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取り締まりを受ける側から取り締まる側へ

1 官僚

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 丸の内商社に勤める加藤夏美は結婚間近の25歳。

 お相手は、監査部所属の一ノ瀬正彦25歳、彼はUSCPA保持者、帰国子女である。そのうち、日本の公認会計士も受験するという。彼の勉強を支える夏美も税理士資格を持っている。

 夏美の親も会計事務所を経営しているので、結婚したら会社を辞めて、夏美の事務所で一緒にやろうと話している。

 夏美の所属は経理部ではなく、人事部なのだ。人事部と監査部は、部署は違うが、同じ社長直轄の部署で社内部門の飲み会でよく一緒になる。たいてい社長から金一封が出るので、飲み会を合同でやることが多いのだ。その飲み会の席上で、一ノ瀬にお持ち帰りされてしまったことから、付き合いは始まる。

 なんといっても、夏美は社内一のFカップ美女なのだ。飲み会での酒に媚薬を仕込まれて、まんまと持ち帰りされてしまう。媚薬と言ってもドラッグの類ではなく、通販でよく売っているアレだ。気持ちが昂る漢方薬などが入っている昔からよくある「惚れクスリ」

 飲み物の中に2~3滴たらせば、効く人もいれば効かない人もいるが、夏美は効く人だったようで、下半身がもぞもぞとするのを耐えていたが、送っていくと言われ、そのまま持ち帰りされたのである。

 夏美は処女だったにもかかわらず、乱れまくったのは、やはりあの惚れクスリのせいだろう。

 あとでそのことを聞かされた夏美は激怒するものの、もう恥ずかしいところを全部見られてしまった後なので、付き合うことに承諾したのだ。

 それに一ノ瀬がすぐ結婚しようと言ってくれたから、結婚を前提なら、いずれカラダの関係になることは時間の問題だから。少しぐらい順番が前後しても気にならない。

 部署は違うから結婚後異動の対象にならないはずなのに、営業部で欠員が出たので、急遽、人事部の夏美が営業部に異動になり、営業事務を行うことになったのである。以前から、国際税務や国際会計に興味はあったので、OKするが実務経験ゼロでは、なかなか大変なのである。

 でもそれも一ノ瀬との結婚までだから、結婚したら寿退社して、加藤会計事務所で税理士として働くつもりでいる。いわば、腰かけなのだから、少し結婚前に大会社の国際会計を見てもいいだろうという考えからである。

 引継ぎを何もしてもらえず、前の人が退職してしまったので、帳簿を見ながら四苦八苦する夏美。

 会計の基礎ができていると言っても、貿易事務は全く別の代物で、これが第1営業課の国内営業なら、もっと楽に仕事は覚えられたはずなのだが、配属された部署は輸出入を扱う第2営業課だったので、大変苦労をする。

 連日の残業続きで、一ノ瀬とのデートもままならないほどだったのである。USCPAを持っている一ノ瀬ならば、もっと楽に仕事をこなせたであろうが、なぜか結婚するとなると、女性のほうが異動対象となる。これって、労働基準法や男女平等の憲法からも違反するんじゃないの?と不満をもつ。

 ある残業している夜、偶然、夏美は二重帳簿の存在を知ってしまう。それは某国への輸出をしている証拠の帳簿だったので、驚き悩む。

 こんなこと誰にも言えない。彼氏の一ノ瀬にもだ。どうやら、この話を率先して推進しているのは、副社長の三枝のようで、三枝は、社長の娘百合子さんと先頃結婚して、社内の実権を握ろうとしている。何も実績がない営業部長が副社長になれたのは、どう考えても百合子夫人の力だと思う。

 社長の娘百合子さんは、出戻りのかなりの高齢行かず後家だったのであるが、三枝が強引に口説き落としたと噂されている。

 百合子さんは、学生結婚をされたのだが、旦那さんとなる人が早く死んでしまったため、その後、家へ戻ってきて、誰とも結婚されないまま独り身を徹されたので、かなりお年を召していらっしゃったのだ。

