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二年目 恋よ、愛てにとって不足はない
42 記憶にございません。
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サロンの個室は清浄な空気と心地よい雰囲気に満ち溢れていた。ユウヴィーによって浄化された室内は何か憑き物が落ちたように二人は感じていた。
「何か魔法がかけられていたのか?」
「さぁ、そこまでは存じ上げないですが、浄化は成功しています」
「そうか、ならば――」
姿勢を正し、両手を重ね、口元に持っていくアラインだった。どこかの司令のような雰囲気を出し、目に力が入っており、これから重大な事を言うから心して聞いてくれとユウヴィーに訴えかけていた。
「私はエリーレイドに恋している、そしてそれとは別に動物の耳やしっぽなどを女性につけて、愛でたいという思いがあるんだ」
ケモナー、という言葉がユウヴィーの頭の中に木霊していた。この世界には、獣人と呼ばれる種族は存在しない。ましてやケモミミを頭につけたりする文化は浸透もしていない。読み物でそういった趣向のものがあるかもしれないが、ユウヴィーは目にしていない。前世の記憶から、十八禁ルートでそういったケモミミカチューシャを装着して、情事にふけったり、語尾に「にゃ」とか「わん」をつけたプレイはしていない事を改めて思い出すのだった。
そのため、ユウヴィーは言葉を理解しているものの推しが発したという事実を理解するのに時間がかかり、硬直した状態のままだった。数秒、ほんの数秒の事だったがアラインにとっては長い時間だった。
「ユウヴィー、聞いているのか?」
「え、ケモナー?」
「ん? ケモナーとはなんだ?」
反射的に答えてしまった事に、ユウヴィーは後悔する。アラインに知らない単語、しかも前世の言葉を教えてしまったのだ。しかも性癖にまつわるような事である。
「いえ、なんでもございません」
「いや、今ケモナーと確かに言った。ケモナーとはなんだ? 私が口にした言葉に対してそのような趣向がある人をそう呼ぶのか、答えてもらおう」
誤魔化し、無かった事にできないから適当な嘘をつくことを考えたが、それが発端で何がどう不味い事に繋がるのかわからないのもあり彼女は観念する事にし、説明する事にしたのだった。
ユウヴィーは、そういった趣味趣向の持ち主を総じて「ケモナー」と呼ぶ事を伝え、どこから得た情報なのかと問われれば本で読んだ記憶があるけれど、いつだったか昔のことと答えた。またその情報はみだりに周りに聞くようなものではなかったとつけたし、可能な限り黙秘するようにと伝えたのだった。
「それでもっと詳しく」
当たり障りのない話で終わらせられるわけもなく、ケモミミカチューシャのことからしっぽについて具体的にどうやって開発するのか、どこにつけるのか、と言葉を濁す事を許されない詰問をアラインから請けるユウヴィーだった。
前世の自分がまさか推しから成人指定用語を使って懇切丁寧に推しに対して説明する事が来世であるよと言っても絶対に信じないシチュエーションを経験するのだった。
(推しの性癖に対して、現実に実現するために何が必要でどうすればそう見立てられるのか、説明する事になるなんて思いもするわけないよ……)
彼女は説明しながら赤面するものの、アラインはそんな事を知った事はなく、さらに詰問を重ねていた。
「それで、そういった場合は何か普段と変わった趣向を凝らすと思うのだが……むっ、何か知ってるな吐け、吐くんだ」
語尾に「にゃん」やら「にゃ」とか「わん」とかそういった動物固有の鳴き声をつけると説明すると試しに言ってみろと目を血走りながら迫られ、ユウヴィーは押しに負けてしまうのだった。
「か、勘弁してくださいにゃん」
するとアラインは鼻血がつぅーと出て、即座にハンカチでその血を拭うのだった。言った後に赤面し、顔を逸らしたユウヴィーはアラインの鼻血シーンという前世の記憶にもない貴重な出来事を見逃す事になったのだった。
「なるほど、理解した。これはすばらしいな」
「そ、それはよかったです。もういいでしょうか……」
彼女は何か大事なものを亡くした、そんな気分になっていた。踏み込んではいけない線に踏み込んでしまったというのが正しいかもしれないが、彼女はアラインの新たな一面を知った事にどこか歓喜もしていた。
推しに対して新たな一面を知れる喜びの前に、きわどい話そのものの恥ずかしさは次第に薄れていった。話をした内容を思い出すと彼女は顔を覆いたくなるものの、前向きな気持ちになるのだった。身もふたもなくいえば、相手の性癖を助長する餌を与え、自身の性癖の知識を披露しただけである。しかも、お酒も入っていない真昼間に、であった。
王族や貴族の教養を身につけている人たちから見ると下品極まりない行為であり、ユウヴィーが彼に話をした内容は侮辱罪に適応され、その場で処刑される勢いの内容だった。幸いにも聞いているものがいないのとそれが判断できる人がいないのもあり、アラインの性癖は拡張されたのだった。
「ユウヴィー嬢、ありがとう。今日は充実した日だった。諸々と考えなければいけないことがあった。感謝する」
「え、はい。お力になれて幸いです」
「また何かあればその時はよろしく頼む。それではごきげんよう!」
アラインは颯爽とサロンの個室から退出し、どこかへ向かっていった。やや早歩きだが、その後ろ姿は凛々しく、さっきまで性癖に関する話をしていたと思えない覇気があった。サロンにいた他の王族、貴族は口々に「瘴気問題に対して新たな施策が固まったのでは」と噂をしているのをユウヴィーは耳にするのだった。
