきれない悔しさがある。

 それに聖女様は決して自分を求めていない。よその国の9歳年上の年寄りとしか思っていないのである。

 聖女様のところへは、常に来客が大勢来ている、そのうちの一人にしか過ぎないのである。

 ジョージアは自分がキズモノになっていることさえ、気づかないでいる。いわくつきの男だということも。

 婚約者から婚約者の母へ乗り換えた男、世間ではマザコン、年増好きと呼ばれている。女の趣味が悪い、純潔の女より腐りかけた女が好きなのだとかいろいろ言われている。

 だからもとより、聖女様とは到底釣り合いが取れないのである。

 そんな時、頼みの綱の我が娘が死んだ。王配は誰かと結婚して、子を生したとしてもその子には王位継承権がない。

 もうメモリード国には、王位継承権者がいないのである。淫乱バカ女王がやきもちから娘を殺してしまったがために。

 他国に侵略されるのを待つか、一発逆転、聖女様と結婚するしか道はない。しかし、聖女様は9歳も年下の乙女だから、どうお金を積んでも「YES」とは言ってくださらないであろう。

 ならば、残る手は一つ。聖女様を拉致して、事実上の妻にしてしまうことなのだが、聖女様の周りには気鋭の護衛がゴロゴロいる。

 そう簡単には、拉致できない。そんな時、聖女様が祝福を授けに世界各国へ行かれるとの情報を得る。この機会を逃す手はない。

 護衛が手薄になった時を見計らい、その場で襲えばいいのでは?と言う考えが頭をよぎる。

 たとえば聖女様が入浴中などは、男の護衛は、側にいないだろう。15歳ぐらいの少女のカラダを押さえつけるぐらい、いともたやすいこと。

 実は、聖女様が祝福の旅に出るという噂は聖女様自身が流したことなのである。母の復讐は果たせたかどうかは微妙ではあるが、もう一人の婚約者だった男が、動かないことに業を煮やしてのことだったのである。

 ジョージアが仕掛けてくるかどうかは、一種の賭けだったのだ。もし何も仕掛けてこなくても、修道院に祝福のたびにお布施がもらえるので、損はない。

 護衛にそれとなく言って、ひとりにさせてもらうが、なかなか仕掛けてこない。案外、意気地なしなのかもしれない。

 エリザベスこと聖女セレンティーヌは気長に待つことにする。

 それは、メモリード国に入ってすぐのことであったのだ。別に油断していたわけではないが、前世の母のお墓参りと会ったこともない妹の供養をしていたところ、後ろから突然、羽交い絞めにされ、スカートを太ももまで、捲られる。

 聖女様は、自分に結界を張っているので、それ以上のことはされない……はず。なのだが、上から押さえ付けられ身動きがまったく取れない。

 それは暴行犯にも同じことが言え、背中越しからでもうろたえていることがはっきりとわかる。

 「無駄な抵抗はよせ。」

 「その声は、ジョージア・スペンサー伯爵様ですね。」

 「!」

 セレンティーヌがずばり言い当てると声の主はさらにうろたえ始めた。

 「ち、ち、ちが……。」

 「わたくしを誰だと思っているのです。あなた様の声がわからないほど、耄碌しておりませんわ。」

 そこへ通りがかった男性の声がする。

 「狼藉者!聖女様から離れろ!」

 男性が大きな声をあげたので、護衛の騎士が戻ってきて、犯人を取り押さえにかかる。

 やはり暴行犯は、ジョージア・スペンサー伯爵であったのだ。

 「聖女様、ご無事でしたか?」

 最初に大声をあげてくれた男性が、セレンティーヌに近づく。

 「おかげで助かりましたわ。ありがとう存じます。」

 「私は、メモリード国の隣国、レオナルド・ジャガールと申します。聖女様がこちらへ向かっておられると聞き及び、失礼ながらお迎えに参りましたところで、事件に遭遇した次第でございます。」

 エリザベスの前世の記憶を必死にたどるセレンティーヌ、隣国にジャガール国などあった記憶はない。いつの間に?

 あとで女神様のところへ聞きに行こう。レオナルド様には、愛想笑いだけを浮かべておく。

 レオナルド様は、すぐにでも聖女様を自分の国にお連れしたい様子だが、「ハイ、そうですか。」とはいかない。

 だって、懐かしいメモリード国に着いたばかりなのだから、旧知の友が今どうしているかが気がかりなのである。

 ところが旧知の友、誰一人として出会えないのである。あたかも最初から存在していないような感じ。

 おかしい?やっぱり、この世界はエリザベスがいた世界とは少し異なるようだ。そうなれば、別に聖女様の肉体を買わなくてもよかった。

 エリザベスを毒殺したことで、妹は早死にする。ジョージアはいずれダイアナを殺し、このメモリード国は亡ぶ運命なのだから、こんな窮屈な聖女様のカラダは返品することにする。
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