 社長も高齢になり、株式会社だから創業者一族の手を離れ、サラリーマン社長が次期社長になるのだろうと予測されていた矢先のことだったのである。

 三枝は元営業部長で、奥さんや子供さんがいらしたのに、離婚して、百合子さんと結婚したのだ。出世のため、妻子を泣かせる男などロクなものではないと思っているのだが、今の営業部長も第2営業課長も三枝派で、同じ大学の先輩後輩の関係なのである。

 とりあえず裏帳簿となるデータをSDカードの中に保存して、パスワードでロックする。初期化できないように工夫を施し、スマホの中に仕込み退社する。

 それからしばらくは、誰にも何も言わず、夏美自身も日々の業務に追われ、忘れかけていた頃、夏美を付け狙う怪しい影の存在が明るみに出たのだ。

 思えば、前任者もストーカー被害に遭い、会社を退社したのだ。ということを後から聞くも、もう夏美には婚約者がいるので、結婚まで時間の問題。だから、気にも留めなかったのである。

 婚約者がいる女性にまで、ストーカーされる理由はない。何の接点もない人から、どうして付け狙われなければならないのか?

 それとも三枝から知りすぎた女ということで、狙われているのか?よくわからない。だてに帳簿に強いと不利なこともある。

 旦那となる人が監査部の一ノ瀬さんだからか?でも、夏美は仕事のことについては、一切話していない。同じ社内の人間でも守秘義務はある。

 だいたい夏美は男性からの視線に慣れている。昔からFカップで、よくジロジロ胸を見られるからだ。夏美の母もボインで有名で、昔はさらしをまいていたらしい。だから遺伝なので仕方がないと諦めている。

 ホルスタイン母娘と言われていたぐらいだ。おっぱいが大きくてもいいことなど何もない。肩こりはひどいし、時には頭痛まで伴う。電車に乗れば、気が付けば、周りの乗客は男性ばかりに取り囲まれている始末。誰に痴漢されてもわからない。

 今はオッパイが小さくなるというサプリがあるらしいけど、出産後に呑もうと思っているのだ。ホルモン系の薬は怖いというイメージがあるから。

 乳がんや乳腺癌になるのは、いやだからね。

 今はとにかく早く結婚して、寿退社を目指している。後任者を早く決めてほしいと、何度も古巣の人事部へ申し入れているのだけど、

 「加藤さんは、三枝副社長に気に入られているから、後任選びが難しいんだよ。」

 「ええ?私のどこが気に入られているというの?」

 「おっぱいが大きいところじゃない?」

 そう言えば、三枝が夏美を見る目はいやらしい。廊下ですれ違ったとき、わざと?胸を触られることもある。

 あれはセクハラ目的だったのか?今さらながらに、それを感じ、ゾっとする。

 「もう早く退社したい。」

 一ノ瀬の前で度々、そうこぼす夏美。

 「会社は、寿退社しなくてもいいって、言っているんだろ?子供ができるまでは、働いてもいいって言ってるんだから。」

 「三枝副社長が嫌らしい目で見るのよ。だから……身の危険を感じてるってことよ。」

 「まさかぁ……、だって三枝副社長のところは新婚さんだぜ。夏美の気のせいだよ。」

 「新婚って言ったって、相手は百合子お嬢様よ。もう、立派なババァよ。これなら、人事異動受け入れなきゃよかった。人事部に残れるのなら、結婚後も働きたいけど、営業部なら嫌だわ。外為関係が難しくって。頭から火を噴きそうよ。毎日、レートを調べなきゃなんないしね。為替差損益が難しすぎる。」

