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1.一子相伝
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結衣は、京都の女子大に通っていて、合コンで知り合った他大学の学生の彼氏がいる。
結衣の実家は、宇治茶の製造卸を行っている。お茶壺道中にも参加していた老舗である。
お茶問屋をしている家柄から、祖母が裏千家流の師範をしている「お茶のお稽古」へ週に一度参加している。
今日は、その「お稽古」の日だ。京都は、6歳の6月6日からお稽古事を始める風習があるから、結衣は、普通の小習いは、済んでいた。異世界から戻ってきてからは、上のお稽古「行之行台子伝法」から習う。
お稽古のため、朝から着物を着て、お水屋の用意をしていた。お水屋とは、お茶室までの控えの間でお点前のためのお茶巾、お茶碗などを用意する裏方の場所のことを言う。
上のお稽古で使うお茶は、小習いのお薄茶と違い、すべてお濃茶を使う。
時代劇なんかで、回し飲みをするお茶といったほうがわかりやすいかもしれない。
お濃茶は天台目という台の上に天台茶碗を載せて点てる。高貴な方へのお茶を意味します。
その天台茶碗がなぜか出ていなかったので、蔵へ取りに行きました。
幼い時は、悪戯をしたら、罰としてよく蔵へ放り込まれた。あの時は、暗くて怖い。と親は勝手に思っていたのだろうけど、実際は、蔵へ入るのが好きだった。蒸したお茶のいい匂いが好きだった。心落ち着く香り。静かな暗闇も心地よかった。今は電気をつけるけどね。当時も電気はあったけど、スイッチが上のほうにあったから届かなかった。
いつもの場所に天台茶碗が入っている箱が見つかった。
箱の中身を確認しようと紐をほどいていると、そばに手毬が落ちているのに気が付いた。
「誰や!こんなとこにこんなもん落としてんのは。」誰かに言うわけではない。いわゆる独り言です。
「おばぁちゃんに言うとかなあかんわ。」と思って、ひらおう(京都弁で拾うの意味)としたら、床に台所の収納庫の扉のようなものがあった。
「へ?こんなん前からあった?」と屈んで扉を開けた。地下へと続く階段があった。
京都は地下水が豊富で、京都市の地下何百m下か知らないけど琵琶湖に匹敵する地下水が蓄えられている。お豆腐屋さんなんかは、その地下水を汲み上げるため地下に倉庫を作って管理している。
ウチの商売柄、そういう地下室があってもおかしくないなと思って、「いっぺん、見てこ(よう)」と階段を下りた。
地下水を汲み上げる施設はなかった。代わりに分厚い引き戸があった。
「なんや、これ?」と言いながら、よっこいしょと引き戸を開けたら、そこは江戸だった。
太秦(うずまさ)の撮影所かと思った。
雨上がりか舗装していない土の道はぬかるんでいた。
町人姿の男の人は月代があり、女の人も皆、髷を結っていた。
「舞妓ちゃんやろか?」
「ウソやん!また、変なトコ来てしもたぁ~!」
深呼吸して気を取り直して、引き戸を閉めて階段を上がった。
そこは、我が家の蔵の中だった。
「なんや夢見てたんか」ほっとして、茶室に戻った。
肩でハァハァ息をしていたら、おばぁちゃんが「どないしたんえ」と聞いてきたので蔵の地下室のことを話した。
「見つけてしもたんか。初代がこしらえはったんや。(作ったの意味)」
「お茶壺道中へ行くのに、途中でなんかあったら困らはりますやろ。(困りますの意味)」
「そやし、なんでやわからへんのやけど、江戸時代の京へ出るほうの引き戸もあんね。」
「そやな。江戸へ行くほうの反対側の引き戸がそやねん。」
えええ~!
