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第6章

彼女の気持ち

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「あー……このまま寝そう」
「だね~。浴衣で布団ってのも、いいね~」
「そうだなぁ……」

 時刻は21時半頃。
 22時に女子部屋集合ということだが、先に温泉を出ていい気分状態の俺たちは部屋に敷いた布団にそれぞれごろん。
 部屋の奥側から大和、あーす、俺の順。奇しくも今声を出した順でもあるな。
 この配置はあーすの話を聞く前故だが、今考えるとじゃんけんで勝ったあーすが真ん中取ったのは……いや、みなまで言うまい。

「旅行っていいよね~。非日常って感じで」
「だなぁ。ほんと、夏休み様々だよなぁ」

 まったりしたトーンで話すあーすと大和の声に、俺はもう反応できず。
 やべーな。横になるんじゃなかった。
 なんか、急に、眠気が……。

「っうお!」

 うとうとしかけていた俺の視界が、いきなり塞がれ、慌てて動こうとするも反応が遅れた俺の顔面に、何かが衝突した。
 その衝撃に俺の脳が一気に覚醒。

「何すんだよ!」

 上体を起こして飛来した物体、ちょっと固めの枕を掴みつつ、俺は隣にいる二人に向かって若干キレ気味にそう言い放った。
 俺の様子に、いつのまにか身体を起こしていた大和が笑っている。

「いやー、倫今寝かけただろ」
「まだ寝ちゃだめだよ~って、いたっ!」

 笑う大和に、一人横になったままのあーすの顔めがけて枕発射。
 見事に俺の狙撃を喰らったあーすも小さな悲鳴を上げつつ、身体を起こす。

「なんで僕なの~?」
「いや、何となく」
「このぉ!」
「いや、よわ」

 身体を起こしたあーすが投げ返してきた枕をキャッチし、俺はその枕を大和の方へ投げ返す。
 それをキャッチした大和は、笑っていた。

「枕投げとか、さすがに行儀わりーな!」
「いや、お前からやってきたんだろうが」
「普段は何やってんだーって怒る立場なのにねー」
「うむ。そうだぞ倫」
「いや、だから最初はお前だろーが!」

 なんというしょうもないやり取りか。
 だが寝かけた身体を動かしたことで、一時的に眠気がどこかへ飛んで行ったようで。

「そろそろ戻ってきてくれねーかなー」

 早く酒を飲みたそうな大和がそんなことを呟いた時。

 バァン!

「待たせたな!」

 勢いよく俺たちの部屋の扉が開かれる。
 ゆめとジャックはいないようだが、浴衣姿のぴょんとだい、ゆきむらの登場であった。

「おお……!」
「みんな可愛いね~」
「だろー?」
「似合いますか?」
「お、おう。いいと思うよ」

 感嘆の声を上げた大和とあーすの「可愛い」に応えてぴょんが胸を張る。
 うん、すっきりしてていい感じだな。

 そしてゆきむらからの「似合いますか?」に若干照れる俺。
 ゆきむらも、元々背が高い方だからすらっとして似合っていた。

 でもやはり、ね。

「なっちゃんも似合うねー」
「う、うん。ありがとう……」

 だいの浴衣姿は正直たまらない。しかも風呂上りだからか髪を束ねて見えるうなじ……べりぐっVery Good!!
 あーすに褒められただいは、少しだけ恥ずかしそうだったけど。
 でも、少し落ち着いたのかな? あーすに対する敬語は取れたみたいである。

「ゆめとジャックはもう少しかかるみたいだから、先に飲んでよーぜ!」
「よっしゃ! 待ってました!」
「大人の旅行だねー」

 ちなみにもちろん全員すっぴんなんだけど、元々この3人は化粧が薄い方なので、あんまり違和感はない。
 風呂上りでまだ暑いのか火照った頬と合わさってね、ちょっと幼く見えて、可愛く見えるくらいである。

「じゃあ、だいがゼロやんと話したいっていうから、それ以外であたしらの部屋いくぞー」
「お、そうなんだ。おっけい」
「先に行ってるね~」
「待ってますね」
「おう、またあとでな」

 この流れは風呂に行く前から決まってたことだし、みんなすんなりとぴょんの言葉に従うように大和とあーすが立ち上がる。

「二人きりだからって変なことすんなよー?」
「しねぇよ!」
「ははは、じゃあま、ごゆっくりー」

 そう言って3人を引き連れてぴょんが女子部屋へと戻って行く。
 そして4人を見送ったあと、入口付近に立ったままだっただいが男子部屋の中へ入ってきた。

 何も言わず、ちょこんと俺が座ったままの布団の上に腰を下ろしてくるだい。
 俺の真横にくっつくように座ってきたのは、正直可愛かった。
 でもやはりというか、みんながいなくなって素の状態のためか、その表情はちょっとお疲れ気味みたいである。

「おつかれさま」
「うん、ありがと」

 優しくだいの頭を撫でながら、ひとまずさっきは頑張ってみせただいを労う俺。
 その声は普段のクールな感じではなく、だいが言ってた昔の自分という、ちょっと甘えたモードが入ったような、特別な声だった。