 「噴火するぐらい大変なんだ。」

 週末は、一ノ瀬のマンションで泊まる。これが最後のデートになろうとは、その時までは思いもしなかったことである。

 予感があったわけではないが、一ノ瀬の台所の収納庫に何気なく、あのSDカード入りのスマホを置いたのである。

 次の週、出社したら、三枝副社長から

 「加藤さんの慰労会をしたいから、週末開けといてくれる?」と言われたので、デートはお預けとなったのだ。

 休憩室で、そのことを一ノ瀬さんに伝え、「ほら、見ろ。いい上司じゃないか?」と言われて、そうかも?とその時は思ったのである。

 そして、週末、なんと!慰労会は三枝副社長と二人きりだったのである。

 「え?」

 「一度、加藤さんとは膝を交えて話してみたいと思ったんだよ。」

 「他の皆さんは?」

 「後から来るよ。」

 でも、ついに誰も来ることはなかったのだ。

 三枝に勧められるままビールを飲む、また下半身がもぞもぞしてきて、ひょっとして媚薬を仕込まれた?と思っていると、意識が飛んだ。

 気づけば、素っ裸にされて、三枝に乗っかかられていたのだ。

 「ふ、副社長、何、なさっているんですか!」

 「君は思った通りの女性だったよ。実に感度が良かった。うちのはババァのカミさんだから久しぶりに堪能したよ。これからも、会ってほしいな。このことは一ノ瀬には黙っていたほうがいいぜ。君が喘いでいる画像を撮影したよ。『もっと、もっと。』とせがんでいる画像だよ。できれば、俺の子供を産んでほしい。嫌なら、この映像を一ノ瀬に見せる。」

 そう言ってスマホを取り出し、ニヤつく三枝。

 「そんな……、でもそんなもの百合子奥様が見たらなんと仰るかしらね。」

 「あいつは、ブカブカだから、オモチャを突っ込んで黙らせるさ。まぁもっとも、オモチャで満足するような女だったってことさ。旦那に死なれて寂しかったんだろう。だからオモチャで慰めているうちに、オモチャでしか感じなくなった女なのさ。それをバラすぞ、と脅せばすぐ俺と結婚したいと言い出したんだよ。嫁さんへの慰謝料もカミさんが出したんだぜ。俺は離婚する気などなかったんだが、あいつが勝手に弁護士を立てて、離婚協議しやがった。」

 それから後は、何度も中出しされ、愛人契約を拒否すると薬を嗅がされ、また犯されるということを朝まで繰り返された。

 さすがに、朝になれば解放されるだろうと思っていたことは甘かった。

 三枝は、自分だけ食事をして、それから一日中犯され続けた。もう生きる屍同然。お風呂にも入らせてもらえず、食事も与えられず、金曜の夜から、ずっと、三枝から解放されたのは、月曜日の朝、それでも手足の自由はなく縛られたまま。

 三枝は、夏美を素っ裸に残したまま、会社へ行ったのだ。そこは、三枝の別荘らしき場所。

 夏美の会社を出てからの足取りがわからない。一ノ瀬は探し回るも、夏美のスマホは、自宅の台所収納庫の中から見つかる。

 1週間後、別荘近隣の住民から異臭がすると警察へ通報され、夏美が発見される。一部白骨化した腐乱死体のままで。

 遺留品はなく、全裸のまま衰弱死していたのだ。強いて言えば、夏美の中に残された体液のみが手掛かりとなる。

 真冬の別荘地での殺人事件は、当初すぐに解決するだろうと思われたが、未だに身元が判明せず、周辺の防犯カメラの分析が急がれる。

 夏美が発見された別荘は、三枝のものではなく、空き別荘の中に引きずり込まれていたのだ。

 唯一の手掛かりである体液も半年前に同じような変死体が発見された女性と思われる遺体に残されていた体液と同じ人物の遺伝子であるということがわかっただけで、それ以上のことは何もわからなかったのである。

 警視庁に「連続レイプ魔殺人」の帳場が立つも、事件は迷宮入り寸前、新たに動きがあったのは、夏美がしていたネイルアートが丸の内の店で施されたことがわかったのだ。

 署員が現場へ急行し、被害者の身元が知れる。これでやっと加藤夏美が被害者であると警察は認識できたのである。もう年が明け、2022年1月のことである。

 婚約者の一ノ瀬にすぐ辿り着くが、体液のDNAが異なる。一ノ瀬からいろいろ事情を聴くも、「その日は営業部で慰労会がある。」としか夏美から聞いていないと答え、足取りを掴むのに混迷する。