(違う、違うのよ! やめてぇぇぇ)
後日、尾ひれがついた噂をハープから聞き、ユウヴィーは弁明したいものの内容が内容なので口を紡ぐしかなかったのだった。
「何か魔法がかけられていたのか?」
「さぁ、そこまでは存じ上げないですが、浄化は成功しています」
「そうか、ならば――」
姿勢を正し、両手を重ね、口元に持っていくアラインだった。どこかの司令のような雰囲気を出し、目に力が入っており、これから重大な事を言うから心して聞いてくれとユウヴィーに訴えかけていた。
「私はエリーレイドに恋している、そしてそれとは別に動物の耳やしっぽなどを女性につけて、愛でたいという思いがあるんだ」
ケモナー、という言葉がユウヴィーの頭の中に木霊していた。この世界には、獣人と呼ばれる種族は存在しない。ましてやケモミミを頭につけたりする文化は浸透もしていない。読み物でそういった趣向のものがあるかもしれないが、ユウヴィーは目にしていない。前世の記憶から、十八禁ルートでそういったケモミミカチューシャを装着して、情事にふけったり、語尾に「にゃ」とか「わん」をつけたプレイはしていない事を改めて思い出すのだった。
そのため、ユウヴィーは言葉を理解しているものの推しが発したという事実を理解するのに時間がかかり、硬直した状態のままだった。数秒、ほんの数秒の事だったがアラインにとっては長い時間だった。
「ユウヴィー、聞いているのか?」
「え、ケモナー?」
「ん? ケモナーとはなんだ?」
反射的に答えてしまった事に、ユウヴィーは後悔する。アラインに知らない単語、しかも前世の言葉を教えてしまったのだ。しかも性癖にまつわるような事である。
「いえ、なんでもございません」
「いや、今ケモナーと確かに言った。ケモナーとはなんだ? 私が口にした言葉に対してそのような趣向がある人をそう呼ぶのか、答えてもらおう」
誤魔化し、無かった事にできないから適当な嘘をつくことを考えたが、それが発端で何がどう不味い事に繋がるのかわからないのもあり彼女は観念する事にし、説明する事にしたのだった。
ユウヴィーは、そういった趣味趣向の持ち主を総じて「ケモナー」と呼ぶ事を伝え、どこから得た情報なのかと問われれば本で読んだ記憶があるけれど、いつだったか昔のことと答えた。またその情報はみだりに周りに聞くようなものではなかったとつけたし、可能な限り黙秘するようにと伝えたのだった。
「それでもっと詳しく」
当たり障りのない話で終わらせられるわけもなく、ケモミミカチューシャのことからしっぽについて具体的にどうやって開発するのか、どこにつけるのか、と言葉を濁す事を許されない詰問をアラインから請けるユウヴィーだった。
前世の自分がまさか推しから成人指定用語を使って懇切丁寧に推しに対して説明する事が来世であるよと言っても絶対に信じないシチュエーションを経験するのだった。
(推しの性癖に対して、現実に実現するために何が必要でどうすればそう見立てられるのか、説明する事になるなんて思いもするわけないよ……)
彼女は説明しながら赤面するものの、アラインはそんな事を知った事はなく、さらに詰問を重ねていた。
「それで、そういった場合は何か普段と変わった趣向を凝らすと思うのだが……むっ、何か知ってるな吐け、吐くんだ」
語尾に「にゃん」やら「にゃ」とか「わん」とかそういった動物固有の鳴き声をつけると説明すると試しに言ってみろと目を血走りながら迫られ、ユウヴィーは押しに負けてしまうのだった。
「か、勘弁してくださいにゃん」
するとアラインは鼻血がつぅーと出て、即座にハンカチでその血を拭うのだった。言った後に赤面し、顔を逸らしたユウヴィーはアラインの鼻血シーンという前世の記憶にもない貴重な出来事を見逃す事になったのだった。
「なるほど、理解した。これはすばらしいな」
「そ、それはよかったです。もういいでしょうか……」
彼女は何か大事なものを亡くした、そんな気分になっていた。踏み込んではいけない線に踏み込んでしまったというのが正しいかもしれないが、彼女はアラインの新たな一面を知った事にどこか歓喜もしていた。
推しに対して新たな一面を知れる喜びの前に、きわどい話そのものの恥ずかしさは次第に薄れていった。話をした内容を思い出すと彼女は顔を覆いたくなるものの、前向きな気持ちになるのだった。身もふたもなくいえば、相手の性癖を助長する餌を与え、自身の性癖の知識を披露しただけである。しかも、お酒も入っていない真昼間に、であった。
王族や貴族の教養を身につけている人たちから見ると下品極まりない行為であり、ユウヴィーが彼に話をした内容は侮辱罪に適応され、その場で処刑される勢いの内容だった。幸いにも聞いているものがいないのとそれが判断できる人がいないのもあり、アラインの性癖は拡張されたのだった。
「ユウヴィー嬢、ありがとう。今日は充実した日だった。諸々と考えなければいけないことがあった。感謝する」
「え、はい。お力になれて幸いです」
「また何かあればその時はよろしく頼む。それではごきげんよう!」
アラインは颯爽とサロンの個室から退出し、どこかへ向かっていった。やや早歩きだが、その後ろ姿は凛々しく、さっきまで性癖に関する話をしていたと思えない覇気があった。サロンにいた他の王族、貴族は口々に「瘴気問題に対して新たな施策が固まったのでは」と噂をしているのをユウヴィーは耳にするのだった。
(違う、違うのよ! やめてぇぇぇ)
後日、尾ひれがついた噂をハープから聞き、ユウヴィーは弁明したいものの内容が内容なので口を紡ぐしかなかったのだった。
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