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浮気され婚約破棄された公爵令嬢は、王女殿下となる
1 異世界
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今日は、サンドラ国立学園の卒業記念祝賀パーティがサンドラ王城の大ホールで行われる。卒業生の女性ほとんどがウエディングドレスで参加している。この卒業パーティが済めば、その足でパーティ会場の奥のチャペルに移動して、そこで挙式するからである。
クリスティーヌ・アントワネットもそのうちの一人であったのだが、婚約者であるリチャード王太子殿下から、エスコートされないで、会場入りした。寂しそうな横顔が、絶世の美女とうたわれる彼女の美貌をより一層引き立てている。
貴族令息の中には、ある噂があり、リチャード王太子殿下は、男爵令嬢と浮気していて、クリスティーヌ嬢を蔑ろにしている。もし、今宵、リチャードがクリスティーヌと婚約破棄するようなことがあれば、すぐさま自分がクリスティーヌにプロポーズしようと目論んでいる者が相当数いる。
当然、結婚式が行われるので、それぞれの父兄並びに司祭様、国王陛下、王国の重鎮も参加している。
そして、学園長が祝辞を述べ、乾杯の音頭が始まりそれぞれが歓談タイムに入った頃を見計らい、リチャード王太子殿下が男爵令嬢を伴い、クリスティーヌの元へ。
「公爵令嬢クリスティーヌ・アントワネット、貴様との婚約は、今をもって破棄させてもらうこととする。」
貴族令息の中には、小声で「待ってました。」と不謹慎につぶやく者がいる。
「やはり殿下は、噂通り、そちらの令嬢と浮気なさっておいでで、わたくしのことが邪魔になられたのでしょう。畏まりました。婚約破棄の儀、確かに承りましてございます。」
「うむ。今までの長きに渡る妃教育大儀であった。」
「ご紹介いただけませんこと?殿下が愛してやまない令嬢を。」
「男爵令嬢のリリアーヌだ。ほら、リリアーヌ、挨拶せぬか?」
リリアーヌは、黙って突っ立っている。挨拶もロクにできない男爵令嬢か、でも仕方がない。この令嬢に託すしかないのだから。
「リリアーヌ男爵令嬢様、リチャード殿下のこと、くれぐれもよろしくお願いいたしますわね。殿下、今まで楽しい夢を見させていただき、ありがとうございました。」
そういうなり、隠し持っていた短剣で心臓を一突きして、その場で果てた。真っ白なウエディングドレスがみるみる真っ赤な鮮血で染まっていく。
死に顔が、また美しい。
対して、男爵令嬢リリアーヌは、青ざめ震えている。
悲鳴と怒号、場内は騒然となる中、プロポーズするタイミングを今や遅しと待ち構えていた貴族令息も、リチャード殿下も茫然としている。
国王陛下の傍で仕えていたクリスティーヌの父アントワネット公爵も、慌てて娘の亡骸に駆け寄り呆然とするも、
「娘は13年間の妃教育につき、泣き言一つ言わずに頑張ってまいりました。娘なりに今日の予感があったのでしょう。晴れの卒業パーティを娘の血で汚してしまい、申し訳ございません。葬儀は、こちらでいたします。今日のところはこれにて、ごめん仕ります。」
アントワネット公爵は、クリスティーヌの遺体をそっと抱いて、その場を後にしたのである。
パーティ後の結婚式はお流れとなる。皆、クリスティーヌの死を悼み、憐れんで喪に服すためである。
その中でただ一組、仮祝言を上げたカップルがいた。それはリチャード王太子と男爵令嬢リリアーヌである。本来なら、妃教育を済ませないと王籍には入れられないのであるが、リリアーヌが妊娠していたため、お腹が目立っては、世界各国に世間体が悪い、子供を産んでからでも、改めて正式な結婚式をすることになったのである。
さすがにその日のうちの挙式に難色を示したのは、司祭様と国王陛下、それを押し切ったリチャードの言い草は、
「クリスティーヌがリリアーヌに、『くれぐれもよろしく』と言ったではないか!クリスティーヌが認めてくれたから、今宵挙式することに決めたのだ。」
結局、仮祝言でならというところに収まる。
「私は嫌です、今夜、式を挙げるとクリスティーヌ様が化けて出られるような気がしてコワイ。」
「何を言っているんだ?クリスは、祝福してくれたんだから心配いらないよ。」