 警察が営業部へ事情を聴きに行っても、その日慰労会は予定されていないと繰り返されるばかりで、謎は深まる。

 しかし、もう一人の変死体も実は、同じ女性会社員ではないか?との憶測が出る。夏美と交代で退職した女子社員もまた、行方不明であったのだ。

 一ノ瀬は婚約者の夏美がどういう状況で殺害されたかを全く聞いていなかったので、その日、三枝副社長と会うという話を警察にしていなかったのである。忘れていたというほうが、正確なところ。



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 「いらっしゃいませ。肉体ブティックへようこそ。」

 「え?」

 「ご希望のカラダは、ございますか?王族~平民まで揃っています。頭脳系、特技系、才能系は、割増料金がかかります。なお。1週間無料で試着も出来ますから、まずはお試しあれ。」

 そこは幽冥界にある、三途の川の一歩手前にあるその名は「肉体ブティック」なる店の前をたまたま通りかかり、女主人に呼び止められたのだ。

 実は、この女主人、女神様の化身なのだが、急死や不慮の事故などで、本来なら幸せな人生を送れるはずの人が急に死んだ場合、そんな人まで天国へ送れば、天国は定員オーバーでパンクしてしまう。

 天国へ行くのは、あくまでも天寿を全うした人限定なのだ。

 ところがだ、不慮の事故死、犯罪に巻き込まれて急死した人は罪が浅いから、川幅10センチ足らず、水深2センチほどだから、赤ん坊でも知らない間に簡単に三途の川を渡り成仏してしまう。当然、六文銭も必要ない。

 それでは、天国が満員で今や交通整理を必要とされるほどになっている。天国で、急死させて、人間界に送り込んでもいいのだろうけど、それでは事務手続きが煩雑になるだけ。

 向かい側の店は、三途の川の渡し船が出ているところ、六文銭がなければ、近くの店で働いて、六文銭を貯めてからでないと、渡れない。

 今は、葬儀屋が杖と六文銭を用意しているのだが、それがまだ間に合わない間に来てしまった人は、六文銭を稼がなければ渡れない。

 「肉体ブティック」側は、不慮の死で本来は、健康で幸せな人生を送れるはずだった人が、第三者により、運命をゆがめられて不幸な死を遂げた人たちが通る道である。六文銭で新しい肉体を買って、人生をやり直せる最後のチャンスの店なのである。

 中絶や流産の場合で死んだ水子の、三途の川はもっと小さい。本人に落ち度がない死ほど、三途の川の大きさが変わるものなのである。

 だからといって、自殺者の三途の川が深く激流かといえば、そうでもない。その都度、その都度の判断で川幅や水深が決まる。

 「あのぉ……私、死んじゃったんですか?」

 「そうよ。あの三枝だったっけ?副社長に拉致され監禁され、素っ裸に剥かれて、犯され、脅され、放置されて、衰弱死してしまったのよぉ。」

 「ええ?そんな……。今頃婚約者が心配しているだろうなぁ。もう婚約者とは会えないのですか?」

 「うーん。だからよ、だからこのお店があるのよ。ここは、あなたのように本来死ぬべき人間ではない人が死んで、この世に未練や無念がある人がもう一度人生をやり直せるお店なのよ。」

 「でも、私、素っ裸で殺されて、お金持っていないのですけど?」

 「六文銭があるじゃない?六文銭は死んだら、誰でももらえるものよ。」

 「……。」

 どこをどう探しても、六文銭なるものは持っていない?はずなのだけど、店長には、夏美がちゃんと六文銭を持っている姿が見えるらしい。

 「あなたの会社での前任者も三枝に殺されたのよ。でも、その人、この世に恋人もいないからこのまま死なせてくださいって、三途の川を渡って行ったのよ。そういう場合は仕方がないわよ。本人が望んだのだから、でもあなたの場合は、違うでしょ?もう一度、彼氏に会いたいでしょ?」

