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横恋慕され、ひき逃げ

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 丸の内商社で働く佐藤洋子は、年が明けると同僚の古家英彦と結婚することが決まっているのだが、最近は仕事が忙しいらしく、ちっとも会えない。

 以前は、週末は必ず洋子の住むマンションに泊りに来ていたのに、それでも大晦日に入籍して、松がとれたら結婚式を行い、晴れて夫婦となるのを楽しみにしていた。

 大晦日に入籍すると配偶者控除などの税制面で有利になるから、でもダブルインカムのカップルは関係ない話になるのだが、どこからか英彦が聞きこんできた情報だから、と大晦日に入籍して、年越しそばを食べ、一緒に赤白歌合戦を観て、カウントダウンをして、新年を迎えることになったのである。

 洋子は大学を卒業して、英彦と付き合いだし、ちょうど3年めの25歳。

 女の価値は25歳までよね。かねてから自分で区切りをつけて、そう公言していた。だから25歳までのクリスマス婚がしたかったのだ。

 幸せの絶頂にいたはずの洋子に異変が起きたのは、結婚式まで、3か月と言うところのある日のこと、信号待ちをしていたら、何者かに背中を押される事件が、幾度となく起こってからだ。

 「きゃぁっ!」思い切り、背中を押された洋子は、ふらふらと交差点へ。そこへダンプカーが走ってくるものの、その時はダンプが早めにクラクションを鳴らしてくれ、周囲の人間も気づいてくれたので、事なきを得た。

 ダンプの運転手から「バカヤロー!」と怒鳴られはしたが、無事でよかった。最初は、ひとりでいるとき、次はまた、押されてはかなわないと信号待ちの最前列ではなく二列目にいたのだが、また押された。前の人を巻き添えにしそうになったけど、前にいた人が屈強な男性で、押された洋子を掴んでくれたから、交差点に入ることはなかったのだ。

 その次に背中を押されたときは、最後列のはず……。だったにもかかわらず、後ろから突進してきた女性に押され、転倒して交差点に入れなかった。

 立て続けに起こる事件にさすがに怖くなり、探偵を雇って、誰が何のために洋子の背中を押し続けていたのか、探ることにしたのである。

 それは英彦の浮気相手の女性だったのだ。浮気というより、その女性と結婚するつもりでいたようだ。その女性は、坂下みどり。23歳。英彦の上司坂下部長の一人娘であることがわかる。

 英彦と洋子の間には、別れ話は存在していないにもかかわらず、みどりは勝手に、洋子が英彦と別れたがらないと解釈して、英彦との結婚話を進めるために、洋子の背中を押していたらしい。

 入社した当時、英彦は、マツジュン似のぱっと見イイ男に見える。でもけっこう性格は優柔不断の無責任男なところが気に食わない。だから、別れ話がもしきたら、あっさり別れてあげるつもりだったのだが、いつの間にか、英彦の株が急上昇して、同僚の女子社員から人気が出てきたのである。そうなると、結婚するというだけで、勝ち組に入れるのだから、別れたくなくなったということも事実ではある。

 でも嫉妬されて、殺されるほどのイイ男でもない。だから、謎なのだ。洋子は、言ってこられればいつでも別れてあげるつもりでいるのだから。

 とりあえず、元警察官の探偵の勧めもあり、みどりを刑事告訴することにしたのだ。

 告訴すれば、当然、坂下部長から睨まれ、出世のこーすから外れるが、それでもかまわないとさえ思う。たとえ、一生ヒラ社員のままでも、もし洋子を愛する気持ちがあるのなら、洋子が働いて、いい暮らしをさせてあげるつもりでいたのだ。

 坂下部長は、娘のみどりが勝手に英彦に横恋慕したからと詫びを入れ、示談が成立したから不起訴処分となる。事件は終息したかと思えたが、それから、洋子は交差点で背中を押されたわけでもない青信号で渡っていたところ、車にはねられ、死亡する。

 英彦から呼び出されたデートの待ち合わせ場所に急いでいたのだ。

 佐藤洋子 享年25歳、通勤途上での事故だったので、労災の通勤災害適用となる。

 なお、洋子がはねられた車は盗難車で、ひき逃げだったのだ。



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 「いらっしゃいませ。肉体ブティックへようこそ、おいでくださいました。」

 「は?」

 気が付けば、洋子は「肉体ブティック」と書かれた暖簾をくぐっていたのだ。

 ここは、三途の川の一歩手前にある店、気づかずに通り過ぎていく人がほとんどで、開店休業状態なのである。

 まぁ、ブティックオーナーが言うところによれば、儲けるためではないから、いいのだそうで、肉体を買うと言っても六文銭で買える範囲。このお店に立ち寄れる人は、不慮の死、や突然死など特殊な人だけだから、三途の川も知らないうちに渡り切っている人が多いから、六文銭で買えるようになっているのだ。

 つまり、三途の川の渡し賃などなくても、自力で渡れるから余った六文銭で、もう一度人生を建て直し、やりなおしたらどうですか?という神様直営の店なのである。

 「ご希望のカラダは、ございますか?王族~平民まで揃っています。頭脳系、特技系、才能系は、割増料金がかかります。なお。1週間無料で試着も出来ますから、まずはお試しあれ。」

 確か、洋子は青信号で横断歩道を渡っていたところ、右折車の突然のヘッドライトに驚き足がすくんでしまったのだ。その後の記憶は一切ない。

 「はい。そうでございますわよ。このお店は死者が無念を残して死んだ場合、もう一度人生をやり直せるチャンスのお店でございます。お客様の場合、本来はもっと長生きされる寿命があったにもかかわらず、婚約者の浮気相手から横恋慕の上、度重なる殺害未遂事件とひき逃げで、早死にされてしまいましたので、当店のお客様として来店できたのでございます。」

 え?あの右折車もみどりさんが関係しているの?洋子は事故ではなく殺されたの?でも、右折車はどうやって、タイミングを合わせたのだろうか?対向車も走っているところにうまくタイミングを合わせて、人を撥ねることなど可能なのだろうか?