最初から陛下も司祭様も仮祝言のつもりだったから、滞りなく式は済む。
大ホールの大理石は、クリスティーヌの血痕が付着して、拭いても洗い流しても、赤い色は取れなかったらしい。それを気味悪がった女官は、次々と辞めていく。
リチャードには、妹王女セレスティーヌがいるが、これがまるでリリアーヌのことを汚らわしいものを見るかのような眼で見る。
それに腹を立てたリリアーヌは、セレスティーヌを階段から突き落として殺害しようとするも、身重な自分も一緒に階段から落ちてしまい、流産してしまう。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
「いらっしゃいませ。肉体ブティックへようこそ。」
「え?」
「ご希望のカラダは、ございますか?王族~平民まで揃っています。頭脳系、特技系、才能系は、割増料金がかかります。なお。1週間無料で試着も出来ますから、まずはお試しあれ。」
そこは幽冥界にある、三途の川の一歩手前にあるその名は「肉体ブティック」なる店の前をたまたま通りかかり、女主人に呼び止められたのだ。
実は、この女主人、女神様の化身なのだが、急死や不慮の事故などで、本来なら幸せな人生を送れるはずの人が急に死んだ場合、そんな人まで天国へ送れば、天国は定員オーバーでパンクしてしまう。
天国へ行くのは、あくまでも天寿を全うした人限定なのだ。
ところがだ、不慮の事故死、犯罪に巻き込まれて急死した人は罪が浅いから、川幅10センチ足らず、水深2センチほどだから、赤ん坊でも知らない間に簡単に三途の川を渡り成仏してしまう。
それでは、天国が満員で今や交通整理を必要とされるほどになっている。天国で、急死させて、人間界に送り込んでもいいのだろうけど、それでは事務手続きが煩雑になるだけ。
向かい側の店は、三途の川の渡し船が出ているところ、六文銭がなければ、近くの店で働いて、六文銭を貯めてからでないと、渡れない。
今は、葬儀屋が杖と六文銭を用意しているのだが、それがまだ間に合わない間に来てしまった人は、六文銭を稼がなければ渡れない。
「肉体ブティック」側は、不慮の死で本来は、健康で幸せな人生を送れるはずだった人が、第三者により、運命をゆがめられて不幸な死を遂げた人たちが通る道である。
中絶や流産の場合で死んだ水子の、三途の川はもっと小さい。本人に落ち度がない死ほど、三途の川の大きさが変わるものなのである。
だからといって、自殺者の三途の川が深く激流かといえば、そうでもない。その都度、その都度の判断で川幅や水深が決まる。
クリスティーヌは、確かに自害したはず……白いウエディングドレス姿でもなく、胸の刺し傷による痛みも消えていることに不安が過る。あの時、急速に体温が下がり、やたら寒かったことだけは覚えているが、ここは……寒さ、暑さを感じない。
「ほぅ、今回は珍しく異世界からのお客様なようだね。アナタは、そんなに美しいのに、婚約者が浮気して裏切られたことがよほど悲しかったのであろう。ひどい男もいたものだ。」
「あの……、わたくし死んだはずでございますのに、どうしてここへ?」
「ここは、幽冥界いうなれば黄泉の国である。これから、天国へ行くか、もう一度違う人生をやり直すか選べる場でもある。」
「もう、いいです。早く天国へ行きたいです。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ったぁ。アナタにピッタリのカラダが今、手に入ったところなんだ。だから、もう一度このカラダを買って着て、人生やり直してごらん。今までと違う景色が見られるはずだよ。」
女主人は、そう言って、クリスティーヌの目の前に、セレスティーヌの躯を出す。
「!セレン!セレンがどうして、ここに……?」
「元婚約者の浮気相手の男爵令嬢に殺されかけたんだよ。」
「殺されかけたということは、まだ死んではいないということでございましょうか?」
「アナタがこのカラダに入ってくれさえすれば、この娘はセレスティーヌとして再び蘇る。もし、この娘のカラダが嫌だというのならば、この娘は気の毒だけど、このまま死んでしまう。どうだい?この娘のカラダ、気に入ったかい?」
クリスティーヌは、こくりと頷く。もう、選択の余地などない。セレスティーヌは王女殿下として、幸せになれたはずなのに、リリアーヌに殺されてしまうなんて、許せない!