 しばし俺がだいの頭を撫で続けたまま、穏やかな時が過ぎる。
 だいも俺の左肩にもたれかかってきたけど、特に何かを言うわけでもなく。

 話さなきゃとは思うけど、でもこのままでもいいかなと思えるような、落ち着いた時。

 この姿はきっと俺にしか見せない、だいの素の姿なんだと思うと、やっぱりこいつが隣にてくれて嬉しく思う。
 もしあーすのことを好きだったらとか思ってたけど、やっぱり俺はだいが好きだから、だいが俺の隣に変わらずいてくれて、よかった。

「なんか、疲れちゃった」
「だよなぁ。まだ色々飲み込めないよなぁ」
「うん。でも、改めて昔のこと思い出すと、大地くんって、男の子の友達とけっこうベタベタしてた気がするのよね……」
「おーう……でもまぁ、中学時代じゃな、ただ仲良いくらいにしか思えねーよな」
「うん。男子だけじゃなく、女子からも好かれてたし、そんなこと欠片も思ってなかったわ……」

 ぽつぽつと話し出しただいの声は、やや自嘲気味というか、投げやりな感じもあった。
 でもあーすの話に誰よりも驚いたのはだいだろうし。
 俺はしっかりと話を聞くことを意識する。

「俺さ、あーすがだいのこと好きだったって、実は餃子買ってる時聞いてたんだ」
「え?」
「でもさ、車の中でだいからあーすの話を聞いて、あーすの話とだいの話が噛み合わなかったから、言えなかった。黙っててごめんな」
「ううん。聞いてても、結果は何も変わってないし」
「まぁ、そうだけどさ」

 俺の言葉にだいは少しだけ驚いた顔をしたけど、すぐさままた、苦笑いに戻る。
 たしかに今のあーすは、さっき聞いた通りなんだし。

「でも、大地くんに昔好きだったって言われて、ちょっとドキッとしちゃった」
「あー、たしかに声だけなら、ちょっと嬉しそうだった気もしたな」
「うん、ごめんね」
「なんで謝るんだよ? 昔好きだった人に好意向けられて、嫌だと思う方が変だろ」
「でも、私はゼロやんの彼女だから」

 淡々としたトーンで話し出しただいが、俺の方に顔を向ける。
 その表情は真っ直ぐに、真剣に俺の目を見つめていた。

 俺の彼女、そう断言するだいの想いが強く伝わってくる。

「もし、さ」
「うん?」
「もし、大地くんが昔のまま私のこと好きだったら、ゼロやんどうしてた?」
「え?」

 真剣な眼差しに耐えられず、俺はわずかに視線を下げる。
 もしそうだったら、どうしていたか。
 それはぴょんに話した通りが、俺の考えだったのだが……。

「それを聞いて、だいがどう思うか次第だったよ」
「……そっか」

 本人を前にしては言いづらかったけど、嘘をつくのも嫌なので、思っていた通りの言葉を伝える。
 だが俺の答えに、小さく、ほんとに小さくだいはそう呟いた。

「俺の隣にいてほしいけど、だいが望むことが、一番大事だから」

 顔を上げてそう告げる俺とは対照的に、いつの間にかだいの視線は下を向いていた。
 その表情は、先ほどまでの疲れとは別で、悲しそうで。

「それは、私が信頼されてないってことだよね」
「え? や、ちが――」
「――なんで、譲らないって言ってくれないの?」
「え?」

 再び顔を上げただいの目は、潤んでいた。
 
 え? 泣いてる、のか?

「ゼロやん、私のこと全然分かってないよね」
「いや、俺は――」
「――分かってるよ。ゼロやんが私のこと好きだって。だから、ゼロやんが私のことを思ってそう考えてたって。でも、それは嬉しくない」
「え?」
「自分を犠牲にされて、私が嬉しいと思う?」
「あ……いや……」
「ゼロやんは、私が一番嬉しいこと、分かってない」

 じっと俺の目を見てくるだい目から、ついに涙がこぼれる。

「私がどれくらい好きなのか、全然伝わってないんだね」

 その表情と言葉に、俺に湧き上がるのは後悔。

 もう泣かせないと決めたはずなのに、また泣かせてしまった。
 分かっているつもりだったのに、だいに「分かってない」と言われた事実が重くのしかかる。

「言ったでしょ? 私、ゼロやんのおかげで、今の自分が好きになれたって」
「うん……」
「ずっと見守ってくれてたゼロやんじゃないと、ダメなんだよ?」
「え?」
「ゼロやんがいてくれるから、私は私でいれるんだから。私は二人でいたいから」
「うん……ごめん」

 涙を流しながら伝えてくる気持ちが、痛いほどに胸に刺さる。
 この言葉は、俺が受け止めなきゃいけないものなのだ。

「ううん、こんなこと言って、重たい女だよね」
「そんなことないよ。だいのためって思って、俺が逃げてただけだから……」
「私のことで遠慮しないで? 自信持って俺の横にいろって言って?」