 夏美は、黙って頷く。

 「で、どうする?どのカラダが欲しい?」

 ブティックでハンガーにかかった服をめくるように、店長は肉体を探している。

 「やっぱり、女性のカラダがいい?また彼氏と会えば、恋に落ちるかもしれないからね。」

 「今度は、国家権力を持って、取り締まる側がいいです。」

 「え?そらまた、ご大層なことを……あった、あった。確か、この辺だと思ったら、やっぱりあったわ。年齢25歳。うーん、あなたとほぼ同い年ね。今度は経産省のキャリアウーマンだった人のカラダよ。これなら、文句ないでしょ?」

 「え……と、この女性に婚約者や恋人は……?」

 「いないはずよ、経産省一のカタブツで通っていた女性だからね。新型病の注射の副反応で死んじゃったのよ。副反応のせいで、記憶喪失になったと言えば、つじつまが合うから、これで行きましょう。」

 「ええ、でも……この女性は、成仏されたのですか?もし、まだこの世に未練があれば、成仏しないで、いつかこのカラダを返せって言われないかしら。」

 「ああ、そのことなら大丈夫よ。頭のいい娘ってのは、よくわからないけど、妙に達観しているところがあってね。この娘もさっさと三途の川を渡っちまったよ。」



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 「ん……ん……。」

 「おおー!気が付いたようだ。一時はどうなることかと心配したぞ。」

 ナースコールを押され、医師と看護師が駆けつける。

 「北原さん!気がつかれましたか?北原さん!」

 看護師や医師から呼びかけられるが、肉体ブティックの店長から名前を聞き忘れ、自分のことを言われているのかどうかわからない。

 「ここは……どこ?……私は……誰?」

 今迄の和やかな病室の空気が一変したのである。

 「たまに副反応で、記憶を失くされてしまう方もいらっしゃいますが、命に別状はありません。」

 「そう言う問題ではないだろっ!」

 初老の男性は、医師に詰め寄る。

 「そうは言われましても、個人差があることですし。」

 「とにかく連れて帰る。家にいれば、そのうち、記憶も戻るであろう。」

 夏美改め北原くららは、その日のうちに退院することになったのである。

 今度の新しい名前は、北原くらら、北原事務次官の長女である。世田谷区に住んでいる。ということまではわかったのだ。

 お手伝いさんの話によると、くららは東大法学部卒のエリート一家の中に生まれ、経産省に入省後、ヨーロッパに留学し、変異株が流行し始め、制限がかかる前に帰国後ワクチンを打って、倒れ込んでしまったらしい。

 夏美は、なんとか一ノ瀬と接触したいが、今のところ外出制限がある。記憶喪失ということになっているから、おいそれと出歩けないのだ。

 まぁ、外出先で迷子になり、家に帰ってこれないと困るからという配慮があるらしい。

 電話番号もどういうわけか、思い出せない。090-????―????あれほど頻繁に連絡を取り合っていたのに、スマホがないとわからない。

 そうだ!スマホは一ノ瀬の台所収納庫にイタズラ心で入れたんだっけ。あのSDカードの存在、気づいたかしらね?一ノ瀬なら、あのSDカードに入った帳簿の意味が分かるだろう。USCPAだから。

 でも夏美が殺されたこととは関係ない。あれから何日経っているのだろう。確か12月10日の金曜日に呼び出され、月曜日に置いてきぼりにあったから13日?は、なんとか意識があったみたいで、それから次の日が来たことは覚えていないから、13日に死んだのか?

 それにしても今がいつなのかさえ分からない。

 自宅は一日中暖房が入っており、快適で朝夕の冷え込みすら感じない。勤務先の経産省にも一度も行っていない。なんでも有給休暇がたっぷり残っているからと、もう大丈夫なのに休まさせられている。

 お手伝いさんが恵方巻がどうのこうのと言っていたから、今はもう年が明けて、もうすぐ節分が近いのだろうか?

 家の中にカレンダーはない。お母様にバーゲンに行きたいと言って、外出許可をもらう。向かった先は、言うまでもなくショッピングモールでも、デパートでもない一ノ瀬のマンションへ向かう。
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