「でも、わたくしにセレスティーヌの代わりなど務まりませんわ。」
「それは、大丈夫さ。セレスティーヌは階段から突き落とされたショックで、記憶を全部失っちまうという設定になるよ。だから、アナタはこのセレスティーヌとして、生まれ変わり、新たな人生を送るということさ。どうだい?」
「わ、わかりましたわ。そういうことなら、セレンの代わりに頑張ってみますわ。」
「ただし、自分が前世、クリスティーヌだということを他人に言ってはダメだよ。言ってしまうと大変なことが起きるからね。」
「ええ。言いませんわ。誰にも申しません。」
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
「ん……ん……。」
クリスティーヌは気が付くと、セレスティーヌの部屋で寝かされている。そして、家族そろって、心配そうにセレスティーヌの顔を覗き込んでいたが、目を開けると、皆歓喜に満ちた顔をしている。
「ここは……どこ?……わたくしは、……誰?……確か、階段から突き落とされたことまでは、なんとなく……。」
クリスティーヌは、セレスティーヌの仇を取るため、あえて、階段から突き落とされたことを暴露したのである。リリアーヌが、どのような言い訳をしているかわからないから、ひょっとしたら、セレスティーヌが誤って、階段を落ちたところに居合わせて、自分が助けようとして巻き添えにあったぐらいのことを言っているかもしれない。
「セレン!やっぱり、そうだったのか……。リリアーヌをひっ捕らえよ。あ奴は、クリスティーヌだけではなく、セレンまで、亡き者にしようとした大罪人だ。」
その日のうちに、リリアーヌと夫のリチャード殿下までが、貴族牢に放り込まれる。
「なぜ、リリアーヌと結婚してしまったのだろうか?クリスみたいな絶世の美女を婚約者に持っておきながら、ほんの浮気心がこんな結果を招くとは……。ああ、クリス……。俺をおいて一人で逝くなんて、ひどいよ。」
思えば、リチャードが5歳の誕生日を迎えた日に、クリスティーヌと出会ったのだ。お妃選定会が行われ、その年に5歳になる女の子を一堂に集めて、行われる。
クリスティーヌのあまりの美幼女ぶりに、完全にノックアウトしてしまい、あの娘以外は絶対イヤだ。と駄々を捏ねて、婚約者にしてもらったのだ。
クリスティーヌは、世に言う絶世の美女であるにもかかわらず、決して自分の美貌を鼻にかけることはなかった。常に謙虚で前向きで、よほどアントワネット家での躾が良かったのであろう。
以来、13年間、出会うたびにどんどん美しくなっていく婚約者に、時には羨ましく思い嫉妬し、時には誇らしく自慢して、また時には自分の姿と見比べ委縮して……、そんな時にリリアーヌと出会ってしまった。リリアーヌは俺の自尊心をくすぐるようなことばかりを言ってくれて、いっぺんに俺はのぼせ上ってしまったのだ。
そして、リチャードは廃嫡される。階段からセレンを突き落とした際に、リリアーヌが流産したことは王家にとり、この上もなく好都合なことで、これで淫乱の血が受け継がれなくて、済む。
王家を誑かし、王位継承権者第2位のセレスティーヌ王女殿下を殺害しようと企てたことは許しがたき大罪であることから、リリアーヌの死罪が決まる。
そんな女に見事に引っかかり、絶世の美女のクリスティーヌを浮気して婚約破棄したばかりか自害に追いやったことへの罪も大きい。よって、リチャードは廃嫡されたのである。
クリスティーヌの父アントワネット公爵は、それだけではおさまらない。連日、王家に抗議していると、ついに王籍を抜かれ、一平民として、国外追放処分となったのである。
「ちくしょう。セレスティーヌの奴、息を吹き返しやがった。私の赤ちゃんは、ダメだったというのに、死罪だと?上等じゃねぇか!サンドラ王家を呪って死んでやるわ。」
もちろん、そんな逆恨みは女神様が許さない。リリアーヌの死後は無限地獄に落ちるのみだ。