「そんな話、初めて聞いたわ。なんで、黙ってたん?」
我が家は、娘が家を継ぐことに決まっている。
商売人の家に生まれた男児は、必ずしも優秀とは限らない。
娘に優秀な婿を取って、家を継がせたら、商売も家も安泰、という考え方が京都や大阪の商人の間では、今でも一般的にある。
「アンタが、家継ぐとき、教えたげよ、と思ってたんえ。一子相伝の秘密やいうところやね。」
「ほな、ウチが家継ぐんやさかい、あの引き戸を利用して、卒論書いてもかまへん?」
「はぁ、好きにおし。」
結衣は、こうして卒論のため、江戸と江戸時代の京を往復することになった。
結衣の実家は、宇治茶の製造卸を行っている。お茶壺道中にも参加していた老舗である。
お茶問屋をしている家柄から、祖母が裏千家流の師範をしている「お茶のお稽古」へ週に一度参加している。
今日は、その「お稽古」の日だ。京都は、6歳の6月6日からお稽古事を始める風習があるから、結衣は、普通の小習いは、済んでいた。異世界から戻ってきてからは、上のお稽古「行之行台子伝法」から習う。
お稽古のため、朝から着物を着て、お水屋の用意をしていた。お水屋とは、お茶室までの控えの間でお点前のためのお茶巾、お茶碗などを用意する裏方の場所のことを言う。
上のお稽古で使うお茶は、小習いのお薄茶と違い、すべてお濃茶を使う。
時代劇なんかで、回し飲みをするお茶といったほうがわかりやすいかもしれない。
お濃茶は天台目という台の上に天台茶碗を載せて点てる。高貴な方へのお茶を意味します。
その天台茶碗がなぜか出ていなかったので、蔵へ取りに行きました。
幼い時は、悪戯をしたら、罰としてよく蔵へ放り込まれた。あの時は、暗くて怖い。と親は勝手に思っていたのだろうけど、実際は、蔵へ入るのが好きだった。蒸したお茶のいい匂いが好きだった。心落ち着く香り。静かな暗闇も心地よかった。今は電気をつけるけどね。当時も電気はあったけど、スイッチが上のほうにあったから届かなかった。
いつもの場所に天台茶碗が入っている箱が見つかった。
箱の中身を確認しようと紐をほどいていると、そばに手毬が落ちているのに気が付いた。
「誰や!こんなとこにこんなもん落としてんのは。」誰かに言うわけではない。いわゆる独り言です。
「おばぁちゃんに言うとかなあかんわ。」と思って、ひらおう(京都弁で拾うの意味)としたら、床に台所の収納庫の扉のようなものがあった。
「へ?こんなん前からあった?」と屈んで扉を開けた。地下へと続く階段があった。
京都は地下水が豊富で、京都市の地下何百m下か知らないけど琵琶湖に匹敵する地下水が蓄えられている。お豆腐屋さんなんかは、その地下水を汲み上げるため地下に倉庫を作って管理している。
ウチの商売柄、そういう地下室があってもおかしくないなと思って、「いっぺん、見てこ(よう)」と階段を下りた。
地下水を汲み上げる施設はなかった。代わりに分厚い引き戸があった。
「なんや、これ?」と言いながら、よっこいしょと引き戸を開けたら、そこは江戸だった。
太秦(うずまさ)の撮影所かと思った。
雨上がりか舗装していない土の道はぬかるんでいた。
町人姿の男の人は月代があり、女の人も皆、髷を結っていた。
「舞妓ちゃんやろか?」
「ウソやん!また、変なトコ来てしもたぁ~!」
深呼吸して気を取り直して、引き戸を閉めて階段を上がった。
そこは、我が家の蔵の中だった。
「なんや夢見てたんか」ほっとして、茶室に戻った。
肩でハァハァ息をしていたら、おばぁちゃんが「どないしたんえ」と聞いてきたので蔵の地下室のことを話した。
「見つけてしもたんか。初代がこしらえはったんや。(作ったの意味)」
「お茶壺道中へ行くのに、途中でなんかあったら困らはりますやろ。(困りますの意味)」
「そやし、なんでやわからへんのやけど、江戸時代の京へ出るほうの引き戸もあんね。」
「そやな。江戸へ行くほうの反対側の引き戸がそやねん。」
えええ~!
「そんな話、初めて聞いたわ。なんで、黙ってたん?」
我が家は、娘が家を継ぐことに決まっている。
商売人の家に生まれた男児は、必ずしも優秀とは限らない。
娘に優秀な婿を取って、家を継がせたら、商売も家も安泰、という考え方が京都や大阪の商人の間では、今でも一般的にある。
「アンタが、家継ぐとき、教えたげよ、と思ってたんえ。一子相伝の秘密やいうところやね。」
「ほな、ウチが家継ぐんやさかい、あの引き戸を利用して、卒論書いてもかまへん?」
「はぁ、好きにおし。」
結衣は、こうして卒論のため、江戸と江戸時代の京を往復することになった。
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裏口診療所https://www.alphapolis.co.jp/novel/431903331/306437551
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