 だいはこんなにも俺のことを好きでいてくれるのに、こんな俺を好きでいてくれるのに、全然応えられていなかった自分が情けない。
 俺もだいのこと、大好きなのに。

「うん。言う。言うよ」
「信じるよ?」

 あーすと話すのも、不安だったんだろうな。
 なのに俺ときたら……。

 これ以上だいを不安にさせたくない。
 その思いが、俺の口を動かす。

「大丈夫」
「うん、信じたからね?」

 そう言ってだいは、弱々しく笑ってくれた。
 その笑顔だけで、俺の胸が軽くなる。

 それは俺が守るべきものに他ならなかった。

「じゃあ、私が嬉しいこと、何だと思う?」

 こんな俺なのに、だいは少しだけ安心したのか、甘えた声でそう言ってくれた。
 その言葉を受けて俺は――

「今度二人でも旅行行こうね」
「うん。行こう。二人で色んなとこに行こう」

 ギュッと抱きしめただいの声は、落ち着く声だった。
 本当なら俺が落ち着かせるはずなのに、俺が落ち着かせてもらうなんてな。

 でもそれは俺が一番大切にしなきゃいけない、大好きな声。

 その声が紡ぐ言葉に、俺は力強く答えた。

「ちゃんとリアルでだよ?」
「分かってるよ」

 そして少しふざけ混じりになるだい。
 そりゃたしかにゲーム内デートばっかだったけどさ……!

 オフ会途中なのに、みんなは別の部屋にいるというのに、今だけは二人でいさせてほしい。
 ぴたっとくっついて離れようとしないだいが愛おしくて、離れるのが惜しくてしょうがない。

 さっきまで泣いてたというのに、こうして抱きしめるだけでだいはまた笑ってくれた。
 その姿に安堵とともに、反省も募る。

 もっと、自分の気持ちを伝えていかないと。
 だいがどうしたいかだけじゃなく、俺とだいがどうなりたいか。
 
「……でもこうしてると、昔の自分みたい」
「え?」
「またワガママ言っちゃった」
「……昔のだいがこんなに可愛いんだったら、昔のだいを知ってるあーすにはちょっと、嫉妬するなぁ」
「え?」
「普段のだいも好きだけど、こうして甘えてくれるのは、嬉しいから」
「……うんっ」

 思ったままを口にすると、だいは嬉しそうな顔を上げて笑顔を向けてくれた。
 いつものクールさなど微塵も感じさせない、すっぴんという要素も加わった、子供っぽい笑顔。
 その笑顔が、何より嬉しい。

 この笑顔を守りたい。
 俺が、守るんだ。

 この前も、こんなこと思ったばっかりなのに。
 昔好きだったという人物の登場に、勝手にだいの幸せを思い込んで、またやってしまった自分を戒める。

「ねぇ倫」
「え?」
「キスして?」

 不意に呼ばれた、聞きなれた声からの、聞きなれない呼ばれ方。
 その声に自分の胸が高鳴ったのは、十分すぎるほどに理解できた。

 続けられたお願いという名の可愛いワガママには、喜んで応えよう。

 みんなで来てるのに、今だけは二人の時間を作ってくれたみんなには感謝したい。

 見つめ合って一度キスをすると、そこには照れながらも嬉しそうに目を細めるだいの顔。
 その表情が可愛すぎて、俺は何度も唇を重ねてから、もう一度ギュッと抱きしめる。

 この時間に酔いしれたくて、しばしそのまま、俺たちは時を過ごすのだった。



「じゃあ、そろそろみんなのところ行こっか?」
「ああ。そうだな」

 時間にしては数分間だったと思うが、それは本当に幸せな時間だった。
 少しだけ名残惜しそうだけど、ご機嫌な様子のだいがすっと俺から離れ立ち上がり、俺に右手を差し出す。
 その手を取り、俺も立ち上がる。
 たったこれだけでも、十分に幸せなんだよな。

 これが当たり前って言えるように、当たり前にできるようにしていかなきゃ。
 改めてそう思う。

 時計を見ると時刻は22時18分。
 ぴょんたちが出て行ってから、もう30分以上経過していた。
 あまり待たせ過ぎてもよくないしな。続きはまた、帰ってからだな。

「そういや、あーすが敬語になっちゃったよって泣いてたぞ?」
「あ、あれはしょうがないでしょ? いきなりあんなこと言われたんだもん……。でももう大丈夫。今は私より、ゼロやんの方が好きみたいだしね?」

 そういえばと思い出した俺が、少し前にあーすから言われたことをだいに伝える。
 だがだいの返しに、温泉での一幕を思い出した俺は少しげんなり。

「勘弁してほしい話だよ……」
「同じギルドの仲間だし、貴重な男仲間でしょ? 仲良くしてあげてね?」
「……善処します」

 笑いながら言ってくるだいとそんな話をしながら、少しの間だけ手を繋いで、みんなの待つ部屋へと向かうのだった。
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