クリスティーヌ・アントワネットもそのうちの一人であったのだが、婚約者であるリチャード王太子殿下から、エスコートされないで、会場入りした。寂しそうな横顔が、絶世の美女とうたわれる彼女の美貌をより一層引き立てている。
貴族令息の中には、ある噂があり、リチャード王太子殿下は、男爵令嬢と浮気していて、クリスティーヌ嬢を蔑ろにしている。もし、今宵、リチャードがクリスティーヌと婚約破棄するようなことがあれば、すぐさま自分がクリスティーヌにプロポーズしようと目論んでいる者が相当数いる。
当然、結婚式が行われるので、それぞれの父兄並びに司祭様、国王陛下、王国の重鎮も参加している。
そして、学園長が祝辞を述べ、乾杯の音頭が始まりそれぞれが歓談タイムに入った頃を見計らい、リチャード王太子殿下が男爵令嬢を伴い、クリスティーヌの元へ。
「公爵令嬢クリスティーヌ・アントワネット、貴様との婚約は、今をもって破棄させてもらうこととする。」
貴族令息の中には、小声で「待ってました。」と不謹慎につぶやく者がいる。
「やはり殿下は、噂通り、そちらの令嬢と浮気なさっておいでで、わたくしのことが邪魔になられたのでしょう。畏まりました。婚約破棄の儀、確かに承りましてございます。」
「うむ。今までの長きに渡る妃教育大儀であった。」
「ご紹介いただけませんこと?殿下が愛してやまない令嬢を。」
「男爵令嬢のリリアーヌだ。ほら、リリアーヌ、挨拶せぬか?」
リリアーヌは、黙って突っ立っている。挨拶もロクにできない男爵令嬢か、でも仕方がない。この令嬢に託すしかないのだから。
「リリアーヌ男爵令嬢様、リチャード殿下のこと、くれぐれもよろしくお願いいたしますわね。殿下、今まで楽しい夢を見させていただき、ありがとうございました。」
そういうなり、隠し持っていた短剣で心臓を一突きして、その場で果てた。真っ白なウエディングドレスがみるみる真っ赤な鮮血で染まっていく。
死に顔が、また美しい。
対して、男爵令嬢リリアーヌは、青ざめ震えている。
悲鳴と怒号、場内は騒然となる中、プロポーズするタイミングを今や遅しと待ち構えていた貴族令息も、リチャード殿下も茫然としている。
国王陛下の傍で仕えていたクリスティーヌの父アントワネット公爵も、慌てて娘の亡骸に駆け寄り呆然とするも、
「娘は13年間の妃教育につき、泣き言一つ言わずに頑張ってまいりました。娘なりに今日の予感があったのでしょう。晴れの卒業パーティを娘の血で汚してしまい、申し訳ございません。葬儀は、こちらでいたします。今日のところはこれにて、ごめん仕ります。」
アントワネット公爵は、クリスティーヌの遺体をそっと抱いて、その場を後にしたのである。
パーティ後の結婚式はお流れとなる。皆、クリスティーヌの死を悼み、憐れんで喪に服すためである。
その中でただ一組、仮祝言を上げたカップルがいた。それはリチャード王太子と男爵令嬢リリアーヌである。本来なら、妃教育を済ませないと王籍には入れられないのであるが、リリアーヌが妊娠していたため、お腹が目立っては、世界各国に世間体が悪い、子供を産んでからでも、改めて正式な結婚式をすることになったのである。
さすがにその日のうちの挙式に難色を示したのは、司祭様と国王陛下、それを押し切ったリチャードの言い草は、
「クリスティーヌがリリアーヌに、『くれぐれもよろしく』と言ったではないか!クリスティーヌが認めてくれたから、今宵挙式することに決めたのだ。」
結局、仮祝言でならというところに収まる。
「私は嫌です、今夜、式を挙げるとクリスティーヌ様が化けて出られるような気がしてコワイ。」
「何を言っているんだ?クリスは、祝福してくれたんだから心配いらないよ。」
最初から陛下も司祭様も仮祝言のつもりだったから、滞りなく式は済む。
大ホールの大理石は、クリスティーヌの血痕が付着して、拭いても洗い流しても、赤い色は取れなかったらしい。それを気味悪がった女官は、次々と辞めていく。
リチャードには、妹王女セレスティーヌがいるが、これがまるでリリアーヌのことを汚らわしいものを見るかのような眼で見る。