 もしこれが仕組まれた殺人であれば、何度となく練習したのであろう。そして、何度目かのチャンスをみどりは見逃さず、そのまま走り去り、車を乗り捨てたに違いない。

 そして、あの時は、確か、英彦に呼び出されてデートの待ち合わせ場所へ急いでいる最中で起こった事故だったのだ。

 デートの待ち合わせならば、社内か会社近くのカフェでいいものをなぜか、昔よくデートした公園のベンチが待ち合わせた場所だったのである。その場所は、英彦と洋子しか知らない秘密の公園だったのだ。

 となれば、英彦もこの事件に一枚絡んでいる可能性がある。真相をつきとめたいような?怖いような?知りたくないような?複雑な気持ち。でいると

 ブティックオーナーは、

 「アナタ、事件の真相をつきとめたいって、顔に書いてあるわ。1週間のお試しで事件の真相にたどり着くかしらね?別の人の肉体を2つ、お試しする方法もあるけど?それになさる?」

 「そんなことできるのですか?」

 「アナタがどうしても、と願うのなら叶いますよ。でも、たいていの人は、先にご自分の幸せを優先されてから、後で事件の真相を知るというケースですね。後でまとめて知る方がほとんどですわ。」

 そうか。リアルタイムでまた、この世に戻ってこられるのなら、その方がいいかもしれない。

 これが何十年も先の未来に転生することなら、事件の真相など、国立国会図書館で古い新聞を調べてもわからないだろう。

 「わかりました。今度は、婚約者に裏切られないような幸せな人生を送りたいです。」

 「女性にしますか?男性にしますか?」

 「それでは、女性で、お願いします。」

 「地域は、東京でいいですか?なんなら異世界でもいいですよ?」

 「異世界では、事件の真相を知れないでしょう?」

 「それもそうですわね。では、東京でリアルタイム。勤務先だった商社の社長令嬢というポジションはどう?外国へ留学されていたのだけど、飛行機墜落事故が起こり、ひとりだけ助かるという設定なんだけど。もちろん、事故のショックで記憶はない。これなら、事件の真相もわかるし、場合によれば復讐することだって可能よ。」

 「わかりました。お支払いは……?」

 「六文銭でいいわよ。アナタの場合、葬儀屋さんが用意してくれたもので。」

 「ひとつ伺ってもいいですか?どうして、そんなに親切にしてくださるのですか?それと、社長令嬢には、婚約者様はいらっしゃらないのですか?」

 「確か、いなかったはずよ。あなたの会社の社長は自由恋愛を推奨していて、出世のためなどの政略結婚には大反対の立場を取っていらっしゃるのよ。だから、もし前の婚約者さんが、事件として表ざたになれば、クビもあり得るでしょうね。それとこんなもの親切でもなんでもございませんわ。アナタのように長生きできる寿命の人をいちいち天国に受け入れていれば、天国はたちまち満員御礼になってしまいますもの。たださえ混雑しているのだから、もう少し、この世で楽しんでもらわないと天国がパンクしてしまいますもの。それでは、いってらっしゃいませ。」



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 その事故は凄惨なものだった。飛行機の垂直尾翼が折れ、操縦不能になり、山に突っ込む形で墜ちたのだが、残っていたガソリンに火がつき、爆発炎上してしまったのだ。

 生存者は絶望的なはず……だったのが、ひとりだけ無傷で生きていた少女がいたのだ。搭乗者名簿から、ニッポンの花丸商社の社長令嬢、miss.azusa hanamaru ということがわかり、世界は喜びにあふれる。

 azusa hanamaru が入院しているロスの郊外の病院前では世界中からマスコミが殺到し、一目写真にその姿を収めようと躍起になっているのだ。

 報道規制などあってないのと等しい。

 日本からは花丸商社の坂下部長がちょうどアメリカにいたので、ロスに向かう。古家英彦も同行していた。それを追って、花丸社長も現地へ駆けつけることになる。

 古家英彦は、あずさの姿に心を奪われる。なんて、可憐な儚い花のようなあずさ。そこからは、前世、洋子を落としたときと同じ手法で、あずさを口説きにかかったのである。

 誰がそんな手に乗るものですか!

 先ごろ、婚約者を失ったばかりのくせに、もう別の女性を口説くなどあり得ない。さすがに坂下部長は窘めるが、英彦は言うことを聞かない。

 部長の娘のみどりより、社長の娘あずさのほうが魅力的だから。

 それにひょっとしたら、みどりが洋子を手に掛けたのではないか?と疑っているのだ。

 もしそうであれば、坂下部長が失脚することは眼に見えている。だから、余計、みどりではなくあずさが欲しいのである。
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