それに腹を立てたリリアーヌは、セレスティーヌを階段から突き落として殺害しようとするも、身重な自分も一緒に階段から落ちてしまい、流産してしまう。
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「いらっしゃいませ。肉体ブティックへようこそ。」
「え?」
「ご希望のカラダは、ございますか?王族~平民まで揃っています。頭脳系、特技系、才能系は、割増料金がかかります。なお。1週間無料で試着も出来ますから、まずはお試しあれ。」
そこは幽冥界にある、三途の川の一歩手前にあるその名は「肉体ブティック」なる店の前をたまたま通りかかり、女主人に呼び止められたのだ。
実は、この女主人、女神様の化身なのだが、急死や不慮の事故などで、本来なら幸せな人生を送れるはずの人が急に死んだ場合、そんな人まで天国へ送れば、天国は定員オーバーでパンクしてしまう。
天国へ行くのは、あくまでも天寿を全うした人限定なのだ。
ところがだ、不慮の事故死、犯罪に巻き込まれて急死した人は罪が浅いから、川幅10センチ足らず、水深2センチほどだから、赤ん坊でも知らない間に簡単に三途の川を渡り成仏してしまう。
それでは、天国が満員で今や交通整理を必要とされるほどになっている。天国で、急死させて、人間界に送り込んでもいいのだろうけど、それでは事務手続きが煩雑になるだけ。
向かい側の店は、三途の川の渡し船が出ているところ、六文銭がなければ、近くの店で働いて、六文銭を貯めてからでないと、渡れない。
今は、葬儀屋が杖と六文銭を用意しているのだが、それがまだ間に合わない間に来てしまった人は、六文銭を稼がなければ渡れない。
「肉体ブティック」側は、不慮の死で本来は、健康で幸せな人生を送れるはずだった人が、第三者により、運命をゆがめられて不幸な死を遂げた人たちが通る道である。
中絶や流産の場合で死んだ水子の、三途の川はもっと小さい。本人に落ち度がない死ほど、三途の川の大きさが変わるものなのである。
だからといって、自殺者の三途の川が深く激流かといえば、そうでもない。その都度、その都度の判断で川幅や水深が決まる。
クリスティーヌは、確かに自害したはず……白いウエディングドレス姿でもなく、胸の刺し傷による痛みも消えていることに不安が過る。あの時、急速に体温が下がり、やたら寒かったことだけは覚えているが、ここは……寒さ、暑さを感じない。
「ほぅ、今回は珍しく異世界からのお客様なようだね。アナタは、そんなに美しいのに、婚約者が浮気して裏切られたことがよほど悲しかったのであろう。ひどい男もいたものだ。」
「あの……、わたくし死んだはずでございますのに、どうしてここへ?」
「ここは、幽冥界いうなれば黄泉の国である。これから、天国へ行くか、もう一度違う人生をやり直すか選べる場でもある。」
「もう、いいです。早く天国へ行きたいです。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ったぁ。アナタにピッタリのカラダが今、手に入ったところなんだ。だから、もう一度このカラダを買って着て、人生やり直してごらん。今までと違う景色が見られるはずだよ。」
女主人は、そう言って、クリスティーヌの目の前に、セレスティーヌの躯を出す。
「!セレン!セレンがどうして、ここに……?」
「元婚約者の浮気相手の男爵令嬢に殺されかけたんだよ。」
「殺されかけたということは、まだ死んではいないということでございましょうか?」
「アナタがこのカラダに入ってくれさえすれば、この娘はセレスティーヌとして再び蘇る。もし、この娘のカラダが嫌だというのならば、この娘は気の毒だけど、このまま死んでしまう。どうだい?この娘のカラダ、気に入ったかい?」
クリスティーヌは、こくりと頷く。もう、選択の余地などない。セレスティーヌは王女殿下として、幸せになれたはずなのに、リリアーヌに殺されてしまうなんて、許せない!
「でも、わたくしにセレスティーヌの代わりなど務まりませんわ。」
「それは、大丈夫さ。セレスティーヌは階段から突き落とされたショックで、記憶を全部失っちまうという設定になるよ。だから、アナタはこのセレスティーヌとして、生まれ変わり、新たな人生を送るということさ。どうだい?」
「わ、わかりましたわ。そういうことなら、セレンの代わりに頑張ってみますわ。」
「ただし、自分が前世、クリスティーヌだということを他人に言ってはダメだよ。言ってしまうと大変なことが起きるからね。」
「ええ。言いませんわ。誰にも申しません。」
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「ん……ん……。」
クリスティーヌは気が付くと、セレスティーヌの部屋で寝かされている。そして、家族そろって、心配そうにセレスティーヌの顔を覗き込んでいたが、目を開けると、皆歓喜に満ちた顔をしている。
「ここは……どこ?……わたくしは、……誰?……確か、階段から突き落とされたことまでは、なんとなく……。」
クリスティーヌは、セレスティーヌの仇を取るため、あえて、階段から突き落とされたことを暴露したのである。リリアーヌが、どのような言い訳をしているかわからないから、ひょっとしたら、セレスティーヌが誤って、階段を落ちたところに居合わせて、自分が助けようとして巻き添えにあったぐらいのことを言っているかもしれない。
「セレン!やっぱり、そうだったのか……。リリアーヌをひっ捕らえよ。あ奴は、クリスティーヌだけではなく、セレンまで、亡き者にしようとした大罪人だ。」
その日のうちに、リリアーヌと夫のリチャード殿下までが、貴族牢に放り込まれる。
「なぜ、リリアーヌと結婚してしまったのだろうか?クリスみたいな絶世の美女を婚約者に持っておきながら、ほんの浮気心がこんな結果を招くとは……。ああ、クリス……。俺をおいて一人で逝くなんて、ひどいよ。」
思えば、リチャードが5歳の誕生日を迎えた日に、クリスティーヌと出会ったのだ。お妃選定会が行われ、その年に5歳になる女の子を一堂に集めて、行われる。
クリスティーヌのあまりの美幼女ぶりに、完全にノックアウトしてしまい、あの娘以外は絶対イヤだ。と駄々を捏ねて、婚約者にしてもらったのだ。
クリスティーヌは、世に言う絶世の美女であるにもかかわらず、決して自分の美貌を鼻にかけることはなかった。常に謙虚で前向きで、よほどアントワネット家での躾が良かったのであろう。
以来、13年間、出会うたびにどんどん美しくなっていく婚約者に、時には羨ましく思い嫉妬し、時には誇らしく自慢して、また時には自分の姿と見比べ委縮して……、そんな時にリリアーヌと出会ってしまった。リリアーヌは俺の自尊心をくすぐるようなことばかりを言ってくれて、いっぺんに俺はのぼせ上ってしまったのだ。
そして、リチャードは廃嫡される。階段からセレンを突き落とした際に、リリアーヌが流産したことは王家にとり、この上もなく好都合なことで、これで淫乱の血が受け継がれなくて、済む。
王家を誑かし、王位継承権者第2位のセレスティーヌ王女殿下を殺害しようと企てたことは許しがたき大罪であることから、リリアーヌの死罪が決まる。
そんな女に見事に引っかかり、絶世の美女のクリスティーヌを浮気して婚約破棄したばかりか自害に追いやったことへの罪も大きい。よって、リチャードは廃嫡されたのである。
クリスティーヌの父アントワネット公爵は、それだけではおさまらない。連日、王家に抗議していると、ついに王籍を抜かれ、一平民として、国外追放処分となったのである。
「ちくしょう。セレスティーヌの奴、息を吹き返しやがった。私の赤ちゃんは、ダメだったというのに、死罪だと?上等じゃねぇか!サンドラ王家を呪って死んでやるわ。」
もちろん、そんな逆恨みは女神様が許さない。リリアーヌの死後は無限地獄に落ちるのみだ。
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